第6話ゴールデンタートルを食べた日
「ふーん。本当にレストランなんだな」
あれから、空腹になった僕は再び吟遊詩人の服を身につけて1階のレストランを訪れた。
四人掛けの四角いテーブルの他に大人数が席を囲える丸テーブル。
カウンターテーブル。
ピアノが置かれた小舞台では夜な夜なコンサートが開かれているのかもしれない。
そんな訳で食事に訪れた僕は迷うことなくカウンターへと腰掛けた。
「ご、ご注文は…………?」
「うさぎですか?」
「えっ?」
戸惑いを浮かべるのは先程の女の子だ。受付にレストランのウエイトレスにと大変そう。
あと、さっきから変な事ばかりいってごめん。こっちの世界でこのネタが通じるわけ無いのにね。
反省はするけどやめませんけどね。
「なんでもないよ」
「えっと。ウサギ肉料理でしたら多少時間はかかりますが」
「いいから忘れて」
このままだとウサギ肉を食わされてしまう。自業自得とは言え野良ウサギの肉なんてあんまり食べたくない。それより僕には目的があるのだ。
「ここって持ち込みの食材で料理とかってしてもらえるの?」
僕が食べてみたいのはゴールデンタートルの肉。名前からして絶対に美味しいに違いない。
「えっと…………おとうさ――コックが気まぐれなので、材料次第です。何を持ち込まれたのですか?」
「ゴールデンタートルだけど?」
「ゴッ、ゴールデンタートル!? い、今すぐ聞いてきます」
慌てた様子で厨房へと駆けていく。その際にスカートのフリルが巻き上がったが、綺麗な太ももが覗くまででそれ以上は拝見することが出来なかった。
あの慌てよう。どうやら期待できそうな予感がする。
暫くして厨房がドタバタしはじめると女の子はコックを連れて戻ってきた。
「おまえっ! ゴールデンタートルの肉を持ってるって本当なのか!?」
顔を近づけて怒鳴りつけてくる。どうやらかなり興奮しているらしく、僕としては非常に不愉快だ。
どうせ顔を近づけられるならむさいおっさんよりも可愛い女の子の方がいい。
「はい。ありますけど」
そう言って肉を取り出してみせる。インベントリの数字が100から99へと変化する。
出てきたのは大体五キロぐらいの肉の塊だった。
「こりゃ驚いた。マジックボックス持ちかよ…………。しかも鮮度が素晴らしい」
肉と僕を交互に見られる。もしかするとこのコックはホモなのか?
非常にねっとりとじっくりと興味が尽きないような視線を向けられている。僕は早くも肉を出した事を後悔した。
素直に自分で焼いて食べるべきだったかも。だけど、僕はまともな料理はできないしなぁ。
おっさんの視線に気まずいものを感じて目を逸らしたのだが、肩を掴まれた。
「ほ。他に無いのかっ?」
その視線はとても物欲しそうな雄の顔をしていた。やめてくれ、せめてそっちの女の子にそういう行為はさせてくれ。
「一応…………あと少しならありますけど」
一刻も早く離れて欲しかった僕はつい塊肉を三つ取り出した。
「うっ、売ってくれ!」
血相を変えるおっさんに。
「金に困ってないので…………」
僕ははっきりと断りを入れる。
「くそっ。確かに身なりや払いのよさからして貴族のボンボンだとは思ったが…………」
金で懐柔できるのは貧乏人だけ。そしてそもそも貧乏人はこんな高級食材を持っていることは無い。
僕はゴールデンタートルがそれなりに目立つ食材だという事を知った。
「何か他に無いか…………俺が昔使っていた剣と鎧……いやこいつは魔導士。じゃあ、俺の熱いキスとか?」
なにやら怖い方向に暴走し始めてる。おっさんに僕の大事な唇を奪われてたまるもんか。
もしかするとあれか? 食材を売らなければキスして永久に消えない心の傷を負わせてやるという脅しだろうか?
「あの……これってそんなに珍しい食材なんですか?」
もしかして伝説級のモンスターで、超レア食材だったりしたのだろうか?
