第32話 学園祭ライブ!
ステージに上がり、すでにスタンバイされている楽器を受け取る。晴美先輩は開口一番マイクを通して観客を煽り会場のボルテージを焚きつけ、満員の観客がそれに呼応する。会場のコンディションは上々。最高の環境でライブが行えることに、バンドマンとしてこれほど幸運なこともないだろう。
マリ先輩のスティックがカウントを刻んだのち、千明先輩が持つⅤシェイプのギターが、そして晴美先輩が持つ自作スノーホワイトのギターが、鋭く歪んだリフを叩きこむ。爆音でありながらもPAによって整えられた音は聴きやすく、すんなりと観客に馴染んでいく。それによって集った観客のボルテージがうなぎ上りに上昇していき、手は振り上げられ、集団の飛び跳ねで会場そのものが地震のように揺れている。始まったばかりなのにもうこのテンションはすごい!
オープニングを飾るのは、シンプルでありながらも陽気で力強いハードな曲。でもその余計なものを混ぜないストレートなサウンドは、それだけわかりやすくもある。そのわかりやすさ故にキャッチーで、観客の心を惹きつけやすく、冒頭の掴みとしては実に最適な楽曲だった。
晴美先輩の凛としたパワーのある歌声、千明先輩のいい意味で暴れるギター。マリ先輩の刻むリズムがあって、私のベースが土台としてサウンドそのものを支える。バンドガチ勢を名乗る第二軽音楽部のパフォーマンスは、それらが完璧なまでに融合し、攪拌された音の中でも心地よい気持ちよさがあった。
始めの一曲が終わった途端、会場から歓声が沸き起こる。でもその歓声は最早奇声といってもいいくらいのハイテンションなものであった。学園祭に参加している生徒たちは、今この瞬間だけ普段の装いを剥ぎ取った何かと化している。学園祭そのものが学校生活においての非日常でもあるけど、私たちのライブがその非日常具合を加速度的に増していく。俗っぽく言えば、実にはっちゃけた皆の姿がステージから見下ろせた。
「見て見て! このギター作ったの!」
晴美先輩はマイクに向かってそう言いながら、ストラップで肩から下げている自作ギターを頭上に掲げてみせた。白の下地に銀色のラメが入った塗装のそれは、会場のライトを複雑に反射し、まるでミラーボールのような輝きを放っている。
そうしてMCとして、私たちが部活動として行ってきたギター製作のことについて語った。楽器を自分たちで作る。自作の楽器でライブする。そういったものはとても意外性のあるネタでもあり、予想外にお客さんの食いつきがよかった。お披露目としては十分なほどに。
「じゃッ、この自作ギターで次の曲やります! しかも新曲ですッ!」
晴美先輩のトーク力によって、自作ギターの話から自然に次の曲へと繋げる。
このライブのために書き下ろした新曲は、現メンバーで作った最初で最後の楽曲。思い出の一曲となるよう、それぞれのパートが出し惜しみなく全力を注ぎこんだ意欲作でもある。それだけあって、この曲はなかなか過激な仕上がりになっている。
出だしから典型的なまでのメタルフレーズ。ヘビィメタルのジャンルでは、大げさでやり過ぎ感のある楽曲のことを臭いメタル、通称クサメタルと呼んだりする。そういった意味では、私たちの新曲はこれでもかというほどにキツイ臭いのクサメタルだった。
このある種マニアックな方向性の曲は、果たしてお客さんにウケるのだろうか? という心配が、実は楽曲制作中にあった。でも今の観客の反応を見るに、その心配は杞憂だったみたい。それは最初の一曲にキャッチーなものを選曲したことと、MCで巧みなトークによる掴みで、この会場の雰囲気を完全に自分たちのものにしたのが大きかったのかもしれない。私たちが生み出したこの大きな流れは、最早誰にも止められない。
マニアックな楽曲でもうねるように盛り上がるオーディエンス。盛り上がりはそのまま間奏に入る。この曲は楽器隊の主張が激しいもので、それは間奏でも変わらない。なにせ、各パートそれぞれソロがあるだ。
