第10話○金少女と出会った日
「えっと…………たしかこの辺のはずなんだけど」
異世界生活を始めてからあっという間にひと月が流れた。
最初は戸惑いこそしたものの、この世界の住人はわりと気さくで接しやすく。また、生活に困るような難題にぶち当たることが無かった為、僕は異世界での生活に順応していた。
現在。僕はメモを片手に街を歩いている。
それと言うのもあの、ステラちゃんの父親が紹介状を書いたからだ。
いつだったか僕は夕飯の席でおっさんに対して「魔法に詳しい人物がいたら紹介して」と言ったことがあるらしい。
僕は覚えていないのだが、おっさんは覚えていたらしくこれまで適任を探してくれていたらしい。
現在の僕は特にやることが無い。
普通異世界に来た人間はどうするか。
ハーレムを作る為にほうほうを駆け回って美少女のピンチを救う?
ひたすらモンスターを狩って俺TUEEEして金持ちになる?
確かにそんな人生も面白いかもしれない。だが、僕のチートはそっち方向ではない。
武器を撫でればぴょこんと増え。回復アイテムを撫でればぴょこんと増える。
僕の右手は剣を振るためにあるんじゃない。アイテムを増やす為にある。
適当に増やしたアイテムを売ればお金に困らないのだ。お陰でこの1ヶ月。僕は宿に引き篭もっていた。
とはいえ誤解しないでほしい。僕だって好きで引き篭もっていたわけじゃあない。
例のあの二人組がどうやら僕を探しているらしいのだ。
あの二人は冒険者ギルドに登録して冒険者になったらしく、最近では期待の新人二人組として名を上げているらしい。
そんな訳で、見つかる事を拒んだ結果が引き篭もりである。
一応最低限の装備は身につけてある。いざとなれば透明になっても良いし。
空を飛んで逃げても良い。
だが、そうはならないと僕は確信している。
何故なら、冒険者は早朝に活動を始めて夕方に戻るからだ。
日中を過ぎたこんな時間に街中をうろうろしているはずが無いからだ。
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「ここがそうかな?」
古ぼけた格子とその先に見える広い庭。僕はその格子を開けて中に入るとドアをノックした。
「すいませーん。シルヴェスタさんからの紹介で参りました。エレーヌさんはいらっしゃいますか?」
「はーい。今開けるよー」
元気な声と共に中から人が飛び出してくる。
「お待たせしました」
走ってきたのか息を切らしながら笑顔を見せてくれたのは同い年ぐらいの可愛い女の子だった。
「君がシルヴェスタさんの言ってた…………トド君?」
現れた女の子は首を傾げた。
「…………トウドウです」
「そっか。うん。思ってるより若いんだね」
なにやら納得した様子で頷いている。
「それで。エレーヌさんはどちらに?」
名前からして女性だろうが、魔法を教えられるぐらいなのだからそれなりに年を重ねているはず。
何より、おっさんは「飛び級でアカデミーを卒業した天才」と評していたぐらいだからな。
「ここにいるよ?」
女の子は首を傾げる。それはそうだろう。僕が訪ねたのはエレーヌさんの家なのだから。
「いや。そうじゃなくてですね。僕が会いたいのは王立アカデミーを歴代最速で卒業して国家魔道士の資格を最短で取得したエレーヌさんなんです」
聞けば聞くほどにありえない経歴の持ち主だ。もしかすると何らかのチート持ちではないだろうか?
「だーかーらー。ここに居るって」
不満げに僕の服を引っ張る女の子。もしかしてエレーヌさんの助手か?
ならば早く本人を連れてきてくれよ。僕は彼女を無視してエレーヌさんを待ち続けるのだった。
☆
「君が。エレーヌさん?」
あれから暫くして、目の前の女の子がエレーヌを名乗りだした。
「そうだよ。君がシルヴェスタさんが言ってたトード君だよね?」
誰だよそれは。まるで蛙になる魔法をかけられたような名前だな。僕の名乗りを無視したのかエレーヌを名乗る女の子は聞いてくる。
「えっと…………アカデミーを歴代最速で卒業して国のトップランカーに名を連ねている魔法使いのエレーヌ=ホープスター?」
僕は目の前でニコニコしている赤毛の女の子を値踏みする。
胸元が開いたドレスにプリーツのスカートは膝丈で、下は黒のニーソックス。頭にはとんがり帽子に魔道具のイヤリング。背中はマントを身につけている。
「うん。そうだよ。正しくはアカデミーを歴代最速で卒業した国のトップランカーに名を連ねる錬金術師ね」
問題は。その容姿だ。いや、別に可愛くないとは言っていない。むしろ可愛いよ。これまでの人生で見た事が無いぐらいには。だが問題は…………。
「一体いくつなんですか?」
その姿はどう見ても十代だった。想像するに恐らくは15~17歳ぐらいでは無いだろうか?