「いや。食材自体は出回ってるんだが、入手条件が厳しくてな。手に入れたやつらが自分たちで消費しちまうから俺達みたいなレストランには入ってこないんだ」
なんでも、ゴールデンタートルは討伐が難しいモンスターらしい。
滅多に現れない上、絶大な防御力を誇るので倒すにはマスタークラスの剣士や騎士がクラン単位で必要だとか。
更に、不利になると地面に潜って逃げてしまうので討伐確率は良くない。
それでも時折退治されるらしいのだが、その味の素晴らしさから討伐組で分け合ってしまうため市場に出回るのはごく限られた数のみらしい。
どうやらこのシェフは僕がそういう伝手でこれを手に入れたと思ったようだ。
「そっちの女の子の胸を揉ませてくれるならあげますよ?」
とっさに僕は言ってしまう。
「よし。ステラ。揉ませてやれ」
僕の言葉を飲み込んだのか、おっさんが男らしい顔つきで女の子――ステラちゃんに命令する。
「おっ、お父さんっ!?」
涙目になるステラちゃん。そらそうだろうな。父親の肉欲の為にいたいけな少女が
「冗談ですよ。暫くこの国に滞在する予定なので、宿代と相殺という事で良ければお譲りします」
このままいけばステラちゃんの胸を堪能できたのだろうが、それをした後が気まずい。
僕にしても、お金を他に使える上、いらない肉を処分する機会だから……。
もっとも、ステラちゃんの胸を揉む権利はここでしか買えないので名残惜しいんだけどね。
「本当にいいのか? 市場でオークションにかければ儲かるかもしれないんだぞ?」
「ええ。先程も言いましたが、お金にはあまり困ってないので。それよりも手続きして売る方が面倒ですからね」
「……まあお客様がそういうなら構わないが……。オマケでステラの胸を揉んどくか?」
このおっさん。なんて事言いやがる。
僕の動揺を見透かすように見るおっさん。そして視界の傍らではビクリと肩を震わせるステラちゃん。メインならともかくオマケで触るなんてありえん。どうしてもと言うなら言い値で払おうじゃないか。
「……………………いえ。結構です」
ステラちゃんは
・ ・ ・
・ ・
・
「お待ちっ! ゴールデンタートルのシチュー。ゴールデンタートルのステーキだ」
「おおっ!」
待つ事二時間。おっさんはお盆にこれでもかというぐらいの料理を持って僕の元に戻ってきた。
「どうよ。珍しい食材だからな色々試してみたかったが、今回はシンプルに煮込みと焼きを試してみたぜ。早速食ってみろ」
おっさんの言葉は僕の頭をスルーする。僕は目の前の濃密な香りを吸い込むことに夢中だったからだ。
自然と、ナイフとフォークを無意識に手に取る。
まずはステーキからだ。
両面をきっちり焼き上げて肉汁を閉じ込めたそれは、既に数センチ間隔で包丁が入れられている。
肉の断面からは表面のそれとは違う、真っ赤な肉が見えている。
僕はまずステーキをさらに半分に切って一口サイズにするとそれを口の中に入れる。
「これは…………表面はカリッと中は柔らかく。噛み締めるごとに肉に閉じ込められた肉汁がほのかな旨みと共に舌の上でさらりと消えていく」
あまりの美味しさに表現が追いつかない。
「こっちのシチューはっ…………んぐぅっ!?」
慌ててスプーンを手に取りシチューを口に含む。
「あ。あの…………お客様?」
突然固まった僕に対し、ステラちゃんが心配して声を掛ける。
「濃厚なソースの味わいに負けず劣らず強い味わいを放つゴールデンタートルの肉。その脂身部分がプルンと口の裏をくすぐる快感は得もいえず。抵抗無く噛み切れる肉は溶けるように口いっぱいに広がり、幸福にも似た芳醇な味が食べ終えた後も余韻として残る」
僕が口を開かなかったのはしゃべると余韻が逃げてしまうからだ。まさに料理の爆弾といえるほどに香り豊かなシチューだ。
「ゴクリ」
ステラちゃんの喉を鳴らす音が聞こえてくる。その視線は僕のステーキとシチューに完全に釘付けである。
「おっちゃん。まだ料理あるよね?」
僕が出した肉は五キロ。譲った分を除いてもまだかなり残っている筈だ。
「ああ。まだたっぷり残ってるぞ」
お代わりを欲していると思ったのかおっちゃんは頷く。
「だったら、ステラちゃんにも振舞ってあげてもらえないかな?」
「馬鹿な。お客さんに出すものだぞ。それを給仕に与えるなんて聞いたことねえ」
「でも夜は酒場で相手をすることはあるんでしょ? 不満なら今から暫くの間はステラちゃんを雇うよ。仕事は僕と一緒にゴールデンタートルの肉の討伐」
何とかも方便である。俺はおっさんから視線を外さずに真剣であることを伝える。
おっさんも睨みつけるように暫く俺を見ていたが…………。
「本当に変わった奴だ。ステラ。作ってやるから自分で運べ」
おっさんの言葉の後には嬉しそうにお礼を言うステラちゃんの姿があった。
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