花乱〜からん〜 7


 レグラスは、編み上げたブーツの紐を解き始めていた。

 もう上衣は脱いでいたし、下衣の結び目も半分緩ませていて、肌がはだけていた。

 ジュマはレグラスに寄りかかりながら、指先で彼の胸元をなぞっていた。たくさんのきずがそこにあり、レグラスは時々くすぐったがって笑っていた。

 が、やがて軽く頭を横にふり、手を額に当てた。

「どうしたの?」

「いや……飲みすぎたかな? ちょっとめまいがするんだ。悪いが、俺のブーツを脱がしてくれないか?」

 ジュマはベッドからするりと降りると、レグラスのブーツを引っ張り、片方だけ脱がせた。そのとたん、レグラスはベッドに仰向けになって倒れこんだ。

「本当に……大丈夫?」

「ああ……」

「そうよね。いくらなんでも効きが早すぎるもの」

「え?……なに……」

 その言葉を最後に、レグラスは動かなくなった。

 ジュマは微笑んだ。それは、少し悪魔的な微笑みだった。


 ウーレンは、毒殺の多い国である。

 たいていのウーレン族は、毒に免疫を持つように、日常服毒していたりする。ウーレン族に比べたら、薬すら手に入りにくい貧乏リューマ族など、毒は少量でよく効くのだろう。

それにしても、効きすぎる。

 ぐったりとベッドに伸びてしまったレグラスの頬を数回叩いて、ジュマは薬の効き具合を確かめた。

 完璧だ……。

 この毒は、心臓の動きを少しずつ止める作用がある。強いものではないから、これだけでは死なない。毒を飲ませて激しい運動をさせればよい。愛し合う行為は最適だ。

 レグラスは行為にいたる前に意識を失ってしまったが、枕を押し付けて呼吸を止めさせれば、心臓は耐えることが出来ないだろう。

 ジュマは、この方法で何人もの暗殺を行ってきた。

 毒は致死量に至っていないので、見つかる可能性が低い。しかも、このような死は恥だから、死の原因を探ることもあまりなく、たいがいは闇に葬られ、完全犯罪が成り立つ。

 暗殺者としては影の存在ではあるが、秘密裏ひみつりにことをなせるという点で、ジュマはウーレンでも有能といえるだろう。

「リューマ族長・レグラス……。花街にての突然死、なかなかの筋書きね。リナ様が喜ぶわ」

 枕をレグラスの顔に押し付ける前に、ジュマは最後の口づけをレグラスに送った。



 セルディは、マナのくだらない妄想の対象になりながらも、扉を開けようと必死になっていた。

 初めからジュマを怪しんでいた。

 髪の色が金髪なので確信は持てなかったが、ウーレンの血を感じていたし、目付きが邪悪だった。おそらく、高度な技で髪の色を抜いていたのだろう。

 差し出された酒も、薬を混ぜてあっても気がつかないほどの不思議な組み合わせだった。セルディは怪しんで飲まなかったが、あの酒にも何か入っていたに違いない。

 怪しいと思いつつ、この場の雰囲気に呑まれてしまい、レグラスに警告する機会を逸してしまったのだ。

 いや……ふてくされていると笑われるのが嫌だったのかもしれない。いつもは最悪なほうを考えて行動するのに、今回はジュマがただの娼婦だった場合のことを考えてしまった。

 セルディは悔やんだ。


 ――バカとでも、ガキとでも言われても……笑われても。

 誤解を受けてでも、レグラスの命のほうが大切なのに。


 セルディは考え込んだ。

 悔やむよりもどうしたらいいのか……。どうしたら、レグラスを助けることが出来るのか?


「ねぇ? そろそろ観念しましょうよ……。坊や」

 からかうのに飽きてきたマナが、セルディの腕をとり、甘えた声を出している。

 思い切りウエストを締め付けてはいるが、体は豊満だ。腕にずしっと胸の重さがのしかかる。

「この扉……古いって言ったよね? 体当たりしたら破れると思う?」

「? そうね、一人じゃ無理じゃない? それにね、ジュマは裏側にタンスを置いているわ。そんなことより、ベッドはあっち……」

 これだけ扉をドタバタさせていても、道理でジュマには聞こえないはずだ。こもった音は、下の踊り場の音と混じりあっている。

 扉はかなり緩んできてはいるはずだけど……。

 袖口を掴まれ、ベッドのほうへと引っ張られ、セルディはよろめいた。反動でぶつかっても、マナはびくともしない。女とはいえ、華奢なセルディよりもよほどどっしりしている。

 じっとマナを見つめた。

「一人じゃ……無理なんだね?」

「ええ、えーーーーー?」

 マナは思わず悲鳴をあげた。

 セルディが突然飛びかかってきたからだ。


 ――きゃーーー! 意外と大胆なことするのね、この子って!


 しかし、マナの期待は見事に外れた。

 勢いをつけて飛びついてきたセルディは、そのまま扉に向かってマナと共に体当たりした。

「きゃー! な、な、何をするんですのーーーー!」

 叫ぶマナを押さえ込んで、セルディは小声で叫んだ。

「もう一度!」

「んもーーー! どうして私がこんなことっ!」

 叫びながらも、マナも勢いをつけて扉に突進した。

 扉は明らかに壁から外れて、傾いた。向こうに置いてあるタンスのせいで、開かないに違いない。

「追加料金と修繕費とるわよ!」

 そういいながらも、なぜかその気になっているマナである。

 三度ぶつかって、二人はやっと扉をあけることに成功した。


 

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