第69話死闘の果てに地に塗れる
「なん…………だ…………と…………」
驚愕の声が漏れる。ここにきてようやく相手の余裕が崩れた。
「ふぅ……怖かった」
『よゆーよゆぅー』
冷や汗を掻く僕に対して風の精霊シルフィーはフヨフヨ浮かびながら結晶を持っている。もう一発のダーク=マターを受け止めた結晶だ。
「さて。種明かしといこうか」
僕は若干の余裕を持つとロックに説明を開始した。
「何故僕が無傷でいるか。それはこの結晶のお陰なんだ」
そう言って手に持つ結晶をロックに見せつける。
「それは…………もしかして【吸魔の結晶】か?」
「御名答。その通りだよ」
吸魔の結晶とはダンジョンコアの残骸を使って作り上げた魔道具だ。
ダンジョンコアを加工して作ったそれは、ありとあらゆる魔法を吸収する事が可能になる。
ただし、吸収できるのは一つの魔法だけ。
そして、吸収した魔法は好きな時に開放することが出来るのだが、一度開放すると結晶は砕け散ってしまう。
僕は以前に覗きをした時、エレーヌから受けた攻撃をこれで受け止めた事がある。
「そんな物を持っていたのか…………」
ふふふ。驚いているようだね。無理もない。これは普通に販売されていない品物なのだ。
僕がキリマンでターレ教のクロードに接触した際に彼が身に着けていた物をコピーしたのだ。
要人ともなれば命を狙われる危険性が高いからこうした一撃死を免れるアイテムを懐にしまっているのだろう。
悔し気な表情を浮かべるロックに僕は言った。
「つまり。君の魔法は僕には通用しないって事だよ」
恐らくまだ余力は残っているのだろう。だが、既に神話級魔法を4発も打っているのだ。
エレーヌでさえ数発も打てば魔力切れで角が生えるのだ。
いくらこいつが規格外でも限度があるだろう。
「悪いけどこれも勝負だからね。仕留めさせてもらうよ」
僕は剣を抜き放つと切っ先を彼に向けた。
・ ・ ・ ・
・ ・ ・
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「隙ありっ!」
神速にて間合いを詰める。これはスレイプニルブーツの恩恵だ。あり得ない速度で肉薄した僕はその剣を彼の肩口にかけて切り伏せるべく振るったのだが。
―ギギンッ―
顔をしかめる程不快な音が耳に響く。気が付けばロックが剣を手にして僕の斬撃を受け止めていた。
「なっ! いつの間に…………」
彼は魔術師のはず。先程までは確かに武器を持っていなかった。僕が状況を把握しようと逡巡していると。
「俺のチートは全魔法。これは【魔剣召喚】の魔法だ」
「何でもありかっ!」
僕が突っ込みを入れていると、ロックが一歩踏み込んで目にもとまらぬ速度で剣を振るう。
次の瞬間、僕の剣が斬られていた。
切り飛ばされた刀身はくるくると回転をして地面へと突き刺さる。
「妖刀ムラマサ。それがこの刀の名だ」
その名前に僕は目の前の人間の正体が解り始める。
「呪われた剣身を持ち、使い手次第で切れ味が変わる魔剣…………なるほどね。僕のブレイブソードが斬られる訳だ」
相手が伝説級の武器に対して僕のは一級品だ。これは武器を変えざるを得ない。
僕はインベントリから新たな剣を取り出すと即座に斬り付けた。
「むっ。折れないな。なんだその剣はっ!」
お互いに力で押し合いながら話をする。
「聖剣エクスカリバーだよっ!」
手ごたえとしては十分。僕は剣を握りなおすと一気に攻撃を仕掛けた。
・ ・ ・
・ ・
・
「はぁはぁ…………しつこい…………」
「そっちこそ…………いい加減倒れろよな…………」
僕の言葉にロックも答える。こいつ魔術師だと思って油断していたら剣まで凄いとか。どれだけ努力をしたらその域に到達できるんだか。
「お互いの腕は互角のようだな」
ロックの分析に僕も同意だ。このままやりあっても千日手だ。終わる気がしない。
気が付けば他の戦闘から脱落者が出ている。こっちの陣営からはレックスとミレーヌ。あっちの陣営からは名前も知らない男女の探索者だ。
