第11話ダンジョンに入る日①

「だからね。この世界には三つの魔法系統が存在するの」


 あれから。僕は正式にエレーヌの弟子になった。徴収官は様々な書類を持っていたらしく、借金の返済を終わらせると共に、国家に登録する為の師弟の記入書類を僕の前に突きつけた。


「人族が扱う【属性魔法】大気中のマナを取り込んで自然現象を発生させる魔法がひとつめ」


 【師弟届】その書類の効力は絶大で。僕は国家からエレーヌの弟子として登録されてしまった。とはいえ、当初思っていたほどに悪い状況ではない。


「妖精族が扱う【精霊魔法】これは世界中に存在する精霊を使役して現象を起こす魔法だよ」


 意外な事にエレーヌの授業は要点をおさえており楽しく、へたに凝り固まった考えをする教師よりも解りやすかった。


「そして最後は魔族が扱う【召喚魔法】これは魔物を召喚して命令を与えることで戦わせる魔法なんだよ」


 飛び級でアカデミーを卒業して資格を得たというのは伊達ではなかった。だが……………………。


 ―ぐぅー―


 

「そうそう。妖精族といえばエルフがやってる店が王都の中心にあってそこのパンが美味しいんだよ」


「ちょっと…………」


「後は最近人気のドーナツの店があるんだけど、そこの紅茶が帝国産らしくて豊かな味わいなんだ」


「あのっ…………」


「ん? 何かなトード君?」


 首を傾げるエレーヌ。


「師匠。もしかしてお腹空いてるんですか?」


 彼女の集中力は空腹になると霧散するらしく、授業の進捗はそれほど進まなかった。



 ・ ・ ・ ・


 ・ ・ ・


 ・ ・


 ・


「そもそも授業中にお腹を鳴らすなんてどうなんでしょうか?」


「えへへ。もう1週間も水と黒パンだけなんだもん。仕方ないんだよ」


 そう情けない言葉を吐き出す。それと同時に彼女のお腹から「ぐぅー」と音が聞こえる。


「パンじゃなくてもっと美味しいものを食べればいいじゃないですか」


 何故にそのような質素な生活を彼女は営んでいるのだろうか?


