第24話 組み込み


 塗装が終わりフレット周りの処理も済ませたあとは、いよいよ組み込み。


 ボディ側のマスキングテープを剥がし、ネックを接合部につけ、裏から四本の太いネジで留めることでネックとボディをくっつける。


「押さえててやるから、早くネジビス留めろ」


 場所は二階試奏室の応接スペースに移っている。ローテーブルにギターの保護として柔らかいタオルが敷かれ、その上で組み込み作業をしている。ネックの取り付けは素人がやると塗装を割ってしまうこともあるとのことで、私たちはネジ留めだけを行う。


 長谷川さんは一度ボディを寝かせ、ネックを上から溝に押し込むようにして取り付け、手でネックとボディを同時に押さえながらギターを起こし、ネジ留めしやすいようボディ裏側のネジ穴部分をこちらに向けてくれた。


「ワタシやりまーす!」


 ジョイント作業を名乗り出たのは、意外にも陽菜さんだった。訳を尋ねてみると、「ネジ回しくらいならワタシでもできそう!」と溌剌と答えてくれた。


「待て、それドライバーが違う。このビスはこっちのドライバーだ」


 陽菜さんがテーブルに置かれたドライバーを手にするも、即座に駄目だしされる。


「ドライバーは溝の大きさで種類が異なる。合っていないドライバーで回すと、ネジ頭がなめて回らなくなるぞ」


「そ、そうなんですねー……」


 指摘され、陽菜さんは早くも萎縮し始めていた。私もなぜ数種類のドライバーが用意されているのか疑問に思っていたけど、まさかネジによってドライバーのサイズが合う合わないというのがあるとは……。ネジの溝って、すべて統一されているわけではないのね。


「待った待った。ドライバーの持ち方も違う。指だけでドライバーを持つな。ドライバーはネジの構造上、回す力よりも押す力の方が重要なんだ。だから手のひらでドライバーの尻を押しながら軽く回していくのが、正しいネジの留め方になる。感覚として、回す力が三割、押す力が七割を意識して。……君たちは本当に現代っ子だな。今までドライバーを回したことないのか?」


「……ハイ」


 ドライバーの種類を指摘された次は、ドライバーの回し方について指摘され、「ネジ回しくらいならワタシでもできそう!」と豪語していた陽菜さんはすっかり意気消沈してしまった。まあでも、私もネジなんてただ回せばいいと思っていたから、今正しいドライバーの使い方を聞いて内心驚いている。ネジをちゃんと回せないのは陽菜さんだけではないし、多分ここにいる女子高生全員回せないと思う。


 そんなこともありつつ、ネックとボディは無事くっついた。分離していたものが一つになったことに言い知れない達成感があって、女子六人ギターを取り囲んで謎の万歳をしていた。中でも実際にネジを回してジョイント作業をした陽菜さんは、照れ隠しではにかみながら一緒に喜んでいた。


 ネックとボディをくっつけたあとは、細かいパーツ類を取り付けていくだけ。幸いネジ穴や取り付け穴などは、製作キットとして予め開けられているため、本当にただドライバーでネジ留めして固定していくだけだった。それに組み込みに関しては付属の説明書に書かれているので、あとは私たちだけで十分作業可能であった。分担してパーツを取り付けていく。


 電気配線等も、ある程度電子パーツとリード線がはんだ付けされていたので、ギターのコントロール部分にはめていくだけ。このあたりは製作キットとしての親切さが感じられた。ただピックアップはボディ内部の穴にリード線を通す必要があり、ピックアップだけは自分たちではんだ付けをしなければならなかった。


 エレキギターの電気配線は、増幅回路という信号を増幅させる仕組みがないので、回路としては実にシンプルだった。基板も用いらないし、電源も必要ない。ちなみに増幅回路がないので、基本エレキギター本体のツマミは信号を減衰させる方向にしか効かず、ツマミを全開にした状態が最もギターの素の音に近い。


 はんだ付けは長谷川さんの指導のもと行う。熱したはんだごてで、鉛とスズの合金であるはんだを溶かし、ピックアップから伸びるリード線の先を電子パーツに取り付けていく。はんだ付けは、自他共に改造マニアとして認めている晴美先輩がやってみたいと申し出たので、晴美先輩にお願いすることに。はんだごてによってはんだが溶かされ、細い煙として晴美先輩の手元から立ちのぼる。


