第14話 製作キット購入
実際にライブで自作ギターを演奏することになる晴美先輩の要望を加味しながら、大手ネット通販サイトを漁る。そのとき、
「へぇー。こんなのもあるんだ」
私はとある製作キットを見て関心を持った。そのギターは望のギターと似ていたから。
もちろん望が使用している高級感のあるハイエンドギターとは比べ物にはならない。所詮安価なコピーモデル。でも、このギターならデザイン的にストラップをつけて肩から下げたときの重量バランスはよさそうだし、ピックアップもハムバッカーを搭載している。晴美先輩の要望を完璧にクリアしている。
一応念のための確認、として私は望の部屋を訪ねる。ノックをして返事があってからドアを開けると、望はベッドに浅く腰掛け、ギターを抱えていた。どうやら演奏していたみたい。
「望ストラップある? ちょっとそのギター持たせて」
「どうしたの、急に?」
望は私のことを見上げながら聞き返してきた。そこで私は部屋から持ってきたタブレット端末を望に向け、表示されている商品ページを見せる。
「いい感じのキットがあったから、似ているギターでヘッド落ちしないか確かめようと思って」
「うん。わかった。そういうことなら、ちょっと待っててね。はい」
そういって望はギターを私に預ける。鏡面仕上げの塗装は光沢があり、木材の杢が映えていてとても綺麗。まさに高級ギター。と同時に愛おしく思えてしまうのは、このギターが望の相棒だからだろうか。さっきまで望が触れていたせいか、心なしか手触りがよく思えてしまう。望がギターのハードケースからストラップを取り出している最中、私は無意識に望のギターを撫でまわしていた。
「はい」
ギターストラップを用意した望はその片方を差し出してきた。片方つけろと言いたいらしい。私は素直にそれを受け取り、望と共同作業で二ヶ所あるピンにストラップを引っかけた。
「はいどうぞ」
二人ともつけ終わると、望はギターから手を離し、私に委ねる。私はストラップを肩から下げ、手を離してギターを構える。望のギターを構えているというただそれだけのことなのに、妙に緊張してしまう。きっと高価なギターを下げているからだと思う。
「どう?」
「うん。悪くない」
望のギターは重心がちょうどよく安定している。この分なら、このギターと似ているデザインの製作キットのギターも大丈夫だろう。まあ実際に実物を確認してみないと何とも言えないけどね。
「じゃあ注文するよ」
ベッドに座る望は、私のタブレット端末を操作している。
「え、もう? 先輩たちに相談しなくていいのかな?」
「いいでしょ。要望は叶えているし、なにより朔がこれに決めたのだから、いいに決まっている」
ホントこの子は、無条件で私のことを信頼しているのだから。まあ別に悪い気にはならないけど。
ふと、私は思い至った。
「望、それいくら?」
「ん? 確か四万くらいだった」
「四万……」
私は絶句した。下調べのときにざっと相場を見たら一万円から二万円くらいだった。モデルによって金額差はあったものの、まさか一番高いものだったとは。四万円なんて、手頃なギター買えるよ。
「お金どうするの?」
「え? あてないの?」
「それを含めて相談しようかと……」
一応部活での活動だから、部費でなんとかならないかと思ったけど、さすがにポンと四万円出てくるわけはない。だから結局お金出し合うことになると思う。それなら事前に相談は必要だろう。
私は望のギターを大事に抱えながら望の隣に座り「ど、どうする?」と問いかける。アルバイトもしてないので、私たちの財源はお小遣いだけだった。お小遣いで四万円請求とか、絶対無理でしょ。
「ほ、ほら、代引きにしたし、届くの一週間くらいかかるみたいだから、一週間で四万円用意すれば問題ない、はず」
ちょっと、動揺した私につられて望まで動揺しないでよ。
「さ、最悪これ売れば……」
「だめに決まっているでしょ!」
望は自分のギターを指さして言うが、私は望のギターを抱きかかえて死守する。こんな何十万円とするようなギター売って四万円の、しかも未完成のギター買うとか意味わからん。
「じゃあ、朔のベースを。きっと売っても何十万すると思う」
「いやだ」
確かに私のベースも高価だけど、そういう問題じゃないから。
まあここで動揺していても解決はしない。私たちは二人で親に相談することにした。ストレートに「四万円ちょうだい」と。
結論から言うと、なんとかなった。というのも楽器コレクターの両親は、買ったものの愛着がなくなってしまったけど処分も面倒な楽器や機材をいくつも差し出してきた。要するにこれ売ってお金にしろ、ということ。
で、翌日中古買い取りしている楽器屋さんに頑張って持って行って査定してもらった。結果は六万円と、当初の予定よりも高く買い取ってもらった。いきなり六万円の現金を手にした女子高生二人は、魔が差して使い込まないようまっすぐ無言で家に帰り、財布ではなく封筒に入れて保管することにした。
「ついに……届いてしまった」
そしてゴールデンウィーク最終日。不意に鳴ったインターホンに出てみると、ネット通販で注文していたものを届けに来た宅配業者だった。その段ボールは両手で抱えなければならないほど大きなものだったけど、でも横幅の割には厚さがそこまでなかった。なんとも平べったい荷物。
家の狭い廊下を苦労しながら進み、自室まで運ぶ。そして自室にて箱を開封した。
「お……おお!」
「おおー!」
私と、部屋に入ってきた望は、開封して思わず感嘆の声を漏らしてしまった。箱の中に入っていたものは、分解された状態のエレキギターだった。そう、これがギター製作キットである。
でも、
「木、ですね」
「木、だね」
入っていたギターのボディとネックは、触れてみると木の感触がした。もちろんエレキギターも木材で作られていることは知っているけど、でも目の前にあるギター擬きは、本当に木材を切り出してギターの形にしただけの、ただの木だった。
「商品ページを見た感じ、
「まさかストレートに木の状態で届くとは思わなかったなー」
私のベースもカラーリングしていないナチュラルカラーだけど、塗装していないわけではない。楽器の保護の名目で透明な塗装がちゃんとされている。でもこの製作キットは明らかに塗装していなかった。いや、塗装を含めての製作キットなのか! 組み込むだけじゃないのね。
「これは大変なことになりましたねー」
「そうですねー。大変ですねー」
私と望は無表情に、まるで他人事であるかのように呟きながら、平べったい段ボール箱をそっと閉じた。
これは長谷川さんに相談しなきゃ。
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