第70話見え始める真実①

 何者かが僕の頬に触れる感触を感じる。


「うぅ……ん?」


 僕はその感触で意識を取り戻すと目を開いた。


「トード君。気が付いたんだねっ! 心配したんだよっ!」


 目前には大きな胸が僕に向かって話しかけてきた。後頭部が暖かい。推測するに膝枕をされているのだろう。

 僕は徐に手を伸ばすとその胸にそっと触れると揉んでみる。うん。柔らかくて暖かい。


「ひゃっ! も、揉まないでっ!」


 恥ずかしそうな声がする。だが、身をよじるだけで突き飛ばされない。まだいけるか……?


 だが、とりあえず僕はその手を胸から離す。やりすぎると起きて早々にまた気絶させられそうだから。


「この胸はエレーヌだね。おはよう」


 あの最後の瞬間。亜理紗が矢を放って、ミズキが魔法を。シンシアがウンディーネを放って攻撃してきた。

 一呼吸に3ターン行動できると定評を得ている僕は亜理紗の矢を手刀で砕き、ミズキの魔法をミズキを強制的に送還する事でキャンセルし、ウンディーネの攻撃を反射してシンシアを水浸しにした。


 3人の攻撃をこれで防いだと錯覚したのが後の祭り。よくよく考えるとあと一人重要な人間が残っていたのだ。


 エレーヌ=ホープスター。僕が最も敬愛する師匠にして、ドジな内面を持つ女の子。彼女には加減と言う言葉が存在していない。


 魔力を増幅した【バルフレア】を手加減なしで放ってきたのだ。3発は防げても4発目は隙が生じるのが世の常。

 変に迎え撃たなければやりようはあったものの、僕はその攻撃を防御不可で受け止めたのだった。


「もうっ! 胸で判断しないの。トード君のおっぱい魔人」


 照れている声がする。毎回からかっているのに慣れない子だな。僕は内心でほくそ笑むと離れた場所を見た。


 そこではロックが同じく意識を取り戻しており、ニーナとニースに何やら責められている。


「それで。試験結果はどうなった? こうして戦闘が解除されているという事は終わったんだろ?」


 僕の問いに亜理紗が答える。


「結果は解らないけど、最後まで立っていたのは私とエレーヌさん。あっちの陣営からはニーナさんとニースさんとユーリさんだよ」


 なるほど。シンシアは落ちたのか。最後のカウンターでダメージを与えてしまったからね。


 僕は手を伸ばすとシンシアの頭を撫でた。唇をキュッと噛みしめている。悔しかったのだろう。


「つまり残る人間は落第か。試験を受けなおすの面倒だなぁ」


「えっ? 知らないのトード君」


「ん。何が?」


「試験は一度受けると一年間は受けられないんだよ?」


「嘘だろっ!?」


 エレーヌから発表された事実に僕は愕然とするのだった。



 ・ ・ ・ ・


 ・ ・ ・


 ・ ・


 ・



「「「「かんぱーい」」」」


 明るい声が橙色の照明の元に響き渡る。


 ここは僕とステラであらかじめ購入しておいた拠点。それなりの富豪がデザインした家だけあって、大きすぎず小さすぎずとそれなりの設備が揃っている。

 そんな設備の一角にあるパーティールーム。


 そこにはステラが用意した様々な豪華な料理が並べられていた。


「それにしても凄いですよね。エレーヌさんも亜理紗さんも。あの難関と言われた試験をあっさりとクリアしちゃうんですから」


 ステラの明るい声が屋敷に響く。そして僕を見るなり…………。


「クフッ」


 口元にお盆を持っていく。笑いを誤魔化しているのだろうが、僕の耳はその笑い声を捉えている。


「ステラ。君にも労いが必要だと思うんだ」


「えっ?」


 まさか僕がそんな提案をして来るわけがないとでも思ったのか?

 ステラは後ずさりして、いつでも逃げ出せるように警戒を始めた。


 僕はインベントリからあるアイテムを取りだす。


「ご、御主人様。それは……?」


 頬を引くつかせるステラ。彼女に僕は眩しい笑顔で言ってやる。


「衣装を扱っている商会の人にコネがあってね。コツコツと作ってもらったんだ。今後の奉仕はこれを着てくれれば良いからね」


 そこには様々なメイド服があった。スカートが長い物から短い物。

 胸の部分が不自然に開いている物からフリルをちりばめている物。

 もはや、仕事させる気無いだろう? とばかりに煌びやかな色をしたそれは、男の欲情をそそるのに一役買う効果しかもたないだろう。


 僕としてもこれを着させたら「変態」と言われそうだったので自重していたのだが、ステラの態度が何か腹立つので強要することにした。

 さあ。苦しむがいいっ!