「食料買うお金ないんだ」


 エレーヌはキッパリ言い切った。


「何故そんなに金が無いのです? ポーションなら僕が買い上げたはずですが?」


 事の発端は彼女が抱えた不良在庫のポーションだった。弟子入りするだけでは罪滅ぼしとして弱いと思った僕は彼女が作ったポーションを金貨50枚で買い取って上げたのだ。


「錬金術に使う機材買っちゃったからお金がないの」


「それは…………あー。うん。えーと?」


 僕は何を言われたのかわからなかった。いや、解りたくなかったのかもしれない。


「それってどうしてもすぐ必要な物だったんですか?」


 僕の問いに彼女は首を横に振る。


 僕は天を仰ぎ、目元をほぐすと彼女に言った。


「師匠って大物ですよね」


「えっ。そうかなえへへ。トード君は偉いねぇ」


 そう言って僕の頭を撫でてくれる。

 僕はそんな彼女の手を払いのけると。


「褒めてませんかね。言っておきますけど」


 僕が呆れているのが解らないのか、彼女は首を傾げる。

 そう。彼女には生活力というものが備わっていないのだ。


 僕はこのひと月でそれを嫌という程学んだ。




 ☆



「くらえっ!」


 ダンジョン内に僕の気合の入った声が響くと共に何かが切り倒される音がする。

 切ったのは岩で出来た人形――所謂ゴーレムという奴である。


 切り倒されたゴーレムは粒子となり消え去りドロップアイテムが地面に落ちる。これはダンジョン特有の仕様であり。

 ダンジョン内で倒されたモンスターはこうしてドロップアイテムを残して消滅するのだ。


 僕がドロップアイテムを拾っていると。


「おおっ! やっるぅ」


 「パチパチ」と拍手をしながらエレーヌが嬉しそうに話しかけてきた。


「「やるぅ」じゃないですよ。ちゃんとモンスター倒してくださいよ?」


「わかってるって。流石に私も弟子にたかるほど落ちぶれて無いし」


「借金で首が回らないぐらいに落ちぶれてるくせにですか?」


 何故こうしてダンジョンに入っているのかと言うと。


 それは、エレーヌが隠し財産(借金の手形の事)を持つと発覚したからだ。


 あれから僕が彼女を問い詰めると、未清算の手形がまだあると言い出した。

 普通に働いていては間に合わない金額。僕としてはもう、このポンコツ師匠には一度奴隷落ちして痛い目にあわせた方が良いのではないかとも思うのだが。


 それをすると色々後味が悪いのは否めない。

 奴隷として卑猥な服装をさせられて涙目で「ご主人様。許してください」と鎖に繋がれるエレーヌを想像するだけでなんとも胸をかきむしりたくなる。


 そんな訳で、生活力が壊滅的なエレーヌにお金を稼がせるべく、僕は剣を手に取りダンジョンに挑むことにした。


「それにしてもゴーレムを一刀両断するなんて…………。トード君なんで魔法使いになりたいと思ったの?」


 だが、当の本人は緊張感の欠片も無くついてくる。何故僕がしていない借金について心を痛めているのに本人は平気なのだろう?


「トード君なら国の騎士にだってなれるとおもうんだけどな」


 実際の所、魔法よりも剣の方が楽だ。

 エレーヌに教わり始めてから1ヶ月。魔法の修練自体は楽しいのだが、成果はそれ程上がっていない。


 異世界についてすぐに魔法に目覚めるなんて事は無く、今は瞑想を中心に座学に取り組んでいる最中だ。


「良いんですよ。国仕えとか面倒そうだし。僕は人生を満喫したいんで」


「ふーん。そうなんだね」


 そういいつつ彼女は僕を抜かして前をスタスタ歩いていく。


「あっ、ちょっと危ないですよっ!」


 エレーヌは魔法使い。前衛で耐えられる防御力は持ち合わせていない。それなのに無警戒に進むのを僕は呼び止めた。


「【ファイアバレット】」


 エレーヌの口から呪文が唱えられ、爆風が僕の元まで届く。

 彼女は突き出した手をそのままにマントをはためかせる。


 やがて爆風がやむとそこには――。


「オークが5匹にハイオークが1匹。何か言ったかな?」


 倒されて粒子へと変換されていくモンスターの姿があった。


 そういうチートみたいな台詞は本来僕の台詞なはずなんだけどな。



 ・ ・ ・


 ・ ・


 ・



「それにしても不思議ですよね。死体が残らないなんて」


 あれから僕たちはダンジョンを練り歩いてモンスターを倒し続けた。狩りは順調で、エレーヌも先程までとは違い、真剣にモンスター討伐を行っている。


「それはね。ダンジョンが死体を取り込んでるからなんだ。ダンジョンは生きていて、生きた生物を呼び込んで取り込むの。そうやって成長していくんだよ」


 僕の剣とエレーヌの魔法はとても相性が良いのか。一切苦戦することなくモンスターを退け続けている。


「そういえば師匠もアイテムボックス持ちなんですね」


 先ほどから僕らは手ぶらで歩いている。分け前で揉めないように倒した分は各自で持つことになっているのだ。


 だというのにエレーヌは荷物をもつ素振りを見せない。


「うん。内緒にしておいてね。知られると結構面倒なんだ」


 実際、アイテムボックスもちは重宝されるようで、持っている事を知られたら面倒らしい。


「僕に知られてますよね? ばらされると思わないんですか?」


 その疑問について考える。口元に手をやって暫くすると。


「弟子を信じられなくなったらおしまいだよ」


 無垢な笑顔を向けてくる。僕は一瞬どきっとしたのを押し込める。


「それよりそろそろ20階に降りるから注意してね」


「ちょ、ちょっと待って!」


「なぁに?」


「ここまでで十分でしょう。これだけ稼げば当分はダンジョンに入らなくても…………」


 僕らの目的はお金稼ぎだ。深い層にもぐることではない。これ以上の深追いはリスクを高めるだけ。

 そんな事はエレーヌだって理解しているはずなのに…………。


 そういって渋る僕に彼女はキッパリと言い切った。


「師匠命令。だよ!」


 彼女は僕をここで殺したいのかと真剣に悩んだ。

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