さすがに何日も見ると気になるよね
いつものように、昼休みに先生と一緒にゲームをしながらご飯を食べる。イベントも明日で終わりなので、先生はそれなりに追い込んでゲームをしていた。見せてもらうと、素材の交換は後回しにして、今はひたすらにコインを集めるだけのようだった。
俺の方は、欲しい素材は全て回収し終えたので、先生に付き合う形でコインを集めている。
「あと何が欲しいんですか?」
「石と本。出来れば強化素材も」
「足ります?」
「たぶん足りるわ」
ひじきに煮物を噛みしめながら、先生のコインとそれらの素材に消費するコインを、頭の中でシュミレーションする。まあ、この調子で回してたら今日中には終わるんじゃないか。
先生は隣で、菓子パンを片手にスマホを操作していた。オートではなくマニュアルで操作することで、少しでも早く周回しようとしている。
「……」
ふと気になり、先生を見る。見ると言っても、先生の顔とかではなく、この人が持っている菓子パンだ。
先週三日間、そして昨日。先生はずっと菓子パンをお昼に食べていた。最初こそ、ゲームをするために片手を開けているのかと思ったが、けどそれだけの理由でさすがに毎日菓子パンはどうなのだろうと思ったのだ。
これでも小料理屋の息子なので、先生の食生活が気になった。
先生は俺の視線に気づくと、訝しげな目で見る。
「どうかした?」
「いや……なんでいつも菓子パンなんだろうと思って」
先生の視線がキツくなる。
「何? 何か問題でも?」
圧倒的威圧感を込められた視線に射抜かれ、完全に萎縮してしまった。
「いえ、別に」
どうやら聞かれたくないことのようだった。でもさすがにこう毎日、お昼に菓子パンだけだと栄養の偏りがでる。そもそも菓子パンはエネルギーは取れるが栄養素がほとんどない、そんなものを若い女性が取り続けるのは、なんだか見過ごせない。
「先生、一つ聞いていいですか?」
「……何? 菓子パンについてはノーコメントよ」
「最近、肌荒れとか大丈夫ですか?」
「……それは一体どういう質問なのかしら?」
先生が身を引いている。確かにそれだけ聞けば、軽いセクハラ案件だ。けど違う。俺が聞きたいのはそうじゃない。
「便秘とかに悩まされたりとか」
「仮にあったとしてもあなたには言わないけれど?」
そうですよね。というか言い方が回りくどいんだよ俺。もっとストレートに聞けばいい。
「菓子パンだけだと栄養偏ります。お昼はちゃんとしたものを取らないと駄目です!」
先生は少しだけムッとした表情をして、「何を食べようが、私の勝手でしょ?」とそっぽを向いた。
「そうですけど。料理屋の息子としては、少し見過ごせないといいますか」
「……そういえば、あなた料理屋の息子だったわね」
「ちゃんと手間でも、お弁当作って来たほうがいいですよ?」
「それはそうなんだけど……」
先生は眉間にシワを寄せて、困ったように視線をそらす。
「時間がないんですか? だったら前日におかずを作れば、後は詰め込むだけですよ?」
「そうじゃなくて……」
「……? じゃあどういう?」
「……」
心底言いたくないのか、先生の眉間が凄いことになっている。綺麗な顔が台無しだ。
しかしどういうことだ? 前日に作っているほど余裕がないのだろうか? でもちょっとしたおかずだったら、もやは昨日の残り物でどうとでもなるものだし。作ろうと思えば、即席レンチンおかずだって存在する。それなのに作らないとなると、単純に料理ができな……。
「えっ?」
おそらくの真相に辿り着いてしまった俺は、つい声を出した。先生はその声を逃すことはなく、俺の顔を見る。
ものすごい剣幕で睨まれる。その言葉を口にするんじゃない、とでも言いたげだった。けれど言わずにはいられない、答え合わせをせずにはいられない。というかもはや、今更だろう。
「先生。料理できないんですね」
「――ぅ……ん」
絞り出すような、声だった。
やっぱり、そうだったんだ。
料理ができないんだったら、そりゃあお弁当だって作ってはこれない。だってそれをするための、技術がないのだから。
