ジャンルによって好きかどうかは人それぞれ

 昼休み。今日もイベントの周回のために、特別校舎の屋上に続く扉の手前に陣取り、スマホ片手に弁当を広げる。

 本日の献立は焼鮭に、いんげんの和え物、だし巻き卵、ここにきゅうりの浅漬とか味噌汁が追加されれば焼き魚定食になりそうなおかずのラインナップだ。焼鮭は今朝の朝ごはんの時に一緒に焼いたものだ。今日はかなり上手く焼き色を付けれたので、満足のいくものになっている。


「いただきます」


 きちんと手と手を合わせて挨拶をして、ご飯を食べる。まずはこの焼鮭。いただきます……。


 ほぐしてから、一口食べる。


「うまい!」


 まあ鮭自体がいいものだから、普通に焼いても美味しいんですけどね。この目利きも、さすが親父だよな。見習いてぇ。

 マジマジと鮭を箸で持って見つめていると、「急に大きな声出してどうしたの? というか、今日もいるのね」と、真波先生がランチパック片手にやって来る。


「あっ、先生。いや~、この鮭が美味しくて」

「へ~。秋鮭?」

「ですね」

「結構豪勢ね」

「そうですか?」


 先生が俺の弁当のおかずを覗き込みながらそういった。昔からこんな感じだからなんとも思ってないが、見る人が見たら豪華なおかずなのだろうか。


「先生は今日も菓子パンですか?」

「ま……まあね」


 視線を反らしながら、奥の方に入っていき腰を落ち着かせる。ビリッ、と袋を開けて、スマホを片手にモソモソと食べ始めた。


「どれくらい稼いでます? コイン」やっているゲームは一緒なので、イベントで獲得する、景品交換用のコインのことを尋ねる。

「厳密にはわからないけど、刀限凸、アルカナ三つは確保してる」

「ヤバ。一個2万とかですよね」

「まあね。でも総合値の底上げをしないといけないから、仕方ないのよ」

「だとしても、飽きませんか?」

「飽きてからが、作業ゲーの本領発揮でしょう」

「確かに……」


 けど俺、作業ゲーってどうにも苦手なんだよな~。ずっと同じものを延々と繰り返す。それになんの面白味を見い出せばいいのかわからない。確かに達成感はあるだろうが、できることならもうちょっと効率よくいきたいものだ。


「先生って、作業ゲーとかやるんですか?」

「マイ○ラだったら結構好きよ。TT作って素材を自動的に回収するのにはまってたし」

「TT?」

「トラップタワー」

「あー……」

「友瀬君は、マイ○ラとかはしないの?」

「実は、一度もやったことはないんですよね。やるのはもっぱらRPGとかアクションゲームとか。任○堂にはお世話になってます」

「RPGか~。最近やってないな~」

「先生は、基本どんなゲームするんですか?」


 真波先生は、首をかしげて考えてから「一番はFPSだな~」と答える。


 ファーストパーソン・シューティング。略してFPS。主に主人公本人の視点で、ゲーム中の世界や空間を任意に移動し、武器や素手などで戦うアクションゲーム。基本は銃を片手に相手を攻撃するシューティングゲームで、現実でいうサバゲーをゲームの中に落とし込んだものだ。高い操作性や細かくデザインされた銃などに惚れ込み、FPSの扉を開く人は結構いると聞く。ただ俺は、シューティングそのものがあまり得意ではないので、FPSも任○堂が出している、某人型のイカがインクを打ち合うゲームしかしたことがない。

 なんだか苦手意識というか、FPSの主流はオンラインでのオープンスペースで乱闘になるので、難しいというのもあるし。


「俺、FPS得意じゃないんですよね」

「嫌いなの?」

「嫌いという訳じゃないんですけど。あんな軽快に動けないといいますか。そもそもイカ以外持ってないんですよね」

「えっ、バトル○ィールドとかやったことないの?」

「実はからっきしで。面白いんですか?」

「面白いに決まってるでしょ?」


 ジロリと、先生の鋭い視線が突き刺さる。


「FPSの良いところは、戦場の臨場感や空気感を味わえるところ。それと自分が操作してるっていう気持ちよさよね。戦闘機にのって銃を乱射するのって、それはもう気持ちいのよ。あと音。最近のゲームは音のこだわりが凄いの。銃の音って聞いてるだけでワクワクするんだけど、あの音を聞いてると撃ってる~って感じるのよね。それとね。走ってる時の息遣いとかもこだわりを感じるの。それと映像が本当にリアル。もはやこれは映画なのではと思うグラフィックに、細部までこだわり抜いたフィールド。FPSのリアイリティを追求したものは本当に面白いわ」


