第34話ダンジョンコア
「凜ちゃんは左から。亜理紗ちゃんは補助に。なおっちは俺らが離脱したあとの魔法を頼むっす」
「解ったわ」
「はい」
「了解」
上杉の指示の元、全員が散開をする。
目の前には高さ3メートルに届きそうな巨大な人型モンスターが無骨な棍棒を握り締めてこちらの出方を見ている。
固体名:トロルキング(BOSS)
レベル: 115
HP 18000
MP 1100
STR 5000
DEX 3000
VIT 50000
INT 2000
MND 2000
解説:怪力を生かした棍棒の一撃は危険。火に対して耐性がある。
僕らは今、ダンジョンの最深部にてボス部屋に挑戦していた。
「このっ! くらいなさいっ!」
相川が背後に回りこむとトロルキングはその巨体ゆえか目標を失ってしまう。
左から回りこませたのも重たい棍棒を持っていると動きが鈍るのを計算した上杉の作戦だ。
「グオオオオオオオオ」
分厚い脂肪の割には神経が通っているのか、トロルキングが咆哮をあげる。
「隙ありっすよ」
上杉はその一瞬を見逃さなかった。あえて正面に立ち、ターゲットをとっていたのだが、そのタイミングで槍を突き出した。
ドスンッ
棍棒が地面に落ち、一瞬地面が揺れる。上杉の槍は的確にトロルキングの右腕を刺し貫いた。
「よっしゃあ!」
だがここで油断したのがいけなかった。トロルキングは自分の右手に刺さった槍を掴むと。
「あっ。こらっ! 離すっすよ!」
もともとの力の差があるせいか上杉は槍を取り上げられてしまった。
「ったく…………なにしてんだか。ミズキっ!」
『ミイ!』
「はいっ!」
「上杉が離れたら『ウォーターカッター』で切り裂くから合わせろ」
『リョーカイ。ナノ』
「わかりました!【マナの歌】」
美月が僕に近寄ってきて魔力を増幅する歌を奏でる。
指示していないのに的確な動きをする。優秀だね。
「上杉。槍はいいから離れてろ」
「なおっち頼んだっすよ!」
上杉がトロルキングの間合いから離れていく。僕は念のために相川の位置を確認する。
うん。問題ないね。
「いくぞ! ――水の刃よ…………飛べ――『ウォーターカッター』」
『ミイ。イッケー。ナノ』
僕とミズキの魔法が同時に放たれトロルキングを直撃する。
「グアアアアアアアアアアア」
フロアにトロルキングの叫び声が響く。最後の足掻きなのか右手に持った槍を僕らの方へと向けて投げようと――。
『ミズキ。防げ』
『ミーイッ!』
投げ放たれる直前。トロルキングの腕が水で切断される。
「トドメよっ!」
そこに相川が飛び込むと心臓に剣を突き刺した。
☆
「ふぅ。これでダンジョン制覇っすね」
戦闘が完全に終わり。上杉は息を吐くと緊張をほぐしていく。
「四人だけでも何とかなったわね」
「うん。最後の凜ちゃんの攻撃凄かったよ」
全員。疲労が浮かんでいる。油断すると殺されるかもしれない相手に挑んだんだ無理も無いだろう。
「早速。戦利品をとりにいくっすよ」
上杉が嬉しそうに奥へと歩いていく。
相川も美月もそれに続いたので僕も後を追う。
「さーて宝箱の中身はっと…………弓っすね」
上杉が宝箱から取り出したのは僕が見た事のある武器だった。
「それはシルフィードだね。風の加護を受けた弓で命中率に補正が掛かるんだ。確か売れば…………金貨2500にはなったはず」
「まじっすか?」
「たった一回のダンジョンでそんなに稼げるのっ!?」
「新しい装備が買えちゃいますね」
あくまでサナアで売ったときはだけどね。それにしても宝箱から出てきたこれは当たりじゃないだろうか?
「ここって中堅所のダンジョンだったよね?」
潜る事50層。道中も含めると1週間。ダンジョン到着に3日。ダンジョン攻略に4日。
つまり戻りも考えると大体2週間掛けての稼ぎという事になる。
「ってことは一人頭の取り分が金貨625枚」
上杉の顔がだらしなく緩んでいる。恐らく遊びに使う事を考えているんだろうな。
「変よね。こうして普通に踏破できるダンジョンなのに未攻略だったなんて」
場所は王都より離れた山奥。ダンジョンの存在は認知されては居たものの攻略されていないのはおかしい。相川はそう思ったようだ。
「でもそれって俺らだから攻略できたんじゃないっすか?」
「どういう事? 上杉君」
相川の質問に上杉が答える。
「俺らってインベントリあるっしょ? 装備や食料を運ぶのに不自由が無いんすよ。それに武器だってなおっちから借りてる超強い武器や防具っすからね」
通常の冒険者であれば稀にいる【マジックボックス】のスキル持ちが居なければ食料の運搬だけでも一苦労となる。
ましてや今回みたいに特に深い階層まで潜らなければならないとなれば尚更だ。
ダンジョンにおいて、死亡率が高いのは1にモンスターとの戦闘。2に遭難なのだ。
下層まで降りた状態で食料が尽きてしまえばどうなるか?