 僕はにやついた顔でステラを見る。


「もちろん気に入らないなら言ってくれ。新しいデザインを用意するからさ」


 ビクリと肩が震える。僕は今、暗に『断っても無駄だ。もっとひどい衣装を用意する』と宣言した。


 果たしてステラは――。


「あ、あり、がたく、頂戴しますぅ」


 顔を真っ赤にして受け取るのだった。良いことをした後は気持ちいいな。

 明日からのステラの服を見るのも楽しみだし…………。


『もどったよー。じゅんびけーおー』


 その瞬間。窓からシルフィーが入ってきて僕に朗報を告げる。僕はその言葉に頷くと――。


「僕はちょっと出掛けてくる」


 ワイワイと料理に手を伸ばす彼女らに向かって宣言をする。


「えっ? こんな時間に何処にいくのさっ?」


「シンシアも……ついていく行く。です」


「今日は遅いから明日じゃダメなんですか?」


 三人そろって渋い顔だ。折角の宴に水を差されるような感じだからね。

 だけど、僕は胸の内のざわめきをベッドに持ち込むつもりは無い。


 僕は意味深に笑うと、意味深に呟いた。


「どうしても今夜逢いたい人がいるんだよ」


 ・ ・ ・


 ・ ・


 ・



 あれから、大混乱を起こしている四人を放置した僕は一人で街を歩いていた。


 目的の場所ははっきりしていない。だが…………。


「とりあえずここにするか」


 僕は扉を開けると中に入った。


「いらっしゃいませ。お一人様でしょうか?」


 何処にでもあるような普通の酒場。


「いや。待ち合せで。静かに話をしたいから個室とかありますか?」


 受付に応じた女の子の手を握り金貨を渡す。


「かしこまりました。こちらの席へ案内します」


 こういった事に慣れているのか彼女は僕を店の奥へと案内してくれた。


「待ち合わせのお客様の特徴を教えていただけますか?」


 受けたからには最後まで責任を持つのだろう。僕は彼女に相手の特徴と、二人分の料理とお酒を頼むと椅子に座った。


「さて。そんなに掛からずに来るだろう」


 果たして、待ち人は来た。


「もう来てるけどな」


 いつの間にか僕の背後に立っていた。


「いきなり失礼な人ですね。とっさに攻撃されても文句は言えませんよ?」


「そしたら防ぐから問題ねえよ。さっきみたいにな」


 不敵な笑みを浮かべる。


「とりあえず料理と酒を頼んでおいたんで座ったらどうですか?」


「おっ。気が利くじゃねえか」


 そいつは嬉しそうに僕の前に座り込んだ。



 ・ ・


 ・


「何に乾杯するよ?」


 目の前の少年ロックは僕に向かって確認をしてきた。


「そう……ですね。じゃあ『』乾杯でどうですか?」


「くく……お前。良いセンスしてやがる。じゃあ――」


 そういってグラスを掲げると。


「「世界にっ!」」


 転生者と転移者の男子会がスタートするのだった。



 

 ・




「それで。聞きたい事ってなんだよ?」


 肉に齧り付きながら僕の方を見るロック。僕はシルフィーに伝言を持たせて送り出した。『二人だけで話がしたい』ロックはそれに応じるとニーナとニースを撒いて現れた。


 僕が最初にする質問は決まっていた。


「良かったら実年齢教えて貰えます? このままだともやもやするんで。態度も決め辛いし」


 相手が年上だと思っているからこそ敬語を使っているのだ。もしこれで同世代だったら無意味なはからいになってしまう。


「んー。生前で17年こっちで16年。今は33って事になるな」


 なるほど。大分年上だったようだ。


「こっちからも一つある。お前。転移者だよな?」


 その言葉に僕は頷く。ここにいたっては隠す必要が無いからだ。


「どうして俺が転生者だと思った? 俺とニーナ。それにニースのステータスは俺の魔法で隠蔽されているからな。いくら神々のアイテムを使っても覗き見る事は出来ないはずだぜ」


「それは。妖刀ムラマサを出した時ですよ。この世界には刀なんて概念は無いみたいですから。全魔法が万能とはいえ、武器にわざわざ刀を選択するのは日本人ぐらいでしょう?」


 男ならば一度は刀を振り回したいというロマンがある。僕も主要な武器の中に刀があったなら当然選択する。


「くくくっ。ちげえねえや」


 僕の穴だらけの推理をロックは面白そうに聞いた。



「まあいいや。俺の正体に関しては語るのも面倒だ。自分で見てみろ」


 ロックがそう言うと、目の前から一枚の何かが剥がれたのを感じる。おそらくロックが魔法による防護を解いたのだろう。

 僕は神の瞳を使い、ロックのステータスを覗き見た。


「うそ……だろ…………」


 僕のかすれた声が響く。


「まあ。俺もこっちの世界に来てから常にレベルを上げ続けたからな。レベル778。おそらくこの世界で最強は俺だろう」


 僕はステータスを見つつも冷や汗が止まらない。


「ここまでになるのに相当頑張ったんだぜ?」


 軽い言葉に似合わない鍛錬の成果。これ程の力を持っているのなら確かに最強を名乗れてもおかしくない。

 そもそもこいつのMPがでたらめすぎる。神話魔法4発程度で魔力が尽きる?


 このMPなら1000撃っても無くならない。何処かで手加減をされている意識はあったのだが、まさかここまで実力を温存されていたとは……。


 だが、僕が注目せざるを得ないステータスは他にある。


「そのせいもあってか、気が付けばある地位に納まっていたんだ。俺の称号を見たならもう解るだろ?」


 答えて見せろとばかりにロックは笑った。

 僕はそんな彼に対して言う。


「……ああ。十分に理解できましたよ。転生者黒岩さん…………」


 そこでいったん言葉を区切る。中々いう覚悟がでないからだ。僕はもうこらえる事が出来ない衝動を押さえつけるとこの神の瞳が見抜いた唯一の真実を何とか口にした。


「…………いえ。魔王………………黒岩抜作くろいわぬけさく


 その瞬間僕は我慢できずに噴き出すのだった。

 

 

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