先生がゲーム好きなことを俺だけが知っている

滝皐(牛飼)

俺と先生の一週間

フレンド申請をしようとしたらすでにフレンドってあるよね

 欠伸がでる。

 学校につくまでの登校時間、俺はスマホを片手に歩いていた。

 普通に考えて、ながら歩きで違法行為なんだけど、こんな日ぐらいは許してほしい。何故かって?

 ソシャゲのイベント後一週間なんだ。


 もはや何度やったかわからないクエスト。オートシステムのお陰で、俺はたまに確認する程度で、基本画面を見ずに歩いている。なので言い訳というか揚げ足というか、厳密には画面見ながら歩いている訳じゃないので、多目に見て欲しいというのが本音だ。

 けどたまに、本当にたまに武器の羅列が悪くて打ち損じ、ボスで手間取ることがあるので、そういう時はオートを解除して自らキャラを操作しなくてはならない。といっても、武器スキルをコマンドから選択するだけだけどな。


 また欠伸が出た。昨日はこれとは違うゲームのイベントが忙しかったので、寝たのは夜の2時過ぎだ。かなり寝不足。普段なら12時に寝るのに、2時間も更新してしまった。この時間は大きい。

 だから俺は、さっきからずっと欠伸をしている。そして脳がちゃんと働いていないので、意識が散漫になっている。これでは授業どころではないので、学校についたら速攻缶コーヒーをきめねばなるまい。レッドブルとかあれば、それ飲んだんだけど、さすがに学校にはないからな。


 学校の校門が見えてきた。そろそろスマホしまわないとな。


 だいたいどこの学校も同じだと思うが、校則では学校内で有事の際以外の使用は禁止されている。もちろんそんなもの守ってる学生はいないけど、先生の前ではスマホは使わないようにしている。取り上げられるので。

 まあ見つからなかったら、何してもいいんだよ。見つからなけりゃ。


 スマホの画面を確認する。ボス戦まで来ているので、後数分もかからず終わるだろう。ちゃちゃっと俺がやってもいいが、ここまで来たらずっとオートでいいと思う。

 校門の前にたどり着く。そこでは一人の先生が、生徒一人一人と挨拶を交わしていた。服装チェックのために、先生が校門前に立っているのだ。先生は落ち着いた声色で普通に挨拶してるように見えるが、生徒たちは恐る恐るといった具合に挨拶を返している。

 俺は校門に立っている先生を見て、無意識に「うげ……」と声を漏らしていた。


 長く綺麗な赤茶色の髪に、整った顔立ち。しかし目付きがきついと感じるので、常に怒っているように見えるのがたまにきず。けして悪い人ではないが、色々の規則に厳しい俺のクラスの副担任。

 真波幸恵まなみゆきえ先生だ。


 きっちりとしたスーツに身を包み、通る生徒全員に挨拶をしながら、身だしなみについて注意をしている。皆、先生に何か言われるのが怖いのか、校門に差し掛かる前に身だしなみのチェックや、イヤホンやスマホなどの電子機器を見えないところにしまう。

 このままでは俺も注意を受けることになるので、仕方なくオートを解除してサクッとクエストをクリアした。後はアプリを落としてスマホをポッケにしまうだけなのだが……ここで問題が起こった。

 APが残ってしまっている。

 たいていソシャゲには、APと呼ばれるクエストをすると消費する体力があるのだが、それは時間がたつごとに上限まで回復していくのだ。

 俺が今やっているゲームは4分で1回復するタイプで、わりかし良心的な回復設定になっている。回復が早いということは、それだけ上限に達するのが早いと言うことなのだが。まあ今はそんなことが言いたいんじゃない。

