第35話打ち上げ

~エレーヌとシンシア~


「見て! シンシアちゃん!」


 エレーヌは歓声を上げると石造りの壁を指差した。


「…………着いた? です」


 所々ボロボロになっていたシンシアは抑揚無くつぶやいた。


「長かった…………です。モンスター…………一杯でした。散々道に…………迷った。です」


「うん。うん!」


 シンシアの言葉にエレーヌは感慨深げに頷く。


「早速トードーさんに会う。です」


 シンシアの瞳に活力が蘇る。


「ちょっとまって!」


「なん…………です?」


 水を差されたシンシアは不満げにエレーヌを睨みつける。藤堂成分が不足してるとでも言いたげだ。


「シンシアちゃん。まずは帽子被ろう」


 キリマン聖国は宗教国家だ。

 全ての宗教がハーフを忌み嫌っている訳ではない。中にはアグリーア教のように全ての生きるものは平等であると教義を掲げている宗教もあるのだが…………。


「これで…………いい。です」


 エレーヌのマジックボックスから出た帽子を深く被る。


「今。この国はアグリーア教よりもデミダス教が力を持ってるみたいだから念の為にね」


 夜と闇を司る【デミダス】を崇める宗教で、純血以外は穢れであると教えを広めているのだ。

 現在のこの国の勢力関係はデミダスが40%、アグリーアが30%。その他の4宗派が30%という状態だ。


 なので、ハーフにとっては立ち入り難い環境になっていた。


「それじゃあ…………いく。です」


 だが、シンシアはそんな事関係なしに向かおうとする。彼女には藤堂の居場所が何となくわかる。


 いや、何となくなどという曖昧な言葉ではない。精霊が集まる場所に彼は居る。

 この世界でもっとも精霊に愛されている存在だからだ。


「ちょっと待って!」


「……………………?」


 何度もの寸止めのせいで不機嫌を隠しもしないシンシアに。


「せめて身なりを整えてから会いに行こうよっ! 私達汚れてるし」


 折角久しぶりに再会するのだ。どうせなら綺麗な自分を見せたい。エレーヌはそんな思いを抱く。


 シンシアは自分の格好を見渡す。確かに汚れている。これでは藤堂に会った時に抱きついたら嫌がられるかもしれない。

 そう考えると…………。


「そうする…………。です」


 二人は汚れを落とすべくまず宿を探すのだった。





 ☆




「なおっち。そろそろ行こうぜ」


 ドアのノックの音で目が覚めた僕はミズキに鍵を開けさせると入る許可を上杉に出した。


「もうそんな時間か」


 僕はベッドから起き上がり欠伸をすると。


「ん。どうしたんだ?」


 上杉が不思議な表情で僕を見ていた。


「いや。なおっちって寝起きは案外隙だらけな顔……………………って、まさかずっと寝てたんすか?」


 僕らが王都に戻ったのは午前の早い時間だった。


「そうだけど。上杉は?」


「俺っすか? 俺は冒険者ギルドで収集品売ったり買い物したり色々っすよ」


 何か焦った様子の上杉。


「そうだ。これ返しておく」


 そう言って僕はダンジョンコアを上杉に渡した。


「確かに受け取ったっす。でもこれ邪魔っすよね?」


「確かにね…………」


 インベントリに入らないこれは僕らにとってお荷物も当然だった。


「まあ、とりあえず俺の部屋に置いて鍵かけておけばいいっしょ」


 持ち歩いても邪魔になるだけなので上杉は結論付けた。まあ、僕らがコアを手に入れたって情報は流れてないだろうし平気だろう。



 ・ ・ ・ ・


 ・ ・ ・


 ・ ・


 ・


「それにしてもまだ待ち合わせ時間まであるんだけど?」


 上杉にせかされるように宿を出た僕だったが、打ち上げに使う店の予約にはまだまだ時間がある。


「その…………悪いんすけど買い物に付き合って欲しいっす」


「別に…………いいけど」


 頬を赤らめる上杉の必死の様子に僕は頷いた。



 ・ ・


 ・



「なあ。なんでここ?」


 僕らは今、宝飾店へと足を運んでいる。


 僕らの目的がら、こういった店に来るのは装備を整える為という意味合いが大きいのだが…………。


「ここって単なる宝石関連の店じゃん」


 魔道具でもなければ魔法具でもない。


「そんな物にお金を使う暇があるならもっと良い装備を身につけるとか消耗品を充実させるべきだと僕は思うんだけど?」


「なおっちはこれだからなぁ…………。そういう実益ばかり追い求めてると彼女の一人も出来ないっすよ?」


「むっ…………」


 上杉の一言に黙り込んでしまった。


「いいっすか。なおっち」


 僕が黙ると上杉は自信満々に振舞い始めた。


「俺達そろそろパーティー組んで一ヶ月になるじゃないっすか?」


「うん。それで?」


「ここで打ち上げの時に気の利いた宝石を贈ればっすよ、女の子達も俺らに好意を寄せてくれるようになると思うんすよ」


「…………なるほど」


 そう言われればそうかもしれない。


「だから一緒に宝石を贈ってリア充になろうぜ」


 その言葉に僕の心が揺れる。こいつ…………随分口が上手いな…………実は詐欺師か?


