ゲームの好みはわかっても人の好みまでは自覚できない

「なんであそこまで難しいんですかね? そもそもエイムが全然定まらないんですけど。先生どうやってるんですか?」


 週明け、俺はシュウマイを食べながら、昨日やったバトル○ィールド愚痴を零していた。まあこれは、単純に俺がFPSが下手くそなだけなんだが、できないとそれでいて悔しい。できることなら上手くなりたかった。

 幸い先生はFPSガチ勢(俺が勝手に思ってるだけ)なので、きっといいアドバイスをいただけるはずだ。


「う~ん。友瀬君はジャイロ操作に慣れちゃってるから、すぐにスティックで照準合わせるのは難しいかも知れないわね。ジャイロの癖抜くのは無理だと思うし、スティックに慣れるしかないかも。私はずっとスティックでやってきたから違和感はないけど、まずはゆっくり狙って見るといいんじゃない? ストーリーだったら、先に進めない限り同じところにいるから、そこで慣らしてみるとか」


 先生はメロンパンを頬張る。また菓子パンだなこの人。


「結局、慣れしか方法はないってことですか。厳しいな~」

「けどそこを超えた先に、楽しいFPS生活が待ってるわ」

「う~ん……頑張ります」


 せっかく買ったのだし、やらないのは勿体無い。例えネットを繋がなくとも、ストリーは充分楽しめるだろうし、まずは昨日のスニーキングミッションをクリアするところからだな。


「そういえば、先生はこないだはなんのゲームをしてたんですか?」

「こないだ?」

「土曜日の」

「あれは忘れないさいって言わなかったっけ?」


 キッ! と鋭い視線が突き刺さったので、「すみません……」と謝る。


「まあ、他の人に言わないのなら、この際いいわ」

「ありがとうございます」

「土曜日は……進めてなかったRPGを進めて、疲れたからそのままパソコンの方でTPSをやってたかな。友瀬君と会ったのは、ちょうどRPGの方が一区切りついたところだったの」

「TPS?」

「イカみたいな視点のこと。FPSは自分が見えないけど、TPSは自分がわかる」

「なるほど……ずっとFPSってわけじゃないんですね」

「FPSもTPSも大差ないけどね。あの日は、友瀬君がRPGをよくやるって言ってたから、ふと思い出したのよ。普段だったらずっとFPSかな」

「日曜日も?」

「日曜日も」


 よくそれだけ集中力が持つものだな、と関心する。俺はRPGとか、ストーリーに変化が出て先に進んでいる達成感があれば、同じものをやり続けることはできるが、目に見えて変化が薄いゲームを、ずっとやれるだけの忍耐はそこまで備わっていない。作業ゲーが苦手というのは、そういう理由からもある。


「ずっと同じゲームとかしてて、疲れたり飽きたりしないんですか?」

「それはないわね。疲れたりは確かにするけど、それよりも楽しいから」

「楽しいのは、まあわかりますけど。FPSってストーリーとか変化があまりないじゃないですか。それでもやり続けられるのが凄いですよ。俺だったら途中で飽きます」

「ああ、そういうこと」


 先生はスマホの画面を見ながら「ん~……」と首をかしげる。自分でもあまり意識したことがなかったのか、すぐには答えが出ないようだった。


「なんとなく、なのかな」

「なんとなく?」

「ええ。なんとなくやり続けたいと思える。そんな感じ。明確な理由って、たぶんのないと思うわね。その時は結局、目の前のことに集中してるから、考えたこともなかった」

「そんなもんですか」

「そんなもんじゃない?」


 納得したような、そうでないような。少しもやもやしたものが燻っている。でもこれ以上堀下げるのも気持ち悪いので、話はそこで一旦区切った。


「そういえば友瀬君」

「はい」

「結局、鹿嶋さんとはデートじゃなかったの?」

「ぶふっ!」


 思わず吹き出した。


「なんで今さらその話を?」

「土曜日で思い出したの」


 なるほど。


「デートではないです。誘われたのは確かですけど」

「本当に付き合ってないの?」

「なんでそうなるんですか? あいつとは友達ですよ」

「そっか。お似合いだと思うのだけど……」


 どこをどう見たらそうなるのか聞きたいところではあったが、そこまで言われると少しだけ腹立たしいものがあった。どうしてかはいまいちわからなかったが、勝手に俺の気持ちを決めないでくれとという、反骨精神からかもしれない。