人は霞を食って生きているわけではない。当然補給が必要になる。
「確かに。全員がインベントリ持ってるからドロップアイテムも結構拾えたし。私達って優遇されてるよね」
「伊達に神候補はやってないね」
後はみんなが触れていない部分では神候補の成長補正もあるのだろう。恐らく僕らは同じレベル帯の人間に比べてステータス面が高いはずなのだ。
「ねえ。そんな考察は良いからさ、さっさと帰らない? 地上に戻ってお風呂入りたいわ」
相川の艶やかだった黒髪が褪せている。ダンジョン生活でろくに手入れを出来なかったからだ。
「その前に。ダンジョンコアをとるっす」
上杉は最奥の壁にはまり込んでいる黒い物体に駆け寄る。それはバスケットボール程の球体で、まるで生きているかのように鳴動しており赤い筋が時折浮かび上がらせている。
名称:ダンジョンコア(ランク3)
説明:ダンジョンを形成しているコア。神界でSP500に変換可能
「美月さん…………」
「うん。見てみたけど。他のパーティーはどうするんだろうね?」
僕が何かを言う前に美月が言葉を補足する。
「神になりたい人間が使うんじゃないか?」
一度SPに変換してしまったら譲渡が出来ない以上ダンジョン攻略のSPを貰えるのは一人だけという事になる。
「先に知っておけてよかったね」
平松は神界のダンジョンを複数人で攻略しようとしていたが、現状では6人揃えるのは厳しそうだ。
手伝うだけ手伝わされて報酬をもらえない可能性があるので率先して手伝う人間が居ない。
こうして僕らの初ダンジョン攻略は成功に終わった。後は地上に戻るだけ…………。
・ ・ ・ ・
・ ・ ・
・ ・
・
「うー。やあーっと戻ってこれたっす。今日は酒場で打ち上げっしょ」
王都が見え始めた頃から上杉の表情が明るくなり始めた。
そして王都の門を潜るといよいよそのテンションはマックスになる。
「賛成なんだけど。その前に宿に戻ってお風呂入りたい」
「わたしも。着替えもしたいし」
「じゃあ。待ち合わせ場所を決めて集合って事でどうかな?」
僕の提案に全員が頷く。
☆
「やはり増えないね。予想はしてたけど」
僕は現在、ダンジョンコアに右手で触れている。
上杉に無理を言って借り受けたからだ。
「当然。インベントリに収納も出来ないと」
何故なら、ダンジョンコアを増やせれば様々な問題が一気に解決できると思ったからなのだが…………。
「インベントリには生き物は入らない。そしてダンジョンコアは生きているから入らない」
ダンジョンから戻る際、上杉がインベントリにしまおうとした時に出来なかった事から想像できていた。
「ちぇ。つまんないの」
僕はテーブルにダンジョンコアを放り出すとベッドに向かって倒れこんだ。
「ベッドで寝るの久しぶりだな」
『ミイ。キモチイイ』
ミズキがベッドの端で跳ねている。
「ミズキあんまり揺らすな」
『ミイ。ゴメン』
精霊は上級になると物に触れることが出来るようになる。シンシアは物質化と言っていた。
「それにしてもわりと上手くやれたな」
僕には人間関係についてある種のトラウマがあった。
それだというのに上杉や相川。美月との関係が上手く行くのはどうしてだろう?
エレーヌやシンシア程ではないが気を許しているのを僕は感じる。
その事について考えようとするのだが、眠気が押し寄せてくる。
流石に疲れが溜まっているのだろう。
打ち上げまでは時間があるので睡眠をとることにした。
「ミズキ。打ち上げ時間が近づいたら起こしてくれ」
『ミイ。リョーカイナノ』
ミズキの返事をよそに深い睡眠へと落ちていく。
打ち上げを楽しみにしている自分の心の変化に苦笑いを浮かべながら、それが悪い変化ではないと考えながら僕は意識を落とした。
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