 結局僕は上杉に押し切られるように美月への贈り物を買った。





 ☆


「それじゃあ。ダンジョン初攻略の打ち上げってことで音頭をとらせてもらうっす」


 上杉が銀の杯を持ち上げる。

 中には濃い目のワインが入っている。


 ここは普段利用するような食事処とは一線を引いた高級レストラン。


 僕らはダンジョン攻略達成のお祝いの為にここに集まっていた。


「俺らがパーティーを組んでから早いもんで1ヶ月が経ったっす。当初はメンバーを率いるプレッシャーや俺がリーダーで良いのか悩んだもんす。様々な苦難を乗り越えてきたっす。中には死にそうな体験だったりちょっとした喧嘩もあったっすよね」


 上杉はしみじみとこれまでの1ヶ月を振り返る。


 四人だけのパーティーという事で役割分担が多く、上杉と相川は激しく喧嘩をしていた事もあった。


「だけどそのお陰もあってか。今日。俺らはこうして一つの成果。ダンジョン攻略という目標の一つを達成してみせたっす」


 そして無防かとも思える四人だけのダンジョン攻略を見事にやってのけた。


「今だからこそ言えるっす。凜ちゃん。亜理紗ちゃん。なおっち。俺についてきてくれてありがとうっす。こんなに頼りになってこんなに優しくて、そしてこんなに…………」


 そこで上杉の瞳に涙が――。


「とにかくこのパーティーは最高っすよ。今日はこれまでの苦労を忘れて楽しもう。この先の俺達の栄光を願って乾杯!」


「「「乾杯!」」」



 ・ ・ ・ ・


 ・ ・ ・


 ・ ・


 ・




「それにしても上杉君大丈夫なのかな?」


 見上げると煌く星が空を飾っている。


「ちょっと飲みすぎてたからな…………まあ平気だとは思うけど」


 僕は現在、美月と二人夜道を歩いている。


「ごめんね付き合せちゃって。迷惑だった?」


「いいや」


 それはこっちの台詞だった。プレゼントを購入する際。上杉から「打ち上げが終わったら凜ちゃんと二人っきりにさせて欲しいっす」といわれていたのだ。


「ふーん。藤堂君って相変わらずだよね」


 僕の淡白な言い方が気に障ったのか? 美月はくるりと振り返ると僕を覗きこむように瞳をあわせてくる。


 僕はなんだか妙に居心地の悪い気分にさせられた。


「私ね。ずっと藤堂君に文句言いたかったんだ」


「それは何故?」


 美月が手を差し出してくる。そこには見た事がある袋が――。


「一年前。冒険者駆け出しだった私達のところに金貨を置いたの。あれって藤堂君だよね?」


 美月の言葉に息が止まる。まさか気付く要素無いだろ?


「返事が無いって事は確定だね」


「どうしてわかったのか参考までに教えて欲しいんだけど」


「女の…………勘かな?」


 ミステリアスな笑みを浮かべる。


「出来れば名乗り出て欲しかった。そして今みたいにパーティーを組んで一緒に冒険して欲しかったんだ」


 それは出来ない相談だった。当初の自分は余裕が無かった。この世界でそれなりにやっていける自身はあったけど、自分の身を守ることで精一杯だった。


「嘘だからね。そんな顔しないの」


 そう言って美月は僕の頬に触れる。もしかして後悔が顔に出ていたのだろうか?


「僕は臆病なんだ」


 だからこそ今更彼女達の事を助け出した。それは自分の安全が保障されたからこそ出来る一種の施し。自分の優位を確信した上での傲慢な振る舞いだ。


「誰かが近寄ってきたらまず相手の目的が気になるし、深く飛び込んでこられたらそれだけで警戒をしてしまう」


 エレーヌにしてもタイミングが違えば僕は深く関わらなかっただろう。

 シンシアにしても状況が違えばあっさりと別れていたに違いない。


「今のパーティーの雰囲気は嫌い?」


 そんな僕に美月は優しく問いかける。


 全てを見透かすような美月の瞳に。


「いいや」


 僕は自分の心を偽ることなく美月に告げる事を決意した。


「好きだよ」


 



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