3章 ギター製作開始
第13話 ギター選び
新歓ライブを終えた翌日。ゴールデンウィーク初日であるこの日は、新歓ライブの打ち上げと称し、ジュースやお菓子を持参して長谷川さんのお宅にお邪魔した。そして活動拠点である二階の試奏室の、その応接スペースでまったりしながら、今後の活動のミーティングをすることにした。
今後の活動といっても、今のところライブをやる予定はない。というより小規模ながらライブをしたばかりで、ある種燃え尽き症候群を発症していた私たちは、今はライブのことを考えたくなかった。
なので、必然的にライブ以外の活動についての議論となる。つまり、ギター製作のこと。
私が言い出しっぺでギター作りたいと提案し、最初は望が参加表明し、その後第二軽音楽部の活動とする話になっていた。ここのところ新歓ライブのことで頭がいっぱいになっていたから、それ以上話は進展していない。
「最終目標は、学園祭のライブにてお披露目でいい?」
千明先輩が確認するように言い出した。確か先輩と出会ったとき、そんなことを千明先輩が発案していたような気がする。
「その、学園祭っていつですか?」
「七月だな。期末テストが終わったあと、テストと夏休みの間にやる。テスト明けと夏休み前ってことで、テンションが一番ハイなときに大騒ぎする」
陽菜さんの質問に晴美先輩が答えた。七月でしかも夏休み直前とは、また珍しい時期にやるな。偏見かもしれないけど、文化祭とか学園祭って秋頃行っているイメージが強かったけど。そのあたりのことは、やっぱり学校によって違うのかもしれない。
「学園祭のライブは、まあ新歓ライブの拡張版みたいなところかな。新歓ライブと違って、それぞれの演目で時間帯を決めるから、持ち時間も長いし単独でパフォーマンスできる。多分五曲前後くらいはできるんじゃないかな」
「結構やりますね」
私の、お菓子をつまみながらの反応に、晴美先輩が「だろ」と返事をする。
「スケジュールとしては、六月中にある程度まで形になっていればいい。けどテスト期間で間は空いてしまうから、テスト明けは集中して調整しないとね。そこさえ気をつければ時間は余裕ある」
晴美先輩の話を聞きながら、脳内のカレンダーでイメージする。確かにバンドとしてライブをするなら時間の余裕はある。けど、それ以外は?
「そうなると、ギター作りは五月と、精々六月の中旬までには何とかしなきゃですね」
「ま、そういうことだ。最悪一年二人に任せて、あたしらはバンド練習に入る、ってこともあり得る。つーか、多分そうなるだろうな」
千明先輩は棒状のお菓子を煙草のように咥えながら、望と陽菜さんを見やって話す。
「う、うう……ワタシ作れるかな……?」
「望もいるし、なんとかなるんじゃね?」
陽菜さんは不安から弱気な発言をするものの、千明先輩は無責任に答える。それに対して私の隣に座っている望は、私に寄りかかって縮こまっていた。過度に信頼され、望自身どう反応すればいいのかわかりかねている様子。照れている望がまた可愛い。
望が照れるのも無理はない。新歓ライブの練習にて望の才覚による有能さが発揮されたため、先輩たちは望に対する信頼を増した。確かに音を正確に認識する望の耳は、練習するうえで非常にありがたかった。また楽器や音楽に関する知識も豊富なので、望にさえ任せていれば大抵のことは何とかなるのでは、と過剰な期待もされている。
「で、そうなと、問題はどんなギターを作るかってことよ」
スケジュールなどあらかた話がまとまったところで、千明先輩が腕を組みながら尋ねた。
そう、そこが一番の問題である。ギターは、とくにエレキギターは、ヴァイオリンなどとは違い形状に決まりはなく、自由なデザインが可能な楽器である。そのためエレキギターには多種多様なモデルが存在している。
「ストラトかテレキャスターか、それともレスポールか……」
千明先輩は定番となっているモデル名をあげる。
「そのことなんですけど、千明先輩見てください。調べてみたところ、ストラトもテレキャスターもレスポールも製作キット売っています。さらにいえばSGやフライングV、そしてなんとセミアコまであります」
私はタブレット端末を操作し、これまで独自に調べた成果を見せる。ネットで調べたところギター製作キットはネット通販でも取り扱っており、しかもその種類は意外と多かった。
