休みだからゲームをするのは当然のこと

 日曜日、午後8時過ぎ。一般的な家庭なら、晩御飯を終えてテレビを見ながらまったりとした時間を過ごしている時間帯でしょう。

 私も大学に入る前は、8時過ぎはそんな感じに過ごしていたものだ。むろん10時を過ぎた当たりから、自分の趣味を謳歌していた訳だが。それまではちゃんと家族と同じ空間にいた。

 しかし今はテレビもつけない。ご飯も片手間に済ませる程度になってしまった。それも全て、貴重な時間を充分に堪能するため。

 幸い私は部活動を持っていないので、土日は他の先生とは違いしっかりとした休息が儲けられている。これがもしなくなったらと考えると、生徒のためとはいえ多少なりとも不満だ。

 休みはしっかりとゲームに打ち込みたいのだ。休日は社会人に与えられたリフレッシュの時間。もちろんやり方は人それぞれだろうが、私は休みは家に綴じ込もってゲームをするのが、最大のリフレッシュだ。

 昨日は甘いものが欲しかったから、珍しく近場のコンビニに買い物に行ったが、やはりいつもと違うことはするものじゃない。おかげで生徒に恥ずかしいところを見せてしまった。

 幸い、比較的に私の本性を知っている子だったからよかったけど、他の子だと思うと死にたくなる。これでも先生としての威厳は持っているつもりなので、それがなくなるのは困る。生徒になめられては、先生は勤まらない仕事だから。


 まあそのせいで、彼以外には怖いイメージがついてるみたいだけど……彼も最初はそう見てたのよね。そんな怖いかしら、私。目つきが悪い自信はあるけど、それ以外は特に普通だと思っている。


 自然と溜め息が漏れた。するとヘッドセット越しに、『どうした~色恋沙汰か~』と、親友のどこか茶化すような声が聞こえる。


「違うわよ」

『なんだ違うのかよ。ついに幸恵にも春が来たのかと思ったじゃん』

「私は年中真冬ですよ。当分どころか、もしかしたら今後一切春は来ないかもね」

『それはさすがに不味いだろ。ほら、年齢的に』

「それは言わないでよ」

『四捨五入したら三十路だぜ私たち』

「だから言わないでよ」


 通信の向こうでは、何が面白いのか親友は笑っている。

 彼女、久住夏海くずみなつみは中学のころからの友人で、この歳になっても頻繁に連絡を取るほど仲がいい。そして私がゲーム好きであることを知っており、一緒にオンラインゲームをしてくれるくらいには、理解を持ってくれている。

 ちなみに今も一緒にゲームをしている。私の趣味に合わせて、パソコンで出来るTPSのガンゲームだ。

 プレイヤーはマップ上空からランダム位置に落下して降り立ち、落ちてる装備やアイテムを回収しながら敵と戦うバトルロワイヤル形式のゲームだ。

 夏海はSwitchは持っているがPS4は持っていないので、私が主流としているゲームをするとなると、必然的にPCゲームに偏る。

 いや、別にイカやってもいいんだけど……私と夏海の戦力差がありすぎて敵が本当に強いから、ウデマエもランクも低い夏海が可愛そうなので出来ないのだ。

 その点このゲームならば初心から玄人まで幅広い人がプレイしているので、やる場合は申し分ない。夏海も運が良ければラスト10人くらいまで生き残れるし。

 とはいえそこは運なので、現在夏海は早々にリタイアをして、俯瞰カメラで私が操作しているキャラを見ていることだろう。


『にしてもやっぱ、幸恵はやってるだけあって上手いわ。一日何時間ゲームやってるの?』

「いうほどやってないわよ? 平日は殆どできないし、休日に6時間ぐらいやるだけ」

『充分やってるからそれ』

「夏海だって、自分の趣味のことだったら6時間以上やってるでしょ?」

『そいつを言われちまうと反論できねぇや。痛いこと言ってくれるね~お嬢さん』

「どんなキャラ設定してるのよあんた。ウザい煽り方しないで」

『中学の時から一本キャラで通して頂いておりやす。なんてね。最近江戸っ子言葉が出る漫画読んだから、つい口にでちゃうんだよね』


 どんな漫画なのか、少し気になるかも。

 とはいえ今はゲームに集中。かなりマップも狭くなってきたし、敵との遭遇率も上がってくる頃だ。

 このゲームは時間が経つごとに、マップの端から徐々に体力を減らしてくるバリアみたいなものが迫ってくるのだ。危険エリアと呼ばれるそこに居続けると、最終的に死んでしまう。なのでプレイヤーは、セーフエリアと呼ばれる場所に集まってくるので、生き残りが多いとそれだけ争いも多くなる。


