僕は彼と旅をする

カワサキタイチ

僕は彼と旅をするーPrologー

 心地の良い日差しが降り注ぐようになった初夏の夕方……。

 僕は自転車を爽快に走らせていた。

 少しかいた汗が蒸発するたびに初夏のそよ風を感じるいい季節だ。

 少し長くなった夕暮れをクロスバイクで駆け抜ける。


 いつも通りの帰宅路が初夏の日差しに彩られ気持ちよかった。


 そして……。

 僕は彼と出会った。


 ◇


 僕は彼と旅をするーPrologー


 ◇


 何気なく通う通学路に一軒のオートバイ専門店が建っている。

 何時も気にすることなく通り過ぎるお店だった。


 だが……今日の『オートバイ・サービスショップ山羊やぎ』に魅力的なオートバイが止っていた。

 クラッシック調のオートバイだ。

 オートバイの事はよく判らないが、『珍走族』が乗っているのとは違った。


 よく言われる『ハーレー』とも違う……。


 このオートバイは……?


「オートバイに興味があるのかい?」

「今時の学生さん……にしては珍しいね」

「見た目はクラッシックだが、最後の新車だね」


 見た目はクラッシック……でも新車、だが、最後?

 新しいのか古いのか……?


「あのう……どういうことなんですか?」

「新車……ですよね?最後の一台なのですか?」


「いや……排ガス規制の関係でこの『エストレア』は無くなるんだよ」

「だから、この一台は『ファイナルエディション』のスペシャルなんだ」

「それもうちの店では最後の仕入れ分だからね」

「それで新車で注文を受けたんだが、購入したいって人からキャンセル食らってね」


 店主の山羊やぎさん曰く、カフェスタイルにカスタムした特別な一台らしい。

 チョコレート色のタンク。

 レトロなシート。

 購入したかった人の注文で色々と手を加えていたらしい……。

 だが、諸事情で購入を断念した一台……。

 

――彼もきっと走りたいだろう――。


 僕は一時の感情に――。


「あのう!ぼ、僕に――」

「売って貰えないですか?」


 ――高校生一年の僕にはとても高価なオートバイ。


「親御さんがいいなら売るのは構わない……」

「けど、現実的に70万以上はするからな」


 ――学生のお小遣いで買えるような安い買い物ではないことは判っている。

 何より、オートバイの免許を持っていない。

 買う以前の問題も山積み。


 ――だけど――。


 僕は――もう……止らない。

 彼となら……きっと前にグッと踏み出せる……。


 ――僕はそう思えた。


 ……だから、後悔はしたくない。


「……大丈夫です!必ず!……あのう少しだけ時間をください!」

「……お金だけは心配要りません」

「70万あれば……この子を譲って頂けるのですね?」

「手付金は明日持って来ます!」


 免許を持っていないけど、まずは『彼』と契約したかった。


「……だめだ!」


 ――!?


 …僕は……また、前に進めない……のか……。


「……いや……明日水曜だろ?うち定休日なんだよ」

「買う買わないは今日と明日、じっくりと考えて親御さんともちゃんと話すんだ」

「明後日の木曜日までにコイツが売れる……って事はないから」

「ゆっくり考えること。学生がポンポン買える値段じゃないからね」


 店主の山羊やぎさんに販売を断られるかと思った。


 ――ただの定休日でよかった。


 また僕は踏み出す前に諦めなければならないかと落胆しかけた。

 いつもそう……歩き出すことすら出来ない……。


 でも、今度こそ前へ……前へ……進みたい!

 彼となら何処までも進める気がする……!

 だから、僕は彼と一緒に走りたい……!


「エストレア……また来るからね……」


 僕は彼のタンクを優しく愛でて今日は帰る事にした。


 ◇


 彼の名前は『エストレヤ』。

 僕の相棒になるかもしれない……彼の事を思いながら帰路を楽しんだ。

 この道も『彼』と一緒なら、きっと違う色に見えるのだろう……。


 ――流れる木々……降り注ぐ日差しのスピードも違うのだろう。


 僕はそう思えるチャンスを『彼』はくれるのだろう。

 今まで見たことない『いつもの日常の雰囲気』を楽しめるのだと。


 5月5日生まれの僕は16歳になったばかりだ。

 僕の誕生日が5月でよかった……。


 ――免許を取るには16歳からだから。


 僕の学校は『学区が広い』からオートバイ通学が認められている。

 15キロ超えからはオートバイで通学できる。

 ――残念だけど学校までの距離は3キロに満たなかった。

 前々から『気にはなっていた』――。

 でも……僕に乗れるのかな……?