「なんでもあるな……。って、変形ものまであるんかい!? ホント選り取り見取りだな」
皆がタブレット端末に表示された大手ネット通販サイトを眺める。そのさなか千明先輩は無駄に尖った鋭利な形状のギター製作キットを見つけて驚き、次いで呆れていた。
「晴美先輩は何か希望はありませんか?」
学園祭のライブでのお披露目とのことなので、自作ギターを演奏するのは、ステージのセンターに立ってギターヴォーカルを務める晴美先輩となる。その方が作ったギターも目立つ。ならば、実際に演奏することになる晴美先輩の意見を尊重した方が選びやすいだろう。
「わたし? そうだね……強いていえばヘッド落ちしないギターかな」
晴美先輩は悩み、絞り出すかのように要望を出す。
ヘッド落ちとは、言葉通りギターのヘッドが落ちてしまう現象のこと。ストラップをつけてギターを肩から下げたとき、ボディとヘッドの重量バランスによって楽器本体の安定度が変わってくる。重量バランスが安定していると、ギターのネックは斜め上を向くようになるが、逆にバランスが悪いとネックが斜め下に下がってしまう。
ネックが斜め上を向いて安定してくれれば、あとは指を添えて弦を押さえるだけだけど、ネックが下を向いてしまうと、ネックを手で支えながら弦を押さえなければならない。それは正直に言うととても弾きにくい。
「重量か……。でも重量の記載はなかったような……」
「でも、ストラップの位置さえちゃんとしていればある程度なんとかなるかも」
事前に調べたときのことを思い浮かべながら私は呟いたけど、しかし隣で望が静かにフォローしてくれた。うん、そういうフォローをするから他の人たちに頼られるのよ。
まあでも、望の言うことはもっともなこと。ストラップの取り付けピンの位置がボディ側に寄っていると、支点の位置が片側に寄ってしまうので、重量関係なくバランスが悪くなってしまう。しかしそれはギターのデザイン上仕方のないモデルもあるので、ヘッド落ちしない重量バランスのいいギターは必然的にデザインが限られてしまう。
ただデザインが限られるということは、つまり多くある選択肢を減らすことができるということ。とりあえず頭のおかしい奇抜なギターは除外ということで。
「じゃあまあ、なんかいい感じにバランスよさそうなモデルを選んで注文してみます」
私は出てきた要望を踏まえて話をまとめるようとするけど、
「あ、待って。もう一個要望がある」
土壇場で晴美先輩が追加の提案をしてきた。
「もう一個って、何ですか?」
もう少しで話がまとまりそうだったのに、と私は少しだけ不服そうな調子で聞き返した。
「ピックアップはハムバッカーがいいな。ほら、わたしたちメタルバンドでしょ。メタルは結構きつめに音を
ああ、なるほど、そういうことですか。確かにそれは重要ですね。
「はむばっかー?」
私たちが専門用語で会話している一方、完全に蚊帳の外となってしまっている初心者陽菜さんが露骨に疑問符を浮かべていた。
「ハムバッカーはピックアップの種類。で、ピックアップはギターが音を出力するためのパーツ、マイクみたいなものだ。言うなれば、エレキギターの心臓部だよ」
その陽菜さんの疑問に答えたのは、椅子とコップを持って試奏室に入ってきた長谷川さんだった。長谷川さんは試奏室の応接スペースの端に椅子を置くと、私たちが持参したジュースを勝手にコップに注ぐ。
そうして長谷川さんはピックアップの説明をしてくれたけど、電磁誘導がどうのこうのとか、ハムノイズがどうとかといった原理の話になり、さらにはなぜハムバッカーはよく歪むのかという話から歪みエフェクターの原理の話になって、増幅回路がどうのとかクリッピング回路がどうのとかというかなりマニアックな電気配線の話になってしまったので、ここでは割愛する。
初心者の陽菜さんと、意外にも理科が全然ダメな千明先輩に、「要するにハムバッカーは、ノイズが少なくパワーがあって歪みエフェクターと相性がいいですけど、繊細な音は出しにくいってことですよ」とかなりわかりやすくした補足を耳打ちした。
そんなこんなで打ち上げは終わり、解散後帰宅してから製作キット選びをすることになりました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます