第68話黒岩VS藤堂って書くと凡人同士みたい
「それではこれより最終試験を開始する」
あれから僕らはダンジョンの層をいくつか降りた。
そこで辿り着いたのがこの森林を主にしたエリアだった。
ダンジョンの内部なのに何故森林が?
などと疑問が浮かばなくもないのだが、墓地エリアだったり溶岩エリアだったりが階層ごとに存在しているので今更だ。
ダンジョンの層とは空間を隔てたものだというのが一般的な解釈らしく、どのような仕組みなのかは完全に解明されていないのだ。
いずれにせよダンジョンコアが作り出している空間らしく、これ程大規模なフロアを生成するのだから凄いの一言だ。
「このエリアには見ての通りモンスターは存在していない。君たちにはここで戦闘を行ってもらう。合格者は五人だ。これは上からの命令なので拒否権は無い」
係員の説明が続く。
僕は油断なく十メートル程先に立っている六人を見る。
まずエレーヌにシンシアに亜理紗。
そして二人組の男女の探索者に……。
若造と言いたくなるような年頃の少年がつまらなそうに腕を組んでいる。対人試験だというのに何とも舐めた態度だ。
彼らは先行していた受験者だ。こちらには僕と一緒にこの層まで潜ってきたメンバーが立っている。
その視線は一様に緊張しているようで、対戦相手を見つめていた。
試験に受かるのは五人。
係員はそう言った。正直な所、文句を言いたいところだが、それはこんな下っ端に言っても仕方ない。
決まってしまった以上、僕は試験内容に従うのみだ。
エレーヌと視線が合う。不敵に笑った。
どうやらあっちもやる気満々のようだ。日頃の恨みを晴らさんとばかりに魔力を高めている。
「――それでは他に質問が無ければ試験を開始する――」
そういって試験官が言葉を閉めた瞬間。
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「クリムゾンフレアですぅーーーー」
先手を切ったのは背後の人間。ミレーヌがフライング気味に魔法を詠唱していたようで業火がエレーヌ達パーティーを強襲した。
「アイスウォール」
けだるそうな声で少年が詠唱をすると密度の濃い氷の壁が出現した。
エレーヌ達が呼んでいたので定かではないが、ロックとかいう名だ。
「あぅっ。消されたですぅ」
クリムゾンフレアは火の上級魔法だ。紅の業火が広範囲を飛び、標的を焼き尽くす。僕もエレーヌから習って使えるのだが習得するのには火と風を操る必要があるので苦労した。
対してアイスウォールは水の中級魔法だ。水と風を同時に操る必要こそあるが、それ程難しくない。
問題はそれがあっさりと上級魔法を防いだという事。これは魔力の差だ。
例えば同じファイアでも魔力が高い方が威力も高い。
ミレーヌのクリムゾンフレアよりもロックのアイスウォールが無事なのは、ロックの方が魔力が圧倒的に高い証拠だ。
「こっちからも行かせてもらう。ボルゲーノ」
ロックが『クンッ』と手のひらを上に向けて指を曲げる。
「ちっ。みんな避けろっ!」
瞬時に背筋を嫌な予感が駆け巡る。
僕は皆に警告しつつ自身もその場から離れる。
足元が割れたかと思えばその割れ目より赤い物が見える。
激しい熱を持つそれは次第に膨れ上がり、地面から噴き出した。
半径十メートル程が溶岩へと変わった。自分たちに火の粉が降りかからないように範囲を調整したのだろう。もし本気で撃っていれば逃げ場がない所だった。
「ったく。信じられないガキだな」
ロックが放ったのは最上級魔法のボルゲーノ。大地に干渉して溶岩を噴出させる魔法だ。
それを涼しい顔して魔法名のみで発動させた。熟練の魔法使いでも難しい芸当だ。
「僕があいつを抑える。皆は他を頼んだっ!」
とにかくあいつは不味い。フリーで魔法を撃たせたらこっちが全滅しかねない。
そういって剣を手にして走り出す。ロックは僕の声が聞こえたのか不敵に笑った。
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「ふーん。あんた結構いい度胸してるんだね」
人を小馬鹿にしたような態度をするロック。
「どういう意味だ?」
ロックから感じる威圧が増す。僕は背筋に汗が流れるのを感じながら答える。
「あの魔法を目の当たりにして単独で俺を抑えようなんて。並みの神経じゃないよ」
先程放たれた魔法を思い出す。彼はあの魔法を涼し気な顔をして放った。恐らく余裕があるのだろう。
だが…………。
「生憎だが、最上級魔法なら訓練で毎日くらってたからね。慣れてるんだよ」
エレーヌとの訓練では最上級魔法は飛び交って当たり前なのだ。だからこそ、僕が止めに入るのが正解なのだ。
僕が次はどの最上級魔法が飛んでくるか警戒をしていると――。