 単純にAP残ってるの勿体ない。やるなら完全に使いきってしまってからアプリを閉じたい。

 なので俺は、校門の前で足を止めて、先生が見ている目の前でスマホを弄り続ける。時間はまだある。遅刻にはならないなら、1クエストぶんやってしまおう。


「……友瀬ともせ君」

「はい」


 他の生徒が横を通り過ぎるのをなんとなく感じながら、俺は画面に集中する。話しかけてくる先生の顔も見ない。


「よく私が見てる目の前でスマホを弄れるわね」

「いや~……ちょっとAP余っちゃったんで。後3分で終わらせますんで、ちょいと待っててください」

「そういう問題じゃないんだけど……あなた、私が見ててもなんとも思わないの?」

「えっ? ……先生は顔綺麗だな~……くらいですか?」


 適当に答えて、今のセクハラに入るのかな……? なんて考えるが、今はイベント方が忙しいので意識を割いてる場合ではない。スパイダーが固くて本当にうざい。


「先生をおちょくるのもいい加減にしなさい」

 別におちょくってるわけじゃないんですけど……。

「というか先生。ここは校外であって校舎の中じゃないので、入るまではスマホ弄ってて大丈夫ですよね?」

「そういうのを屁理屈と言うのだけど。わかってて言ってるわね」先生の声色が下がる。怒ってる声だこれ。

 本能的にやばいと感づいた俺は、「すみません。もう終わるんで本当に勘弁してください」と命乞いをする。


 すでにボスの体力は風前の灯火なのだ、あと数秒もあればクエストは終わる。


「今日のところは、あまりお小言は言わないけど、歩きながらスマホを弄るのはマナー違反よ。絶対にしないこと。いいわね?」

「はい」


 言い終わると同時に、クエスト達成し報酬を受けとる。すぐにアプリを閉じて、スマホをポッケに閉まった。先生もそれを見てから、俺の身だしなみをチェックする。俺は服装は崩してないので問題ないはずだが、先生に見られると背筋に悪寒が走る。単純にこの人の視線が怖い。


「よろしい」

「はい」


 ようやく検問を終えた俺は、疲労感を感じながらも校舎に向かった。




 自販機で缶コーヒーを購入して、飲みながら教室に入る。扉側の一番後ろが俺の席なので、入ってすぐに鞄を席の脇にかけ、俺は缶コーヒー片手に机に突っ伏した。


「どしたの友瀬ともせ? まるで飲んだくれのような姿だよ」


 俺が倒れるように突っ伏したを心配してか、隣の席の鹿嶋莉菜かしまりなが声をかけてくれた。俺は顔だけ彼女の方に向ける。

 ふんわりとしたミディアムショートの栗色の髪。優しげなタレ目をしているが、雰囲気が優しげなだけでこいつ自体はけして優しくはない。思ったことが口に出るので、意図せず人を傷つけることがあるのだ。


