書類の片付けと幼なじみ

 おかげさまで、って誰のおかげでもないけど遅刻せずに済んだ。でもまた遅刻の危機が迫っている。私というか彩というか書類というか。つまりは文化祭の企画書がなかなか終わらない。おかげさまで彩と仲良く居残りするはめになった。締め切りは六時で、今は五時四十分。書くべき内容は今日の五限にあったロングホームルームで大体決まっていたけど、内容がなんとも無茶すぎる。

「もー、なんなのさ、迷路でマリオでパイ投げって!」

 叫びながら私は机に突っ伏した。話し合いの結果決まったのは「迷路」、テーマは「マリオ」、「最後はパイ投げで!」だった。何となく分かるけど分からない。ナイスミドルなおじさまは好きだけど、彼はジャンプと炎で戦ってパイ投げなんてしないはず。そもそもパイ投げたらもったいないじゃん。

「まあ適当に書けばいいじゃん。どうせ実際に決めるのはまだあとなんだし」

「そうだけどさー……」

 やっぱり決めるからにはちゃんと決めたい。それに、適当なことを書いたら朝霧先輩に怒られそうだ。

「ねえそら、時間ないんだからさ。とりあえずクリとカメが襲ってくればいいんでしょ?」

「うーん、じゃあ挑戦者には赤い帽子とか配る?」

「それいいじゃん!」

 とりあえず思いついたことを企画書に書き連ねていく。挑戦者は赤い帽子をかぶって、赤いボールで戦って、敵はクリとかカメとかで、最後のボス戦でパイ投げ。

「よし、だいたい決まり!」

 やっと企画書が終わって、時計に目をやると六時五分。締め切りも六時。時間厳守。

「やばいよ彩!」

「うわ、遅刻じゃん!」

 企画書をひっつかみ走り出す。階段を駆け下り、部活が終わり帰り支度をする人たちの横を全速力で通り過ぎて、生徒会室に突進する。

「すみません遅れました!」

「遅い。お前達が最後だぞ」

 彩と二人で頭を下げると、追い打ちをかけられた。謝ったのにひどい。

 すみません、ともう一度言ってから頭を上げると、相変わらずお美しい朝霧先輩が意外と近くにいた。何かと思えば、私の手にある企画書を受け取るためだったらしい。企画書を渡すと、朝霧先輩は眉を寄せながら目を通す。

「不備はないみたいだな」

 その言葉に、彩と二人で胸をなで下ろす。朝霧先輩は企画書を机の上に置き、私たちを一睨みした。

「ちょうどいい、書類まとめを手伝ってくれ」

「えっ」

「この後予定があるのか?」

 生徒会室は至る所に書類が散らばっている。彩の顔を見ると悲しそうに首を振った。私だって予定があるはずもない。

「ありません……」

 元々遅れてきた私たちが悪いんだから仕方ない、覚悟を決めよう。

「まず書類を一カ所に集めてくれ」

 それだけ言うと朝霧先輩は近くの書類から集めていく。遅れて私たちもそれに倣った。それにしても多い。ちらと目を通しただけでも全部必要な書類に見えるのに多い。それに、生徒会役員って結構多いはずなのに少しは片付けようとしないんだろうか。あれ、そういえば生徒会の人がいない。

 生徒会室をぐるりと見回しても、私と彩と朝霧先輩しかいない。

「あの、他の生徒会の人はいないんですか?」

「体育祭の準備だ」

 疑問を口にしたらとても簡潔に返された。そういえば文化祭の企画書に追われて忘れてたけど、二ヶ月後には体育祭があるんだった。なるほど、人がいないわけだ。

「部活で忙しいヤツもいるし、五月は毎年人が足りないんだ」

「そう、なんですか」

 もしかして、朝霧先輩ちょっと疲れてる?

「何か、大変そうですね」

 腕いっぱいに抱えた書類を机に置きながら彩が言う。その隣にさらに多くの書類を積み上げて、朝霧先輩はため息をついた。

「まったくだ。時間厳守と言ったのに守らない団体もいるしな」

「う……すみません」

 だから手伝ってるんじゃないか、という言葉は飲み込んでおいた。それきり部屋には静寂が降りる。なんだか気まずいのは私だけだろうか。誰か何か話してくれ、と願ってみたら、扉が開いた。

