第8話 襲撃! 第二軽音楽部(2)
いきなりのバンド勧誘に、上級生と下級生が睨み合っている。渦中の人物は私だけど、割と冷静に事の次第に身を委ねていた。……というより、陽菜さんと新垣先輩の小さい人たちだけが睨み合っているだけで、私を含む他三人は冷静だった。
ふと、藍原先輩が口を開いた。
「なら、君も第二軽音楽部に入部する?」
「ヘッ!?」
まさかの陽菜さんも勧誘された。陽菜さんは不意打ちを食らったかのように、間の抜けた驚きの声を漏らした。
「君、名前は?」
「あ、えっと、田中陽菜です」
「経験者?」
「いえ。でも、高校入ったらバンドやりたくて……。それで、同じクラスに、小さい頃からベースを弾いている朔ちゃんがいたから、思い切って誘ってみたんです……」
陽菜さんは藍原先輩の質問に、たどたどしく答える。それはまさに、大型犬に怯える小型犬の様子に酷似していて、本人には失礼かもしれないけど、そこにはどことなく微笑ましい可愛さがあった。
「おい晴美聞いたか!? この一年ベーシストだぞ!」
「ええ。しかもベース歴長い経験者だ!」
陽菜さんがこぼした私の情報に、藍原先輩と新垣先輩はハイタッチしながら喜んだ。
「だ、だから! 朔ちゃんはワタシとバンドするんです!!」
そしてその喜びを阻止するかのように、陽菜さんは声を張り上げて抗議した。それはもう、その小さな身体のどこからそんなパワーがあるのかと疑問に思ってしまうくらい、これでもかと響き渡る絶叫だった。
「そう憤るな。小さな一年生」
陽菜さんの叫びに対して、藍原先輩は指をパチンと鳴らしながら、大人びた格好いいお姉さんの口調で答える。
「聞くところによると、君は初心者のようだ。つまり即戦力ではない。一方わたしたち三年は、受験があるから夏には部活を引退してしまう。つまり、夏以降三年以外のバンドメンバーはフリーとなるわけよ。そこでだ。夏まで修行期間として、わたしたちの活動を見て学び経験を積む。そしてわたしたちが引退した後は、晴れて自分のバンドを組み、結成直後から新生第二軽音楽部として本格的な活動を開始できるって算段よ」
「要するに、あたしたちの後釜だ。わかったか! このちびっ子!!」
先輩たちの提案は実に理にかなった内容である。問題は陽菜さんがそれを受け入れるかどうかだね。
「な、なるほど! わかりました! ご指導よろしくお願いします!」
陽菜さんは即承諾した。考えた時間すらなかったように思える。その人の話を鵜呑みにするところは、非常にちょろくて心配になるレベルだった。確かにいい話だけど、いい話には必ず裏がある。現に先輩たちは今、とても悪い顔をしている。きっと、私というベーシストの確保と同時に体のいい下っ端がついてきたと認識しているに違いない。指導に関しては、先輩たちの気まぐれになりそうで怖いな。一応私が注意するよう気をつけよう。
「で、そちらさんはどうするの?」
陽菜さんは先輩たちに心を許してしまい、完全に懐いてしまっている。そんな陽菜さんのことを藍原先輩は、まさに子犬を愛でるかのように頭を撫でている。そしてふと、藍原先輩は意識をこちらに向けてきた。
「まあ……陽菜さんがいいのなら、私も入部してもいいですけど」
私としても決して悪い話ではない。先輩たちのような経験者とバンドを組むことができるし、先輩が引退した後は成長した陽菜さんをバンドに加入――先輩たちがちゃんと指導してくれればの話だけど――してくれる。仮に、実際にバンドを組んでみていろいろと合わなければ、そのときは脱退すればいいだけの話。いいこと尽くめであり、こちらとしてはデメリットが全くない。ここは話に乗っておこう。
「そうかそうか。いやーよかった」
「これで新歓ライブは出てるな!」
私の入部決意に、藍原先輩と新垣先輩は片手で陽菜さんのことを撫でながら、空いた方の手で器用にハイタッチしていた。けど、ちょっと待って。その新歓ライブの話は聞いていないんですけど。言葉通り新入生歓迎ライブのことならば、一年生である私はむしろ招待される側であって、決して演者として歓迎する側ではないはずだけど、そのあたりのことはどうなの?