もっとも、世の中には見た目と伴わない年齢の女性は多々存在する。もしかすると見た目通りではないのかもしれない。
「わたし? 17歳だよ?」
どうやら見た目通りの年齢だったようだ。しかも同い年。
「えっと…………魔法を教えてもらいに来たんだけど?」
「うん。話はシルヴェスタさんから聞いてるよ」
当然とばかりに頷いている。どうやら話を通しているのはこの子にらしい。
「それじゃあ、奥いこっか」
エレーヌさんは嬉しそうに僕の手を握ると奥へと入っていく。
僕は不覚にも心臓がドキドキするのを止められなかった。
・ ・ ・
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・
「じゃあまず。この国の魔法使いのなり方について説明するね」
あれから、書斎へと案内された僕はエレーヌさんと向かい合って座った。
「魔法使いのなり方?」
「うん。方法は二つあるんだよ。一つは王立アカデミーに入学して履修を終えて卒業する方法」
「もう一つは?」
「教育資格を持っている魔道士に弟子入りして一人前として認められる事」
「それって。後の方が楽じゃないですか?」
王立アカデミーに入学する。つまり学校に入るという事はそれなりのカリキュラムをこなす必要がある。つまるところ他の学生に混じって勉強だね。
それでは出来る修練の量も知れたものだし、授業の進行は予定に沿って進められるので先に進めない。
「そうでもないよ?」
「何故?」
だったら、資格を持っている魔道士に弟子入りしてとっとと一人前になれば良い。
「師弟制度を選ぶにはまず資格持ちの魔道士が必要なんだ。その資格を持っている魔道士がそんなに多くないことが一つ」
なるほど。確かに他人に教えるという事は教師と同等もしくはそれ以上の知識や経験が必要になる。そんな人間なら素直にアカデミーで教師に納まるのが打倒な所だ。
「師弟の関係はずっとついて回るんだ。だから弟子を一人前にした後で、その弟子が問題を起こしたりしたら師匠もペナルティがあるの。簡単に一人前の承諾は得られないよ」
まるで職人の住み込みみたいな感じだね。
それにしてもそうなのか、魔法は覚えたいんだけどアカデミーに入るつもりは無いんだよな。
「だけど安心して良いよトード君」
僕は首を捻る。
「今なら金貨100枚で私の弟子にしてあげられるよ」
そう言って手を差し伸べてくれた。その笑顔はまるで女神のようだった。
そんな優しい笑みを浮かべる彼女に対して僕は…………。
「いえ。結構です」
キッパリと拒絶の意を示した。
☆
「なんでっ!?」
突然涙目になって詰め寄って来るエレーヌさんを押し戻し僕ははっきり言う。
「別にそこまでして魔法を覚えなくても困らないし」
そもそもマジックアイテムの中には上級魔法相当の現象を繰り出せるアイテムも存在する。
「同い年の女の子に弟子入りするとか格好悪い」
「あっ。トード君も17歳なんだ? えへへ。一緒だね」
「何よりさ…………」
シルヴェスタさんが言っていた話にも通じるのだが。
「何より?」
エレーヌさんは続きを促す。
「授業料が金貨100枚って高すぎる」
僕の言葉にエレーヌさんは固まってしまった。
・ ・ ・
・ ・
・
「そっ、そんな…………シルヴェスタさんからは貴族のボンボンだから吹っかけても平気だって聞いてたのに…………」
悪意の無さそうな顔で、ばりばり悪い言葉を口にする。
「いや。普通にその金額払えるならアカデミー入学するし」
そんな気はサラサラ無いのだが、ここは嘘も方便である。
「うっ。確かに…………、でも…………」
エレーヌさんはしきりに考え込むと。
「だっ、だったらさ金貨86枚でどう?」
譲歩したような顔で提案してくる。
「いや。「どう?」って言われても。たった14枚下げただけじゃないですか?」
「じゃ、じゃあ…………80枚っ!」
「何度言われても無理ですって」
必死に食い下がるエレーヌさん。彼女は暫くぶつぶつと言っていたかと思うと。
「胸触らせて上げるからぁー」
なん…………だ…………と…………?
