休みの日だからゲームしたいけどできない時もある
スマホで時刻を確認する。
現在時刻は13時40分過ぎ。待ち合わせの時間まではあと20分ほどあった。
ちょっと早く来すぎたな。
待たせるのも不味いと思い早めに出たが、予想としては10分前くらいに来るつもりだった。だが現実は更にその10分前。この10分の差は大きい。というか、あいつより早く来てしまったら、なんだか楽しみにしてたみたいに勘違いされそうだ。だってそうだろう? 誘って来たのは向こうで、そもそも俺は今日外に出るつもりなんてなかったんだから。むしろ遅れて来たっていいレベルだ。
たださすがにそんなことは出来ない。人を待たせるっていうのは、正直精神的によろしくない。悪いことをしている気になる。いや、悪気がなくともいけないことだけども。
なので早く来すぎてしまったのは、結局のところ俺の性格ゆえの行動なんだろう。俺って真面目なのね。普段誰かと待ち合わせなんてしないから、新しい発見だよ。
……ゲームでもするか。
本日は、昨日約束した
俺は今、ショッピングモールにほど近い方の改札口の前にいる。休みの日ということもあり、人通りが本当に多い。よくもまあこれだけの人間が、貴重な休みを使ってまでこんなところに来るものだ。誘われなかったら、俺だったら絶対に来ないと思う。
ゲームをしながら、鹿嶋が来た時に見過ごすといけないので、チラチラと改札の方を気にする。本当はイヤホンもして音ゲーに興じたいところだが、我慢して別のゲームだ。音ゲーはほら、すっごい集中するから他に意識が向かないんだよね。それと、もしやってる最中に鹿嶋からライン来ても、ゲームしてる時は通知切っちゃってるから気づかないし。まあ他のゲームでも通知は来ないようにしてるけど、手が空いた時にちょくちょく確認は取れるから、音ゲーやるよりかはましだ。
なので今日もイベントを周回することに。
そういえば、先生入ってるかな?
フレンドの所を確認すると、最終ログインが2時間前になっていたので、昼になる前に一度周回したのだろう。俺もその時入ればよかった。
ちょっとした不満? のようなものが湧いたが、なんで俺が先生と一緒にクエストやらないといけないんだと、冷静になってみると気持ち悪いことを考えていたことに気がついた。
ここ三日間、お昼はずっと先生と一緒にいたものだから、なんだか一緒にクエストしないことが変に思えてしまう。むしろ先生と一緒にクエストするほうが可笑しいというのを、今一度思い出すべきだろう。
自分の中で感情に整理をつけ、ゲームに戻る。単調な物をただやるのは、何も思考しないから凄く楽だ。いろんなことを忘れられる。ただ鹿嶋からの連絡が来るかもしれないのは、忘れてはいけない。ちょくちょく確認っと。
何度かクエストの最中に通知バーを確認するが、鹿嶋からの連絡は今のところない。丁度10分前になった。さすがにそろそろ来るんじゃないか?
顔を上げて確認してみると、丁度よく電車が来たのだろう。大勢の人が改札から出てきている。注意深く見ていると、鹿嶋と同じ髪色をした女子が来るのが見えた。一旦、アプリを落とす。
彼女は俺に気づくと、まっすぐこっちに向かってくる。秋らしくベージュ色のロングカーディガンにロゴの入った白地のシャツ、ふんわりとした濃い青色のロングスカートを履いている。
てかちょっと待て。鹿嶋の私服のセンスよすぎじゃない?