『あと何人くらいなの?』


 早々にリタイアしたので、待っているのも暇になったのだろう。退屈そうな声が漏れる。


「私入れて15人くらい」

『うへ~まだやんの~』

「もう結構狭まってるから、私が負けたらすぐ落ち――」


 車に乗っての移動中。普段でもたまにやらかすことだが、速度を出しすぎた状態で上り坂を駆け上がったりすると、ジャンピングをすることがある。そしてジャンプした車はそのまま一回転してヒックリ返ることがあるのだ。

 今まさに、私がそれをやった。


『ふふっ。飛んだね』

「やらかした~。他に車とかないかな?」

『さあ? 探せばあるんじゃない? セーフエリアにはいるんだし、ゆっくり探せ――』


 のんきに話していたら、画面に血が飛び散る演出が入る。


「攻撃されてる!」

『いけ! 殺せ!』

「あんたどっちの味方よ!?」


 サッと車から降りて姿勢を低くするが、車が炎上していることに気づいた。このまま近くにいたら爆破に巻き込まれてしまうので、仕方なく立ち上がり移動しようとした瞬間に、銃の乱射によってキルされる。


「うぬ……」

『やっと終わったよ~』

「次あったら絶対殺す」

『教師にあるまじき暴言』


 負けた悔しさというのは、いつやっても嫌なものだ。それを何千何万と繰り返している自分は、相当に阿呆だと思う。


『今日はもう終わりなんでしょ?』

「うん。私も明日の準備しないといけないから」

『さすが先生。真面目だね~』

「毎日の積み重ねが大事なのよ。でないと、生徒ために何もできない」

『大変な職業だよね~。モンペとかもいるんでしょ?』


 モンペとは、モンスターペアレントの略称である。


「私は奇跡的にまだ出会ってないけどね。中学とか小学校は多いと思うよ」

『さすがに高校までいくと、放任する人も増えるか』

「子供も恥ずかしいだろうしね」


 ヘッドセットを外して、一度こちらの音を切ってからコンセントをマイクに切り替える。音を戻して、スピーカーモードにしてから席を立った。


『だろうね』おっと、ちょっと音量が大きいか。いや、単純に夏海の声がでかいのか。

 スピーカーから出る音を絞る。『もし私が子供だったら恥ずかしいもん』うん。これくらいで丁度いいか。

 音量の調節をしてから、再度席を離れた。


「うちは比較的そういうのは少ないみたいだよ。三年生になると、進路のことで揉めることはあるみたいだけど」

『そうなのか~。てか幸恵。席離れるなら言ってよ、音遠い~』

「結構集音性能高いマイク使ってるんだけどね。やっぱりヘッドセットだから遠いか」

『そりゃあそうでしょうよ。ちゃんとしたマイクを使え~』

「生憎と、実況とかする訳じゃないから持ってないよ」


 冷蔵庫から麦茶が入った瓶を取り出し、食器棚からコップを手に取り注ぐ。瓶はそのまま冷蔵庫に入れて、席に戻る。


「ちょっとずらすよ」

『OK~』


 ヘッドセットを動かすとノイズが走るので、それの注意をうながす。ヘッドセットを脇にずらして、キーボードを手前に寄せた。

 さてと、明日の授業内容の確認と、小テストのデータを作らないと。

 夜の時間は、基本的に学校のことをすると自分で決めている。次にやる授業の組み立てとその予習が主だが、クラスの進み具合にばらつきが出来てしまった場合は、構成を調節して授業ペースを変える必要がある。そうならないために何日も先まで予定を組んでカリキュラムを作っているが、まだまだ若輩な私はそのペースが上手く守れていない。

 今の進み具合だと、明後日には小テストが出来るか。要点を纏めた簡単なものにしようと思ったけど、二~三問ちゃんと復習してるか試す問題をいれてもいいかもしれない。

 色々と生徒を考慮しながら、先に小テストの作成に取り掛かる。ワードを開き、キーボードをカタカタと鳴らし初めた。向こうの方でも、何かを準備している音が聞こえる。たぶん自分の仕事だろう。


『幸恵はさあ~』

「ん~?」

『いい人いないの? 学校の同僚とか?』

「ん~」考えて見るが、パッと思いつく中にはピンと来る人はいない。良くも悪くも、地味めな人が多いし。そもそも私の趣味をどこまで理解できるかわからない。話したこともあまりないのだから、当然と言えばそうなんだけど。

 なので「いないかな~」と適当に流す。


『じゃあ生徒は?』

「間違ってもありえない」

『え~? 漫画みたいな禁断の関係はないの~?』

「中にはいるだろうけど、私はありえないって」

『幸恵、美人さんなんだから、男子の劣情煽ってるでしょ?』

「なんで煽ってること確定みたいに言ってるのよ。そんな訳……」そこでふと、友瀬君が真っ赤な顔を焦って隠す姿が浮かんだ。あれは劣情を煽ったことに入る……いや「ないない。ありえない」


