第7話 襲撃! 第二軽音楽部(1)


 双子である私と望の違いを上げるとしたら、まず身体的なことだろう。


 やや筋トレ趣味なところがある私の身体は、全体的に細身ではあるものの引き締まっている。対して望には筋トレ趣味はないので、ただただ華奢な体付きであり、触ると女の子らしい柔らかさがある。でも服を着てしまえば隠れてしまう特徴のため、こちらが全裸に近い恰好をしない限り区別する要素にはなり得ない。


 あとは対人に関すること。望は過去の出来事がきっかけで、私以外の人間に対して終始警戒している。一方私は、そもそも他人に全くといっていいほど興味がない。望は人を避けているけど、私は他人に対して適当な対応しかしない。


 ……という感じで、私は今すぐ思いつく姉妹の違いを上げてみたけど、どちらも見た目で判断できる要素ではないことに気がついた。強いていえば私は若干ボーイッシュよりで、望は私より少し髪が長くて女の子っぽいけど、こんな微々たる差なんて真正面からじっくり見ないとわからない。顔は全く同じなので、顔面にわかりやすくほくろとかあれば判別つきやすいけど、残念ながらどちらもほくろはない。


 知らない人が、私と望を見た目で見分けることは事実上不可能かもしれない。


 そのことに気がついた私は、ようやく今の状況に得心がいった。


 週明け月曜日の放課後。私は同じクラスの陽菜さんと、隣のクラスからやってきた望とで下校の準備をして席を離れようとした。その際中に突如、二人組の上級生、一人は制服の上に暗色のカーディガンを羽織り、もう一人は校則違反にあたる派手な私服パーカーを着込んだ女子生徒が教室に乱入。


「一年の椎名朔で間違いないな!」

「オメーをスカウトしに来た!」


 そう言いながら指をさしてきたけど、一人は正解である私を指さし、もう一人は不正解である望を指さし、ものの見事にさす方向がバラバラだった。


 望は案の定警戒心を強め、強張った表情で上級生を睨みつける。陽菜さんは思考が追いついていないのか、半ば呆けた顔で上級生を見上げた。そういう私も、不審者を目の当たりにしたかのような冷めた視線を向けている。


 堂々と名指ししてきたのは、黒髪が綺麗な女子生徒だった。キリっとした切れ長の目が特徴的で、凛とした美人お姉さんというイメージ。身長も、きっと私や望よりは低いと思うけど、でも女子の平均よりも高いはず。それがまた姉御肌のように頼りがいがありそうに見える。


 一方、口が悪い方は、髪をサイドテールにした女子生徒だった。相方さんとは対照的で、こちらはアイドル顔負けの可愛らしい顔貌をしている。けど口の悪さが表情にも影響を及ぼしているのか、終始眉間にしわを寄せていた。せっかくの可愛い顔が台無しである。身長もやはり対照的で、おそらく陽菜さんよりは高いと思うけど、でも平均よりは低そう。その低身長がまた小動物的な可愛らしさを演出していた。


 そんな全く釣り合っておらず、むしろどうして二人が関係を持つようになったのかはなはだ疑問に思ってしまうほどのコンビが、唐突に突撃してきたのである。こちらとしても訝しい反応してしまうのは当然のことだった。


「……えっと、誰ですか?」


 まあとりあえず、聞かないことには何も始まらない。


「ふふふ……わたしたちが誰なのか、聞いて驚くなよ」

「聞いて驚けッ、この小僧ども!」


 いやどっちだよ。驚けばいいの? それとも驚かなくていいの?


「わたしは三年の藍原晴美あいはらはるみだ!」

「あたしは三年の新垣千明にいがきちあきだ!」


 二人の上級生はドヤ顔で名乗ってくれたけど、二人とも同時に名乗るものだから非常に聞き取りづらかった。なぜ同時に言うのかな……。


「あー……はい。で、ご用件は?」


 私はより一層冷めた視線を送って尋ねてみた。開口一番スカウトしに来たと言っていたけど、いったい何にスカウトするつもりなのだろう。そこがわからなければ、スカウトに応じる応じないの返事のしようがない。本気でスカウトするつもりなら、ちゃんと伝わるように言ってほしい。


「ちょっと待て。反応薄くないか?」

「うちらの名前聞いて無反応とか、いい度胸してんじゃねえか!」


 しかし残念ながら、先輩たちは私の疑問を解消してくれなく、代わりにどうでもいいことに反応してしまった。


「いや……先輩たちのこと全然知りませんし……」


「な! なんだと!? わたしらのことを知らないだと!?」

「ま、まさか、第二軽音楽部のうちらのことを知らないなんて!?」


「第二!?」

「軽音楽部?」


 上級生二人、確か藍原先輩と新垣先輩は過剰に驚いたリアクションをとるが、しかし先輩たちの知名度よりもその肩書の方が気になった。現に陽菜さんと望は、その第二軽音楽部という謎の肩書に反応した。