しかし意外だな。確かにイメージと違う部分は多いとは思っていたけど、一人暮らしなんだろうし、料理とかできると思ってた。
意外そうな目で先生を見ていると、「その目を止めて」と、心底嫌そうに言われた。
「昔から料理だけはやってこなかったの。だからやり方がよくわからなくて……」
「覚えようとはしたんですか?」
先生は首を縦に振る。
「本当に頑張ればできなくないけど、かなり不格好で……。基本的に不器用なのよ、私。ゲームだったら勘でなんとかなるけど、他のことに関しては正直さっぱり。だから、料理は諦めてる」
「でもそれじゃあ、お嫁に行くとき大変じゃ……」
「料理の出来る旦那さんをもらうからいいの」
料理できない女子の典型的な言葉を聞いた。それだけじゃ絶対上手くいかないと思うのは、俺だけだろうか。
しかしそうなると、朝も夜も外食なんかになるのか。少し心配だな。
「あの、先生」
「何かしら? 料理を覚えろって言うならお断りよ」
「ああいや、そうじゃなくて。よければ、おかず作ってきましょうか?」
「えっ?」
「俺、毎朝ちゃんと弁当作ってるんで、そのついでになりますけど」
「……」
先生の顔が明るくなったと思ったら、すぐに暗くなって、くもんの表情を浮かべて何かをこらえているように感じる。
「大丈夫よ……」
絞り出すように応えるその声は、あまり大丈夫ではなかった。そんな声でいわれても、説得力の欠片も感じないのですが。
「遠慮してるなら、そんなこと思わなくて大丈夫ですよ。一人分も二人分もたいして変わらないので」
「そうじゃなくて……あくまで私は教師であって、友瀬君は生徒だから。そういう個人的なものを受け取るのは、教師としてあるまじき行為であって、その……」
ようするに、教師としてのモラルみたいなものなのだろうか? けれどそれで体調を崩すほうが、俺からすればどうかしている。
それに、バレなければ別にいいのではないか? こんなところで一緒にゲームをしてるような間柄なのだ、いまさらそんな遠慮を持ち出されても困る。だったら言い逃れができなくすれば、先生も折れるだろう。
「先生。よければどうぞ?」
「えっ?」
俺は自分の箸と、おかずが入った弁当箱を差し出す。好きなものを食べていいですよ? と促した。
先生は、困ったように眉間にシワを寄せ。視界に入らないようにそむけたりもしたが、チラチラと弁当箱を確認して、ようやく俺から箸を受け取った。
「作ってくるとかのことは置いといて、これはただ単に、あなたの好意を無碍にしたくなかっただけなので、そこは勘違いしないように!」
「わかりましたよ」
「じゃあ……」
先生はどれにするか悩んだすえ、ひじきの煮物を選ぼうとしたので、「ピーマンの肉詰めはお勧めですよ?」と、ボリュームのある方に促す。先生は遠慮がちに肉詰めを箸で摘むと、半分ぐらい
目を見開いたかと思えば、頬がほころぶ。幸せそうに食べる姿を見ると、こっちまで嬉しくなる。
「美味しいでしょ?」
「すっごく美味しい。ピーマンの肉詰めなんて久しぶりに食べたわ」
「ならよかったです。これ今日の自信作なんで」
「友瀬君。あなた料理の才能あるわよ」
「そうですか? だった嬉しいです。よかったら、煮物も食べてください。これは父が作ったものを、そのまま詰め込んだだけですけど」
「じゃあ、いただきます……うん。こっちも美味しい」
「そうでしょう。父が作ったものはどれも絶品ですからね」
さすがに毎日料理に向き合っている人だけあって、オヤジの料理は誰が食っても美味いと思えるものばかりだ。おかげさまで、好き嫌いとは縁遠い。子供の苦手な食材でさえ、あの人の手にかかれば好物に変化する。
「小料理屋を営んでるとは聞いてたけど、もしかして友瀬君は、お店を継ぐの?」
「あ~……継ぎはしないですね。俺、実は上に兄と姉がいるんです。姉貴は結構自由気ままにやってますけど、兄貴はもう料理一本でやってるので、親父も兄貴に継がせるって言ってます。正直俺は、そこまで打ち込めるほど、料理が好きではないので」