そんな不安による疑問を先輩にぶつけようとした直前、タイミング悪く藍原先輩が「そういえばさ――」と話し出した。
「どうして君は分裂しているの?」
藍原先輩は私と、そして私の傍に寄り添っている望を交互に見やりながら、そう尋ねてきた。
分裂している、と実にユニークな聞き方をしたので、私は一瞬何を言っているのか本気でわからなかったけど、でもどうやら私たち双子のことについて詳しく知りたいようだった。
「えっと、こっちは、私の双子の妹の望です」
「……椎名望です」
一応聞かれたので、とりあえず望との関係を話した。望も、警戒しつつも名乗る。
「椎名……」
「……望?」
しかし藍原先輩と新垣先輩の反応は意外で、何やら記憶を探るかのように思案顔となった。この反応、嫌な予感がする……。
「椎名望って、どこかで聞いたような気がする……」
「あたしもだ。でもどこで聞いたのか全然思い出せん……」
幸い先輩たちは詳しく思い出せないみたい。しかしそれでも、私は確信してしまった。
この人たち、望のことを知っている。
きっと先輩たちも、ギターを演奏する幼い望の姿を、テレビを通して目にしている。しかしさすがに十年前の記憶、それも精々小学校低学年の頃の記憶は思い出せなかったよう。十年前のテレビに出演していた素人の名前なんて、普通出てくるわけがない。
大体、先輩たちのキャリアからしておかしかった。エンジョイ勢の軽音楽部から独立したガチ勢である第二軽音楽部に所属するほどに、先輩たちは真剣にバンド活動をしているけど、でもガチ勢として通用するほどの実力と熱量は、一年や二年で身につくようなものではない。それほどのレベルは、長年の研鑽によるもの。ではいつからなのかというと、それは幼少のときと考えられ、つまり望がまだギタリストとして活動していた頃と時期が被る。
幼い望は、様々な影響を全国にもたらした。その一例が、環境によってすぐに始められなかった陽菜さんであり、逆にすぐに始められた藍原先輩と新垣先輩のことである。
先輩たちは「デジャブ?」「デジャブじゃね?」と、望の名前によって生まれた既視感を気のせいとして片付けようとしている。一方望は、トラウマによる防衛反応から、私の腕にしがみつき、私の背後に隠れるよう立ち振る舞っていた。
「それで、椎名妹はどうする? 一緒に入部する?」
「つーかオメーは何ができるんだよ?」
先輩たちはそれぞれの聞き方で尋ねてくるものの、当の望は「あ……いや……」と怯えた声を小さく漏らすだけであり、私の背中でより縮こまってしまう。
「私は……朔と二人で、ギターを作りたい」
望は勇気を振り絞り自身がやりたいことを告げるも、その声は非常にか細いものになってしまった。
「ギターを?」
「作る?」
でもその声は辛うじて先輩の耳に届いたみたいで、二人して小首を傾げていた。
「あ、いや、これはですね……」
今事情をまともに話せるのは私しかいない。そう思った私は、私たちがギターを自作しようと決めた経緯を説明する。ただ私の本心は、望のためを思って覆い隠した。だから説明としては、楽器屋で見つけた製作キットに関心を覚え、その衝動のまま妹である望に協力を求めた、というかたちになった。
「いいじゃんいいじゃん! わたしそういうの好きだよ」
「オメー最高にカッコイイことしようとしてんな!」
藍原先輩と新垣先輩はとてもいい反応をしてくれた。結構な好感触に、むしろ私の方が驚いた。というか気圧された。
「なあ晴美。これさ、実際にギター作って、で、フロントマンの晴美がそのギターを持ってさ、学園祭のライブでステージに立つってのはどうよ? コレ話題になるぜ!」
とくに新垣先輩が食いついてきた。……というか、こちらとしては学園祭のライブのことも聞いていないけど、でも今はとりあえずどうでもいいや。
「いいなそれ! じゃあ椎名妹も入部させて、今年はギター作りを主な活動にする。それで集大成として学園祭でお披露目ライブ。いいじゃんいいじゃん。やろうよ!」
そして藍原先輩までその話に乗り出した。
「あ、あの……」
どうやら第二軽音楽部の活動として取り扱ってくれる様子だけど、しかし私としては、勝手に盛り上がって勝手に話が進んでいるこの状況に一抹の不安を覚えた。
「大丈夫だ、椎名姉よ」
私の不安を察したのか、藍原先輩は私の方をポンポンと叩きながら言い放つ。
「ギター作りに詳しい人を知っているから、ちゃんとギターは完成する」
「え?」
思わず声が出てしまった。ちょうどギター製作にあたってアドバイザーとなる人が欲しいと考えていたときにこの話の流れだ。あまりにも出来過ぎた展開に、私の思考は遅延して追いついていけてなかった。
「えっと……え?」
どうなるの? このギター作りは?
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