第22話エレーヌの事情
「お待たせしてしまってすいませーん」
笑顔で手を振りながら駆けているのはやたらと露出が激しい装備を身に纏った僕の師匠のエレーヌだった。
「こっちも丁度準備が出来たところだ」
対して答えるのはエドガー=クルーエル。
エレーヌのミニスカートとハイソックスに目を奪われているのか目線が下がっている。
「今日は宜しくお願いしますね」
エレーヌの挨拶にざらついた笑みを浮かべるエドガー。どこからどう見てもエレーヌを卑猥な目で見つめている。
さて、何故エレーヌがこうしてこのクズの元に現れたのか道すがら説明しよう。
エレーヌから言い寄ってくる相手の名前を聞いた時。僕には引っかかるものがあった。
その名前は今から1ヶ月程前に名乗られていたからだ。
例のダンジョンの25層。シンシアを置き去りにしたパーティーのリーダーがその名前だった。
ここからは推測になるが、彼らは恐らくシンシアの穴埋めを用意出来なかったのではないだろうか?
冒険者において魔術師とは人員が不足しがちな職業である。
剣を持てば戦士を名乗れるが、杖を持つだけでは魔術師を名乗ることは出来ない。
僕も魔法の習得に苦労しているからわかるのだが、あれは相当な修練と年月を必要とするのだ。
そんな訳で、魔術師抜きで狩りをしていた所、我が師匠たるエレーヌに救われたというわけだ。
「それにしてもいきなりOKされるとは思わなかったぜ」
嬉しそうな声でエレーヌに話しかけるエドガー。
「ええ。連れの許可がでましたので臨時という形になりますけどね」
「臨時…………ね。まあその辺はおいといて時間が惜しいからダンジョンに入ろうか」
恐らく自分の頭の中ではエレーヌを篭絡する方法を考えているのだろう。殺意が沸きそうな笑顔を見せられた。
そう言って肩を抱こうとする。…………ふんっ!
「うわっ! つめたっ!」
「どうしたんですか?」
「いや。朝露でも落ちてきたかな?」
エドガーはしきりに首を捻るのだった。
☆
『えぇっ! 断るなってどういうことよ』
『そのまんまの意味ですよ。とりあえず師匠はそいつのパーティーに臨時で加入してください』
『やだよ私』
『いいじゃないですか。わりとイケメンだったし』
『顔の問題じゃないよ。トード君は平気なの?』
『ずっとと言う訳でもないですし。エレーヌがあいつらのパーティーに入っても魔法は教えてもらいますから問題ないです』
『そういう意味じゃないのに…………馬鹿』
『とにかく師匠はやつらのパーティーに入って情報を収集して欲しいんですよ』
『なんで私がそんな事…………』
『それはですね……………………』
☆
「エレーヌ。疲れたか?」
エドガーが振り返りエレーヌに笑顔を見せる。
「い。いえ別に平気だよ」
エレーヌはそれに対して愛想笑いを浮かべる。
『師匠。もっと自然な笑顔で。嫌ってるのがばれたら元も子も無いですよ』
「ひうっ!」
「どうしたんですか?」
後ろから僧侶の女の子が話しかけた。どうやらエレーヌの奇声が気になったようだ。
「あはは。なんでもないよ」
そう言って手を振って誤魔かす。本当にこの師匠は頼りにならないな。
『と、トード君いきなり話しかけないでよ』
やや焦った声が念話でこちらに伝わってくる。
『それよりそっちの状況はどうなんです。何かわかりましたか?』
『今のところなーんにも。前衛が敵を倒しちゃうから出番も無いし。私飽きちゃったよ』
これだからエレーヌは。僕と二人のときですら制御できなかったのにこんな木端なパーティーならなおさらだろう。
『成功報酬に金貨100も出すんですから我慢してください』
結局渋るエレーヌを説得するのにお金を使った。というのも――。
『ふーん。シンシアちゃんの事になると真剣になるんだ?』
僕が彼らの内情を探るようにエレーヌに言ったのはシンシアの為だった。
彼女は以前のダンジョンでけっして癒えぬ裏切りによる心の傷を負った。
『それの何がいけないと? 僕はこれでも
『ふ。ふーん。そんなに
何故か急激に機嫌がよくなるエレーヌ。そんなに
僕らがつまらない話をしている間にもパーティーは歩いていた。
エレーヌも会話の合間にモンスターと遭遇した時には適切な援護を行っている。やれば出来るんだなこの人は。
「そろそろ休憩にするぞ」
暫くしてエドガーの号令で全員が腰を降ろす。気がつけば既にダンジョンの20層を突破していた。
「それにしてもエレーヌの魔法は凄いな。的確に敵の動きを足止めしつつ数を減らしてくれている。やっぱり仲間に入れて正解だったよ」