作ること自体は楽しいが、極めるとなると話が違ってくる。これはたぶん、趣味の段階で留めておく方がいいものなのだ。それくらいが丁度いい距離感。
「だから、将来のことはまだ全然考えてないです」
「そうなの。まあまだ若いし、じっくり考えなさい。相談には乗ってあげるから」
「ありがとうございます」
いつの間にか先生はピーマンの肉詰めを食べ終えていた。「ごちそうさまでした」と箸を返し、「おそまつさまでした」と受け取る。
「美味かったですか?」
「美味しかった。毎日こんなお弁当なんて、やっぱり豪華よ」
「そんなことないですよ。それに先生が望めば、先生もこれからこのおかずを食べれますよ?」
「そ……れは……」
眉をギュッと寄せて、片手の人差し指を自分の口元に当てて考え始めた。俺はその様子を確認しつつ、おかずを食べ進める。だがふと気づいて、自分の箸を見下ろす。
俺、先生と関節キスしてた。
先生の様子を見るのに意識を割いていたら、手元のことがおざなりになってしまった。むしろ食べる前に気づいて然るべきところだろう俺! なにナチュラルに関節キスを……駄目だ。考えるだけで恥ずかしい。意識してしまう。
しかしこんなことを考えているのを先生にバレれば、きっと生暖かい目で見られることだろう。やっぱりまだ子供ね。なんてふうに思われるのだろう! それはそれで癪だ! だったここはなんとも思ってないように振る舞うところ。落ち着け心臓。沈まれ顔の火照り。心頭滅却すれば欲望もまた涼しだ!
「……友瀬君」
「は! はい!」
「どうかした?」
「いえ何も?」
明らかに取り乱したが、先生は一先ずそのことに関してはスルーしてくれた。そして申し訳なさそうに俯いて、「やっぱりお願いはできないわね。ごめんなさい」と謝った。
「どうしてですか? やっぱり、教師としてのモラルとかの関係ですか?」
「それもそうなんだけど……そもそもの話。私はゲームのイベントを他の教師の目を盗んでやるためにここにいるのは、わかってるわよね?」
「ええ。俺とほとんど同じ理由だったら、目を瞑っているって」
「そう。だけど、明日の11時。お昼の前にイベントは終わる。そしたら私は、ここに来る理由がないわ」
「あっ……」
そうか。それもそうだよな。この関係がそもそも可笑しなことだった。それなのに俺は、いつの間にかこの関係がそのまま続くのではないかと思ってしまった。けどそうじゃない。これは一時的な共闘関係だったんだ。目的が終われば、解散してしまう。
「じゃあ……次のイベントまではお休みですかね」
「あまり、こういうのがいいものじゃないのはわかってるから、そんなに来ないとは思うけれど」
「……そうですか」
「だから、おかず件は断るわ。ごめんなさい」
「いいですよ。でもそれなら、ちゃんとしたご飯は食べてくださいよ? 倒れたら洒落になりませんから」
「そうね。少し頑張ってみるわ」
ちょうど良く、予冷が鳴る。いつものように、先に先生が立つ。
「じゃあ」
「はい。また」
また明日は、ないけれど。先生が過ぎ去っていくのを音で感じながら、俺は天井を仰ぐ。仕方がないこととは言え、それなりに喪失感があった。
イベントも終われば、俺もここに来る理由がなくなる。だったら教室で飯を食べたほうが、動かなくていいぶん楽になる。けれど……それでいいのかな。
何がしたいのか、自分が何を求めているのか。よくわからないままに、俺は立ち上がった。
~~~
放課後。帰りのHRを終えた今でも、昼休みのできごとを抱えていた。モヤモヤした気持ちが晴れない。何も答えが出ずに、ウジウジと悩んでいる自分に苛立ちすら覚える。
席を立ち、教室を後にすると「どうしたの友瀬? また悩み事?」と、鹿嶋が後ろからひょっこりと顔を出す。
「ああ」
「最近多いね」
「ちょっとな……」
そのまま無言で一緒に歩く。特に聞き出したりもしないが、しかし別の話題も出ない。鹿嶋が、聞きはしないけど話は聞くよ? とそう言ってくれているような気がした。しかし俺の悩みをそのまま伝えたら、先生の方にも迷惑がかかるので、慣れないが「例えばなんだが」と別のニュアンスでわかりやすく説明をしようとする。
