第13話ダンジョンに入る日③

 あれから。どれだけの時間が経過しただろうか?

 僕は戦闘する気が起きなくなったので結界を張り、エレーヌが戻るのを待っていた。


 もちろん普通に結界を張った訳ではない。

 僕にはプリーストの知識も無ければ結界を張る知識も無いのだから。



名称:ホーリーフィールド

効果:半径五メートルのドーム型の結界を張ることが出来る。接続時間は72時間。一度使うと術石は破壊される。

必要SP:1000



 こういう便利系のアイテムが神界に結構ある。

 これは上級悪魔族でも一時的に持ちこたえる事が可能らしいので、このフィールドにおいてこれ以上の結界は必要ないだろう。


「師匠。まだなんですか?」


 先ほどから通信しているが、返事が無い。これはどういう事だろうか?

 ダンジョン内において味方とはぐれると言うのは死に直結するような問題だ。先ほどまで連絡を取る手段があったのに今では無しのつぶてだ。


 僕の脳裏に嫌な考えが浮かぶ。それはエレーヌが何らかのトラブルに巻き込まれてしまっているパターンについてだ。


 この階層においてエレーヌの力は突出している。いくら数が多いとはいえゾンビ相手に遅れをとるとは考え難い。

 だが、連絡がつかないのも事実だ。 いざとなれば緊急で帰還する事も考えなければならないだろう。


 僕はあと少し待っても連絡が無い場合に脱出するつもりで考えていると。


「おおっ! 人が居る。助かったぜ」


 目の前から五人組の人間が現れた。戦士が二人に僧侶が一人にトレジャーハンターが一人。

 僧侶以外は全員が男だ。


 内心で僕は面倒だと思った。

 こういう場面でそんな声で寄ってくる場合ろくな事が無いからだ。


「すまない。俺はこのパーティーをまとめてるエドガーって者だ。プリーストさんよ。もし可能なら回復魔法を掛けてくれないか?」


 「そこのプリーストに掛けさせれば?」とは言わない。もしかしてMP切れなのかもしれないし、帰還の為に温存したいのかもしれないからだ。

 だが、問題は僕がプリーストではない事だ。


 彼らは、僕が上級結界を張っている様子を見てプリーストと誤解したようだ。


「生憎。僕は回復魔法が使えないんです、連れが居るんですけど。彼女なら…………。そうだこれでよければ」


 そう言ってポーションを渡す。僕のインベントリに収納されていたエレーヌの自家製ポーションだ。

 これならば失っても別に惜しくない。


「そっか。ここで相方待ちだったのか…………すまないな」


 そう言ってそいつらはポーションを飲み始める。そして。


「相方さんが戻ってきたらすぐに逃げた方がいい。現在この階層に最上級のモンスターが発生したんだ」


「最上級モンスターですか?」


 たまにあるらしい。その階層に沸くモンスターとは別にレアポップなのか高位のモンスターが発生することが。

 普段通り同じ階層で狩りをしていた所これに出くわし全滅するパーティは少なくない。


 そういう意味では彼らはついているのだろう。こうして無事に会話を出来ているのだから。


「よく、無事でしたね」


 僕が労いの言葉を掛けると。全員が後ろめたそうな顔をして俯く。なんなんだ?


「それで。最上級モンスターって何なんですか?」


 そんなモンスターが居る事だけでもエレーヌに伝えておいた方が良いだろう。


「ドラゴンだよ。それもレッドドラゴンの成体」


「どっ…………ドラゴンっ!?」


 僕は驚きのあまり腰を浮かせる。

 重厚な体躯にファイアブレスを操る。鍵爪や尻尾のなぎ払い。咆哮など多彩なスキルを持つそれは一度遭遇してしまえば死を免れない存在として世間では認識されていた。


「そんな相手からどうやって逃げたんです。犠牲も無しに…………」


 先ほどの彼らとのやり取りに嫌な予感がする。連絡がつかないエレーヌ。そして突如現れたレッドドラゴン。

 果たして僕の予想は…………。


「遭遇した時その場にはもう一人居た。俺達はその女の子を囮にして……………………」


 次の瞬間。僕ははじき出されるように結界から飛び出した。



 ☆



「くそっ。無事でいろよっ!」


 僕は息が切れそうになるのを堪えながら全力で走った。

 途中で迫ってくるモンスターは神槍で薙ぎ払う。とにかく一刻も早くドラゴンのところへと到着しなければならないのだ。



 ズドォオオオオオオオオオオオオオオン




 地面が揺れるほどの爆発がする。僕はそちらに目を向けるとおびただしい熱量がそちらの方から漂ってきた。



 まだ戦っているのか?




 僕が音を頼りに辿りつくとそこは地獄の釜のような暑さだった。

 墓地系マップ特有の寒さはなりひそめ、今では火口付近のような熱気を放出している。



「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAO!?」


 レッドドラゴンの唸り声が耳をつく。

 僕は顔をしかめて耳を塞ぎそれに耐えた。




 これはやばいなんてものじゃない。以前戦ったゴールデンタートルが可愛いもんだ。


 恐らくはダンジョンで言うと最下層近辺に出現するモンスターではないか?


 僕は即座に撤退するつもりで指に力を入れる。こういう時の安全策として僕は【テレポリング】を指に嵌めている。


 これは自分でマークした任意の場所に飛ぶことが出来る魔道具だ。

 僕はこれの設定を宿の裏庭に設定してある。たとえ敵に襲われたとしても不意打ちで無い限りは僕をとらえるのは不可能なのだ。


 幸いな事にレッドドラゴンは僕に気付いていない。今なら攻撃をされる前に脱出が可能だ。そう結論付けた僕は指輪の効力を発揮する為、魔力を流そうとする。



 だが、その直前にあるものが目に入った。




「えっ?」


 それはレッドドラゴンを前にして倒れ伏している女の子の姿だった。ここからでは姿がハッキリしない。

 どうやら完全に気絶しているらしい。


 レッドドラゴンが重鈍な足を動かすたび地面が揺れる。その様子は目の前の少女をむさぼるつもりのようで。


 顎からは大量の涎が零れ落ちている。


 やがて、レッドドラゴンは少女の下へと到達する。


 そして、レッドドラゴンはその凶悪な顔を倒れた女の子に近づけると大口を開く。


 全てを噛み砕くといわれる顎が開かれ、その女の子を食べようとしたその時――。



「させるかああああああああああああああああああああ」


 僕の中で何かが切れた。先ほどまで逃げようと思っていたにも関わらず。自分の命を最優先に考えているにも関わらず。

 僕は叫び声を上げる。そしてレッドドラゴンの行動が止まり僕を睨みつけるのを確認すると。


 ある物を投げつけた――。



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