 お世辞でも普通……とは言えない体の小ささにもどかしさを感じた。

 ――みんなは『僕』の事を小柄で可愛いといってくれる。


 小さい僕が僕は嫌いだ……。

 ――僕が一目惚れした『彼』も……小柄なオートバイだった。

 きっと僕と彼は似たもの同士と勝手に思ってしまったのかな……?

 ――でも、彼の包容力は僕よりすごく大きいんだろうな……。

 そんな彼と僕は一緒に走りたい。


 ……いつもより自転車のペダルを強く蹴る僕がいた。

 少しでも早く帰って僕の想いを伝えたかった。


 ◇


 駅前の高層マンションの最上階が僕の家だ。

 僕のマンションの地下駐車場に入った。


 ――ここに彼を置くのかな……?

 駐車場の中をゆっくり眺めながら何処に駐車しようか考える。

 ……考えがら最上階直通のエレベータに自転車を乗せる。


「……エレベータに乗せられるかな?」


 乗るなら玄関に置くのもいいかなと考えた。

 普段は管理人専用のエレベータだから、僕以外は乗ってこない。

 ……正確にはもう一人このエレベータを使うけど……。


 普段通り『僕の自転車』を玄関前に置いた。

 一目惚れした『彼』に嫉妬しないでよね?

 この子も学校の通学に最高に楽しい相棒だ。

 

 ――僕はそっと『自転車』のハンドルを撫でた。

 自転車はあまり詳しくないけど、この自転車も一目惚れした。


 ――僕の大切な家族の一人だ。


 玄関のドアを開け、僕の家に入る。


「ただいま戻りました」

 リビングのドアを開け僕は通学用リュックをソファに置いた。

 リビングには『野菜を煮込む』いい香りが漂っている――。


 だが、キッチンには彼女はいないようだ……。

 煮込んでいる間に他の事をしてくれているのだろうか?


 ――ベランダの方から物音がする。

 ベランダから彼女がリビングへと戻ってくる。


「お帰りなさいませ、夏月さん」


 僕を出迎えてくれた女性……家政婦の『凜』さんだ。

 独り身の僕を小さいときからずっと支えてくれている方だ。

 彼女とは『僕が生まれる前』からの知り合いだ。

 僕の母親は『僕を産んで死んだ』……。

 赤子の時から僕を育ててくれている『親同然』の存在だ。


 ――親同然ではあるが、凜さんは『僕』と必ず一線を引いている。

 彼女にオートバイの購入を相談する。


「凜さん、実は相談があるのですが……」

「明後日、オートバイを購入しようと思ってます」


 凜さんに相談する。

 彼女は『絶対に反対』しない。


 ――僕は彼女の『雇い主』だからだ。


「それでは、免許を取りに行かないとですね……」

「入学手続きは……『塩屋の学校』でいいですか?」


 ――彼女は僕の遣りたいことを制限しない。

 だから相談する。

 彼女は僕の遣りたいことに全力で叶えてくれる。


 ――僕は自分で決めなければならない。

 しかし、彼女は『必ず導いてくれる』……僕が道を間違えないように。


「『オートバイ・サービスショップ山羊やぎ』さんには私から連絡一度いれますね」


「お願いします、凜さん」

「……ですが、契約とかは僕がやりたいです」


 財務管理も凜さんにお任せしている。

 僕の仕事は『学業』と『マンションの管理』だ。

 正直最上階のペントハウスを僕の家にしている。

 凜さんと二人で暮らすには少し広すぎる家だ。


 僕の両親は『財』は残してくれた。

 だけど、愛情は……貰えなかった。


 そんな僕は……常に何かが欠けている……。

 何故か何処か寂しい……。


 欠けたピースが埋まれば、きっと僕は前に進める……。

 ――そう思った。


 僕は彼≪エストレヤ≫と旅をする。

 ――彼をパートナーとして迎えるために歩き出した。

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