「えっと……、その第二軽音楽部って何ですか」


 下級生組の代表となるかたちで、私は先輩に尋ねた。もちろん軽音楽部と名乗っている以上、軽音楽部であることは間違いないと思うけど、でも私たちが知る軽音楽部は、活動場所に伺っても誰一人として活動していない不真面目な部活動のことになる。一応第二と頭につけてはいるから、彼ら――軽音楽部の部員の性別がわからないので便宜上としての彼ら――とは区別をつけているみたいだけど。


「ああ、そこからわからないのか」


 私たちの疑問に、お姉さん気質の藍原先輩は、得心がいったかのような表情を浮かべながら呟いた。


「あたしたち第二軽音楽部は、クソみてーな本家軽音楽部から独立した部活だ」


 そして口の悪さで可愛さを台無しにしている新垣先輩が疑問に答えてくれた。


 と、ここで藍原先輩と新垣先輩が懇切丁寧に第二軽音楽部の設立に関する歴史を長々と語り出した。ただあまりにも長い話だったので、先輩たちの熱い語りは割愛することにする。


 要点をまとめると、第二軽音楽部は非公式部活動であり、同好会のようなものらしい。先輩たちの一つ上の世代が立ち上げたようで、独立理由は不真面目な本家軽音楽部に嫌気がさして真面目な部員だけで活動しようとのこと。


 曰く、本家軽音楽部は、ウェイ系のパーリーピーポーな感じのようで、学園祭で目立ちたいだけのために学園祭前のみ活動しているらしい。しかしそれも不真面目な活動のようで、簡単な曲をグダグダに演奏するといった体たらく。そんなエンジョイ勢から独立したガチ勢の後継者が、今目の前にいる藍原先輩と新垣先輩ということになる。


「先週、たまたま学校帰りに楽器屋寄ったら、同じ制服の子が店内にいるものだからさ、これはピンときたね」

「弦楽器売り場に屯ってたし、なによりデカい方は初々しさが感じられなかった。相当な手練れと判断したわけよ」


 どうやら先週陽菜さんと一緒に楽器店に行った際、同じ店内に先輩たちもいたみたい。私は全く気づかなかったけど、先輩たちは陰ながら私たちの様子を窺っていたらしい。


「惜しくもベースの先輩が卒業してしまった今、実力のあるベーシストの加入が急務となっている」

「それもクソ本家軽音楽部に間違って入部して腐っちまう前に、うちらのところに引き込まなきゃならねぇ」


「最悪の場合、わたしがギターからベースに持ち替えて、ベースヴォーカルとしてスリーピースバンドで活動しても構わないけど、問題がある」

「うちらの曲は、ツインギターが前提なんだよ。そこが売りなんだよ。だからギター二本は必須。だからといってベースなしはあり得ねえってことよ」


「そこでだ! ギターかベースの経験者を募集しているのだよ!」

「そんで楽器屋で見かけた手練れのオメーに白羽の矢が立ったわけよ!」


「容姿の特徴を頼りに校内で聞き込みしたら、すぐ君の話が出てきたよ」

「オメー一年の間じゃあかなりの有名人みたいだな! 特定が楽だったぞ!」


 なぜか交互に話す藍原先輩と新垣先輩は、それぞれの最後の言葉とともに目的の人物である私のことを指さすが、やはりものの見事に指さす方向を間違えていた。


 でも、まあ、なるほどなるほど、事情はよくわかった。要は腕のいいベーシストをご所望ってところか。


 話としては悪くない。こちらとしても、幼少の頃からベースに触れているので、新規でバンドを組むにあたっては少しでもレベルの高いメンバーとやった方が楽でいい。初心者と組んでもレベルが合わず苦労するだけだしね。


 ただ――、


「ダ、ダメです!」


 私が懸念した瞬間、私と先輩たちの間に割って入った人物がいた。


 陽菜さんだ。


「朔ちゃんはもうワタシとバンド組むんです! 大事な仲間は渡せません!」


 そう、私には先約があった。話としては初心者の陽菜さんと組むよりは、上級者であろう先輩たちと組む方が得策。でもだからといって陽菜さんの誘いを無下にするのは、一度引き受けた以上それは筋が通らない。


 別に他人に興味はないから誰がどうなろうと構わないけど、でも興味がないからといって相手を傷つけるのは道理に合わない。できるなら双方円満に解決したい。これは相手がどうこうというより、私自身のけじめのため。


 さて、どうしましょう。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る