残ったのはエレーヌ・シンシア・亜理紗・ニーナ・ニース・ユーリ。そしてロックと僕。
あっちは三対三で戦っているのだが…………。
「あいつら相手に負けてないとか…………探索者を舐めていた」
曲がりなりにも四天王や六魔将を倒してきたのだから受験生程度なら問題ないと思っていたのだが、どうやら井の中の蛙だったようだ。
「いや。それはこっちの台詞だぞ。ニーナとニースの動きについていけるなんて信じられん」
ロックも焦りを浮かべている。僕はこの状況を打破すべく次の一手を打つことにした。
「シルフィー。援護しろっ! 風を起こして行動を阻害するんだっ!」
僕は風の上級精霊に命じると――。
『ふぅーーーー! ふぅうううーーーーー!』
このアホ精霊はロックに向かって息を吹きかけ始めた。
本人は顔を真っ赤にして真剣にやっているのだが、見ているこっちにしてみれば「馬鹿がっ」としか言いようがない。
どうやらロックも同じ感想らしく、白けた様子でいたところ変化が起こった。
ロックの周囲の草が音を立てて動き始めたのだ。
どうやらシルフィーが風を起こしたらしい、ふざけては居るようで仕事はきちんとこなしたようだ。
「なっ! くそっ!」
次第に強くなる風にロックは焦りを浮かべている。必死に剣を振るが、一度まとわりついた風は振り払う事かなわず、前後左右から暴風となりロックに襲い掛る。更に風の勢いはとどまる事を知らず、周囲の草をバサバサと揺らし始めた。
「いまだっ!」
ロックが他に気を取られた瞬間を隙と見た僕は斬りかかった。既に風で体制を崩しているロックは受けられる状態ではない。仮に受けたとしてもバランスを崩すのは間違いない。
「とったっ!」
僕が勝利を確信して剣を振り下ろそうとした瞬間――。
「「「「「「きゃあああああああああああああああ」」」」」」
女性陣の悲鳴があがった。
僕とロックは咄嗟にそちらに目をやるとそこには――。
風に巻き上げられたスカートを押さえている女性達の姿があった。
それぞれが普段隠れている部分を惜しげもなく晒しており、僕らは生唾を飲み込むのまで同じタイミングだった。
「…………はっ! くらえっ!」
「…………なんのっ!」
いち早く、我を取り戻した僕だったが、その攻撃は精彩を欠いていた。ロックは風から脱出してしまったようで後ろに飛ぶと躱して見せる。
くそっ! せっかくのチャンスだったのに……。僕は千載一遇のチャンスをふいにして苦い表情を作った。そんな僕に奴は…………。
「中々良い風の魔法だったが、まだまだ甘い」
「なんだと?」
シルフィーの風魔法を馬鹿にされたので僕は眉をしかめる。
「俺が本当の風魔法を見せてやる」
そう言って、慎重に魔力を練り上げていく。僕はその構成からロックがどのような魔法をくみ上げていくのかを察する。そして手に用意していた吸魔の結晶をしまうと――。
「…………いいぜ。撃ってみろよ」
女性達が背後に来るように移動をするとロックに向かって挑発を行った。
「これが完成された風魔法だっ! 喰らえっ! トルネード」
・ ・
・
目の前ではエレーヌを筆頭に美少女たちが悲鳴を上げながら必死に衣類を押さえている。
僕が魔法を避けた結果だ。
ロックが放った風魔法はただのトルネードではない。威力と範囲をきっちり限定したうえ、簡単に消滅させることが出来ないように調整されている。
「なんて奴だ。魔力と威力の調整から接続時間まで操れるだと…………」
僕は初めて奴の魔法に畏怖を感じた。最上級魔法? 神話級魔法? そんなものはおまけだ。
真の魔術師とは必要な時に必要な魔法を選択できる者を指す。敵ながら恐ろしい奴だ。
「お前にこれほどのコントロールは出来まい?」
「くっ…………」
悔しいがこいつが言う通りだ。全魔法のチートだか知らないが、血のにじむような努力の末の成果なのだろう。
僕が撃てば威力の調整など知った事かとばかりにすべてを吹き飛ばしてしまう。
このような、衣類をはためかせるだけという威力は到底出せない。
だが、このまま負けを認めるのは僕もプライドが許さない。
「まだ僕には奥の手が残っている」
「なにっ!」
僕はロックを蔑んだ目で見ると立ち位置を変える。今度はロックの背後に女性陣が立つ形だ。
「くらえっ! 全力全開の――――スコール!」
水の中級魔法のスコール。大量の雨を降らせて地面をぬかるませる事が出来る。どちらかと言えば攻撃魔法ではなく生活魔法よりな魔法なのだが、果たして効果の程は…………。
「「「「「「つめたっ!」」」」」」
彼女たちの声が唱和した。
「いっ、一体なにを…………」
ロックは胡乱気な雰囲気で僕を見ていたが、彼女たちを見て姿を固まらせた。
僕もロックに釣られてそちらをじっと見る。そこには――。
「うえぇっ。服が張り付くよぉ」
「動き辛い…………です」
「やだ。透けてる」
「……………………ロス」
「いい加減に殺す。お姉ちゃんがそう言ってるよ」
「風に水ね…………。悪戯好きな坊やがやりそうな事ね」
薄い衣装が肌にぴっちりと張り付き、見えてはいけない部分が完全に透けている女性陣の艶姿だった。
僕とロックはしばらくの間その光景に見とれていると。
「「はっ!」」
お互いに正気に戻ると距離をとる。そして――。
「なっ、なかなかやるじゃないカーー」
チラチラと僕から目を離しながらも演技めいた口調で語るロックに。
「そっちこそ。早すぎるぜ。僕の切り札の魔法をああも綺麗に躱すなんてナーーー」
僕もチラチラと目線を女子達に向けながら応じる。そして――。
「こっ、こうなったら俺もとっておきのまほーをつかわざるをえないナー」
「なっ、なんだってぇーーー」
お互いにアイコンタクトを取る。
「俺のチートは全魔法。つまり…………こういう事も出来るんだ」
ロックの背後に魔法陣が浮かぶとそこから緑色の透明な物が湧き出してくる。
「そっ、それは…………なんだって言うんだっ!」
見た目にも気色悪いそれをみて僕は確認をすると。
「これはグリーンスライムだ」
「スライムだって?」
僕にはロックの意図が読めない。今更そんな雑魚を召喚した所で僕を倒せるわけでもない。だとすると何のために?
僕の怪訝な表情が伝わったのだろう。ロックはその意図を説明してくれる。
「RPGとかでも最弱のモンスターであるスライム。だが、こいつらには特殊な能力が備わっている」
昨今のゲームでは最弱として登場するモンスターなのは同意だ。
「それは、服の繊維を体液で溶かしてしまうという特徴だ!」
「なん…………だ…………と…………?」
奴の言葉に僕は驚愕を覚える。
「覚悟はできたか?」
動揺する僕をよそにロックは確認をしてくる。僕はそんなロックに――。
「ああ。やってくれ」
頷くと――。
「避けられるものなら避けてみろっ! グリーンスライムストリーム!!!」
ロックの掛け声とともに魔法陣からスライムが射出されて僕の横を抜けて飛んでいく。
僕とロックは血眼になりながらもその先を見つめるのだが…………。
「「あれっ?」」
同時に声が漏れる。スライムが着弾した場所にはスライムの池が出来上がって入る。だが目的の人間達の姿は見えなかった。
「どっ、どういう事だっ!」
ロックが叫ぶ。そんなロックの背後を見た瞬間、先程のダーク=マターを回避した時以上の恐怖が僕を包み込んだ。
何故ならロックの背後に立つのは。
「「「「「「死ねっ! 女の敵っ!」」」」」」
各々が持てる最大の火力を発揮したのだろう。
次の瞬間。苛烈な攻撃が僕らを集中した。
僕らが最後に見たのは濡れた衣服で肌を惜しげもなく見せつける美少女たち。その般若の如き形相だった。
僕らは彼女たちの集中攻撃を喰らうと意識をブラックアウトさせるのだった。
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