「別に飲んでねぇよ。コーヒー以外」

「コーヒーにアルコール成分なんて入ってたっけ?」

「カフェインしかねぇよ」

「それは知ってる。何? お疲れ?」

「校門で真波先生に捕まった」

「なるほど~」


 問題は真波先生に捕まったことではないが、朝から余計な体力を使ったのは事実だ。


「けど別に、それだけじゃないんでしょ? くま酷いよ? 寝不足?」

「まあな。勉強がな」


 さらっと嘘をつくが「どうせゲームしてたんでしょ?」と何故か見抜いてくる。こいつのこういう観察眼は、本当に苦手だ。

 反論ができずに黙っていると、「ギリギリまでゲームして注意されたとか?」と、まるで見てきたかのような口ぶりでそう言われた。


「なんでわかんだよ?」

「なんとなく? 友瀬よく先生の目を盗んでゲームしてるし。歩きながらやってるのかなって。でも危ないから、あんまやんない方がいいよ?」

「わかってるよ。事故だけは起こさない」

「ならいいけど。それにしても、真波先生だったのは災難だったね。あの人、真面目で規則に厳しいところあるし」

「知ってる。今日は見逃してくれたけど」

「校舎の外だったからでしょ?」

「なんでそこまでわかんの? 怖い」

「実は横を素通りしてました」

「マジか……」

「マジマジ」


 何だよカンニングかよ……。

 言い終わると同時に、鹿嶋は最初の授業の準備を始めた。時間を見ると、あとわずかでホームルームが始まる。俺も準備しなといけない

 缶コーヒーの中身を全て飲み干し、昼休みまで頑張るか。と気合いを入れ直した。


 ~~~


 昼休み。ようやく休み時間だが、俺に休んでるような時間は存在しない。弁当箱を持ち、特別教室が集まる校舎の、屋上に続く扉の前の少し広めのスペースに来る。

 ここは俺が見つけた、誰にも邪魔されないゲームスポットだ。

 教室だと、突然の教師の来訪に対応しないといけないし、他の奴等のが話しかけてきて集中できない。かといって外だと人目につくので、どこで誰が見てるかわからない。

 ここは特別教室が集まる校舎なので、昼休みに最上階付近をうろつくやつはまずいない。いるとしたら、密かに合挽きしてるカップルくらいだろう。まあ、俺はまだ会ったことないけどね。そういう噂があるくらいしかわからない。

 なのでここはお勧めスポットなのだ。静かにゲームをしたいときはここに来る。

 弁当を開き、ポータブルWi-Fiを起動してスマホを繋げる。アプリを開いて準備OK。よし!


 クエストを選択して、片手で回しながらオカズをつつく。今日の献立は唐揚げに卵焼き、ほうれん草のお浸しにカットトマト。ちょっと贅沢にしたかもしれないが、まあほとんど昨日の残り物だ。

 特に唐揚げは絶品。さすが親父が作っただけはある。俺もいずれはこの味を手にいれたい。


 俺の家は小料理屋を営んでいる。基本的に居酒屋に近い印象を受けるが、席数がそんなにないので、ドンチャン騒ぎをするようなところではない。

 その店の店主を勤めるのが、俺の親父だ。日本各地で料理の腕を磨き、俺が生まれる前にようやく店を出したと言っていた。親父の腕は確かなので、すぐに店は軌道に乗り、今ではミシュランにさえ手が届くところまで来てるらしい(親父が酒に酔いながら言ってたから、真偽はわからん)。


 唐揚げを味わいながら、米をかっこむ。肉の味が米に移って、口一杯に醤油ベースのタレが広がった。


 やっぱ美味いな~。


 満足感に浸っていると、コツコツと足音が聞こえてきた。


 誰か来たのか?


 音を警戒しつつも、手元ではスマホに弁当に忙しかった。しかし足音は遠ざかるどころか、近づいて来るように音を大きくさせている。というか、むしろ登って来てないか?

 顔だけ階段の下を覗きこむ。少しそうして待っていると、音の正体が姿を表した。それを見た瞬間、俺は「うげぇ……」と声を漏らした。


 上がってきた人と目が合う。本人も、まさか俺がここにいると思ってなかったのか、驚いている。


「どうしてここにいるの? 友瀬君」

「そういう真波先生も……」


 上ってきたのは、俺のクラスの副担任の真波先生だった。先生の手には、菓子パンとスマホが握られている。

 昼休みなんだろうな。


「先生が校舎でスマホ出してていいんですか?」


 今朝の仕返し……という訳じゃないが。純粋に、先生は休み時間にスマホ弄ってるんだな、ふ~ん。という、ちょっとした理不尽を指摘したにすぎない。

 先生もその意味を理解してか、スマホを体の後ろに隠したが、それは少し遅いだろう。


「一応、昼休憩中なの」

「俺もですよ」

「……」


 反論できずに視線をそらしている。すると先生は「一人でご飯?」と話題をそらして来た。まあ俺も、別に先生の揚げ足を取りたい訳じゃないので、「そうですよ」と返してあげる。


「というか、そういう先生もですよね?」

「……まあね」

「職員室で食べないんですか?」

「ちょっとね……」


 口ごもる先生に、もしかしてボッチなのでは? と妙な詮索をしてしまいそうになった。さすがに先生相手に、それは失礼すぎる。


「そういう友瀬君は、なんで一人なの?」

「ちょっと一人で集中してゲ……」


 そこまで言って、何を馬鹿正直にペラペラと喋ってるんだよ。と思い直す。


「ゲ……?」

「ゲ……」


 何かないか? と思考を巡らせる。げに続いて問題ないワード。生徒が言っても不振に思われない言葉。

 真波先生の顔が視界に止まる。あったわ。疑われず済ます方法。


「……現文の勉強を」


 真波先生の担当は現代文。先生の顔を見たから咄嗟に思い付いたが、これは上手い切り返しなのではなかろうか。現代文を教えてる先生に、現文の勉強してるって言えばポイント上がるし。

 俺の予想では、「偉いわね」くらいで済むものと思っていた。しかし俺は、真波先生という人をわかっていない。この人は真面目なのだ。だからこういう行動を取るのも、この人にとっては当たり前のことだった。


「なら教えてあげるわ」


 意欲のある生徒に勉強を教える。それは教師として当たり前のこと。普段そんなこと意識してないから、考えが及ばなかった。


「いや、自分でやりますよ」


 遠回しに断ったのだが、真波先生は「私が教えながらやった方が効率的よ」と、ツカツカと階段を登ってくる。


「本当、大丈夫ですよ?」

「何言ってるの。あなた現文の成績落ち気味なのを気にしてるんでしょ? 手伝ってあげるわ」


 成績が落ちたのは、テストの前日にちょっとゲームやってそのまま勉強を疎かにしてしまったせいです。本来だったらもう少し上狙えます。

 なんて言い訳をしたら、きっとどころか確実に怒られる。けどそうこうしてる内にもうすぐそこっていうか、すでに隣に……。


 登って来た先生は、広げられた弁当と、その隣に置かれたスマホに視線を移す。そして眉をしかめた。


「あなた……勉強は?」

「……」


 何も言えずに視線を下げる。勉強なんて嘘です。先生を遠ざけるためについた方便です。ごめんなさい。

 ていうか。校舎の中でスマホを弄ってたら、取り上げられる。今朝も注意を受けたし、もう逃れることはできないだろう。


 色々と諦めて、怒られるのを待っていると、「全く……」と言って、奥の方に入ってくる。


 怒らないの?


 不思議そうに先生を見てると、おもむろに生徒の目の前なのにスマホを弄り始めた。


 えっ? この人何してるの?


 先生の意図が全く読めない俺は、混乱しつつ先生を見る。するとスマホの画面を俺に見せてきた。そこには、今まさに俺がやっているスマホゲームのホーム画面が映っていた。


「私もそのゲームやってるの」

「えっ?」

「今イベント中で、私は今回報酬に出てる刀を限凸させたいの」

「はぁ……?」

「友瀬君は、なんで私が職員室じゃなくて、ここでお昼を食べるのか、疑問に思ってたわね」

「……はい」

「理由はこれよ。職員室でゲームなんてしてたら、他の教師に何言われるかわかったものじゃないわ。それに、生徒に規則だなんだって言ってるのに、教師がそれを守らないのは不公平だもの。だからこうやって、こっそりゲームをできるところを探してたの」


 俺とは少し違った理由だが、おおむねは一緒だった。学校でゲームをするために、誰にも見つからない場所を探してた。


「まさか、君がいるとは思わなかったけど」

「……えっ。先生ってもしかしなくても、ゲームする人なんですか?」


 状況の整理のためにそう訪ねると、先生は「そうだけど?」と、さも当たり前かのように答えた。


 衝撃の事実になんて答えたものかわからず、何かを言いかけては止めて、頭に手を当てて考えて、それでも何も言葉がでなくて、「え~……」とまの抜けた声が漏れ出た。


「私も本来は、ここでゲームをやりに来たの。友瀬君と一緒よ」

「なるほど……なるほど?」

「どうしたの?」

「いや、真波先生が規律を破ってるのが信じられなくて、頭が混乱してます」

「私だって人間なんだから、完璧なわけじゃないわよ」


 そりゃあそうだろうけど、でもなんていうか、キャラじゃないというか。ゲームなんてやる意味ありません。とか思ってるとばかり……。

 人は見かけによらないということなのだろう。これほど衝撃をうけたことは、今のところ初めてだけど。


「私もスマホを弄ってる訳だし、あなたのスマホは取り上げないわ。そんなことしたら、イベント進められないでしょ?」

「ありがとう……ございます」


 自分も罪を犯してるので、同じ人は見逃します。ということなんだろう。嬉しいけど、それでいいのか? とも思ってしまう。ただまあ、見逃してくれるならありがたい。

 けど……。


 チラリと、隣で菓子パンを食べる先生を見やる。こうして隣でゲームしてる姿は新鮮なのだが、先生の隣でゲームをするのが、少し居心地が悪い。何も会話がないのが、特にそう思わせる。

 何か話題を提供しないと。


 弁当を食べながら、「先生は……」と言葉を探す。


「ん?」

「先生は、このゲーム長いんですか?」


 俺はリリース当初からこのゲームをやっているが、流行り始めたのはつい最近やったコラボイベントからだ。制作会社が同じということから、有名なゲームとのコラボが決まり、かなりのユーザーを抱き込んだのだ。なのでリリース当初組は、実はそこまでいない。

 その自慢をする。という訳じゃないが、話題の提供としては申し分ないだろう。


「私はリリース当初からやってるわよ」

「えっ、一緒だ。珍しい」

「友瀬君も? リリース組は珍しいわね」

「コラボ以降の人が多いですからね。あれ、どこまでやりました?」

「コラボ?」

「はい」

「ハード以降も全部。ボスの物理固くて、結構手間取ったわ」

