第11話 ライブ直前


 新歓ライブは、四月最後の平日に行われる。ゴールデンウィーク直前のこの時期は、入学式から始まった新しい学校生活に慣れ始めた頃合いで、新入生のほとんどが気持ちに余裕が出てきていた。


 放課後に行われるそのイベントは、要は文化系部活動の発表の場。とりわけステージの上で何かできる部活動がメインで、吹奏楽部の演奏、ダンス部によるパフォーマンス、映画研究部のショートフィルムなどなど、多種多様なジャンルの演目が短い持ち時間で行われる非常に濃いものとのこと。ちなみに新歓ライブと銘打っているものの観覧は基本自由なので、普通に二年生や三年生、さらには暇な先生までも見に来るらしい。


 当然第二軽音楽部も出演する。正式な部活ではないので特別枠というかたちで。


 で、先代ベーシストが卒業によって抜けた後任として新入生である私がバンドに加入したわけだけど、その新体制による初ライブがもうあと二週間ちょっとしかない。そのためギター製作に関することはいったん保留にして練習に専念する、という方針で第二軽音楽部の活動が決まった。


「それで、このバンドはどんな曲やるんですか?」


 ベースとしてバンドに参加することになったけど、ただ私は今の今までどんなジャンルの音楽を演奏するのか聞いていなかった。まあ音楽に関しては雑食なところがあるから、一応どんなジャンルでもそれなりに弾けると思うけど。


「んー、メタルに片足つっこんだ感じかな」

「なんつーか、キュートで可愛いヘビィメタル」

「強いていうなら……ヘビィポップス?」


 私の質問に、先輩たちは三者三様に答えた。……なんだそりゃ? 全然想像できない。


 そんなわけで実際、先輩たちがこれまで作った楽曲を聴いてみることにしたのだけど、うん、確かになんか可愛い感じのヘビィメタルだった。例えるならば、「メタリカあたりのメタルバンドがもしガールズバンドだったらこんな感じの曲になっていたのでは?」というイメージ。ヘビィメタルの重く鋭い曲調に、まるでアイドルソングのようなキャッチーさが加味され、それらが見事に融合している音楽。最近の音楽ならBABYMETALあたりが近いのではなかろうか。


 しかし実際に曲を聴いてみた素直な感想としては、非常にテクニカルで上手かった。とても高校生バンドとは思えないほどのクオリティ。まあ高校生といっても、先輩たちは幼い頃から楽器に触れていてとてもキャリア長いから、一般的な高校生バンドよりもより洗練されたものとなっていた。


 初めて長谷川さん宅を訪れた日は、新歓ライブに向けてのミーティングで終わり、私は先輩たちから楽曲データと手製のスコアをもらって帰宅した。新歓ライブの尺の都合上、私たちの第二軽音楽部は精々一曲くらいしかできないので、ライブまでにとりあえず一曲覚えれば何とかなる。その一曲は、これまで作った曲の中からとくに客受けがよく、また急遽決まったベーシストを考慮してベースパートが比較的簡単なものが選ばれた。


 帰宅早々PCに取り込んだ楽曲を自室のオーディオで流す。もらったスコアを眺めながら同じ曲を何度もリピートし、繰り返し集中して聴くことで、私は演奏のイメージを掴もうとする。


「いい曲じゃん」


 私の部屋に居座る望が、第二軽音楽部の曲を聴いて呟いた。しかし集中したい私としては、望の呟きに反応している余裕はなかった。


 基本はルート弾きで、所々アクセントとしてのメロディアスなフレーズが混じっている。この程度なら覚えるのは容易い。あとはメタル特有の速いテンポによるリズムさえ気をつければ何とかなるでしょう。


 ベース音にゴリゴリっとしたアタック音が目立つ。これはピック弾きによるもの。私は普段指弾きツーフィンガーとスラップ奏法をメインとしている。きっとこれからバンドで活動していく中で、徐々に私らしいベースを弾くこととなるけど、でも今はライブまで日がないため、提供された楽曲通りに演奏することに専念しよう。


 足元のデジタル機材にベースを接続し、音を作っていく。私の相棒であるナチュラルカラーのベースにはアクティブ回路が搭載されており、ベース本体にボリュームとは別に三つツマミのイコライザーがある。私は基本機材の方ではなくベース本体の方で音作りをしている。特定のジャンルではなく幅広い音楽を演奏するオールラウンダーな私としては、自分の手元で音を変えられる方が楽だから。


「あー、今ズレたね」


 機材はPCにも接続しており、練習しながら簡易的に録音もしている。その練習の合間に録ったばかりのベースラインを聴き、まだ部屋に居座っている望に意見を求める。こういうときに望がいると大変助かる。


