第12話 新歓ライブ!


 改造マニアの晴美先輩は、魔改造され塗装も所々剥げている歴戦のギターを、千明先輩は小柄な体躯には大きすぎるVシェイプのギターをかき鳴らす。過激にひずんだギターの音によるイントロ。晴美先輩と千明先輩のツインギターを遺憾なく発揮した強烈なフレーズは、会場の空気を一変させた。


 それもそうだ。今日ここに来ている生徒は、校内のお楽しみイベントとして来ている。そこに来ていきなりヘビィメタル特有の激しいサウンドを叩きこまれれば、不意打ちを食らったかのように度肝を抜かれる。観客の全員がこちらを注視する。


 イントロ部分が終わり、続いて歌声がマイクを通して響き渡る。ヴォーカルを務める晴美先輩の歌声は、女性特有のキャッチーさがありつつも中性的で低めである。それがまた重たく鋭いバンドサウンドに埋もれることなく、馴染みつつも綺麗に抜けていくので、おそらく観客としてはとても聴きやすいヴォーカルなのではなかろうか。


 完璧なバンドアンサンブルと、格好よさと艶やかさが融合した晴美先輩の歌により、観客の心は引きつけられ、会場全体がヒートアップしていく。そしてその熱量は曲がサビになると絶頂に達する。


 私はベースを弾きながら瞠目した。これほどまでに観客を引き込むその手腕に敬服せざるを得なかった。出会ってからたまに思っていたけど、先輩たちはすごい!


 サビののち千明先輩の短いギターフレーズを間に挟み、再び晴美先輩のヴォーカルパート。途中疾走感が増す箇所があり、マリ先輩のツインペダルによるバスドラムの連打、千明先輩の髪を振り乱してのヘッドバンキング、そして晴美先輩の煽るような歌い方で観客をこれでもかと熱狂させる。客席からは手を振り上げる人、同じくヘッドバンキングする人、発狂したかのような奇声を上げる人など、私たちのパフォーマンスに反応してくれる。


 再びのサビののち、千明先輩のギターソロが始まる。ヘビィメタルのジャンルでは、ギターソロは見どころ聴きどころの一つだ。ギターというパートを花形にしている最大の要因ともいえよう。


 千明先輩のギターソロは、若干ブルージーな感じの叙情的な印象を含みつつも、スウィープ奏法やタッピング奏法などを多用した速弾き。このテクニカルな演奏と音の連なりによって、観客は千明先輩に釘付けとなる。そしてその人の心を惹きつけるかのような魅力的なギターソロが終わると、千明先輩を称えるかのように歓声が沸き起こった。


 ギターソロののち最後のサビに入り、そしてサビが終われば最後を締めくくるようにツインギターによる過激で強烈なフレーズが奏でられる。それらが終わり、曲が終了した直後、一瞬の静寂ののち大爆発でもしたかのように歓声に包まれた。


 熱気によって、額から汗が伝う。火照った身体が熱量を持て余す。私自身、熱に浮かされて何を演奏したのか最早覚えていない。しかし観客の盛り上がりようと、同じステージ上の先輩たちの満足そうな表情を見るに、私はまともに演奏できていたことをここに来て自覚できた。


 止まぬ歓声に向けフロントマンである晴美先輩が「ありがとう!」と格好よく言い捨てて、私たちはステージ袖に捌ける。客席からはアンコールを求める声が止まない。ステージ袖では望が無言で労ってくれた。陽菜さんも興奮した様子である。そんな私たちとすれ違うように、チャラい男子生徒たちがステージに向かった。本家軽音楽部だ。当然のことながら、私たちがせっかく盛り上げた空気を台無しにして本家軽音楽部の演奏は終わった。


 出番が終わっても、私たちの役割は終わらない。軽音楽部の演奏が終わるといったんステージの幕が下り、アンプやドラムの片付けをしなければならない。幕の前では、バラエティ研究部による漫才や落語研究部による落語など、小スペースでできるステージ発表が執り行われていた。私たちはその裏で機材を撤収、入れ替わりで演劇部が準備を始める。


 両軽音楽部が使った機材を捌け、演劇部の準備が終わる頃、表では「おあとがよろしいようで」と落語研究部の部員が締め、客席から拍手が沸き上がっていた。続いて演劇部の出番。演劇部はまさかのコントを披露し、会場に爆笑の渦を巻き起こしていた。誰もお笑い三連発とは思わなかっただろう。私だって思わなかった。


 ただ、私たちはそれを楽しむ余裕はなかった。ステージ上の片付けが終われば、次は後ろ、PAの音響機材の撤収。演者と観客の邪魔にならないよう、静かに機材の片付けを行う。結局、私たちはまともに楽しむことなく撤収作業に没頭し、撤収が終わった頃には新歓ライブも終わっていた。


 とうに日は暮れている。長谷川さんの協力――もとい脅迫?――によって来てくれたライブハウス関係者の皆さんと、持ち込んだ機材を乗せた機材車を見送ったのち、私は空を見上げて深く呼吸した。


 あっという間だった。


 準備にリハ、本番に撤収などといった新歓ライブのこともそうだが、新歓ライブに向けての練習や、それこそ高校に入学してからの日々があっという間だった。もう明日からはゴールデンウィークである。


 日々暖かくなっていく季節の中、日が落ちて控えめになってはいるものの、春の熱量が身体を満たす。冷たくもなくむしろ生暖かい空気をゆっくり吸い込んだことによって、私は真の意味で慌ただしさから解放された。


「お疲れ様」

「うぶッ!」


 私の頬に鈍い衝撃が走った。その方を見ると、購買の自販機で買ってきたペットボトルのジュースを差し出している晴美先輩がいた。距離感を見誤ったのか、それともスキンシップの一環としてのわざとかは定かではないけど、私はお礼を言ってから私の頬を殴ったペットボトルを受け取った。私の傍にいた望も、晴美先輩から飲み物を受け取る。


「入学おめでとう」


 不意に、晴美先輩が言ってきた。晴美先輩の後ろでは、達成感のある笑顔を浮かべる千明先輩と穏やかな笑みを浮かべるマリ先輩もいた。


「どうしたんですか、突然」


 私は気味が悪くなり、素直にそう返してしまった。望も私を盾にするように半ば身を隠している。心を許せる友達がいない私たち姉妹とって、あまりにも馴れ馴れしかったのでどう対応していいのかわからなかったのが本音である。


「いや、ちゃんと言ってないと思ってね。本来なら君たちは観客として楽しむ立場だったのに、その立場を取り上げちゃったからね。一応の労い」


「は、はあ……そうですか」


 やはりこういうときの反応の仕方がわからない。だって望との深すぎる仲にしか馴染みがないから、先輩たちのような出会って日が浅い関係に応える術に見当がつかない。


「第二軽音楽部にようこそ。これからもよろしく!」


 晴美先輩は両手を差し出してきた。ポーズ的に、ハグでも求めているのだろうかと思ってしまい、割と本気で気味悪いと感じたけど、しかしその手がそれぞれ私と望に向けられていることに気がつくと、ハグではなく単に握手を求めていることを察した。両手同時だったのは、私たちが二人いたから。


 私は無言で手を取り握手する。それに続くように望も晴美先輩と握手する。晴美先輩の後ろでは、千明先輩とマリ先輩によって陽菜さんがもみくちゃにされていた。


「……よろしくお願いします」


 無言で握手するのもなんだか気分が落ち着かなかったので、私は数拍ののち小さな声で挨拶した。


 こうして、私と望の高校生活が始まった。


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