「ああ、確かに。俺は魔法だったんでなんとも思わなかったですけど、剣の通りが悪かったですね」

「友瀬君は、魔法武器主体?」

「ガチャでめっちゃ弓出るんですよ。かわりに物理がボロッボロで、ゴースト相手が本当に苦戦します」

「あいつ魔法防御高いもんね。ゲリラ回すの面倒でしょ」

「そうなんですよ。さすがにもう一撃で落とせますけど」

「魔法で?」

「魔法で」

「総合値いくつなの?」

「今は17万くらいですね」

「魔法でそれは凄いわね」


 なんか思ってた以上に会話が弾んだ。やっぱり同じゲームをやっているだけはあるな。

 丁度クエストも終わったところで、APの回復をしないといけなくなった。一先ずチケットは使わずに、自分の装備セットを呼び出し、先生にその画面を見せる。


「俺の最強はこんな感じです」


 先生は片耳に髪をかけて、俺のスマホを覗き込んでくる。


 しまった。近い。


 ナチュラルに見るよう促したのは俺なんだけど、真波先生のような綺麗な女性の顔が近くにあると、どぎまぎしてしまう。

 というか、さっきからすげー良い匂いがするんですが。頭溶けそう。まつげ長。口ちっさ。改めてちゃん見ると、真波先生美人すぎる。やばい……心臓の音煩くなってきた。


 先生はスライドしながら俺の武器をチェックしていき、防具、召喚獣までも確認して「それでも混合なのね」と呟いた。


「弓オンリーじゃないのね」

「ああ、さすがに個数が足りないですかね。それでも10個はレジェ武器なんで。弓が一番強いんですよ」


 スマホを引き寄せて、早まった心臓を抑える。

 何を緊張してるんだよ俺は。同級生とだって至近距離で話すことあるし、それと同じだろ今のだって。

 誰に言い訳をしているのかよくわからないが、何故か心の中で先生にときめいてしまったことを否定した。


「私はこんな感じ」


 先生も自分のスマホの画面を見せてくるので、距離を保ちつつ画面を覗く。スライドしてチェックしていき、俺とは真逆の武器構成に羨ましく思った。


「こんだけ剣あるのズルいですよ」

「私から言わせれば、それだけ弓が揃ってるのはズルいんだけど」


 ゲームにありがちな、隣の芝生は青い理論である。スマホゲームはガチャ依存のゲームが多いし、こればかりは仕方がないけど。やっぱり物理強いの羨ましいな。


「しかも属性が火に偏ってるじゃないですか」見た限りコマンドが真っ赤だ。

 先生は「そうなのよ」と激しく同意をしてくる。


「どうしても出るもの出るもの火ばっかで、水属性相手が本当に億劫。風なんて全く出ないから、総合値2万ぐらい下がるのよ」


 ああその気持よくわかる~。俺も水主体になることが多いから、風属性相手だと火が足りなすぎて相手するのが億劫なんだよな~。


「スマホごとに偏りってありますよね」

「あるわね。他のゲームでもそうなんだから、まず間違いなくあるわ」

「俺も火が欲しいです」

「私は風が欲しい」


 お互い遠い目をする。願った所で望んだ武器は出てこない。それが現実だとわかっているけどね。


「そういえば先生。どれくらい進んでるんですか?」

「今のイベント?」

「はい」

「あなたみたいに、登校時間まで使って回すほど余裕がないわけじゃないけど」

「その節はすみませんでした」

「歩きスマホだけは本当に危ないから止めなさいね」

「はい」

「で、焦ってるわけじゃないけど、フレンドとの共闘で貰える報酬あるじゃない? 今回」

「ああ、ミッションの」

「私のフレンドさん、私がやるときに入ってないのよね。ゲリラの時はいるんだけど」


 ああ、あるあるだなそれ。俺も入ってる時、フレンドさんがなかなか見つからなくて困ったことがある。ゲリラだとすぐ見つかるのに。


「よければ今一緒にやりましょうよ。ずっと最終だけ回すことになりますけど」

「いい? 知り合いにフレンドがいると助かるわ」


 ユーザー画面を開いて、IDを見せる。先生はそのIDを検索して、俺のアカウントにフレンド申請を出した。


「……ん? あれ?」

「どうかしました?」

「申請がいかないっていうか……もうフレンドになってる?」

「えっ? 先生名前なんですか?」

「ローマ字でyukie」

「yukieって……なんか聞いたことが」


 記憶を巡らせる。yukieという名前にとても身近なものを感じた。というのも当たり前だろう。だって毎日、ゲリラで一緒になっているから。


「俺、ともだちって名前なんですけど」

「ともだち……」


 突然先生がぎょっとした顔で俺を見る。


「……世間って狭いわね」

「……ですね」


 俺と先生はすでにフレンドだった。しかも相当初期からずっとフレンドで、毎朝のゲリラクエストには、必ずどちらかがどちからのクエストにお邪魔する。そんなことを繰り返していたら、いつの間にかチャットで話すような間柄になり、今に至る。


 一応、チャットでのやりとりは最大限気を使って話していたので、印象は悪くないだろうが気まずい。先生も同じなのか、顔に手をやって項垂れている。


「……一先ず、共闘やりましょう!」

「……そうね!」


 気まずさはゲームで払拭する。微妙な関係でも、一緒にゲームをすれば仲良くなれるのがゲームのいいところだ! たまに例外はあるけれど!

 それから俺たちは、ご飯を食べながら時間一杯まで共闘を繰り返した。