「まさか。俺が最上級程度の魔法しか撃てないと本気で思ったのか?」
ロックが愉快そうに笑う。それはまるで虫けらをいたぶるかのように僕を見下していた。
「なっ…………まさか…………使えるのか…………?」
僕の口から驚愕の声が漏れる。普通に考えるのなら使えるはずがない。
エレーヌとて多大な集中力と膨大な魔力を使って実現させたのだ。僕はこの世界でエレーヌより優れた魔術師を見たことが無い。
僕が嫌な予感を感じつついると――。
「馬鹿……な…………」
ロックの手には暗黒の波動が出現していた。神魔を消滅させると言われている神話級魔法の【ダーク=マター】だ。
高密度の闇属性の魔法が触れる物質を消滅させる。
以前。覗きをした際にエレーヌにマジ切れされてぶっ放された魔法だ。
あの時は本気で生きた心地がしなかった。
その威力を知っているだけに身震いが出る。ロックは僕が震えたのを見ると。
「そうかそうか。この魔法の恐ろしさが理解できるのか」
恐らく知らない人間には何か凄い魔法としか認識できないのだろう。僕がその魔法の威力を正しく理解しているのが嬉しいらしい。
「くそっ!」
僕はロックから大きく距離をとる。この距離でのダーク=マターは危険だ。
僕が下がった事で逃げたと思ったのかロックは。
「遅いよっ!」
手にしていたダーク=マターを僕へと放ってきた。
僕はかなりの速度で後方へ下がっていたのだが、ダーク=マターの威力と速度は申し分なく。下がる僕に追いすがるように追従する。
避けられるタイミングではない。
やがて、僕から放たれたダーク=マターが目標へと着弾する。
「ぎゃあああああああああああああああ」
断末魔の悲鳴が響き。周囲の人間に聞こえた。
砂埃がおこり、クレーターが出来た。
恐らくロックは生きていないだろう。僕は期待を込めて土煙を見つめるとこう言った。
「や、やったかっ!?」
・ ・
・
「や、やったかっ!?」
一度は言ってみたい台詞として上位に位置するこれを僕は口にした。
常識的に考えれば神をも消滅させる魔法をぶち当てたんだ。相手が神でもなければ死んでいるはず。
僕は自分の勝利を確信していたのだが…………。
「やってねえよっ!」
土煙がおさまるとそこには五体満足で立っているロックの姿があった。
「えっ? なんで生きてるの?」
神話級魔法を正面から喰らったのだ。なんの対策もなしに無事でいられるはずがない。
「いやー。まさか完全に油断してたわ。お前もダーク=マターを使えたなんてな」
そういって埃を払う仕草をする。
「ふんっ。実在する魔法である以上、君の専売特許じゃないからね」
僕は動揺を押し殺しながらそれに応じる。これで相手が警戒してくれれば儲けもの。何せ僕にはそんな魔法を使う事は出来ないのだから。
「さて。俺がどうやって防いだかについてだが、レクチャーしてやるよ」
再び凄みを増すロック。
「ただし…………お代は命でもらうけどな」
「…………嘘だろ」
ロックの手に再びダーク=マターが出現する。それもそれぞれの手にだ。
それを見て僕は一つ。彼が僕のダーク=マターを防いだ方法を思いつく。
「相殺したのか?」
「正解。俺は全ての魔法を無詠唱で扱うことが出来るんだよ。だからとっさにダーク=マターを作ってお前が撃ってきた魔法と相殺したのさ」
やはりそうだったのか。僕は頭で作戦を立てながら会話を続ける。
「もっとも。お前の魔法の方が少し威力が高かったみたいだからな。相殺しきれずにダメージを受けたけどな」
ほんのわずかな差だったのだろう。ダメージと言うには程遠い傷だ。
「だが、次は2発撃つ。一発は躱せても時間差で投げられた魔法は防げないだろう?」
それは事実だ。
もしこれが単純な魔法であれば耐えても構わない。僕にはセイフティリングがある。属性魔法ならダメージの2/3はカットしてくれる。
だが、神話級となるとそうもいかない。受け止めるにしても威力が高すぎるし、耐えられたとしても大きなダメージを受ける事になる。
『シルフィー』
僕はとっさに呼び出した風の精霊に命じるとあるアイテムを渡す。
「馬鹿めっ! 上級精霊とは中々珍しいが今更遅いっ!」
こちらの動きを警戒したのだろう。何か行動をする前にと判断したのか、ロックが振りかぶって魔法を投げた。
今度は避けるそぶりをせずに僕は正面から受け止める。
「避けないとは。諦めたかっ!」
彼の勝利を確信した言葉が聞こえる。
時間差によって放たれる神話級魔法の波動。
まともに受け止めれば塵も残らないだろう。
迫りくる死の恐怖。僕は全力で目を見開いてその魔法を。死をもたらす破壊の衝動を――。
「吸引」
手に持っている結晶に吸収した。
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