第9話 まさかの魔改造


 先輩たちに「姉妹なので名前で呼んでください。区別がつかないので」と言ってみたところ、藍原先輩からも「じゃあわたしたちのことも名前で呼び捨てにして構わない」と返された。たださすがに三年生の先輩を名前で呼び捨てにする図々しさは持ち合わせていなかったので、折衷案として、藍原晴美なので「晴美先輩」、新垣千明なので「千明先輩」という呼び方に落ち着いた。


「晴美先輩、なんですか、それ」


 そういうわけで私は早速新しい呼び名を使っているわけだけど、呼んだ私はジトっとした視線を投げかけて訝しんでいる。


「なにって、自転車だけど」


 いや確かに自転車であることは見ればわかるけど、でも一般的な自転車ではなかった。


 千明先輩によれば、第二軽音楽部の活動場所は学校外にあり、そしてその活動場所に例の「詳しい人」がいるとのこと。そんな事情により私たちは学校から移動することになったけど、晴美先輩だけ自転車通学だったようで、晴美先輩は愛車を取りに別行動。今校門で合流したわけだけど、ついその愛車の方に目が行ってしまった。


「……ロードバイク、ではないね」


 ハンドルは競技用のようなドロップハンドルで、泥除けにはクロスバイクなどで使われている軽量タイプのもの。チェーンカバーやカゴなども取り付けていないので、一見すると本当にロードバイクっぽく見えるけど、よく見るとフレームはママチャリのそれだった。


「ママチャリだよ。改造した。すげー速く走れる」


「いやそれ、ママチャリ本体の価格よりも、改造費の方が高くついているでしょ」


「朔よ、何を言っているんだ。改造費が本体価格を超えるのはロマンだろ」


 晴美先輩はその魔改造自転車に跨りながら、妙にムカつくドヤ顔で言い切った。


 あー……晴美先輩もか……。私としては、千明先輩は可愛いくせに頑張って不良っぽくなろうと無理している感じの痛い人という認識で、一方黒髪美人のお姉さんという容姿の晴美先輩はまともな人だろうという印象を抱いていた。基本千明先輩はノータッチで、晴美先輩の方と関わろうと考えていたけど、そうか、晴美先輩は晴美先輩でそれなりの変人だった。改造マニアの美人さんなんて、誰得?


 そんな二人の変人先輩に先導されながら、私たちは目的地である活動場所に向かったけど、でも学校の校門から五分かからない程度で到着してしまった。


 場所場は閑静な住宅街の中、見上げる建物は、どこにでもあるような一軒家だった。新築のようなお洒落な外観をしているわけではなく、かといって築何十年も経っているような古さもない、これといって語るべき特徴のない家。失礼ながら、人様の家をそう思ってしまった。


「ここだから、中に入ろう」


 晴美先輩はそう言って敷地内に入り、千明先輩とともに駐車スペースを抜けて玄関まで行く。私と望、そして陽菜さんは遅れて後を追った。


 先輩は一応チャイムを鳴らすものの、家主が出てくる前に勝手にドアを開けて家の中に入ってしまった。非礼ではないのか、と内心思いつつも、私も中に入るしかなかった。


「おー! マリじゃねぇーか。先に来てたのか」


 家の奥から誰かが来たようで、その人物に千明先輩が反応した。私もつられてそちらの方を見やるが、しかし一瞬「うッ」と怯んでしまった。


 家の中にいたのは、端的に言ってしまえばギャルだった。明るく派手に染め上げられたショートヘアに、はだけているといっていいレベルで着崩している同じ学校の制服。顔もばっちりメイクが施され、ピアスもこれでもかというくらいつけている様は、まさに繁華街で遊び歩いているかのような女の子そのものだった。


「マリ聞いてくれ。ベーシストを拾ってきた」

「コイツ一年の椎名朔ってんだ。相当な手練れだぜ!」


 不意に、千明先輩に腕を引っ張られ、晴美先輩が肩に腕を回してきた。そうして先輩二人に挟まれるかたちで、マリと呼ばれているギャルの前に出された。


「あ……、えっと、二年生の室江真里奈むろえまりなといいます」


「あ、どうも。一年の椎名朔です」


 見た目がギャルだから、てっきりウェイ系のパーリーピーポーな感じのウザいノリで絡まれるかと思ったけど、意外に大人しい反応でむしろ困惑した。というかとても姿勢よくお辞儀された。見た目は過剰なほど派手だけど、中身は清楚なお嬢様風。その二つの要素が気持ち悪いほど噛み合っていなくて、ただただリアクションに困る二年生の先輩だった。