まずベースの私が前座のようにソロパートを弾く。私が得意としているスラップ奏法を、これでもかと盛り込んだフレーズ。弦を叩いたり引っ張ったりしてパーカッション的な弾き方をするこの奏法は、そもそも難易度の高いものであるけど、私はそこにミュートを適度に挟むことでリズムを複雑化し、さらに音を連ねることで高速なフレーズと化している。最早わかる人にしかわからない、これ見よがしにテクニックを自慢するだけのベースソロとなっていた。私は満足している。
次いで、メインを飾る千明先輩のギターソロ。相変わらずがさつな性格に似合わないテクニカルな速弾きを披露する先輩。だけどこの曲については、ギターソロの尺が長めに取られているので、他の楽曲とはアプローチの仕方が若干異なる。なんというか、フレーズ自体に起承転結があるかのような、ギターソロそのものが一つのドラマとなっているかのよう。その表現力に、私は驚かされた。そしてそれは観客も同じで、ギターソロに魅入られ歓声を上げている。
最後の締めとして、短いながらもマリ先輩のドラムソロがある。華麗なドラムの連打もそうだけど、どことなくジャズっぽさもあるそのフレーズは、とてもアダルトな印象を受ける。そうしてマリ先輩の激しくも色気のあるドラムソロで締めたところで、晴美先輩の歌声によって最後のサビに突入する。
ここまでやりたい放題とやった私たちだけど、曲自体、そしてアンサンブル自体は意外とまとまりがあり、四人それぞれが自己主張する楽曲でも、お互いの見せ場が被ることなく、調和のとれたサウンドとなっている。マニアックでも聴きやすさは維持されている。好き勝手しつつも聴き手を配慮したこともあってか、曲が終わり演奏を止めると、割れんばかりの歓声に包まれた。
「せっかくギターを一本作ったので、わたしよりもギターがうまいひとに弾いてもらおうと思います。というわけで、スペシャルなゲストをお呼びしますッ! ハイ、拍手ッ」
そうして晴美先輩は観客を煽って拍手を要求し、観客も観客でそれに応える。会場が拍手で満たされ、ゲストが登場するのを待ちわびる。
ゲストとは、すなわち望のこと。
望が
そのまま望はステージ中央に進み、バンドのフロントマンを務めている晴美先輩と並んで立つ。
「ハイ! では、紹介しますッ。こちら――」
晴美先輩はそう切り出し、望の紹介をする。すでにでき上っている観客にとっては、ステージ上で行われる行為すべてが盛り上がる要素となっていて、望の紹介だけでも過剰な歓声が沸き上がった。その観客の反応に、むしろ望の方が反応に困っていた。
「というわけで、わたしよりギターがうまいこの子に、この自作ギターを存分に演奏してもらいますッ」
そうして晴美先輩は肩から下げているスノーホワイトのギターを望に手渡し、望はそのまま自分の肩に下げる。
「これからやるのはインストだからね! 歌なしの楽器オンリーの曲だから! そこんとこよろしくッ!!」
煽るようにMCを終えると、熱狂した観客の声を背に、晴美先輩が逃げるようにステージ脇に捌けた。と同時に、インスト用として用意したオケが会場に流れる。クラシカルな弦楽器が、イントロに幻想的な印象を与える。
そして望のギターが唸る。それに対して私も千明先輩もマリ先輩も、バックバンドとして望のパフォーマンスに花を添えていく。
演奏始まってから、観客がハッとするように、驚きの表情を見せた。それもそのはず、この曲は、クラシックの名曲だから。
カノン。それをロックアレンジした、カノンロック。
ちょうど十年ほど前、ネット上で密かなブームとなったクラシックのアレンジ。その流行に便乗した両親がカノンを独自にアレンジし、それを望がギターで弾いていた。それを両親が自慢してから、望が注目されるようになり、しまいにはバラエティ番組の出演までした。
カノンロックは望の原点である。
その原点の曲を、十年の時を経て、今学園祭のライブで演奏している。望がギタリストとして復活する記念としては、これほど適した楽曲もないだろう。
ステージ中央で、望は夢中でエレキギターを弾く。クラシック特有の美しい旋律を、現代的で格好いいサウンドで奏でられる。とくにメインとなるギターのフレーズは、エレキギターの持ち味を生かすよう高度なアレンジがされている。その複雑難解なフレーズを、望の超絶技巧で演奏されていく。その姿に、その音に、観客は息を呑む。