「好きな子とかもいないの?」

「教師が生徒のプライベートに首突っ込んでいいんですか?」

「それ言われると、確かにそうなんだけど……あまり浮いた話を聞かないものだから、どうなのかな~と思って」

「……いません。そういう先生こそどうなんですか? 同僚とかにいい人いないんですか?」


 俺ばかり聞かされるのは不公平なので訪ねてみたが、案の定「いないわよ」とすました顔で返された。


「大学の時とかはどうだったんですか?」

「その時もいない。いない……はず。でも高校であれだったから、もしかして……」

「高校?」


 高校で好きな人がいたのか?


「昨日、高校の友達と電話する機会があって。何やら私の知らないところで、私のことが好きだった人たちがいたとかいなかったとか言われて。もしそれが本当なら、大学でも私が知らないだけでそういうのがあったのではと」

「先生。美人で文句のつけようがないですからね」


 性格は思ったよりは残念よりだけど、見た目に関して言えば、目つき意外パーフェクトだ。むしろの目つきが悪いせいで、その目で蔑まれたいと思う輩が出来るくらいだ。

 というのも、風の噂で真波先生に踏まれたい男子生徒が多いというのを聞いている。俺にはその感性がよくわからないが、一部のM男子にとって、真波先生はさながら女王様なのだろう。


「お世辞でも、褒められるのは嬉しいわね」


 お世辞ではないのだが、それを言うのは少し恥ずかしかったので口を噤む。


「でもやっぱり、好きな人はいないわ。それにきっと、私のこんな姿見たら、幻滅する人の方が多いと思うし」


 普段のイメージが、綺麗で模範的で、近寄りがたい雰囲気のある高嶺の花。そんな人が、屋上扉の前で、地べたに体育座りをしてスマホを片手にパンを食べる。確かにギャップがあり過ぎる。先生に高貴なイメージを植え付けている人こそ、そういう姿を見たら戸惑うだろうな。


「じゃあ先生としては、自分の本来の姿を知ってる人がいい、ということですか?」

「そうなるかな……この学校だと、私のこんな姿を知ってるのは友瀬君だけね」

「ですね」


 まあほとんど偶然だったけど。先生がこうしてゲームをするのを知っているのは、本当に俺だけかもしれない。つまり先生にとってそれは恋人候補になるのは……。

 気づいてはいけないことに気づいてしまった。


 いや……いやいや。教師と生徒が恋人になるのはありえないって先生自身も言ってたし。まずそれはありえない。確かに恋人候補になりうるのは俺しかいないかもしれないけど、俺なんかが先生の恋人とか恐れ多いと言うかなんというか。てか、何付き合うこと前提みたいで考えてんだ俺は! 恥ずかしい!


「顔赤いけれど、大丈夫?」

「だ……大丈夫です!」


 想像が働きすぎた俺は、弁当をかっこむことで無心になろうと努力をする。その姿を、先生は首をかしげながら見ていた。

 弁当を食べ終えて、購入していたお茶を飲み一息つく。そのころには、顔の熱も引いていた。


「友瀬君は」

「はい?」

「友瀬君は、どんな子が好みなの?」

「好みですか?」

「ええ。好きな人はいなくても、好みくらはあるんじゃない?」

「あまり考えたことはないですけど……」


 好みか? 見た目でいったら、先生のような人が好みだけど。性格とか、そういう好みはあるのかな?


