第25話 双子の本音(1)
今日の作業を終えて帰宅する。着替えたりご飯食べたりお風呂入ったりしていたら、夜もそこそこいい時間となってしまった。でもまだ寝る時間には早いので、私は望の部屋を訪ねることに。
目的はもちろん、望と真正面から向き合うため。
でも部屋の前まで行くと急に怖くなって、気軽にドアをノックすることができなかった。そのまま、扉の前で立ち尽くす。
ふと、望の部屋の扉が開く。
「どうしたの?」
部屋から出ようとした望は、扉の前に無言で立ち尽くしている私の存在にびっくりしたのか、虚を突かれた表情をしていた。いや脅かすつもりはなかったけど、なんかごめんなさい。
「いやー。ちょっと用事があってノックしようとしたら急にドアが開いたから、こっちもびっくりしたよ」
私は適当に状況を誤魔化す。誤魔化すには素直に目的を明かすしかない。
ただそれによって、私の心の準備など関係なしに望と向き合わざるを得なくなってしまった。
「ふーん。じゃあ、ちょっとトイレ行ってくるから中で待ってて」
望はそう言い残し、扉を開けっぱなしにしてトイレに向かった。
言われた通り望の部屋に入る。机があってベッドがあってと、これといって特筆すべき珍しい点はない。ギタースタンドにギターが置かれていたり、楽器の機材が部屋の一角に置かれていたりするところは、私の部屋と変わらない。間取り的なこともあるけど、なんとなく私の部屋を反転させたような雰囲気がある。
私はとりあえず部屋の真ん中、カーペットの上に座り込み望を待った。望は数分ののち部屋に戻ってくる。
「で、どうしたの?」
望もカーペットに座り、私と真正面から向かい合う。じっと見つめられるも、私はなんとなく目を合わせることができず、目が泳いでしまう。でも落ち着きのない私の瞳は望の周りに一通り焦点をあてたのち、帰ってくるかのように結局望を見据える。そのことが、もう逃げ場はないぞ、と無駄な足掻きをする意識を諫めるように身体が訴えかけているかのようだった。
「……ねぇ……――」
マリ先輩に違和感を指摘され、千明先輩に背中を押された。それによって、これまで当たり前に信頼していた相手に、同じく当たり前に信頼されていた相手に、真の意味で向き合うこととなった。
「――どうして、私に付き合って第二軽音楽部に入部したの?」
意識しすぎているせいか緊張している私とは打って変わって、私の口から出ていった言葉はひどく冷たかった。
「……朔に付き合う以上の理由が必要なの?」
私の突然の問いに、望はしばし考えたのち、困惑した様子で答える。その態度は、さも当然のことを今更なぜ聞くのか、といった不信感が読みとれた。
「私は朔の傍にいられればそれで満足なの」
そして重ねて言い聞かすように、半ば恍惚とした表情をしながら私の目を見つめてくる。
「……質問が悪かったかも。望は第二軽音楽部で何がしたいの?」
私は部内バンドのベーシストとして活動している。では望は? 望が第二軽音楽部でしていることといえば、サポート的なことしかしていない。こちらとしてはいるとありがたいけど、でも正直なことを言えばいなくても別段困らないし、なにより望本人に得るものがない。望にとっての活動とは何なのか? それが見えない。
望には、自分というものがない。自分本位に部活動する動機がないことになる。
「……それは――」
望はまたしても答えるのに時間を要した。でも先程よりも考えている時間は短かった。
「――朔のしたいことをしたい。それじゃあダメかな?」
ふと、手に感触があった。見下ろすと、望が私の手を取り包み込んでいる。視線を戻すと、望は座りながら膝を動かして私との距離を縮めていた。
「朔、どうしたの? 急にそんなことを聞いて変だよ? 何かあった?」
私は近づいた望の瞳を見つめたまま、短く「別に」と答える。
そう答えてから、ふと疑問を抱いた。
望は私のしたいことをしたいと言った。なら――、
「望さ、皆の前でギター弾いてって私が言ったら、弾いてくれる?」
「え?」
動揺した声が漏れた。
「望はさ、さっき言ったでしょ。私のしたいことをしたいって。本心を言えば、私はかつての望が見たい。望と一緒に演奏したい。それが私にとっての一番のしたいこと。なら、私がそう言えば望は叶えてくれるの?」
それはこれまでずっと抱いてきた願望。私は輝く望をもう一度見たい。でもこの十年間、望はそれを叶えてはくれなかった。
「それは……」
望の瞳が露骨に揺れる。そして――、
「朔が望むのなら……、してもいい」
望は動揺しつつも、私の願いを簡単に受け入れてしまった。
でもその言葉を聞いた瞬間、私は衝動的に望を引っ叩きたくなった。でも握り拳を作って我慢して、理性でその衝動を押し殺した。
望はあの一件以来ギターから離れてしまった。途中にわかに復帰したけど、でもそれは自分の殻に閉じこもったままの状態。かつてのような生き生きとした輝きはなくなった。そんな望を、私は腫れ物に触るように接しながら完全復活を願っていた。
それが何? これまで抱いてきた願望が、たった一言で達成してしまう。ならこれまでの十年間は一体何だったのか?
これまでの想いが軽く扱われたかのように思えて、私の心が怒りで炎上してきた。
「……望は、あれ以来ギター弾けなくなったんじゃないの?」
私は怒りを噛み殺して言った結果、その言葉は意外にも頼りなく不安定なものとなった。
それを望はどう捉えたのかはわからないけど、目を伏せて視線を逸らしながら答える。
「……そうだよ。でもまた弾けるようになった」
「でもそれは、一人部屋に籠ってでしょ」
私は追い打ちをかけるように言葉を被せる。それに対して望は「うん」と小さく返した。
その返事ののち、
「ただ……、部屋の外でギターを弾く機会がなかったから……」
と言葉を続けた。けどその言葉は私に言い知れない違和感を覚えさせた。
部屋の外でギターを弾く機会がなかった……。
それじゃまるで、普通にギターが弾けるとでも言っているかのよう。
抱いた違和感が増幅する。
「待って。望はギター弾けなくなったのでしょ」
「ええ。でもそれは過去の話。今は弾いているよ。一人で」
「でもそれは、人前で演奏する機会がなかったってことでしょ」
「……結果的には」
結果的には? 結果的にはって、どういうこと? さもそれ以外の結果があったかのような言い方。
「え? ちょっと待って……」
私はたまらず額に手を当てて考え込む。でも考えたところで、私の思考はフリーズしていて答えなどなにも出てこなかった。
何かが、おかしい。
「私は朔のことが好きよ」
固まる私に言い聞かせるように、望は言う。
「だから朔に好かれるために、朔が望む私を演じてきたのよ」
そして望は甘く恍惚としながら私の頬に触れてくる。
でも私としては、その言葉で、双子の私たちの間に明確な溝があることを知った。
「私が望む……望?」
それは本来自明ですらある。私はかつての輝く望が見たい。それだけ。
でも望にとってはそうではなかった。望は私の願いを、違う解釈をしていたかのように、認識が異なっている。
それは違和感の正体。いや違和感の種。
頬に触れる望の手を乱暴に払う。その瞬間、望の表情は絶望の色に染まる。信頼している相手に拒絶された顔。でも私はそれを無視して言い放つ。
「……詳しく話を聞かせて」
私はその違和感がどういったものなのかを明かしたい。それは私たち双子の姉妹にとって、致命的なものとなっているから。
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