 ゲーム好きあるあるの、話したら止まらなくなる現状。スマホの操作がおざなりになっているのにも構わず、先生は少し興奮気味に捲し立てていた。

 俺は若干引き気味になりながらも、嬉しそうに話す先生を見つめた。はっ。と我に帰った先生は、恥ずかしそうに顔をそむける。普段の綺麗めの印象からは想像もできない、可愛らしい仕草だ。

 って、何ほっこりしてるんだ俺は。


「ごめんなさい。語りすぎたわ」

「いや、俺もたまになるので。好きなゲームって共有できると楽しいですよね」


 最大限のフォローのつもりだったが、「教え子にフォローされてしまった……」と、逆に先生は申し訳無さそうな顔をしている。


「女性でFPSが好きって人、そんないないのよ。だけど私、男の人にゲーム友達もいないから、久しぶりに喋ったらついテンションが上ってしまったわ」

「まあ。先生がゲーム好きっていうのに、ちょっと違和感覚えますからね」

「私、そんなに遊ぶイメージないのかしら?」

「なんていうか、優雅な休日を過ごしてそうなイメージならありましたね。それらしいシックなお部屋で、猫を膝に乗せながら、紅茶をお供に読書するみたいな」

「私にどんなイメージを持ってるのよ。世の中、本当にそんなことする人間いないでしょ?」


 確かに。現実にそんなことする人がいるとは考えづらい。紅茶をお供に読書するぐらいが関の山だろう。


「私の休日なんて、あなたと大差ないわよ。家に引きこもってゲームをする。それが一番楽しい休日の過ごし方。皆のイメージとは大きく異なるわ」

「FPSですか?」

「FPS」


 本当に好きなんだな、FPSゲーム。


「そういう友瀬君は? 休日にどんなゲームしてるの?」

「俺ですか?」


 最近は何してるだろ? ニ○アはほぼ終わらせちゃったし、モン○ンも最近飽きて来ちゃったんだよな~。やれることはいっぱいあるんだけど、基本マルチにいかないからソロ狩りだし、そもそもマルチにするためのネット料金馬鹿にならないし。やっぱりそこらへんは任◯堂優遇してるよな。いずれ有料になるとはいえ。


「やっぱイカやってます」

「皆好きよね、あのゲーム。煽りがウザすぎて私はあまりやらないけど」


 先生の口からウザいが聞けるとは思ってなかった。意外と言葉遣い荒いよなこの人。


「ウデマエいくつですか?」

「S+20。エリアだけだけど。あとは全部S+5~10」

「ふっつうに強い」俺なんてつい先日S+に昇格したばっかなのに、しかもエリアだけ。

「そうかしら? 立ち回りさえちゃんとしてれば、いけなくないレベルだと思うわよ?」


 その立ち回りが難しいって話だと思うんですが。

 やっぱりFPSで培った経験則に基づくものなんだろう。もし先生が相手になったら、きっと俺は勝てないだろうな。


「ちなみに武器は?」

「ハイドラ」

「またピーキーなものを」


 超射程武器。近づく前に殺されそう。


「けど強いのよ? 立ち回りさえちゃんとしてれば、どんな武器にも劣らないわ」

「だとしても、かなりマイナーなところ攻めますよね。普通にシューターとかでもいいじゃないですか」

「私、マイナーな武器で勝ちにいきたいタイプなの」


 いるよね、そういう天の邪鬼タイプ。わざわざ難しい武器極めようとするドMプレイヤー。まさか先生がその部類だとは。


「先生。大乱闘ではなに使います?」

「えっ? ガノ○ドロフ」

「なんでわざわざ重量級を」

「一発で倒す時の快感がいいのよ。それに弱攻撃とかを駆使すればガノ○でも充分トップは狙えるわ」

「結構先生ってゲーマーですよね」

「……好きなんだからいいでしょ?」


 眉を顰めて拗ねたように俺を見る。

 普段見せないような表情に、グッ、と心臓を鷲掴みにされた気分だ。綺麗めの人がこういう可愛らしい表情見せるのって、本当に反則だよな。そういうギャップ見せられると、別に好きでもないのにもう先生のこと好きになりそうで怖い。たぶん、ないとは思うけど。