「えっと……一緒にゲームをする相手がいるとして、その人と毎日楽しくゲームをしていたとする」
「ふむ」
「俺はその関係がこれからも続くんじゃないかと思ってたんだけど、向こうはそのゲームの中でやっていたイベントをするために、短い期間だけ俺と共闘関係を築いていただけだった」
「ふんふん」
「俺はこれからもそいつと一緒にゲームをしたいと思っていたけど、目的が終わったそいつは、次のイベントまではいいんじゃないか? って言ってきたんだ」
「なるほどね」
「確かに、お互いの利点が一致してたからそうなったけど、なんかそれだけってのも寂しくてさ。けどそれは俺だけの考えだから、あまり無理強いもできないっていうか」
「相手の人はさ。友瀬とこれ以上一緒にゲームしたくないの?」
「いや。したいとは思うけど……うまくいえないけど、そんなに時間が取れる人でもないというか」
「じゃあ一緒にゲームはしたいんだ」
「……わかんないけど。たぶん」
「友瀬は、その人のために相手の提案を飲み込んだってことだよね」
「そうなる」
「けど本当は一緒にゲームがしたい」
「ああ」
「じゃあ話は簡単じゃない?」
「そうなのか?」
鹿嶋を見ると、彼女は優しく微笑で「誘えばいいじゃん。一緒にゲームがしたいですって」
「えっ? でもそれじゃあ、相手の人の迷惑になるし」
「迷惑になるから、一緒にゲームをしちゃいけないわけじゃないでしょ? ようは時間が取れるように調整すればいいし、なんだったら、会う約束だってすればいいじゃん。それだけの関係で終わらせようとしてるから、悩むんだよ。別に毎日じゃなくてもいい、一週間の内の一日でもいい、一緒に遊ぶ時間を作ればいい。それでいいじゃない。無理に全部を求めると。そりゃ拗れるよ」
鹿嶋のその言葉は、当たり前すぎて、逆に俺は考えられてなかった。いままで一緒にいたから、これからも一緒にいる。会えないなら別れる。そういうものではなくて。環境が変われば関係だって変化するんだから、その環境に合わせて付き合い方も見直せばいい。そういうことなんだ。
なんだか、思い知らされた気分だった。
「そうだな。そのとおりだ」
「……友瀬さ。その人のこと大事に思ってるんだね」
「……そうなのか?」
「そうじゃない? だってさ。こうやって悩むくらいには、その人のこと好きだったんでしょ?」
好き? 俺が先生を?
そう言われて、改めて考えさせられて。確かに好意というものはあったのではないだろうか? と冷静な頭で考える。しかしそれが、恋愛における好意であるのかは、いまいちわからなかった。
じゃあ俺は。なんで悩んでまで、先生と一緒にいたいと思ったのだろうか。何をそこまで、悩ませていたのだろうか。毎日いっしょにゲームをして、話し合って、語り合って、笑い合って……なんだ、答え出てるじゃん。
「ありがとう鹿嶋。納得いった」
「そう……」
「その人が好きっていうよりかは、その人と一緒に過ごす時間が楽しかったんだ。一緒に、同じ趣味をする時間が」
「……そっか……そっか」
どこか安心したような声、けれど複雑そうな顔をする。そんな顔になる理由がいまいちわからなかったが、知らず知らずの内に俺の問題で鹿嶋を悩ませていたからかもしれない。だとしたら、申し訳ないことをした。
「明日。少し話してみる。また一緒にゲームできませんか? って」
「うん。いいんじゃない」
ようやく、モヤモヤが晴れた俺は、スッキリしたことで身が軽くなったようだった。大きく伸びをして、意識的に固まってしまった体をほぐす。
「鹿嶋。なんか奢ってやる」
「いいの? 金欠なんでしょ?」
「……安いもので頼む」
「締まらないな~。肉まんで勘弁してあげるよ」
言い終わりに、鹿嶋は指で俺の脇を突く。くすぐったさに体をくねらせてから鹿嶋を睨んだ。しかし鹿嶋は我関せずというように、スタスタと先に行ってしまう。俺は「たく……」とぼやきつつ、彼女の後を追いかけた。
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