第36話トラップメイカー
二人揃って夜の街を歩く。
最初は人通りの多い道を選んでいた僕らだったが、次第に人気の無い場所へと向かっている。
「藤堂君。ど、何処にいくつもりなのかな?」
美月は僕に手を引かれながら焦った様子で聞いてくる。
「しっ、静かに。僕に任せて安心して」
僕はそのまま美月を抱き寄せると周囲に聞こえないように耳打ちをする。
「で、でもぉ…………」
美月は頬を赤らめて僕に何かを訴えかけてくる。
僕は周囲を見渡す。
ここは表通りとは違い、夜の街を象徴するような人間が闊歩する領域だ。
飲み足りない人間が更なる酒を求めて。
冒険者が女を求めて。
犯罪者が獲物を求めて。
それぞれが分岐する道に目的がある。
右に曲がれば娼館で女を漁ることができ、左に曲がれば連れ込み宿で連れと熱い夜を過ごすことができる。
そしてそのまま真っ直ぐ進めばそこは深淵を覗かせる闇の世界。
犯罪者達が人知れず人を攫ったり、はたまたスリや暴行をしたりと、荒事をするにはもってこいの場所だ。
恐らく美月は荒事になるのが怖いのだろう。だけど…………。
「安心して僕に身を委ねるんだ。悪いようにはしないから」
そう言って説き伏せると。
「は。初めてだから優しくしてよ?」
そう言って上目遣いに見あげてくる。
ここ一ヶ月程、美月の歌を聴き続けた僕にしてみればなれた距離感なのだが、どこか普段と違う艶に少し心臓が動いた。
「なるべく努力する」
そう言って僕は美月の手を握ると目的地へと向かって進むのだった。
☆
「えっと。藤堂君」
「なにかな?」
「私達なんでこんな所にいるの?」
美月が戸惑いの声を上げる。
「そりゃ決まってるでしょ…………」
僕らの目的を考えると一目瞭然だ。
「つけられてるんだから。人目の無い場所じゃないと都合が悪い」
先程のから誰かが僕らのほうを見ている気配を感じた。
恐らくは手練で間違いない。僕に対してこの状況になってもまだ姿を察知させないのだから。
「ほっ。本当なっ――むぐぅ!?」
「しっ。声が大きい!」
叫びだした美月の口を手で塞ぐ。その際に身体を密着させていちゃついている風を装う。
これならば相手も僕らが気付いていなくて油断をしているように映るだろう。
「相手は恐らく僕と同等かそれ以上の可能性もある。もし何かあったら美月さんは下手に手を出さないほうがいい」
僕の実力は美月がもっとも良く知っている。だから僕の言葉に彼女は疑いもせずに頷いた。
暫くの間僕と美月は抱き合ったままの状態を維持する。緊張しているのか彼女の心臓の音が柔らかい胸を通して伝わってくる。
相手はいつ仕掛けてくるつもりなのか?