 作業に集中している晴美先輩がふと「よし!」と呟くと同時に顔を上げた。


「いやー、これ神経使うわー」


 はんだごてを専用の台に置いた晴美先輩は、その場で腕を高く上げて伸びをしている。そんな先輩に私は「お疲れ様です」と簡素に挨拶した。


 こうして、金属パーツから電気配線まで、一通りの組み込み作業が終了した。まだ弦は張っていないけど、でもパーツが取り付けられたギターは、もう私たちが知っているギターそのものだった。


「なんか……あれだね、未来的な感じ」

「確かに……」


 望が横たわるギターを見下ろしながら印象を呟くけど、その印象に同意せざるを得なかった。


 白色を下地に銀色のラメが映える塗装面に、オールクロムメッキパーツが乗っている。それがまた自動車のような無機質な金属感を演出しており、その様相はまさに近未来的なSFのイメージがピッタリだった。


「ノブはこっちの方が似合うんじゃないかな」


 そう言って長谷川さんが取り出したのは、樹脂製の透明なノブだった。製作キットに付属しているボリュームツマミのノブは黒色なので、確かにこちらの方がしっくりきそう。長谷川さん曰く透明ノブは余りパーツとのことなので、遠慮なくいただくことに。実際につけてみると、スノーホワイト塗装による美麗さと、オールクロムメッキパーツによる未来的な印象を阻害することなく、ギターの外観に馴染んでいた。


 もうすぐ完成しそうとのことで、望が事前に自分用としてストックしていた弦を持ち込んでいた。その弦のパッケージを開けて弦を張る。私たちとて十年ほど楽器に触れている。ギターの弦を張ることなど造作もない。弦をボディ側の支点であるブリッジに通し、ワインダーを使ってペグを回し素早く巻きつけていく。


「ギターだー!」

「ギターになってる!」


 陽菜さんと千明先輩のちびっ子コンビは、半ば恍惚とした表情をしながら、そろって感嘆の声をあげる。所詮製作キットで大部分は塗装作業だったけど、でも苦労して作り上げたものがほぼ完成したので、とても感慨深いものがあった。私としても、達成感で心にグッとくるものがある。


 でも見た目上はエレキギターとして完成しているけど、楽器としてはまだ完成していない。これから演奏可能な状態に調整していかなければならない。


「まずはナットの調整だな」


 長谷川さんはそう促し、解説を始める。


 ナットとは、ギターのネック側の支点のこと。弦を押さえないで弾くとこのナットが支点となって弦振動をするので、よくゼロフレットとか開放弦とか言われている。材質は牛骨が一般的ではあるけど、大量生産品としてプラスチック製や、真鍮ブラスやカーボンなどといった特殊なものもあったりする。素材によって音が変わるのは当然だけど、音以外にも演奏性も変わってくるので、ギタリストやベーシストでもこだわりを持つ人がいるほど重要な部位の一つである。


「弦高が高いとそれだけ音程に狂いが生じる。そのためナットに近いローポジション、低音付近の音の狂いを最小にするために、ナットの溝を可能な限り低くする必要がある。ただし、低すぎると弦の振幅がフレットに接触して、音詰まりを起こして正常に音が出なくなる。適度に低くしなければならない」


 弦高とは、フレットの頂点から弦までの距離のこと。ナットには弦をはめる溝があって、この溝を削っていくことでナット部分の弦高を整えていくらしい。


「目安として、3フレットを押さえた状態の1フレットの弦高が、コピー用紙一枚分くらいになっていれば大丈夫だ」


 長谷川さんの指導のもと、私はギターの状態をチェックする。ナットから三番目のフレットで弦を押さえ、そのときのナットから一番目のフレットの弦高を見ていく。


「コピー用紙一枚分ってレベルじゃないね」


 顔を寄せるようにして覗き込んでいる望が、ふと呟く。確かに、今のナットの高さは、厚紙で二枚か三枚分ある。結構な高さがあり、実際にナット付近のポジションを押さえてみると非常に押さえにくかった。音を出しても、音が合ってなくて気持ちが悪い。


 というわけでナットの溝を適正の高さまで削っていく。削るには、目立てヤスリのような、ギター専用の鉄ヤスリで削っていく。各弦の太さゲージに合うようヤスリのサイズも複数ある。ギターは六本の弦が張られている楽器なので、ナットの溝も六本分ある。そのため私たちは一人一つずつ交代で削ることにした。


 ナットの作業は意外にも苦戦した。なにせ演奏性にダイレクトで響いてくる部位なので、皆慎重にならざるを得なかった。結局、全員各弦をコピー用紙一枚程度まで削るのに時間がかかり、この日は組み込みとナットの作業を終えて解散となった。



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