 その間を夏海は見逃さなかった。


『何々!? マジで禁断の恋!? 超参考物件がこんな身近に!?』


 通話越しだから分かりづらいが、きっと捕食者のように目を光らせているに違いない。


『参考までに聞かせて~? 若い男を手球にとる方法とかさ~?』

「そんなことしません! 仮にもしあったとしても、私は意図してやれる訳ないから!」

『まあ幸恵は天然タラシだもんな。高校の時も密かにお前に恋心を寄せる男子が何人いたことか』

「えっ? 嘘? そうだったの?」


 初耳なんだけど。

 少し手を止めて夏海の言葉を待つ。


『幸恵って誰にでも分け隔てないところあるから、それで勘違いする男子多かったよ~? でも真面目で厳しいところが怖くて、高値の華って感じに愛でられてた。もしかしなくても、今の生徒にもそう思われてんじゃん?』

「……確かに。怖いとか、高貴みたいなイメージがある風には言ってたわね」


 休日にはちょっとシックな部屋で猫を膝に乗せて、紅茶を片手に本を読む。だったかしら。友瀬君が今の私をみたらどう思うのかしらね。

 上下スウェット、パソコンの前で友人と恋愛トークに花を咲かせている。きっと意外に感じるのだろう。


『あ~高貴ね。よく言われてたやつだ』

「そんな昔から言われてたの?」


 凄く恥ずかしいのだけど。


『てか、生徒にまで言われるとか。変わらないね』

「私はあの子に言われないと気づかなかったけどね」

『ほほ~ん』

「何よ」

『いや~その子、よく幸恵のこと見えるね』

「まあ、最近少し仲はいいけど」

『ラブ!?』

「あくまで教師と生徒として!」


 言ってて、教師と生徒でもないだろうと、自分で自分にツッコミを入れる。ただのゲーム仲間だ。


「なんでもかんでもラブに寄せないでよ」

『いや~、そういうのに飢えてるから、この年になると』

「そういう夏海はどうなの? いい人いないの?」

『万年引きこもりみたいな仕事してるのに無理だわ~、結婚相談所とかいかないと』

「……私も行った方がいいかな?」

『幸恵は探そうと思えばきっといるって。まだ早い。三十路前で充分』

「夏海がそういうなら、それまでは頑張ってみる」


 さて。手を止めてしまったから、全然進めてない。急いではないけど、骨組みくらいは完成させないと。


「……」


 ふと、また手を止めた。

 そういえば昨日、友瀬君バトル◯ィールド買ってたけど、どこまで進んだのかしら。気になる。

 気になるとそのままゲームを初めてしまいそうだったので、頭をなんとか仕事モードに切り替える。

 夏海が友瀬君のことを思い出させるから、余計なことを考えてしまった。私と彼は教師と生徒なのだから、冗談でもそういう関係になるわけがない。でも、そうだな。

 もし高校の時に彼のような人に出会っていれば、もしかしたら好意は寄せたかもしれない。自分の趣味を理解してくれる、大切な友人として。


 ~その頃の友瀬~


「ジャイロが、ジャイロが欲しい」


 なれないFPSのエイムに苦戦してた。


「瞬時に右スティックで照準合わせて撃つとか無理。なれない、やりずらい、そんなに頭回らない!」


 ストーリーを進めて約3時間ぐらい。いまだに一つのストーリーしかやっていない。オープンスペースの広い空間に方向感覚が鈍り、さらには振りかかるミッションに四苦八苦。また戦車に乗るとか修理するとかまた乗るとか……やること多すぎて進んでる気がしない。

 どうやってカンタンに照準合わせているんだ、こういうゲームをしている人は!


 心の中で文句をいいながらも手は動かす。丁度落ち着くところまでやって、ホッと一息をつくのもつかの間。すぐに次のミッションが始まる。


「休ませてくれ……」


 しかし始まってしまえば、先に進めたいのがゲームというもの。CPの説明を詳しく聞いていると、どうやらスニーキングミッションのようだった。


「敵に気付かれないように作戦を遂行する。撃たなくていいぶん簡単なんじゃないか?」


 そう思って先に進めたが――。


【いたぞ!】

「あっ、やべ、気づかれた。ってやばいやばいやばい! ちょっと待って機関銃とか聞いてない!」


 敵が持ち出した機関銃が、俺が操作しているキャラに向けられる。そして大量の弾を吐き出しながら、周りのものを蜂の巣にしていく。もちろん俺も。


「……今のは、うん。俺が悪いな。そうだな」


 原因は見つかったこと、今度は必ず見つからないように隠れて行けばいい。


「よし。行くか!」


 覚悟を決めて、コンティニューを押した。




 結論として言うと、どうやらただ隠れるだけでは駄目らしく、敵が背後を向いた瞬間に殺したりしなきゃいけなかったらしく。そもそもそんなことが出来る技術を持っていなかった俺は、事あるごとに見つかっては殺され、見つかっては殺されを繰り返し、最終的に「ク○が!」と叫んで項垂れた。

 やる気も起こらず、ディスクを取り出して、モン○ンを入れて起動する。

 今日はもう、やらなくていいや。

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