第4話街に着く日

「凄い威力」


 僕は目の前の光景にただ驚く。

 巨体を誇るゴールデンタートルの甲羅は斜めに切られており、その断面は鏡面のように輝いている。


「これが聖剣の力…………」


 正直、多少は甘く見積もっていた。伝説の剣だとかいっても所詮は剣だろうし。

 切れ味にしても硬いものには抵抗されるのだろうと。


 ゴールデンタートルが強いか弱いかはわからないが、こうなってしまってはもはや生きては居ないだろう。

 レベルが上がったことから考えても相当強かったことは間違いない。


「ん?」


 僕の目の前でゴールデンタートルの死骸が光となって消えていく。そして――。


 僕はインベントリを開くと。


【ゴールデンタートルの甲羅】50

【ゴールデンタートルの肉】100


「へぇ。自動で収納されるんだ」


 解体とか必要かと思ってたけどこれは便利だな。それにしてもゴールデンタートルの肉か。すっぽんとか食べたこと無いけど美味しいと聞いたことある。

 是非落ち着いたら食べてみたいものだ。


「とりあえず、この装備は目立つな」


 そう考えた僕は自分の装備を外していくとなるべく目立たなそうな格好へと着替えるのだった。


「と言う訳でこんな感じにしてみた」


 僕は装備を一新させる。

 念のために色んなアイテムに触っておいて良かった。


 アクセサリ系はそんなに目立たないので僕は以下の装備を外した。


 【聖剣エクスカリバー】【覇者のマント】【光の鎧】【聖竜の盾】


 ようは戦士と思われるような格好だ。

 あれらの装備はどれも酷く目立つ上に高価なのが丸解りだ。このまま街に入ってしまえばトラブルの種になりかねなかっただろう。


 そして僕が新しく選んだのは――。


 【吟遊詩人の服】【アークロッド】


 見た目が地味な上に軽い。

 上質な布で着心地も良かった。こちらの世界の人間がどんな相手か解らない以上ひけらかす真似はしない方がよい。


 そんな訳で、装備を整えた僕は再度街を目指すのだった。



 ・ ・ ・


 ・ ・


 ・


 ゴールデンタートル討伐から更に数十分。遠巻きに城壁が見えてきた。

 何と言うか中世の建物という感じでノスタルジーを感じる。こう見えて僕は古い建物が大好きなんだ。


 古い建造物に触れることでそれまでの歴史を感じるちょっと切ない感じがたまらない。


 とりあえず、城門に到着すると。


「どうぞお入りください」


 兵士の人にお辞儀をして通された。


「ちょっとまって。普通こういう時は身分証明を求めるんじゃ?」


 もしかしてこの国の兵士は怠惰なのか? でも他の人達はなにやら足止めをくらっているようだし。


 僕が一言物申しているのを見咎めたのか、身分が高そうな兵士が駆け寄ってきた。まずいか?