「……わかんないですね、どんな人が好きなのか。先生は、好みとかあるんですか?」

「私は、私のことを知ってくれる人がいいけれど。欲を言えば、一緒にゲームをしてくれる人かな」

「今の俺みたいに、ですか?」

「そうね。なんだか、私が友瀬君のこと口説いてるみたいね」


 ふふっ、と笑う。冗談だとわかっているので、俺も冗談で「じゃあ付き合いますか?」と訪ねると、「冗談でもお断りします」と返された。


「私はあなたの教師ですから」

「そうですか」


 もし教師じゃなかったら? そんな質問が頭の中に浮かんで、消えた。

 何を考えているんだか俺は。それじゃあまるで、本当に先生の恋人になりたいみたいじゃないか。それはありえないだろう。先生への見方は確かに変化したが、それはゲーム仲間として一緒に居やすいというだけだ。けして、恋心なんかじゃない。


 変なことを考えたせいか、また顔が熱くなる。一昨日から少し変だ。なんでそんなに、先生を意識するようになったんだ?

 自分で自分の感情が読めなくなった。鈍感と言うのは、強ち間違いではなかったかもしれない。

 鹿嶋のいうことは本当に当たるな。後で謝らないと。


「あっ」しまった、そう言えば五限目体育じゃん。

「ん? どうかした?」

「体育なの忘れてました」


 先生は腕時計を確認する。「予鈴5分前」と伝えてくれた。


「先戻ってます」

「うん。ちゃんと学んできなさい」

「わかってますよ」


 手早く弁当を片付けて、俺は階段を駆け足で降りる。


「廊下は走らないのよ?」

「わかってます」


 とはいえ、急がないといけないので、階段だけは急ぎ目で降りた。こういう時ぐらいは、まあいいよな。


 ~~~


 五限目の体育は、男女共にバトミントンだった。

 運動神経はいいとこ中の下と、あまり突出しないし秀でてもいない微妙なライン。女子とやっても、上手い人には負けるレベルだ。ただ動けない訳じゃないので、競技自体は楽しくやれそうだ。


「今日はギリギリだったね」


 ストレッチの時間が終わり、コートの設営をバトミントン部主体で手伝っていると、隣に鹿嶋がやってきた。


「ゲームしてたら遅れた」

「だと思った」


 俺と鹿嶋は体育館内の倉庫から、立てる用のポールを持って行く。


「重くないのか?」

「一本くらいだったら大丈夫だよ。ひ弱そうに見えて、これでも筋肉はあるんだよ?」

「そうなの?」

「触ってみる?」


 二の腕を差し出して来たので、失礼して握ってみる。鹿島は力を入れると、微かだが筋肉が浮き出てきた。


「おお、確かにな」

「そうでしょ? けど友瀬」

「ん?」

「ちょっと触り方やらしいかも」

「……すまん」


 そんなやらしい触り方してるとは思わなかったが、鹿嶋が言うならそうなのだろう。こういうところも、鈍感というのだろうか? わからないな。


「そうだ。鹿嶋」

「ん?」

「どうやら俺は本当に鈍感らしい」

「ようやく自覚したんだ」

「ああ。昼休みにちょっとな……」

「……最近さ、昼休みどこにいるの?」

「……一人で静かにゲームできるところ」


 厳密にはもう一人いるけど。鹿嶋に言う訳にはいかない。


「ふ~ん」


 どこか疑いの目を向けながら、鹿嶋は一先ず納得したというふうに振る舞う。


「本当に鈍感だよね」

「うっ……ごめんって」

「鈍感クソ野郎」

「クソ野郎は酷くないか?」

「友瀬なんかクソ野郎で充分だよ」


 なぜか怒った鹿嶋は、一人奥の方のコートに向かう。どうして怒ったのかわからない鈍感な俺は、人知れず溜め息を吐くのだった。

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