エドガーがエレーヌを褒め称える。きっと自分の判断が正しかった事を喜んでいるのだろう。
『過去の魔術師について聞いてみろ』
「私の前の魔術師はどんな人だったの?」
「あいつはな。エレーヌと違って無愛想だったし、魔法も精霊魔法だかなんだか知らないが使い勝手が悪かったよ本当に」
そういって苛立つ声をだす。
僕は握る拳に力が篭るのを感じた。
「その魔術師は今はどうしたの? パーティーを抜けちゃったの?」
エレーヌの言葉に全員は顔を見合わせると――。
「そいつは実はハーフエルフだったんでな。25層で強力なモンスターが現れたときに囮にしたんだ。俺達は逃げ出したからその後はしらんが多分死んだんだろうな」
まるで負い目の無い言葉に怒りが湧き出す。
「…………やっぱり半人間は駄目?」
それはポツリともれた言葉だったのか? エレーヌは指示無く発言していた。
「当たり前だろ。半分は人間の血が混じってようが半亜人や半魔人が人間を名乗るなんて虫唾が走る。あいつらと一緒に冒険しろって言われても俺はごめんだね」
それは、余程腹に据えかねているのか侮蔑や差別を多分に含んだ言葉だ。胸糞が悪くなる。
「そう…………」
エレーヌはそれっきり黙りこんだ。
☆
「それじゃあ。今日の冒険はここまでだな。また次回も誘うから頼むぜエレーヌ」
エドガーは機嫌良さそうに話しかける。無理も無いな。エレーヌが入った事で効率と安定を得ることが出来るのだから。
だが、肝心のエレーヌは「ええ」と目線をあわさずにその場から離れていく。
暫くしてエドガーが声を開いた。
「あいつ。ハーフ擁護派なのか?」
「そうじゃないっすか? エドガーさんの言葉に俯いてましたし」
「んだよっ。折角可愛い顔してるから仲間にしてやったのによぉ」
「どうするんすか? 次からは来ないかもしれないっすよ?」
「はっ。次はもっと奥まで潜るからな。もし反抗するようならそこで犯しちまって捨ててやろうぜ。あのハーフエルフのようにな」
「ちげえねえやっ! あいつも仲間が出来てあの世で喜んでいる事でしょうよ」
そう言って笑いあう奴らをみて僕の怒りのゲージは振り切れた。
調査の為にエレーヌを差し向けたがもう終わりだ。こいつらは調査するまでも無くクズだった。
僕はこの世界において人を殺したことは無い。だが、こいつら相手なら何の良心の呵責も無く実行できる。
「ねえ。どうせならいつもみたいにさらって奴隷にしましょうよ」
「ほう。珍しいな意見するなんて」
「だってあの女。いかにも男受けしそうじゃない。私ああいう男に媚を売る女って嫌いなのよね」
次の瞬間。何かが切れた。目の前の女が醜悪にうつる。
エレーヌの寂しそうな顔が浮かぶ。シンシアのおびえる顔が脳裏をよぎる。
空気がピリピリと振動する。
「ひっ! なんだよっ!」
彼らの怯えた声が漏れる。
僕はゆっくりとギュゲースの指輪を引き抜くとその姿を現した。
「おまえ…………い、いつの間にっ!」
最初から全て聞いていた。まさかこんなに早くボロを出すとは思っていなかったが。
僕の鋭い視線をうけて彼らは一歩後ずさる。
何かを感じ取ったのだろう。誰しもが無言で佇む中、僕は無造作に歩みを進めた。
そして………………………………。
この日以降。彼らの姿を見た者は居ない。
・ ・ ・ ・
・ ・ ・
・ ・
・
「トード君」
僕がアトリエに戻るとエレーヌは泣きそうな顔をして僕を見上げてきた。
僕は柄にも無くそんな彼女を抱き寄せると。
「悪かった」
謝罪をする。
「トード君は。半魔人は気持ち悪いと思う?」
エレーヌの縋るような声。
「思わない」
「どうして? 半亜人も半魔人も半分しか人間の血が混じってないんだよ? そんなの異端なんだよ。嫌わないの?」
「種族は違えど愛し合った結果として生まれたんだ。祝福される事はあっても嫌うわけが無い」
エレーヌが僕の胸に顔を押し付ける。僕が静かに泣くエレーヌの頭を撫でるのは彼女の事情を知っていたからだ。
僕は神の瞳を起動するとエレーヌを見た。
氏名:エレーヌ=ホープスター
種族名:半魔人(ハーフデミル)
レベル:278
職業:魔法使い・錬金術師・召喚師
HP 130000/130000
MP 455000/480000
STR 25000
DEX 28000
VIT 45000
INT 150000
MND 180000
称号:国家錬金術師 寂しがり屋
ユニークスキル:詠唱短縮 魔人化
そう。彼女は
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