 天才ギタリストの望は、楽曲を忠実にコピーして演奏することに長けている。それは練習のアドバイザーとしてはこれ以上ない適任者。聴いた音を正確に認識する耳と脳を彼女は持っている。それ故些細な違和感を逃すことはない。私は望の忌憚ない指摘を意識し、練習で改善していく。それを幾度となく繰り返し、完成度を詰めていく。そのおかげで私は一晩で曲をマスターすることができた。


 翌日、私たち姉妹は、先輩たちを驚かせることとなる。それは私が一晩で高いクオリティまでベースを練習してきたこともそうだけど、半分くらいは望の才能の方だった。


 長谷川さんのお宅の試奏室でのバンド練習。今回ばかりは機材をアンプに通して音を鳴らしている。その大音量で鳴らされるギターの音とベースの音とドラムの音を、望は正確に聴き取り、どこどこが合ってないとか、そこはこうした方がいいとかのアドバイスをしてくれる。あまりの音量と音の攪拌により陽菜さんは圧倒されていたけど、でも望はソファーに座ってお菓子を食べながら悠然と指摘していた。


 その望の才能に、先輩たちはありがたり、一曲通しで練習する度に「どう?」とそれぞれ聞いてくるほどだった。そんなこともあり、新歓ライブ当日までバンドでの練習をして完成度を仕上げていった。


「ええ……」


 そして当日。新歓ライブは準備の都合上、授業が終わってから大体一時間後くらいから開演する予定だけど、その準備に私は驚かざるを得なかった。


「たった一曲のために、本気出し過ぎでしょ……」


 会場となる体育館の一角には、いくつもの黒い箱に入った音響機材や幾重にも伸びたコードなどが溢れ、異様な空間となっていた。


「これどうしたんですか?」


 私は近くにいた晴美先輩に尋ねた。


「持ってきてもらった」


 晴美先輩はしれっと答え、外に通じる鉄扉の方を指さした。その指さす方向の扉は開け放たれており、そこに長谷川さんの姿があった。長谷川さんの他にも見慣れない人たちが、体育館傍に停められたワンボックスカーから機材を搬入していた。


 聞くところによると、あの人たちは長谷川さんの知り合いらしい。その知り合いはライブハウスを経営しているらしく、今はバイトさんも動員して音響機材を持ち込み、準備を進めていた。どうやら長谷川さんに何かしらの弱みを握られているらしく、第二軽音楽部が学校でライブをする度に呼び出されているらしかった。


「意外かもしれねぇーが、うちら第二軽音楽部の一番のファンは長谷川さんなんだ。そりゃーもう金もコネも使いまくりよ! もうほぼスポンサーだな、ありゃ」


 近寄ってきた千明先輩が、搬入口となった体育館入り口を見やりながら言う。


「でも今日一曲だけですよ? 私もっと簡素な環境でライブすると思ってました」


 私はたまらずそう言い返していた。規模を考えればやり過ぎなのではと思えてならなかった。


 しかし千明先輩は、身長差故に私のことを見上げながら、


「ガチ勢なめんな」


 と、悪ぶって睨めつけつつも不敵な笑みを浮かべて言い放った。


 準備に一番時間がかかるという理由で、軽音楽部の出番は一番目。とくに特別枠の第二軽音楽部は前座の意味も込めて一番手だった。ただ実力的には次の本家軽音楽部を食い潰すかたちとなってしまう。ご愁傷様、本家軽音楽部。


 機材の搬入と準備、そしてリハーサルと、急ピッチで進められ、リハ後に観客である生徒を入れたら即本番。そんな過剰なほどの慌ただしさもあり、私はいつの間にかベースを持ってステージに立っていた。


 目の前には黒山の人だかかり。その向こうにはスタンバイ済みのPAが控えている。私の機材からPAに接続され、PA側で最終的な音が調整される。後ろのベースアンプはほぼほぼモニタースピーカーの役割しかなかった。晴美先輩も千明先輩も機材はデジタル派で、私と同じようなセッティングをしている。マリ先輩のドラムセットにはマイクが設置され、デジタルの信号として出力している。ステージ上では、ドラムの生音と、本物のモニタースピーカーからの返しと、最低限で鳴らすアンプの音など、ライブにしては割と静かであった。それはリハで確認した。


 一瞬ステージ袖を見やる。今回ローディーの役割として協力してくれた望と陽菜さんが、固唾を呑んで見守っている。一度目を瞑り、すぐ開けて前に集中する。マリ先輩のスティックがカウントを刻む。第二軽音楽部のライブが始まる。



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