 ~~~


 予鈴がなる。あと10分もすれば、午後の授業が始まる。確か次って、現文だよな。


「ごめん友瀬君。私準備があるから急ぐわ」

「あ、はい」

「くれぐれも。ここでのことは内密に」

 くれぐれも。の部分を強調して念を押してくる。

「わかってますよ」

「ならいいわ。じゃあまた教室で」

「はーい」


 先生は世話しなく階段を下りていく。急いではいるが走ってはいない。やはりそこら辺の決まりはちゃんと守るんだな、さすが先生。


 俺も片付けた弁当を手に、階段を下りる。戦利品の整理や回収をしながら降りていると、「あっ」と思い出してすぐアプリを閉じた。


「歩きスマホはダメだよな」


 先生に言われたことだ。




 教室に戻って、教材の準備をする。すると鹿嶋から、「次、現文だね」と話しかけられた。


「そうだな」

「ご飯食べた後って眠くなるし、さらに現文って、結構地獄だよね」

「確かに、睡魔が襲ってくるよな」

「しかも相手は真波先生だし。迂闊に寝れないからね。こういうときだけは、他の先生がよかったって思うな」

「……俺は、真波先生のことは嫌いじゃないよ。教えるの上手いし」

「……ほう」

「なんだよ……?」


 鹿嶋は「いやいや別に?」とどこか不服そうな顔をする。何か変なこと言ったかな?


「真波先生美人さんだもんね。男としては、やっぱり美人の先生に手取り足取り教えて貰うほうがいいよね~」

「なんだかトゲのある言い方だな。別にそういうことじゃねぇよ。美人なのは認めるけど」

「認めるんだね」

「あの人の顔が間近に迫ったら、心臓爆発すると思う」というか、実際に危険信号が出たし。

「ふーん……」


 鹿嶋は面白くなさそうに聞き流すと、無言で教科書とノートを開く。


「友瀬さあ」

「ん?」

「あんま女子の前で、真波先生褒めるのは止めた方がいいかもよ?」

「はっ? なんで?」

「ただの忠告」

「……わかった」


 その忠告に一体どんな意味があるのかはわからなかったが、鹿嶋の言うことなので、素直に従っておこう。こいつは妙に観察力があるから、忠告を聞くと結構当たるのだ。


 授業開始の鐘がなる一分前。ようやく真波先生がやって来る。今まで談笑していた人は声を潜め、席から離れていた人は自分の席に戻る。皆、真波先生に怒られたくないからだ。

 凛とした立ち姿。スタイルがいいので立っているだけで様になる。やっぱり美人だよな。この人。

 心の中で呟いて、さっきの姿を思い浮かべる。こんな美人な先生が、昼休みに床に座って、スマホの画面をジッと見つめてゲームをしている。今との落差がありすぎて、ちょっと笑えてきた。もし先生のそんな姿を知ったら、皆はどんな反応するのかな……なんて思うけど、口には出さない。だって約束したからな。


 あの場での出来事は、内密に。俺と先生だけの、秘密なのだから。

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