望によって奏でられる音色に、私たちも観客も埋没していく。
音に意識が支配されるという感覚を、観客は体感する。望の本気の演奏を聴いた人だけが味わえる恍惚としたひと時。
でも私だけが、ずっと昔から、しかもかなり近い場所でその音に触れていた。私が惚れた音。私が望んだ音。私が追い求めた音。その音を再び耳にすることができて、私の内側から幸福感が湧いてくる。
望の音に包まれている私は、最早自分が今何を演奏しているのかわからなくなっていた。それでも指の感覚が、耳が無意識に捉える情報が、バックバンドのベーシストとしての最低限の役割をこなしていく。私の意識は、今や望によって満たされている。
唐突に至福の時が途切れる。それを認識してから、私の意識は現実に帰ってくる。目を覚ましてから、もうすでに曲が終わったことに気がついた。私の
そしてそれは観客も同じだった。演奏が終わった会場は、しばしの静寂に包まれた。皆魂を抜き取られたかのように、抜け殻みたいな間抜けな表情を晒している。ステージの上から見渡せる限り、皆同じ表情をしているものだから、私はそれがおかしくてたまらなく、思わずクスっと小さく笑ってしまった。
その小さな笑い声が、まるで催眠術師が催眠を解く仕草をしたかのように、会場にいる全ての人が我に返った。転瞬、会場は今日一番の歓声に包まれた。
その後晴美先輩がステージに戻り、入れ替わるように望がステージ脇に捌けたけど、観客の興奮は収まる気配がなかった。そのまま残りの二曲を演奏して、観客も盛り上がってくれたけど、でも本質的なところ観客の心を鷲掴みにしたのは望であって、会場はどこか上の空のように感じられた。バンドマンとしてはやりづらさがあったけど、お客さんが盛り上がっているのであればそれはそれでいいでしょう、という気持ちもなくはなかった。
こうして私たちの学園祭でのライブは終了し、メンバー全員がステージから降りる。夏場で、しかも空調設備がない体育館なので、ライブをするこちらとしては急な雨に降られたみたいに汗でずぶ濡れだった。脱水症状が酷く、熱中症一歩手前。右肩上がりの興奮が止まってから、ようやく自分の身体が危険な状態であることを自覚できた。
舞台袖にて待機していた陽菜さんが、まさに運動部のマネージャーのように冷えた飲み物とタオルを配っていく。晴美先輩は壁に寄りかかりながら座り込み、千明先輩は寝っ転がって冷えた床を愛でている。マリ先輩に至っては汗でメイクがぐちゃぐちゃで、タオルで汗を拭ったことによってさらに酷い顔となっていた。
会場からはアンコールが響き渡り、熱気がこちらまで伝わってくる。しかし皆これ以上演奏できる状態ではなく、袖にいる私たちにとってはアンコールがむなしく感じられた。まあそもそも、尺の都合でアンコールはなしということを学園祭実行委員会から念押しされていたので、端からアンコールに応えることはできないけどね。
ただ思うのが、そもそもこのアンコールは私たち第二軽音楽部に向けられたものなのだろうか、ということ。私たちではなく望に向けられたアンコールなのでは、と勘繰ってしまう自分がいる。でもそれならそれで、オーディエンスに望が受け入れられたというなによりの証左でもあるので、私が望んだ望の復活という意味なら、これ以上の結果はないでしょう。私は抱いた疑問に対して、そう解釈することにした。
意識が朦朧とする私を、望が抱きとめる。
「今、私、汗酷いよ」
「朔の汗なら構わない」
私は一応忠告したけど、望は気にしている様子はまるでなかった。
「ねえ、ライブ、どうだった?」
聞いてから、第二軽音楽部のライブと望のライブのどちらのことを言っているのか区別つかないと思ったけど、
「うん。サイコーだった」
そう陽気に答える望の声を聞いて、そんな些細なことはどうでもよくなった。望自身がライブの楽しさを、ギターを弾く楽しさを再び自覚してくれたのなら、それでいいと思えたから。
私自身、サイコーのライブだった。
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