 表面上平静を装いつつ、「まあ人それぞれですよね」と適当に流す。


「そうだ友瀬君。また共闘入ってもらっていい?」

「いいですよ。でもこないだフレンド報酬のところ終わらせたんじゃ……」

「ノーマルやってなかったじゃない」

「ああ、なるほど」


 クエストにはハードとノーマルと難易度があり。その難易度ごとにフレンド報酬が設定されている。昨日はハードを中心に回って報酬を集めたので、ノーマルのほうはまだ手付かずだ。


「じゃあやりましょうか。AP回復させときます」

「ありがとう。さて私も……おっと、メール」


 先生はメールを開いて、内容を確認した後に、「あっ……」と言葉を漏らした。


「どうかしましたか?」

「ごめん。呼び出し」

「呼び出し? 先生でも呼び出しとかあるんですか?」

「私は初めてだけど、たぶん緊急で話したいことがあるんじゃないかしら」

「へ~。先生も大変ですね」

「あなたも社会人になればそうなるわよ」

 先生は菓子パンの入った袋を持って、スマホはスーツのポケットにしまう。

「悪いけど戻るわ。共闘は明日でいい?」

「むしろ、明日も来るんですか?」

「貴重な顔のわれてるフレンドだもの。逃さないわよ。それじゃ」


 パタパタと早足で階段を降りる先生の後ろ姿を見送る。


「逃さない……か」


 ちょっと、言い方がエロいと思ったのは、俺の心が穢れているからだろうか。それとも、美人の先生に言われたい欲求でもあるのだろうか。わからないけど、ちょっと興奮した。

 自分の中に眠っていた新たな性癖が、表面上に現れたような気がした。


 ~~~


 普段よりも少しだけ早く教室に戻る。教室に戻る間、今日先生が見せたギャップというなの、強烈な魅力が頭から離れずにいた。頬は熱を帯びて、思い出すたびににやけそうだ。端からみたら変な人に思われるので、教室に付く前に顔を戻そうと強張った顔つきになる。

 教室の前まで戻ってくると、丁度教室から出てくる鹿嶋と出くわす。


「おや、怖い顔。今日は少し早いね。ゲームはいいの?」

「一先ず終了。飲み物?」

「うん。下の自販機」

「ついてく」

「あら珍しい」

「熱冷ましも兼ねてかな。弁当だけ置かせて」

「? はいよ」


 サッと自分の机の上に弁当の包を置いて、鹿嶋のところに戻る。


「財布は?」

「お札入れと小銭入れは常にケータイしてるよ。ブレザーに入ってる」

「分けてるんだ。けど……友瀬、電車だよね?」

「定期入れにもなってるのさ」


 ブレザーの内ポケットから、小銭入れ兼定期入れになる革財布を見せる。お札を入れられるスペースがないだけの、二つ折りの財布だ。


「んでこっちがお札入れ」


 別側の内ポケットから、二つ折りの革財布を取り出す。折り曲げる部分にお札をまとめるための止め具がある、シンプルなものだ。


「ふ~ん。わざわざ分ける必要あるの?」


 もっともな質問だが、あえて答えるとすれば、特にはないかな。としか言えない。

 ぶっちゃけ一個に纏まってた方が楽。けどあまりお金を持ち歩かないような人には、こういうふうに分けた方が良い時もある。財布って嵩張るし、常に持ち歩くなら小さい方が助かるのは事実だ。


「まあ利点はあるよ。あるけどあんま関係ないかな」

「関係ないのに分けるの? 面白いね」

「そうか? かっこいいだろ?」

「男子のそういうところ、よくわからないね~」


 別にわかって欲しいとは思っとらんよ。なんとなくかっこいいを求めるのは、男子の生体なんだから。


「そういえば、熱冷ましって何?」

「ああ……まあちょっと。熱に侵されてね」


 それもずいぶんと強烈な。深く知り合えなかったら、一生気づくことのなかった熱。


「お前と何気ない会話をすることで、整合性をとっているのだよ」

「よくわからないけど、私としては嫌な利用のされかたされてるよね?」

「そんなことはない。俺にとってお前は、隣にいて落ち着く人だよ」


 ギャップに殺されることもないし、美人すぎて顔を直視できない訳じゃない。まあ女子のレベルとしては高いと思うが、性格がちょっと残念だしな。


「そうか……ならいい」


 どこか満足そうな微笑みを見せる鹿嶋。そこで笑うのはよくわからん。けれどまあ、おかげで俺は落ち着いた。強張った顔が、元に戻ってるからな。

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