花乱〜からん〜 3


 娼婦・マナは、花宿『踊りや』では、一、二を争う売れっ子である。

 入りたての新人みたいに、客を求めて広間になど下りてはいかない。でも、上客を取られないように、部屋の窓から客の顔だけは確認する。

 下の階のすべてが見渡せる窓は出窓で、蔓草つるくさを模した鉄製の柵がついており、別珍べっちんの重たいカーテンが掛かっている。共地で出来たクッションに肘突いて世界を見下ろすのは、まさに女王様気分だ。このような、外だけではなく内部に向けられた窓がある部屋をもてるのも、マナの娼婦としての格を示すものである。

 彼女は爪を染め、ふうふう息を吹きかけながら、広間で女を求めて歌い踊り、飲みまくっている客を見ている。この広間こそが、マナの世界のすべてであり、外へ出ることもない。マナは、自分が君臨する王国を見下ろしている。

 今日はかなりの雨が降った。

 湿度が吹き抜けの天井まで上がり、二階も熱気で蒸している。マナもかすかに汗ばんでいる。

 こんな日は、よほどのお客じゃないと取りたくはないなどと、娼婦にあるまじき高慢ぶりだ。下々しもじもの貧乏男など、素人のガキに相手させればよいのだ。自分もそうして、泣かされて、やっとここまできたのだから……。


 最後の一吹きを爪にかけたところで、指先の間から見えたお客にマナの目は釘付けになった。その瞳の奥に星がきらめく。

 フード付きのマントの滴を払って玄関に立っている男は、族長のレグラス・リューマである。まさに上顧客だ。

 が……。

 マナが立ち上がる前に、そそくさと階段を下り、マントをうやうやしく取る女。マナは舌打ちした。

 この店で自分とトップを争う女・ジュマだ。この様子では、レグラスがくることを知っていたとしか思えない。取られた! と思った。

 ジュマは新参者だった。なのに、あっという間に人気者になってしまい、マナと女王の座を分けあった。

 やや赤みがかった褐色の瞳と、リューマには珍しい白い肌と金髪。情熱的で巧みなダンスとそれでいて理知的な話術。マナが六年かかって手に入れた部屋すらも、あっという間に手に入れてしまった。

 元々は続き部屋だった部屋の片側を、ジュマは使っている。この宿がかつて一般宿だった時には、二つあわせて客に貸していた部屋を、今はマナとジュマが分けあって使っているわけだ。

 私たちは仲良しなのよ……と、表面上はつくろっても、何もかも半分とは腹立たしい。

 その上、レグラスまでもが彼女につくとは……。


 そこまであの女と分かちあわねばならないのか? 女王の座も、部屋も、そして男までも?

 最後の砦を破壊されたような気分。悔しいし、憎い。

 指名はいつも私だったのに、なんと盗人猛々しい女なのだろう?


 しかし、ここで騒いでは横取りされたことを認め、負けを認めたことにもなる。

 レグラスは族長というだけではない。男としても魅力的なのだ。マナは正直いうと、惚れている。

 確かにもう中年といえる年齢に達してはいるが、だからこそ女を喜ばせることに長けている。そして実際は、筋肉質で締まった身体は年齢を感じさせない。話をしても楽しい男だ。

 むしろこちらが金を払いたいくらいの男なのに……。

 マナはキリキリと歯軋りしながら、ジュマが馴れ馴れしくレグラスと話をするのを、部屋の窓から食いつくようにして見つめていた。

 が、ふと、レグラスの陰に、濡れたマントを取ろうともしない人影があるのに気がついた。レグラスが、なにやら話しかけているが、その者はどうも気乗りしないようで、その異質さから初めてのお客と見受けられる。

 即されて、マントを脱いだその時に、見事なまでの銀髪が姿を現した。マナは思わず立ち上がり、あわてて部屋を飛び出した。


 ――エーデム族の容姿を持った美貌の少年。


 あの子は……もしかして、噂のレグラスの愛人、いや、小姓なのではないかしら? 純血種の血を持つという……。

 これって、もしかして美味しいかも!


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