俺はワイン色のカーディガンにロゴの入ったネズミ色のシャツ、それにただのデニム。悪くないが、鹿嶋と並ぶと今一歩足りないと思えてくる。
「あら。早いじゃん」
「電車がお利口さんだったからね」
「私もお利口さんだったけどな~」
惚けたように首を傾げた。わかってて言ってる顔だ。
「別に……目測を誤っただけだ」
「いつも来てるくせに」
そうですね。
「ねぇ。どう?」
鹿嶋はカーディガンの裾を持ってヒラヒラとアピールしてくる。今日の服装はどうかってことだろ? わかってるよ。
「隣歩きたくない」
「えっ? なんで?」
「お前の私服センスに脱帽してるんだよ。俺の身になれ、恥ずかしいわ」
「別に友瀬も悪かないじゃん。似合ってるよ」
「嫌みにしか聞こえないな……」
「そんなことないよ。それよりも、ホラ」
またヒラヒラとアピールしてくる。あくまで俺に言わせようとしているので、頭の後ろを掻きつつ恥ずかしさを誤魔化しながら、「似合ってるよ」と褒めてやる。
「最初っからそう言いなよ」
「褒めなれてないんだ。諦めてくれ」
「じゃあ今後は褒め慣れた方がいいよ? 女の子は褒められるのが好きだから」
「誰から構わず言ってたら変人だ」
「どうしてそう、ひねくれてるかな友瀬は。仲のいい子でいいの。友瀬なら、私みたいな子のこと」
「じゃあ俺は鹿嶋しか褒める人がいないな」
そもそもそこまで女子の友達いないし。仲がいいのは鹿嶋くらいだ。
「……」
パタリと黙ってしまった鹿嶋を見る。「友達いないもんね~」と笑いながら言われると思っていたが、言わないのか?
「鹿嶋?」
鹿嶋は手のひらの甲を口許に当てて、俺から少し視線をそらしていた。微かだか頬が赤い。
「どうかしたのか? 顔赤いぞ?」まさか体調でも悪いのか?
「いや……大丈夫だから。気にしないで」
「おう……」
どこか余所余所しさを残してはいるが、鹿嶋自身が問題ないというのなら、問題はないのだろう。
「そういえば、どこの服屋いくんだ? ここって結構入ってたよな?」
駅前のショッピングモールは、ブランドものの服屋も勿論、学生に優しいリーズナブルな店も入っている。さすがにこの歳でブランド物は手が出ないので、必然的に安い店となるが、それでも三つくらいは候補があるはずだ。
鹿嶋に訪ねると、彼女は「全部見るよ?」と当たり前のようにそう言った。
えっ? 全部見るの?
服屋なんて一つ見れば大抵の物は揃うんじゃないのか? 俺なんて殆どが、ファッションセンターしま○らだというのに。こいつはそれだけではなく、ユニ○ロとエイ○エムとかにも行こうというのか。
「トレンドはどこも似通ってるけど、やっぱりお店ごとに品揃えは違うから、できるだけ色々見たいの? 友瀬どうせ今日はゲームする以外は暇なんでしょ?」
「いやそうだけど……回るのに何時間もかかるぞ?」
「女の子の買い物は時間がかかるものだよ。それに今日はデートなんだから、仮にも私の彼氏役なら、ちょっとくらい付き合ってもいいでしょ?」
「彼氏じゃないだろ」
「……」
突然脇腹を指で強めに刺された。思いの外痛い。
「なんだよ?」
「べっつに~」
謎の強襲に疑問しか持てなかったが、それ以上鹿嶋は何も言わないので、モヤモヤしたまま俺は鹿嶋と一緒にショッピングモールに向かった。
中に入ると、空調が効いているおかげか、外より少し涼しい。人が多いから、その分冷房が働いているのだろう。長袖でも、長時間いれば肌寒いと思うかもしれない。
このショッピングモールは1F~4Fの4階構造、横に長い作りになっていて、俺達が最初に向かう場所は2Fの正面入り口から丁度反対側。初っ端からかなり遠いところだが、そっちの方に行けば安い店が固まっているので、移動に手間はかからなくなる。
「やっぱり休みなだけあって、人が多いね」
「よくもまあこれだけの人間が、休みなのに来るもんだ」
「友瀬だったら理由がない限り絶対来ないもんね」
「当たり前だろ。家でゲームしてたほうがましだ」
「今日はよく来たよね」
「誘ったのお前だろ?」
「そうだけどさ。友瀬だったら、ドタキャンもするかと思って。朝起きたら、面倒くさくなったとか言って」
事実、今朝は本当に面倒くさくはなっていた。外に出る気も本当はなかった。けれど、相手が鹿嶋だったので、重い腰を上げたのだ。
「お前が誘ってなかったら、たぶん来なかったよ」
「えっ?」
「だから、お前だから来たの。こうみえても、大切にしたい友達の頼みは断らないよ」
「あっ……そうだよね」
なんか複雑な顔をされたんだが。
「うん。わかってるよ」
しかし次の瞬間には、鹿嶋は笑顔を見せる。さっきのは何だったんだろう……女子の気持ちってよくわからん。
それから雑談を交えつつ、目的の場所に向かう。人混みを通り抜けながら、やっとのこさ辿り着いた。
「ここに来るまでに疲れた」
「まだまだこれからですよ?」
俺の率直な感想に辛辣なコメントを返された。俺の戦いはまだ始まったばかりらしい。
鹿嶋に連れられ店内に入る。彼女は迷うことなく女性用のアウターコーナーに向かう。まだ秋ではあるが、冬を先取りして色々なコートがハンガーラックにかけられている。女性用のコートって言っても、こんなに種類があるのか。
「可愛いの多いな~」
「だな。種類も豊富だし」
「でも色が少ないかも」
「どんなコート探してるんだ?」
「Aラインとかトレンチもいいんだけど、私はダッフルにしようと思ってるの」
さっきから鹿嶋は呪文でも唱えているのか? 形状がまったくもってわからない。
「ダッフルってなんだ?」
「冬になると着てる女の子多いと思うんだけど。私去年はトレンチだったけど、今年はダッフルにしようと思ってて……これ」
ハンガーラックの中から出したのは、ベージュ色のフード付きのコートで、留め具がボタンじゃなく、動物の爪のような角のような物で出来ているものだった。確かに、冬になると女子が来ている印象はあるな。
「まあ、他のでもいいんだけど。なにかいいのある?」
「俺に聞くか? 探すけど」
とは言え、女子のおしゃれなんて、女性経験のない俺がわかる訳もないので、自分の直感を信じるしかあるまい。
鹿嶋に似合いそうなコートか~……可愛いから何着ても似合うと思うが。
同じ場所では、形状も似通っている物が多いので、隣のハンガーラックに移動する。
「ん。これとかどうだ?」
取り出したのは、色は先程同様ベージュ色だが、裾がふんわりと広がっていて、コートと言うよりかぶりものに近いような印象を受ける物だ。
「ポンチョコートか」
そう言うのか。
「可愛いよね、この形」
「そうだよな」
「これが似合いそう?」
「俺はそう思ったけど」
「じゃあ、はい」
鹿嶋は肩にかけているバックを俺に手渡すと、俺が持っていたポンチョコートを受け取った。その場で来て着心地を確かめる。
「どう?」
「いいんじゃないか?」鹿嶋は顔がいいから、何を着ても似合うな。
「可愛い?」
「……可愛いですよ」
恥ずかしいのだが。ただ鹿嶋が満足そうである。こいつには羞恥というものがないのか?
「まあ、まだ買わないけどね」鹿嶋はコートを脱いで、俺に手渡す。
「買わないのかよ」代わりに俺はバックを返して、コートはハンガーにかけてラックに戻した。
「一応、他のお店も見てからね。他の服も見よ」
「マジでこれが続くのか……」
一体何時間かかるんだと思いながら、俺は鹿嶋の後をついていくのだった。
~~~
それから4時間。時刻は18時過ぎ。
「疲れた……」
結局散々連れ回されて、色々と試着にも付き合わされた(そのたびに何かしら褒めた)。買い物袋を持ち上機嫌の鹿嶋の横で、俺はやつれた顔を晒していた。
「情けないな~。そんなんじゃ将来彼女が出来ても、買い物付き合えないじゃん」
「別に一緒に行かなくったっていいでしょうよ。俺は自宅待機させてもらいます」
「私が彼女だったら絶対許さないから」
「今は彼女(仮)だから許されないですね」
「そうだね。その通りだよ。彼氏(仮)君」
どこか嬉しそうな顔をする。まだまだ体力はあるようで、あれだけ歩いたのに足取りは軽やかだ。疲れというものを知らなそうだな。
「さて友瀬」
「なんだよ? まさかまだ買い物に付き合えとか言うんじゃないだろうな?」
「違うよ。付き合ってくれたお礼。って訳じゃないけど、実は最近、ここら辺にゲームショップが出来たのは知ってる?」
「えっ? いや知らない」
「じゃあ今からそこ行こうよ。場所教えてあげる」
「マジか。行く!」
さっきまでの疲れが吹っ飛んだみたいだった。ゲームショップがある。しかも新しい! これに胸踊らない訳がない!
「現金なやつ。あっ、重いから持って」
「おっ、おう」
まあ、案内してくれる対価だと思えば、荷物持ちも悪くないか。
鹿嶋に連れられ、ショッピングモールがあるのとは反対側の方に向かう。こちらはあまり来たことがないから新鮮だな。
駅を抜けて、眼の前にはバスターミナルが広がる。そこを右に曲がり、大通りを超えて少し歩くと。確かにゲームショップがそこにはあった。
「おお、マジだ」
「嘘ついてどうする」
「そうなんだけどさ」
鹿嶋を抜いて、先にゲームショップに入る。慣れしたんだ空間がそこにはあり、まるで実家に帰ったような安心感があった。
今すぐに駆け出して、目当てのソフトを買いたい気持ちはあったが、今日は鹿嶋も一緒なので飛び出すことはしない。しかしそんな俺の心境を見抜いてか、鹿嶋はクスリと笑い、「子供みたい」と言った。
「すっごいソワソワしてる」
「うるさい。楽しみなんだから仕方ないだろ?」
「そうですね。気にせず行っていいよ。後ついてくから」
「そうか! 悪いな!」
鹿嶋の許しも得たので、俺はPS4のソフトが集まる場所に足を運ぶ。初めてきたところだが、ソフトは基本的にまとまりになっているので、表記を見ればどこに何があるのかは一目瞭然だ。
実は最近、俺が小さい時からやっているあるRPGの続編が出たとのことで、それを買いたいと思っていた。ただ自宅周辺にゲームなどが売っている場所がなかった関係で、意外と遠出しないと買いに行けないから、ネット注文でいいやと思っていたのだ。しかし、実際にゲームショップで買うのもゲームの醍醐味。なので今回のことは、渡りに船だろう。
新作はだいたい表紙を見せるように陳列されているので、見つけるのは容易い。すぐに発見し手に取る。
「はや、それ買うの?」
「おう」
後ろからついてきて鹿嶋は、俺の手元を覗き込む。
「これは? RPG?」
「そう。PS3の方でこれの一個前が出てて、これは続編。前作が限りなくクソゲーだったと酷評だったから、今作にはちょっと期待を込めている」
「クソゲー?」
「ゲームとしてのクオリティが低すぎて、どうしようもないゲームのこと」
「そんなクソゲーの続編なの?」
「でもストーリーもシステムも全然違うよ? 後これは、前作に繋がるストーリー構成になってるの」
「? 難しいことを言うね」
「続編だけど、やってる内容は前作の数千年前の話なんだ。これの結末が前作とリンクする仕様になってる」
「なるほど。面白いことを考えるね」
「だろ? 一体どういう話の流れになるのか、今から楽しみだぜ」
「ゲームの話してる友瀬は、イキイキしてる」
「まあ、唯一持ってる趣味だからな。それに、ゲームすんのって楽しいし」
「私はそんな友瀬を見てるのが楽しいよ」
「どういうことだよ?」
「そのまんまだよ」
よくわからなかったが、なんとなく馬鹿にされているような気になった。おそらくそんなことはないのだろうけど。
「じゃあ買ってくる」
「他に何か見たりしないんだね」
「買うもの決まってるのに、他の見る意味ないだろ?」
「まあ、服とは違うからね」
「そういうこと。んじゃ……」
そのままレジに向かおうと思ったが、俺はあるパッケージに目を止めた。
「どうかした?」
俺が目に止めたのは、話題作のソフトが陳列されている棚だ。そこの中の一つ。外国人男性が拳銃を持ち、堂々とした立ち振舞を見せる作品を手に取る。
「ちょっと気になって」
俺が手に取ったのは、以前、真波先生が言っていたFPSゲーム。バトル○ィールドシリーズの最新作だ。
「なにそれ?」鹿嶋の問に「FPS」と答える。
「知り合いに進められてさ。お勧めだからやってみろって言われて」
「友瀬に友達いたんだ」
「友達っていうか……知り合い?」
知り合いって言うか……先生なんだけど。言える訳がない。
「けど、どうしよう。どっちか一個だな」
「お金的な関係?」
「お金的な関係。こういう時に小遣い制は辛いな」
「友瀬もバイト初めたら?」
「それもありだな」
「うちの雑貨屋さん。週二でバイト募集してます」
「考えとく」
しかしどっちを買うか。RPGの方は必ず買うと決めてた物だけど、こっちは気にしないと忘れるだろうしな~。見た所オンラインじゃなくてもできるみたいだけど……どうすっか。
悩んだ末、これも何かの縁だろうと。RPGの方は戻してFPSの方を手元に残す。
「こっちにする」
「いいの?」
「たぶん、今買わないと一生買わない気がするからね。こっちはたぶん、欲しいから買うだろうし」
「まあ、友瀬がいいなら私は別にいいから。じゃあ外で待ってるね」
「おう」
鹿嶋は先に外に出る。俺はレジに向かい、ソフトを購入した。待たせているのも悪いので、早足で鹿嶋のところに戻る。
「お待たせ」
「うん。じゃあ帰ろっか」
「だな」
少しだけゆっくりと歩きながら、駅へと向かう。その途中で鹿嶋が、「今日はありがとうね」とお礼を言ってきた。
「なんだよ、突然」
「買い物付き合ってくれたじゃん」
「ああ……いやいいよ、それくらい。お前の頼みだったら断る理由ないし。むしろゲームショップの場所教えてもらって、俺の方がお礼言いたいくらいだ」
「……今度はさ。友瀬の服でも買いにこようよ」
「いいよ。服に使うくらいならゲームに使う」
「たまには身なりに気を使いなよ。今日みたいに遠慮されると困る」
「遠慮したとかじゃないんだけど……」
単純に、俺じゃ不釣り合いだと思っただけだ。ああ、でもこれって遠慮か。遠慮してたな。
「悪い、確かに遠慮してた」
「今自覚したのか。私の隣を歩いても、恥ずかしくないようにしないとね」
「そのための服ってことかよ」
「そういうこと。その時は容赦しないからね、彼氏君」
「(仮)をつけろ」
「照れんなよ」
「別に照れてない」
なおをニヤニヤと笑っている鹿嶋。俺の反論を信じてないようだった。
駅に着く。改札を通って、俺は手に持っていた鹿嶋の荷物を渡した。
「じゃあ、また月曜日」
「うん。じゃあね」
「あ~……鹿嶋」
「ん?」
「もし本当に服買いに行くときは、まあ頼むわ」
鹿嶋は一瞬キョトンとしていたが、すぐに笑顔になると「当たり前でしょ。彼女だからね」とそう言った。
だから、(仮)をつけろよな。
~~~
鹿嶋と別れて15分少々。最寄り駅に辿り着く。今日は色々と疲れた……女性の買い物は長いというのを、身をもって体感したよ。
