第5話考察する日
「とりあえず。一区切りかな…………」
僕は吟遊詩人の服を脱ぐとハンガーに立てかける。今身につけているのは最初にインベントリに入っていた簡易シャツとズボンだ。
部屋の中でまで疲れそうな服を着るのは断固拒否だ。
僕は普段家に帰った際には五秒でジャージに着替えていた。
何故ならその姿が一番落ち着くからだ。いっそジャージが正装になれば良いのにとすら思ってしまう。
「日干しの臭いがするな」
ベッドに横になり顔を埋めると特有の匂いがした。布団を太陽の下に干している臭いが僕は好きなのだが……。
友人曰く「ダニが焼き殺された臭い」と嫌な知識を披露してきた。だが、僕は知っている。実際の所そのような都市伝説が囁かれるようになったのは新品の布団を干したときにこの良い臭いがしなかったからだと。
つまり、新品の布団で臭わない=ダニがいないから=ダニの死臭がこの臭い
そんな噂の事実確認をしてみると実際は違う。
実際は布団に染み込んだ汗や脂分が太陽の光を浴びて分解されているのがこの臭いの正体と科学的に突き止められた。
つまり僕は「ダニの死臭」をクンカクンカしてるわけじゃない。「前に布団に横たわっていた人間の汗や脂分」をクンカクンカしてるのだ。
うん? そう考えるとなにやら余計に危ない人物のような気がしないでもないが、多分そんな事は無いよね。
僕は旅の疲れを癒すべく暫く布団に顔を埋めた。
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「ひとまず、現状について考えてみよう」
あれから身体を起こした僕はこれまでについて考えてみる事にした。
ある日。目が覚めるとベッドの上ではなく、神界とか呼ばれる部屋に召喚されていた。
そこでは他の神候補がいて、元の世界に帰すことは出来ないと宣言を受ける。
そして、神になる為には100万SPを溜める事が条件。
この世界には魔王や戦争などがあり、その功績をもってSPを溜める事が出来る。
こうして冷静に考えると色々突っ込みどころ満載だな。
現実的じゃないし、秘密裏に開発されたVRに繋がれて植物人間状態で実験体にされているといわれたほうがまだ実感できる。
「まず考えなければいけないのは自分の身の安全について。どんな危険がありえるのか」
僕はこの世界について何も知らない。その上一人だ。
他の神候補達は徒党を組んでいるようだが、誰からも声を掛けられなかったのでソロ。
「……………………」
勘違いしないで欲しい。僕は声を掛けられても同行を拒否するつもりだったんだ。慣れない異世界で不安になる彼らに対して断りの台詞まで用意していた。だからこの事態は僕の想定した通りなので問題は無い。
「まず。一人という事は何かあった際に臨機応変に動く事は出来ない」
例えば冒険をする際に、必要な道具が複数あるとして仲間が居れば分かれて準備することが可能だろう。その際に、男女のペアになり親密な関係になったりしているのかもしれない。
まあ、あのイケメンパーティはハーレムが形成されそうだったから論外だし。筋肉の方はネトゲーガチ勢の空気があったので馴染めそうに無かった。それに僕が入って五人になるとか気まずいし。
「三手に別れて行動しよう」といわれたら確実に一人枠だし。二人と三人だと三人の方に組み込まれて無言で後ろをついていくことに…………。
うん。やめよう。とにかく何かを用意する際に誰にも相談することなく一人でやる必要があるという事。
「そして、戦闘での多様性が無い」
最もこれに関してはあまり心配していない。聖剣エクスカリバーの威力はぶっ壊れている。
さすが77777SPだけある。他の有名な武器。【デュランダル】とか【ミストルティン】なんかでも20000SPはするのだ。予想ではあるのだが、このクラスの武器になると相当希少性が高いのでは無いだろうか?
本来であればディスクの四枚目もしくはラストダンジョン付近でしか手に入らない強力武器なんだろう。それを序盤で手にしている僕には戦力不足という言葉は程遠い。ゲームで言うなら序盤でアイテム欄にキーアイテムを除いて揃っている裏技状態だ。
終盤のラストダンジョン付近ならばあるいは問題があるかもしれない。だが、それは近づかなければ良いだけだ。
僕はラノベに出てくるような猪突猛進の俺TUEEEとは違う。戦闘狂では無いしレベルアップ厨でもない。
出来れば安全に街中でだらだら生活していたい一般的な人間だ。
むしろ金貨2000枚が尽きるまでこのまま宿に引き篭もりたいぐらいだ。
「そういえば。お金もドロップしなかったな」
僕は先程のゴールデンタートルとの戦闘を思い出す。
ゲームとかだと敵を倒せば経験値とお金を落とすものなのだが、あれはゲームの都合。
だから恐らくは――。
「この甲羅とか肉がいかにも売れそうだよな」
ギルドや肉屋なんかで買い取ってもらえるのだろう。
「だけど売る必要は無い」
何故ならお金持ちだから。そして欲しいアイテムを手にしているので素材を使って装備を作る必要が無い。
「まず前提としては分析されない事だな」
僕は知っている。他の神候補の存在を。
あの場に集められた十三人は全員がチートを持っている。
それはどのようなチートか判らない。僕は自分が選ばれた者であるという優越感は持たない事にしている。
こうして色々持ち出せては居るが、他の神候補が全く何もできていないと計算を低く見積るつもりは無いのだ。
僕と同程度、もしくは僕より優れたチートを持っていると考えるのが妥当なのだろう。
どんな武器を使った。どんな魔法を使った。あるいは魔物を手懐けた。
それらの情報は他の神候補にとっては大金を払ってでも欲しい情報だろう。
いざ敵対した時に相手の弱点を効率よくつけるからだ。
一体何人の人間が本気で神を目指しているのかは解らない。一人も目指していないかもしれないし、僕以外は全員やる気なのかもしれない。
いずれにせよ相手を刺激することだけは避けなければならない。
「次に、戦力を整える事」
誠に遺憾ながら、戦闘力は必要だろう。普通に生きていくだけならばアイテムを売っぱらって生活していけばよい。だが、そんな生活をしていてある日突然現れた他の神候補に「死んで俺のSPになれ」などとバッサリやられるかもしれない。
あるいは神候補も敵たりえるのだろうが、大貴族や大商人等他には国や宗教。大きな権力や財力を持つ人間たちは鼻が利く。
僕が持つ膨大なアイテムがバレた時、自衛が出来なければ泣き寝入りする事になるからだ。
僕自身、隠す意思はある。だが、例えば本人が戦うつもりは無いのに、魔族が現れて仕方なしに剣を抜く場面があるかもしれない。
あるいは、ダンジョンからモンスターが大量発生して街を襲うようなスタンピードが発生して可愛い女の子を守るために一念発起するかもしれない。
あるいは、大貴族の元に嫁がなければならない不遇の美少女を救うために、大貴族に反抗して雇われの傭兵をぶちのめす必要があるかもしれない。
そういった、タラレバを繰り返すことになるが、その時に力が足りずに悔しい思いをするのは我慢ならない。
だからこそ力は必須だ。そして――最後に。
「この世界を満喫すること」
剣と魔法のファンタジーなのだ。それもバグチートで強力な装備で余裕がある。
おおっぴらに振舞うのは不味いが、これを楽しまないでどうする。僕はこの世界を色々見てみたいのだ。
そんな訳で、僕が掲げる目標は三つ。
その1。他の神候補に分析されない事
その2。強くなる
その3。この世界を満喫する
以上をもって脳内会議を終了する。お腹が空いてきたしね。
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