次の瞬間。大きな魔力の奔流と共に奥のほうから寒気を感じさせる威圧感が押し寄せてきた。
お陰で僕は相手の位置を完全に特定すると――。
『ミズキ。トラップ発動』
『ミイ。ヤッタルナノ!』
次の瞬間二つの悲鳴が夜空に響き渡った。
・ ・ ・ ・
・ ・ ・
・ ・
・
「何これっ! ぬるぬるするよぉ」
「…………動けない。です」
「シンシアちゃん。ちょっと引っ張ってよ。折角おめかししたのに服が脱げちゃう」
「無理…………です。こっちもぐちゃぐちゃ…………です」
僕らはつけてきた相手を確認する為に近寄っていく。
だが、尾行犯は緊張感が無い様子で僕が仕掛けた罠でもがいていた。
「藤堂君。これって何?」
僕の腕に抱きついたまま美月は質問してくる。
「これ? 神界で新しく手に入れたアイテムの効果だよ」
名称:トラップメイカー
効果:指定した場所に魔力で発動させるトラップを設置する事ができる。トラップの種類はタライ・とりもち・オイル・落とし穴
必要SP:5000
「へぇ。こんな効果なのにSP5000も使うんだ」
とても微妙な効果ゆえ、前回はとらなかったのだが、こうして相手を罠に嵌める事ができたのなら取っておいてよかったといえる。
「さてお前ら。何が目的で僕たちの後をつけていた?」
油断する事無く明かりを灯す。僕は犯人達に向かってその光を向けると――。
「とっ、トード君。助けてぇ」
「トードーさん。お姫様抱っこ希望…………。です」
そこにはねばねばのとりもちを全身に巻きつけたエレーヌとシンシアが居た。
1ヶ月音沙汰が無いと思ったら何してるんだこの人達。
☆
「ふぇぇ。まだネバネバが取れないよぉ」
私は今。見知らぬ女の子二人と一緒に浴場に来ている。
「ねえ。髪にまだついてるかな?」
その女の子は警戒心が無いのか、私に向かって聞いてきた。
「大丈夫ですよ。ちゃんと取れてますから」
「そう。良かった」
ほっと胸をなでおろす赤い髪の女の子。信じられない程のプロポーションを放つこの子は藤堂君の魔法の師匠で、エレーヌという名前らしい。
トラップメイカーによる罠に掛かった彼女達。このままでは宿に戻る事もできなかったので私達は大衆浴場を訪れて汚れを落とす事にした。
夜遅くという事もあり、浴場はほとんど私達の貸切状態だった。
「こっちも…………見る。です」
肩をつつかれて見ると驚くほど白い肌と尖った耳。透き通った瞳を持つ少女が私を呼ぶ。
「シンシアさんも汚れは落ちてますよ」
「ありがと…………です」
そうお礼を言うと彼女はタオルで頭を隠してしまう。藤堂君の話では彼女はハーフエルフらしい。
汚れを落として湯船に三人並ぶ。 私は現実離れした綺麗な二人を観察する。
エレーヌさんは無邪気な雰囲気を放ちながらも他人を魅了する雰囲気を持っており気がつけば見入ってしまう。
シンシアさんは保護欲をそそる見た目と妖精のような幻想的な姿をしていて意識を持っていかれそうになる。
「アリサちゃん」
「はっ。はいっ!」
そんな二人に挟まれてどうしようか悩んでいたところ。エレーヌさんから話かけられた。
「お風呂気持ちいいね」
「天国…………。です」
「そっ…………そうですね」
結局私は無難な言葉を返した。
☆
「ん。やっと上がってきたか」
仕掛けたトラップのせいで、とりもちまみれになっていたエレーヌ達。
そんな状態だというのに抱きついてこようとしたので避けた僕だったが、エレーヌがヘソを曲げてしまったので大衆浴場へと案内した。
風呂から上がってくるのに合わせて飲み物を手渡した。
「えへへ。ありがとう」
「嬉しい…………です」
「ごめんね。私まで」
三者三様に返事を返す。どうでもいいけど風呂上りの格好がとても眩しい。
思えばモカ王国滞在中もエレーヌやシンシアの風呂上り直後の状況に遭遇した事が無い。
僕は現在レアイベントを目撃しているのでは無いだろうか?
レアイベントといえば上杉は上手いこといったのだろうか?
もしこれで奴が振られていた場合、折角の居心地の良いパーティーが半壊しかねない。
そういう意味での心配だったのだが、まあそうなったらそうなっただな。
それより今は目の前の事に集中しよう。
「それで。エレーヌとシンシアは何でここに居る?」
急に連絡がつかなくなったかと思えばこの国に現れるとは。
「そんなの決まってるよ。トード君を連れ戻しにきたの」
「一緒に帰る。です」
そう言って両側から抱きつかれる。
「ちょっと待って! 今は私達とパーティーを組んでるんだからそんな勝手なっ!」
美月が感情を顕にして止めに入ろうとしたところ――。
『冒険者の皆さん。緊急事態です。至急南門の冒険者ギルドへ招集をしてください。これは緊急招集です。この街に居る冒険者は至急招集に応じてください』
冒険者の招集の声が流れた。何やら良くない事件の予感を僕はひしひしと感じるのだった。
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