疲れからか、欠伸が出た。帰ったらすぐにご飯だろうし、明日に持ち越しかな。と、手提げ袋に入っているバトル○ィールドを見る。
駐輪場に停めている自転車を取り出し、家に向けて走らせる。駅から自宅まではだいたい10分そこら。入り組んだ道はなく、大通りをまっすぐ進み、四つ先にある交差点を左折して、後は道なりにまっすぐ行くと俺が暮らしてるマンションが見えてくる。
軽快に自転車を走らせていると、唐突になんか甘い物がほしいな……と思った。
俺が暮らしているマンションの近くには、コンビニエンスストアがあるので、ふと立ち寄るには丁度いい。あそこで売っているロールケーキは絶品だし、夕食のあとのデザートってことで買ってこよう。
マンションが見えてくると同時に、コンビニも姿を表す。このコンビニのちょっと残念なところは、マンションの超えた先にあるということだな。わざわざコンビニに立ち寄るために、一回自宅の前を素通りしないといけないのは、当たり前のことであるのに、なんとかならんものか……と考えてしまう。どうもできないけど。
自宅を超えてコンビニの前に自転車を止める。中に入り、店員の気の抜けた「いらっしゃいませ~」という挨拶を聞き流して、デザートが陳列されている棚に移動する。商品を補充した後なのだろう。これでもかと、お目当てのロールケーキが棚に詰め込まれていた。一応、取りやすいように工夫はされてるけど、こうも詰め込まれてると哀れに思えてくる。
俺がロールケーキに哀愁を感じていると、その横から手が伸びてきた。チラリと隣を見ると、上下スウェット姿のラフな服装で、ちょっとそこまで買いに来た感のある女性が、手に取ったロールケーキをまじまじと見つめている。
綺麗な顔立ちの人だった。けれど、その横顔に見覚えを感じる。ジッと見つめると、視線に気づいたのか、女性は俺の方に振り向いた。
「あっ」
「ん゛」
女性は、顔に似合わない呻き声を上げて、眉間に皺を寄せて俺を見る。俺もまさかの出会いに空いた口が塞がらない。
「……こんばんわ」
「…………こんばんわ。友瀬君」
女性は真波先生だった。普段のきっちりした格好じゃないので本当に気づかなかった。服装は先程話したとおりだが、髪型もいつもと異なり一本に纏めているから、余計に見分けがつかなかったのだろう。
「あの……どうして友瀬君がここに?」
あまりの動揺からか、顔色が悪い。俺もバツが悪くてきっとそんな顔をしていると思うが、先生の方が異様だ。
「えっと……隣のマンションに住んでまして」
「ああ……そう……地元……一緒だったのね」
「みたいですね」
会話が途切れる。何を話していいのか、どうフォローを入れればいいのか皆目検討もつかない。
しかしやはりここは経験の差なのか、先生は「これ買うの?」とロールケーキを見せる。
「ああ、はい。ちょっと甘い物が食べたくなって」
「奢ってあげる」
「えっ?」
「だからこのことは黙ってなさい」
「……はい」
口止め料として借りを作らせる。それも強制。これが大人か……。
ただまあ、イメージと違うと言えばそうなので、先生の威厳を保つためには、上手くやらないといけない部分があるんだろう。俺に対しては今更な気もしなくないが。まあ、だらしない服装を見せてないから、違うと言えばそうなのかもな。
一先ず、先生にロールケーキは奢ってもらい、コンビニを出る。
「ありがとうございました」
「私の身勝手な押しつけだから、お礼はいいわよ。本当……まさか生徒に合うなんて。でも相手があなたでまだよかったわ。他の人だったら死を選ぶ」
「そこまで思いつめなくてもいいのでは……? まあでも意外でしたよ。先生もそういう格好するんですね」
「ずっときっちりした格好はさすがに疲れるわよ。それに前も言ったと思うけど、普段なんて他の人と大差ないわ。友瀬君だって、ゲームをしてる時はラフな格好してるでしょ?」
自分のゲームをしている時の格好を思いだして、「そうですね」と苦笑いした。
