第21話虚言娘

「申し開きを聞きましょうか師匠?」


 僕の怒りの声にエレーヌは涙目で震えている。


「ちっ、違うんだよ! 皆が勝手に誤解したのっ!」


 ちなみに彼女は今ずぶ濡れの状態で床に正座をしている。この僕の命令によって。


「あほかっ! どういう態度をとれば街中の人間が誤解するんだよっ!」


「だっ、だって仕方なかったの」


 あれからルードヴィッヒさんに話を聞いた僕はエレーヌのアトリエに突入した。僕の恋人疑惑の相手がエレーヌだったからだ。


 そこで幸せそうにソファーで眠っていたエレーヌを発見したのでミズキに命じて水をぶっ掛けた上で胸倉を掴んで叩き起こした。


「とっ。とにかく着替えさせてっ! 下着まで濡れちゃって気持ち悪いんだよ」


 顔を真っ赤にして主張するエレーヌに対して僕も一度冷静になる。

 シャツはべっとりと張り付きエレーヌの肌を見せ付ける。シャツ一枚で寝ていたのか、白磁のような太ももが顕になり、生めかしい色気を放っている。


 顔から鎖骨に向けて流れる滴が胸元に溜り、妙に目が離せない。


「と、トード君?」


「わかりました。着替えてください」


 内心見惚れていた事を悟られたかと視線を外すが、エレーヌは気にすることなく着替えに向かった。




 ・ ・ ・ ・


 ・ ・ ・


 ・ ・


 ・



「それで。何が仕方なかったんですか?」


 エレーヌが着替えている間に暖かい飲み物を用意した僕はマグカップの片方をエレーヌに渡しながら聞いてみる。

 文字通り冷や水を浴びせてしまったので風邪を引かせては不味いとおもったので当然の配慮だ。


 エレーヌはそんな僕に対して物言いたそうにしていた。やがて決意をしたのか強く拳を握り締めると。


「実は私に言い寄ってくる人がいたのです」


「うっそだぁー」


 鼻で笑ってやった。


「うっ、嘘じゃないもんっ!」


 顔を真っ赤にするエレーヌを僕は良く観察してみる。

 普段はズボラが服を着て歩いているようなエレーヌだが、こうしてきちんとした格好でいるとそこらの女じゃ太刀打ちできない次元に存在しているように見える。

 スラリとした鼻筋にアーモンド型の唇。パッチリとした目にはルビーのように赤く輝く瞳が印象的。スタイルも出るところは出ていて引っ込むところは引っ込むというグラマラスを想像させる我侭ボディだ。


 確かにもてても不思議ではない。


 エレーヌは思い出すように説明を始めた。

 なんでも、僕とシンシアが旅に出てしまったせいで、退屈していた彼女は「そうだダンジョンに行こう」と思ったらしい。


 元々、この近辺では敵無しのエレーヌは鼻歌交じりにモンスターを狩りまくっていた。

 そこで、とあるパーティーがピンチになっているのを見つけたらしい。


 困っている人を見捨てて置けない性分なのか、エレーヌはそのパーティーを助けたらしい。


「その時のお礼ってことで食事に誘われたんだけど…………」


 てっきりパーティー全員でお礼をしてくれると思っていたエレーヌ。恐らく卑しくも食事に釣られたんだろうな。

 今度からは知らない人に誘われてホイホイついていかないように教育しておくとしよう。


「いざ待ち合わせ場所に行ってみたらリーダーさんだけだったんだ」


 流石のエレーヌもこれは変だと思いつつも食事に向かった。

 そこで…………。


「魔術師が足りないからパーティーに入って欲しいって言われたの」


 そこで初めて自分が勧誘を受けていると気付いたのだ。いや、もっと早く気付こうよね。


「それで師匠はどう答えたのですか?」


「約束をしている相手がいるのでお断りしますって」


 うん。それなら別に角が立つようなもんでも無いだろう。優秀な魔術師で何処のパーティーにも属さない人材なんて逆に稀なんだから。


「そしたら。「自分は貴族にコネがある。冒険者ギルドに手を回して解散させる事も出来るんだぞ」って脅された」


「何そのクズ。僕だったら飲み物かけてやってるな」


 僕はそういう権力を傘にかける奴が一番嫌いだ。だからこそ、そういうやからに対抗する力を持つべくコネを作っている。


「だから言ったの。私と彼の絆はそんな事じゃ引き裂けないぐらいに強いんだよって」


 その時に僕が渡した指輪を見せたお陰で周囲から誤解を受けたらしい。

 なるほど。ようやく背景が見えてきた。


 エレーヌにしてみれば師弟の絆を言ったつもりだろう。

 指輪にしたってコールリングだ。いつでも念話出来るようになっているので僕らの絆を証明するにはうってつけ。


 それをその馬鹿と、周囲で聞き耳を立てていた野次馬が噂として流したらしい。珍しくエレーヌが悪くないなんて、明日は雨でも降るんじゃないだろうか?


「話はわかりました。そういう事ならそいつとは僕が話しましょう」


「いいのっ!?」


 よほど嫌だったのだろうな。僕をみるエレーヌの瞳がとても嬉しそうだ。


「ええ。誰の師匠に粉をかけたのか。身の程を解らせてやりましょう」


 この国では単純な暴力事件はあまり表ざたにならない。冒険者同士の喧嘩に関してはペナルティがあるらしいのだが、そもそも僕は冒険者じゃないから関係ないし。

 まあ今回の事は馬鹿がエレーヌの見た目に惹かれただけだし、穏便に済ませられるだろう。


 向こうが権力を用いるのならこっちもルードヴィッヒさんに渡りをつけても良い。

 ちょっとした貸しを作ることにはなるが、それで誰も不幸にならないのなら幸いと言う奴だ。


 僕はこれからの段取りを頭の中で組み立てつつ肝心な部分を聞いていなかった事を思い出した。


「そう言えば。結局そいつの名前って何なんですか?」


 もしかして有力な貴族のコネだと厄介かもしれない。そんな気がして聞いてみたのだが意外な名前が出てきた。


「うーんと。エドガー=クルーエルって人だよ。金髪の優男風の二十歳ぐらい」


「へぇ…………」


 久しぶりに聞くその名前に僕の口元が大きく緩んだ。




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