第28話 調整 その2


「反りを直したら、次は弦高を調整する」


 先程ネックの反りを調整した私たちは、長谷川さんに促され今度は弦高を調整していく。


「弦高は文字通り弦の高さだ。弦高の高さは弾き心地に直接かかわってくる」


「そんなに変わるものですか?」


 ギター初心者の陽菜さんは不思議そうな表情を浮かべながら質問する。


 でもこれは、ギターやベースを日常的に弾いている人ならわかること。本当に弦を押さえた感触が全然違ってくる。


「単純な話だ。弦とフレットの距離が長ければ、それだけ弦を強く押さえないといけない。一方弦高が低ければ、それだけ軽いタッチで弦を押さえることができる。演奏性の観点では、弦高は低ければ低いほど弾きやすい」


 陽菜さんの質問に長谷川さんは丁寧に答える。


「じゃあ弦高は高くする意味はないんですか?」


 続けて晴美先輩が尋ねる。


「いや、そうとも限らない。弦高を低くすると弦が鳴らないんだ。強く弾こうとすると、弦の振幅がフレットに接触してしまい、ネックが反っていないのにビリビリとノイズが発生してしまう。そのため低い弦高は、軽いタッチで演奏できる分弱く弾かなきゃならない。逆に弦の鳴りを生かした演奏をする場合は、必然的に弦高を高く設定しなければならないんだ」


 長谷川さんは実際にギターを手にして、弦高の設定による演奏方法の違いを簡単に実演しながら、細かく弦高の説明をしていく。


 曰く、アコースティックギターやジャズギターなどは鳴りを生かすために、弦高を高めに設定するとのこと。エレキギターでも、コード中心の演奏やパンクロックなどといった掻き鳴らすタイプの演奏では、標準からやや高めに設定。ハードロックやヘビィメタルなど、テクニカルな演奏を求められるジャンルでは、弾きやすさ重視で弦高を低めにする。そういったジャンルによる演奏方法の違いで楽器の弦高の高さを変えるみたい。


「あとさっきのネックの反りの話にもなるけど、ネックが反れば当然弦高も変わってしまう。楽器本体のプレイコンディションを維持するためにも、反りはこまめにチェックしなければならない。ネックが反った影響で普段できていたフレーズが弾けなくなったなんて話はよくあるからな。とくにベースの場合は、ギターよりも張力が強いからよく反る。だから気をつけなければならない」


 と、長谷川さんは最後に補足してくれた。


「で、弦高はどのくらいの高さが希望なの?」


 エレキギターの弦高設定には結構調整の余裕があるので、長谷川さんは私たちに好みの確認をしてきた。でも、


「低めで」

「低く!」


 と、晴美先輩と千明先輩のギタリストコンビがそろって即答した。どさくさに紛れて私の傍にいる望が「低い方がいいんじゃないですか」と小さく答えたのを、私は聞き逃さなかった。やっぱりエレキギターを弾く人は低めのセッティングが好みみたい。


「そうだね。お前たち一応メタルバンドだしな」


 先輩たちの反応に、長谷川さんは鼻で笑った。その態度に、


「一応ってなんだ!」

「やんのかコラー!」


 と先輩コンビは憤慨するも、なぜだろう、コントみたいなコミカルな感じがしてちょっと面白かった。


 そんなやり取りもありつつ、私たちは製作しているスノーホワイトのギターの弦高調整をする。長谷川さんに弦高の測り方をレクチャーしてもらいながら、実際に測ってみる。


 弦高調整を行うのは晴美先輩。ギターのお披露目となる学園祭のライブでは、フロントマンの晴美先輩がこのギターをもって演奏するので、演奏する本人が自分の好みのセッティングにした方がいいだろうという判断でそうした。今まさに、晴美先輩の好みにあわせてボディ側の支点であるブリッジサドルを上下させている。


「これ……くらいかな?」


 晴美先輩は軽く演奏して、その演奏性と正常に音が出ているか確認する。その工程を、自分の好みにあうまで繰り返す。弦を緩めてブリッジサドルを動かし、再度チューニングをして弾いてみる。その繰り返しの果てに、ようやく満足のいくセッティングに辿り着いた。


「それでいいのか?」


「はい。わたしが普段使っているギターと大体同じくらいになったと思うので」


 長谷川さんの確認に、晴美先輩はギターを試奏しながら答えた。


「じゃあ次、ピックアップの高さだ」


 弦高の調整を済ませると、今度はピックアップの調整に移る。


 ピックアップはエレキギターにおいて、音を拾うマイクのような存在。厳密には音ではなく弦振動を、コイルと磁石による電磁誘導を利用して拾っている……ということを、ギター製作初期に教わった。


「ピックアップの高さで音は随分と変わる。単純に、ピックアップと弦との距離が短ければよく弦振動を拾い、高出力でアウトプットできる。ただ近すぎると音がぼやけるし、なによりピックアップの磁力が金属の弦に影響して、弦振動がおかしくなって正常に音が出なくなってしまう。だから高さはほどほどに。むしろ音質を気にするなら、ピックアップは下げ目にした方がいい。音がクリアになって扱いやすくなる。ただ低すぎると出力が弱くなってしまうから注意な」


 そうアドバイスをもらって、私たちは実際にアンプに繋ぎ音を出しながら、フロントピックアップとリアピックアップの出力バランスを調整。その後音の具合を聞きながら微調整を繰り返した。


 いろいろいじくってみて実感したことだけど、ピックアップの高さによって本当に音が変わることが手に取るようにわかった。ここまで顕著に変わるのであれば、普段エフェクターやアンプで音作りをしている一環で、ギター本体でも音作りした方がいいのではと思い始めてきた。


 ピックアップの高さ調整が一段落したところで、


「じゃ、いよいよ最後の調整をする」


 長かったギター製作の最後の工程に差し掛かった。


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