「だから私も、普通にこういう格好をするのよ」
「ゲームしてたのはわかりましたけど、さすがに外じゃ……」
「家は近いからいいのよ。さすがに友瀬君みたいに隣じゃないけど、向こう側にあるアパート」
道路を挟んだ向こう側には、集合住宅の大きいアパートが存在する。ほとんど真向かいだ。
「ほんとに近所ですね」むしろなんで今まで出会わなかったのか。
「まあそういうことだから、別に気取った服装じゃなくてもいいのよ」
「なるほど」
確かにこの距離なら、スウェットで出たくなる気持ちもわからなくない。
「それはそうと、友瀬君」
「はい?」
先生はチラチラと俺が持っている手提げ袋を見ている。
「その袋って」
「ああ、実はゲームソフト買ってきまして」
「やっぱり!」
いっきに目が輝きに満ちる。
「何を買ったの!?」
「先生にお勧めされた……」袋からソフトを取りしてパッケージを見せる。「これを」
「さすがよ友瀬君! 今日は徹夜かしら!?」
「平然とその言葉が出る辺り、やっぱり先生はゲーマーなんだなと思います。さすがにそんなことはしないですよ」
「そ、そうよね。ごめんなさい。私が高校の時は平然と徹夜をしていたものだから、同じ感覚で喋ってしまったわ」
昔っからゲームが好きだったんだな、この人。
「徹夜はしないですけど、明日一日はこれに費やそうかと思います」
「本当に面白いから、ぜひとも最後までやって!」
ずずい、っと寄ってくるので、身を引きつつも「善処します」と応える。
「と、引き止めてごめんなさい。帰るところだったわよね」
「近いから大丈夫ですよ」
俺は自転車の鍵を開けて、サイドスタンを蹴り上げる。先生の住んでいるアパートに行くには、交差点のほうを超える必要があるので、必然的に俺の住んでいるマンションを通り過ぎる。
なので俺達は、玄関口までの短い距離を、一緒に歩くことにした。
「今日はお出かけしてたのね」
「ええ。鹿嶋に連れ出されまして」
「鹿嶋さんに? もしかしなくても、そういう関係なの?」
「違いますよ。ただの友達です」
「なら別にいいけれど。節度ある交際関係をね」
「だから付き合ってないですって」
今日は擬似的に彼氏彼女の関係ではあったけど、本当に付き合った訳じゃない。それに俺の中では、やっぱり鹿嶋は気の合う友達だ。
「高校の時に、ちゃんとした恋愛はしておいて損はないわよ?」
「それは、人生の先輩としての忠告ですか?」
「そんなところ。後悔だけはしないようにね」
「忠告痛み入ります」
「……それと」
「はい?」
先生は少し俯きがちに、「こないだはごめんなさい。ちゃんと言わないとと思って」と誤ってきた。
こないだ……? ああ、過剰反応のことか。思い出すだけでも恥ずかしいな。
「いえ。あれは先生のせいではないですよ。見とれていたのは……確かな事実ですし」
「そうなの?」
「先生、顔は綺麗ですからね」
「なんだか、前も言われたわね、それ」
たった3日ほど前のことだけど、どこか懐かしさを感じる。
そういえば、そんなことも言ったな。今思うと、よくもまあ言えたものだ。今だったら、変に意識して言えないだろうな。そう思えるくらいには、先生との距離が縮まったってことか。
「ともかく。気にしてないですから」
「そう。ならいいの。それじゃあ私は」
「はい。お休みなさい」
「お休みなさい。友瀬君」
先生は手を振りながら去っていく。俺はその姿を見ながら、自然とほくそ笑んでいた。
背を向けて歩いてく先生の背中を追いながら、ふと考える。
もし先生が俺と同い年だったら、どうだったのかな? もしかしたらいい友達になれたのかもな。それに……。
「……馬鹿なこと考えんなって話だな」
遠くの方で横断歩道を渡る先生を見送り、俺はマンションの駐輪場に向かうのだった。
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