Before Dawn


濃霧が立ち込めていた。

大地に色濃く染みた赤と、

伏して動かぬ無数の人影が、

ここで起きた悲劇を物語っている。


霧の向こうより聞こえる声はこの悲劇の勝者達のものだろうか。

無残に転がる敗者達の死骸からだを弄び、飽きればごみのように棄てる。

そこに在るのは純然たる悪意。

欲望と歪んだ優越感に塗れた醜い勝者の1人が、1つの死体ごみに目を付けた。


大の字に転がった男の骸と、

その胸に深々と刺さった一本の刀。

血に塗れてはいる、しかし錆び付いた赤い穢れから覗く刀身は、眩い黄金の煌めきを讃えていた。


醜く顔を綻ばせた漁り屋が金色を手に取るべく柄に手をかけた、その時。

死骸おとこが漁り屋の腕を掴んだ。

漁り屋はさぞかし驚いたことだろう。

先程まで大地に転がるごみの1つに過ぎなかった男。

その瞳は空虚な、しかし確かに意志の光を宿していた。


死骸おとこは何も言わず、漁り屋の腕を強く引いた。

そして倒れ込んできた漁り屋の首を、へし折った。

掠れた断末魔が霧に木霊する。


男は起き上がって死骸漁り屋を投げ棄てる。先程まで彼がそうしていたように。

同時に、怒号が聞こえた。

どうやらこの死体ごみの仲間らしい。

口々に恨み節を吐きながら男を包囲する4人の漁り屋達。

その1人が言った。

この化け物め、と。


非道な漁り屋達も人間であった。

胸から背中に抜けるように身体を刀に貫かれた男が、まるで無傷であるかのように平然と立ち上がった挙句仲間の首を素手で砕いて殺した、となれば至極当然の反応と言えよう。


しかし当の化け物はそれが気に食わなかったらしい。

怒りの炎が燃えるように、男の空虚な瞳に鈍く暗い光が陰を落とした。


男は自身の胴を貫く太刀を、大地に赤い花弁を散らして引き抜いた。

霧を彼方に突き抜けるような轟音で、獣の如く咆哮する。


やがて空を震わせる音の波が止む。

時を同じくして、金色の刃が瞬いた。

男の正面に立っていた漁り屋の1人、その身体が2つに離別する。

何が起こったのか理解が追いつかなかったのだろう。男の右に立ち尽くす漁り屋の腹に、輝きが一閃する。


残された漁り屋は2人。

一方は状況を悟って一目散に逃げ、

一方は我を忘れて男に斬りかかった。


男は自身に向けられた凶刃を左手で受け止め、右手に握った太刀で哀れな漁り屋の首を断ち切った。


そして何を思ったか傷付いた左手を自身の胸部に空いた風穴に抉り込む。

傷口から赤い血が零れるが、同時に碧い光が溢れ出す。

その輝きを掴むかのように引き抜いた左手を、必死に逃げる背中を目掛けて突き出した。

そうして放たれた輝きは霧の奥を血眼で走る最後の漁り屋を正確に貫いて、その身体と共に霧散する。


僅か数分のことであった。

力尽きたかのように倒れた男は、

赤く穢れた自身の手を見て呟いた。


「化け物なんかじゃない」


何かに縋るようにか細い声で。


「俺は、人間だ」


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