「あの。エレーヌさん?」
「ん? なぁに?」
「何故それで俺が折れると思ったんです?」
俺の疑問に対してエレーヌさんは。
「シルヴェスタさんが。「あいつはエロガキだから胸を強調して頼めば大抵のいう事は聞いてくれるさ」って言ってたから」
あのクソおっさん! 善意で肉を分けてやったのにこんなボッタクリ魔道士を押し付けた上に風評被害まで。
確かに強調される胸をチラチラみてたけどさ。魅力的な提案で揉みたくてたまらないよっ!
そんな心の内を僕は全く表に出さなかった。
「それはシルヴェスタさんの誤解ですね。ちょっとした冗談で口にしただけでそんなつもりはありません。エレーヌさんも女の子なんですから恥じらいを持ってください」
「そっ。そんなぁ」
本能が「揉ませてください」と土下座を強要しようとしているが、僕は理性的な人間なのでそれを押さえ込む。
「確かに僕はお金を持っていますけど。それでも胸を揉めるからって気軽に師弟の関係を結ぶわけには行かないんです」
国家がらみの関係と言うのは厄介なのだ。たとえどれだけの事情が彼女にあるとしても僕はこの子を師匠にするつもりは無い。
・ ・
・
コンコン。
ノックの音がする。
ドアを開けて一人の男が入ってきた。刺繍が施された高そうな生地の服装。手には本のような物を持ち、顔には眼鏡をかけている。
雰囲気は生真面目でとっつきずらそうな感じの三十ぐらいの男だ。
「エレーヌ=ホープスターさん。手形の期日です。徴収に来ました」
その男はエレーヌに対して話しかけた。どうやら国立銀行の徴収官のようだ。
「えっ。期限はまだじゃあ…………?」
「申し訳ありませんが。期限は先日でとっくに過ぎていますよ」
ずれた眼鏡を押し上げると鋭利な瞳が輝きを増した。
「もし払えないとなると、この建物を差し押えた後、しかるべき手順をとる用意があります」
「え。う…………あぅ…………」
静かな声の徴収官に対してエレーヌは顔面を真っ青にして口をパクパクさせている。
「あの…………分割払いとかは…………?」
「残念ながら出来ません。金貨85枚払えないのなら魔道士の身分を剥奪の後、労働奴隷にさせて頂きます」
おいおい。金を払えないと労働奴隷って…………。流石は異世界だけあるな。
エレーヌから思いも寄らぬ教育を受け取った僕。お陰でお金が無いのがいかに大変なのかが身にしみる。
「ちっ、違うんです何かの手違いなんですよっ!」
必死に徴収官に泣きつくエレーヌ。
「事情はどうあれ手形を不渡りにした人間は奴隷になります。さあ、書類にサインを」
だが、男は聞く耳を持たない。恐らく今までこういう人間と対してきたので耐性があるのだろう。
エレーヌがチラリと僕を見る。恐らく、僕に援助を求めているのだろうが、可哀想だがそれは出来ない。
何故なら、借金をしたのは彼女自身で僕は関係ないからだ。
たとえ、物凄く可愛くて、一緒にいて癒されるのが事実だとしても。その度に助けていたり甘やかしたりしていては僕の順風満帆な生活も立ち行かなくなるかもしれない。
エレーヌは僕のその態度に諦めたのかペンを持つと。書類に右手を持っていった。
「そのサインが完了しましたら奴隷として扱わせて頂きます。宜しいですね?」
男が念押しの確認をする。
「こんなはずじゃなかったのに…………。普段とおりにポーションを買ってもらえればお金が出来たのに…………。急に上級ポーションを売った人のせいで…………」
目から涙をぽろぽろと流すエレーヌ。よほど悔しいのだろう。
本当に酷い話である。エレーヌの借金は運が無かったとしか言いようが無いだろう。上級ポーションのせいで自分のポーションが売れないなんて。本当に売った奴…………………………………………。
「さあ。これ以上の時間稼ぎは無駄です。さっさと書きなさい」
次第に苛立ち始める徴収官。エレーヌが覚悟を決めてサインをしようとペンを押し付けたところで。
「えっ?」
僕は彼女の肩を掴むと自分の元へと引き寄せた。
「何ですかあなたは?」
男が僕をジロリと睨む。だから僕は男に向かってこう言った。
「彼女の借金は弟子である僕が全て支払います」
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