「晴美先輩。なんですか、この先輩は?」


 私はたまらず小声で尋ねていた。


「なにって、うちのドラマーだけど」


「いやそれはそれでいいんですけど、なんですかこの強烈なギャップキャラは?」


 私の疑問に、「ああ、そういうことか」と晴美先輩は得心がいった様子になった。


「聞いてくれ。マリとの馴れ初めを」


 晴美先輩はそう言って、そのマリ先輩との出会いを語り出した。


 それはちょうど一年前の話。曰く、マリ先輩のお父さんはジャズが趣味で、その影響でマリ先輩は小さい頃にドラムを始めたみたい。そして高校入学すると、第二軽音楽部の強引な部活勧誘に捕まり、「できる楽器はないか?」という問いに「ジャズドラムができます」と答えてしまったのがきっかけらしい。


 そこから悪夢が始まった。


 第二軽音楽部にとって待望のドラマーだが、しかしそもそもロックとジャズのドラムでは叩き方が違う。さらにいってしまえば、スティックの持ち方すら異なる。そこで晴美先輩を中心に、マリ先輩のプレイスタイルの矯正というを始めたのであった。


 幸いマリ先輩は呑み込みが早く、早い段階で新しい演奏方法を習得したみたい。だけど晴美先輩の改造魂はそこで鎮火するようなものではなかったらしい。


 マリ先輩はもともと文学少女然とした、言ってしまえばとても地味な女の子だった。そこで晴美先輩と悪ノリした千明先輩が、放課後マリ先輩を体育用のシャワー室に拉致して椅子に縛り付け、本人の同意なしに髪を脱色し始めたのだ。その結果、マリ先輩の髪は見事なまでに色素が落ち、綺麗な金髪に変わってしまった。そしてギャル風メイクと制服着崩し術を伝授したところで最終下校時刻を迎えたらしく、マリ先輩はその恰好のまま下校させられるという鬼畜行為を強制された。


 ある日普段通りに学校に行った娘が、別人のように変身して帰ってきた。その夜マリ先輩の両親は娘を見て驚愕したが、しかし「娘が可愛くなって帰ってきた!?」と意外にも好感触で、またマリ先輩自身も地味な自分が生まれ変わったと変な自信を持ってしまったことにより、翌日早速教わった通りのギャルスタイルで学校に登校したという。だが当然の如く、学校で大騒ぎとなった。


 登校早々職員室に連れていかれたマリ先輩は、大勢の教師に取り囲まれながら、その凄みに耐えかねて泣きながら事の次第を話した。すると今度は晴美先輩と千明先輩が呼び出され、そしてマリ先輩に対する行為はいじめだと断定されたことにより、晴美先輩と千明先輩は即刻停学処分となった。


「いやー停学になるとは予想外だった」


「いや……当然でしょ」


 晴美先輩は不服そうに当時を振り返るが、いや、どうして予想外だと思ったの? 当たり前の処分でしょ。というか、晴美先輩が一番の危険人物ではないか! むしろ実害を被らない千明先輩の方が可愛いくらいだよ。大丈夫なのかこの部活。かなり不安になってきたけど……。


「懐かしいわねー。ちょっと恥ずかしいな……」


 そしていじめ被害者のマリ先輩は、当時を懐かしみ、頬を染めてうっとりとした表情をしている。けどその反応から、この人も常識人ではないことを察し、第二軽音楽部に対する不安は増幅することとなった。上級生にいじめられたはずですよね、マリ先輩?


 ちなみにその後日談として、マリ先輩は黒染めさせられ無事元の姿に戻れたという。今でも学校ではすっぴん黒髪眼鏡の地味スタイルとのこと。でも部活でドラムを叩くときは、叩く前にフルギャルメイクをするそうで、本人曰くその方がスイッチ入るらしい。今もまさに、部活のためにヘアカラースプレーで髪の色を変えばっちりメイクをしてきたところみたい。


「なんだいなんだい。人の家の玄関ではしゃいじゃって」


 ふと、家の奥から別の誰かが出てきた。その方を見やると、大体三十代くらいだろうか、失礼ながら全体的にくたびれた感はあるものの、何と言えばいいのか、悟りを開いたかのような超然としたオーラをした成人女性が姿を現した。口ぶりからして家主らしい。薄汚れたエプロンを着用しているけど、でも料理をして汚れたような汚れ方はしていない。どちらかというと何か大工的な作業をした汚れ方をしていた。


「ああ、紹介するよ。こちら長谷川さん。フリーで活動しているプロのギターリペアマンだよ」


 晴美先輩は今しがた登場した女性のことを紹介する。


 しかし、


「ギター?」

「リペア?」

「マン?」


 私と望、そして陽菜さんは、そろって首を傾げた。


「そうだよ。この方はギターリペアマン。つまりギター修理職人だよ。ここは、長谷川さんの自宅兼個人工房なんだ」


 いや言葉の意味はわかるけど、でもギターリペアマンを紹介されたという実感がわかなかった。



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