第9話市場調査の日
「査定してやるから30分ぐらい待ってな」
目の前の親父はそういった。
浅黒い肌にスキンヘッド。顎鬚が生えており、妙な威圧感を誇っている。いかにも「ザ・武器屋」といったいかつい恰好だ。
「……ああ。頼む」
そんな恐ろしい形相の男に対して僕は返事をするのだった。
「とりあえず一通り見ておくか…………」
僕は石作りの床を歩くと棚を順番に見て回る。
僕が現在いるのはこの街で最も幅を利かせているルードヴィッヒ商会の本部店舗だ。
王都でも名高いこの商会に訪れた理由は勿論ある。それは――。
「…………ダガー銀貨3枚。ショートスピア金貨1枚。バスターソード金貨15枚」
武器につく値札を順番に読み上げていく。
「ろくな武器が無いな…………」
僕がそう呟くと、聞きとがめたのか何人かがしかめ面で睨んでくる。
だがそれも仕方ない話なのかもしれない。僕が保有している数々のアイテムの性能は一般の武器のそれに比べて価値がある。
それは今日の僕の目的。市場調査にも関わる事だった。
昨日。武器と防具の検証を終えた僕は次なる疑問にぶち当たった。それは――。
『一般的な武器や防具はいくらで購入できるのだろうか?』
そんな疑問を僕が夕飯がてらステラちゃんと話していたらここなら大抵の武器はあると教えてくれたのだが……。
「そりゃ。神界の武器と差があるのは仕方ないけどね」
ぶつくさ言いながら物色していく。どれもこれも僕が右手で触るには相応しくない。
暫く見ていると隣の部屋へと移動した。そこは雑多な扱いではなく、武器や防具などが一つずつ丁重に扱われている部屋だった。
「へぇ……これは」
僕は笑みを浮かべる。何故ならここにあるアイテムたちは神界にあったアイテムにこそ劣るが、先日僕が使った装備程度には凄みがあったからだ。
「何かお探しでしょうか?」
そんな僕の元に店員が寄ってくる。怪しい風体の僕をみて警戒しているのか?
いや、恐らく元々ここの警備をしているのだろう。
「こっちの武器や防具。装飾はあっちの物と比べて扱いが厳重なようだな?」
僕は口調を改めて聞く。
「ええ。こちらはダンジョンドロップ品になりますので」
「ダンジョンドロップ?」
「冒険者がダンジョンより持ち帰ってくる装備の事ですよ。中には神殿が保有している神器クラスから準神器クラスまで。そこまでいかずとも持っているだけでステータスになる高威力の武器を扱っております」
なんでも。ダンジョン最奥部にあるボスを倒して宝箱を開けると稀にマジックアイテムが入っているらしい。属性を付与した剣やら弓やら槍。つまり僕が先程査定に出した武器とか。
他にもダメージを低減する防具なんかだね。
それらは一般の鍛冶職人や付与師の技術では作れない物もあるらしく、そういったアイテムはダンジョンより入手できる。
ここはそういった数々のアイテムが置かれた、言わばお宝部屋な訳である。
僕の右手が疼く。
僕は意気揚々と部屋に入ると獲物を物色していく。
「このウインドスピアいいな。金貨500枚か。こっちのドラゴンキラーは…………金貨2500枚か」
神界で見た覚えがない。もしかして見落としてたのか、それとも他の神候補が選んでいったのか。とにかくあそこにあったアイテムがこの世界の全てでは無いと頭に入れておこう。
僕の右手が自然とアイテムに伸びる――。
「お客様。手を触れないように」
先程の警備員がピッタリと後ろに張り付いている。不審な行動があればいつでも実力行使に出そうな感じだ。
「ああ。すまない」
コホンと咳ばらいをすると僕は無念に思うのだった。
「買取でお待ちのミリオン様。お待たせしました」
丁度よく僕の買取査定が終わったようだ。出した武器はいくらの値段がついたのか?