「どうかされたのでしょうか?」


 身分の高そうな兵士は腰を低くして僕に尋ねる。


「いえ。あっちの人たちは入門の審査を受けてるのに僕はいいのかなと?」


 その質問に兵士は丁寧に答えてくれた。


「その服は吟遊詩人の物です。ましてや魔道士が使う杖までお持ちです。戦時中でなければ双方は規制が無い限りはフリーパスですよ」


 なんでも、戦時中は情報の漏洩やらで活動が制限されるが、魔道士も吟遊詩人も元の身分は貴族の子息がつくものだとか。

 確かに、ふらふらと歩き回って歌う吟遊詩人や魔法なんて便利な物を扱えるのは高度な教育を受けた者か裕福な育ちに決まってるよ。


「そっ、そうですか…………」


 まあ僕はどっちも出来ないけど。もしかするとこれは経歴詐称になるんじゃないかと考えた。

 だが、ろくに確認もしない方が悪いと思うんだよね。ここまで来て待たされるのも面倒なので僕はそのまま門を潜った。




 ☆



「うーん。のどかだなぁ」


 石畳を敷き詰められた曲がりくねった道を僕は歩く。

 この辺りは、商業区画ではなく住居区らしく、表では子供達がはしゃぎまわっており、老人が椅子に腰掛けて昼寝を楽しんでいる。


 その姿は平和そのもの。

 前情報で神界で魔王が存在すると聞いていなければ信じられない程だ。


 住居区には思っているよりも高い建物が多かった。

 建築技術が現代に比べると劣っているという事は無いようだ。


 恐らく、魔法という技術が根幹にある為、独自の技術として発達しているのだろう。

 外側は無骨な石造りの建造物が多いのだが、石畳もそこまで凹凸が激しいわけでもなく、こちらの職人の技量が高い事が認識される。


「とりあえず、泊まる場所の確保かな」


 こちらの世界に来てまだ間がない。こういう時にこそ要らぬトラブルと言うのは発生するもの。

 まずは一度腰を落ち着けて考えなければならない。



 ・ ・ ・


 ・ ・


 ・



 街の中心に近づくにつれて歩く人間の身分が高くなる。それは偉い人間ほど中心にある城か、その付近で働く事が多いからだ。

 そして、宿にかんしてもそうだ。


 基本的に街の外で仕事をする冒険者は外壁近くに宿を取る。

 これは単純に往復に掛かる時間の問題だ。中央の宿は高級な上に遠い。街中での仕事ならともかく、外に出るには効率が悪い。


 一方外壁近くの宿は外に出るのに効率が良い、だが客層は冒険者がメインで泥棒も決して少なくない。

 僕は治安が悪い場所で寝泊りするのなんて御免である。


 なので…………。


「すいません。宿泊したいんですけど」


 中央付近の高級宿へと入るのだった。


「はーい。一泊金貨1枚になります」


 この世界の通貨の価値は大体以下のようになる。


 金貨=日本の10000円

 銀貨=日本の1000円

 銅貨=日本の100円


 つまり。この宿は日本で言うと1万円クラスの宿という事になる。

 ちなみに冒険者達が寝泊りしている宿は銀貨1枚程度が相場だ。


 そして、一般的な家族四人が一月生活していくのに必要な金額は金貨10枚。そう考えるとこの宿がいかにぼったくり――いや、高級なのかが理解できるだろう。


 仮にここが日本だとして、アメニティが揃っていない単に寝泊りするだけの場所に1万円支払うだろうか?

 僕ならばネカフェで漫画を読んで一晩をあかしてその分美味しいものを食べるだろう。


 だけど、今の僕にはお金がある。

 神界にてトレードした金貨が2000枚。


 これは僕の能力を検証した結果だが、何故かお金は増やすことが出来なかった。

 インベントリに入る際に数字として表示されるのが主な原因だと思われる。


 恐らくはチートバグに対して引っかからないようなプログラムでも組まれているのだろう。


「じゃあとりあえず五泊でお願いします」


 僕は予めインベントリから取り出しておいた金貨をシルバートレーに乗せる。「チャリ」という音と共に重さが消える。

 何となく初めて使うお金なのでドキドキする。


 受付の若い女の子がトレーを手元に引き寄せて金貨を吟味している。使えるはずなのに…………何かの手違いがあるんじゃないか?

 警備の兵士を呼ばれるんじゃないかと考えてしまうが。


「はい。確かに。部屋は三階になります。レストランフロアの営業は日付を跨ぐまで。宿泊施設への連れ込みは禁止されています。もっともそういう事しなさそうですけどね」


 次々に説明をしてくる。レストランフロアか…………後で食事を摂るとして……………………。


「連れ込み?」


「ええ。たまに居るんです。娼婦の人をその…………お金で…………」


 うん? 思っているよりも初心なのか? 受付の女の子は顔を赤くして説明をしてくれる。もういいよ。全部理解できたから。

 だが、お金が使えるとわかった今、僕には不安が無くなった。


 何より可愛い女の子がこんな悶えるような反応をしているのだ。もっと見ていたい。


「あの。はっきり言って貰えないと解らないです。もしかすると間違って連れ込みをしてしまうかもしれませんから」


 僕は決め顔でこう言った。


「ええっ!?」


 僕の言葉に涙目になる女の子。元の世界なら完全なセクハラだ。

 普通のお客はここまで言えば理解するのだろう。というか、そこに突っ込んだのって僕ぐらいなのか?


 いずれにせよ、育ちが伺えてしまうね。ごめんね。


「まあいいや。部屋は三階だね。早速入らせてもらうよ」


 トレーから鍵を受け取ると僕は階段を上っていく。階下では安心して息を吐く女の子が可愛かった。

 後でまたからかってみよう。


 そんな決意をして僕は部屋に入って行った。

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