僕は楽しみにしながらカウンターへと戻って行った。
☆
「合計で金貨7000枚か…………」
僕は一枚の紙切れを手に店を出た。
「無くさないうちにしまっておこ」
僕が手に持つ紙切れの正体は「手形」である。
そもそも手形とは、約束手形の事。
商品の売買の際に、すぐにお金が用意できない場合、この約束手形を発行する。
発行に際し、手形にはいついつまでに支払いますと期日を記入する。そうして期日がくると手形を持つ人間はお金と交換しようとする。
これは古くから受け継がれた商売のやり方であり、信頼を得ている商会ならではの取引内容だ。
「国立銀行に行けば換金できるんだよな…………」
手形を切る際に商会の責任者から説明をうけた。もし緊急でお金が必要になった場合、手形は売ることが出来ると。
全ての手形は【国立銀行】を通して支払いが行われる。
この世界の大小の商会はすべからく国立銀行に口座を持っているのだ。
大口の取引は全て手形を通す為、銀行が無ければ立ち行かないからだ。
では、なぜ手形が売れるかというと、手形の販売価格によるものだ。
通常、国が買い上げる手形の価格は額面の8割が相場となっている。
2割もぼったくるのか? と思われがちだが、これは双方にメリットがあるのだ。
まず、売る側はすぐに現金化が出来るので期間内に新たな商売をする事ができる。
買い取る側は豊富な資金を持っているので、手形を期日まで保持すれば満額取り立てる事が出来る。
そして、何かの間違いで手形を発行した人間が死亡したり、支払う金が無かったりした場合。破産するリスクがある。
個人では耐えられなくても国家であれば十分な補填をする事が可能。よって手形を換金する人間は少なくない。
「今日売った商品の内訳は…………」
僕は換金すべきか考えながらも先ほど商会に持ち込んだ武器の査定額を思い出す。
・パルチザン 金貨1500
・ファイアブランド 金貨3000
・シルフィード 金貨 2500
もちろん僕の右手で複製してあるので同じものはインベントリの中にある。
仮にこれをすぐ現金化した場合…………。
「……金貨5600枚か」
僕もう働かなくて良いんじゃ。
ちょっと右手で触って売れば左団扇なのだ。僕は異世界生活三日目にして勝ち組となった。
・ ・ ・ ・
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・ ・
・
億万長者への道が見えた僕だったが、ここで気を緩めてはいけない。
お金と言うのはあればある程良いのだ。
例えば、神器クラスがオークションにかけられたとしてその価値はいか程になるのか?
それなりの建物を購入する場合でも資金は必要だ。
金貨7000枚。大金に思える金額ではあるが、この程度の装備を持つ冒険者は多数存在しているようだし、これで購入できるのは中流階級の建物程度だ。
欲しい物が目の前に現れた時、お金が足りなくて困るという話はよく聞く。
そう言ったテンプレ外しを含めていついかなる時に備える意味でもお金は必要だ。
そんな訳で僕は次の店へと入った。可能であれば物を売りつけ、必要とあらばインベントリのストックを増やそうと。
「ここって…………何?」
古びた棚にはなにやら薬品類がおいてある。床に置かれた木箱の中には鉱石が。
ほかには高級品であれば魔法結晶なども存在している。
「ここは錬金関連の店だよ」
僕の質問に答えたのは老婆だった。
神界でもそういえば錬金術関連の道具も置いてあったな。
生憎僕は錬金に興味が無かったので、最小限の高額な物しか触って無いのだが……………………。
「ここは買取はしてるのか?」
僕の質問に老婆は胡散臭そうに見ると。
「本来は一見さんはお断りしてるよ。特にあんたみたいに怪しい風体の男はね」
何と言う言い草。先程の警備の人間もそうだが、接客がなってないんじゃないか?
僕はむっとすると。
「ちょっとそこのテーブルに出していくよ」
そう言って瓶を並べ始めた。
「こりゃ驚いた。マジックボックス持ちかい。それに…………上級ポーション。こんなにたくさん…………」
これらは僕が神界で取得したポーションだ。取り出すなり複製をしているのでインベントリの在庫は一切減っていない。
「これでいくらになる?」
僕は不愛想な口調で告げる。 並べた数は実に500本。ボーリングのピンが並んでいるようで壮観だ。
「これが全部上級ポーションなのかいっ!?」
目を見開き驚く老婆。そうだその顔が見たかったんだよ。
「上級ポーションの買取額は1本金貨1枚だけど…………。これを買っちまうと普段卸してくれてる相手がねぇ…………」
言い渋る老婆。
「あんたには悪いけど、普段から売ってくれる子の生活が掛かってるんだ…………悪いけど…………」
どうやら買わないつもりらしい。
「……事情があって金が必要なんだ。特別に半額でいいぜ」
僕は渋い声を出すとそう告げた。
「買った。すぐにお金を用意するから待っておいで」
なにやら言いかけていたようだが、老婆は身体を翻すと機敏な動きで奥へと消えて戻ってきた。
事情と言うのは仕舞いなおすのが面倒なだけなんだけどね。
「お待たせ。金貨250枚だよ。これ以上は店の何処をたたいても出てきやしないよっ」
そういいつつ嬉しそうな老婆は僕に金貨を押し付けるとポーションを運んでいく。僕はその様子を見届けるのだった。
☆
「ふぅ。疲れた」
宿に戻ってベットに腰かける。一日動き回ったせいで外はすっかり暗くなっている。
「おっと。そういえば忘れてたな……」
僕はガラスに映った自分の姿を見ると仮面とマントを外して変装をとく。
名称:ファントムマスク
効果:鼻までを覆う白い仮面。暗闇のバッドステータスを無効化する。
必要SP:200
名称:ファントムマント
効果:敵の認識を阻害する。
必要SP:500
「さて。明日も良い日になるといいね」
動き疲れた僕は心地よい疲労を享受すると眠りに落ちていくのだった。
まさか今日の行動があのような人物への出会いと繋がっているとは夢にも思わず……。
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