「よう智樹。元気かー?」

 無駄に明るい挨拶で入ってきたのは、忘れもしないあのサッカー部。もとい海道直斗。何やら朝霧先輩を呼び捨てにしているところを見ると、二人は仲が良いらしい。

「直斗か……何の用だ。暇なら片付けを手伝え」

 一方の朝霧先輩はご機嫌斜めだ。仲良くないんだろうか。でも下の名前で呼んでるし、仲良いんだろうか。

「いや、ただ寄ってみただけ。あ、そらちゃんもいるじゃん!」

 うげ、見つかった。何が嬉しいのか笑顔で私に近寄る。

「こ、こんにちは、海道先輩」

「覚えててくれたんだ!」

 唐突に喜びだすし。そりゃ覚えますよ、あんなキャーキャーされてたら。内心げんなりする私を彩が肘で突っついた。

「ちょっとそら、海道先輩と知り合いなの?」

「えーと、知り合いというか何というか」

「俺とそらちゃんは深い仲さ!」

「違う!」

 思わず全力で突っ込みを入れる。先輩相手だけどまあいいや。むしろ彩を混乱させていることに対して謝りたい。

「……知り合い、なの?」

「まあ、そんな感じ」

「えー」

 後ろで不満そうな声を上げる人はとりあえず無視。先輩だけど気にしない。

「直斗、天音が困ってるだろ」

「何だよー、まさかそらちゃん狙ってるのか?」

「そら、あんたまさか朝霧先輩とも知り合いなの!」

「え、ちょ、ちょっと待って」

 一度に二人が話すと訳がわからなくなる。でもこの場合私に向けて話したのは彩だけだから、あれ、混乱する必要ないような。

「えっと、多分この間の会議で覚えてくれたんだと思うけど」

「ああ、そら爆睡してたもんね……」

「う、まあ、過ぎたことは忘れようよ」

 そっか、寝てたから名前を覚えられてたのか。今考えると、初めての会議で寝るってのはさすがにまずかったかなー……。まさか朝霧先輩、そのことで怒って書類の片付けとかやらせてる?

 ちらと朝霧先輩を見たら、首をかしげた海道先輩と目があった。頭が傾いたまま、海道先輩は口を開く。

「そらちゃんと智樹って、もっと前からの知り合いじゃなかったのか?」

「えっ?」

 もっと前からの知り合い? でも、小学校にも中学校にも朝霧先輩はいなかったし……そもそも、こんなキレイな人見たら忘れないだろうし。

「俺はこの間智樹から聞いたんだけど――」

「直斗」

 朝霧先輩に睨まれて海道先輩は口を閉じた。小学校じゃなかったら幼稚園、いやもっと前? キレイな顔した知り合い――

 ――いた。

「ともにーちゃん!?」

 思わず叫ぶと、朝霧先輩は苦い顔をした。

「やっぱり気付いてなかったのか……」

「なになに、そら、やっぱ知り合いなの?」

 彩の顔は期待に輝いている。その期待を裏切る理由もなく、私は彩に一通り説明した。

 私が幼稚園に入る少し前のこと、おばあちゃんの家に遊びに行くたびに相手をしてくれる人がいた。それがおばあちゃんの家の隣に住んでいたともにーちゃんで朝霧先輩なわけで、私は本名を知らなかった。幼稚園に入るとおばあちゃんの家に行く機会も減って、それきり会わなくなってしまった。説明を終えると、彩はすっかり妄想の世界に入ってしまったみたいだ。

「すてき……」

「おーい、彩?」

 ちなみに、幼なじみでありがちな「私将来はともにーちゃんのお嫁さんになる」的発言は一切ありません。あしからず。とか言っても彩は納得しないんだろうな……。

「彩、大丈夫?」

「大丈夫!」

 何故か彩は元気いっぱい。嫌な予感がする。

「それより私、荷物とってくるね! もうすぐホームルーム棟閉鎖されちゃうし!」

「え」

 彩がそんなことを言いだした途端、校内放送が鳴りだした。間もなく下校の時刻です、とか何とか。時計を見ると六時二十分。六時半になると、ホームルーム棟とこの特別教室棟を繋ぐ通路が閉鎖され、その他もろもろの出入り口も閉鎖される。唯一閉鎖されないのは正門の反対側にあるゴミ捨て場につながる出入り口だけで、下校時刻より遅く学校に残りたい人は靴と荷物を持って特別教室棟に残り、帰るときはゴミ捨て場側から出て校舎の周りをぐるっと回らなければいけない。

 つまり、荷物を教室に置きっぱなしの私たちは靴と荷物をここに持ってこなくてはいけない。

「じゃあ行ってくるね!」

「待って彩、私も一緒に行くよ」

「大丈夫、海道先輩が一緒に来てくれるから」

「え、俺?」

 気持ちは嬉しいけど意図が見え見えだ。つまり私と朝霧先輩を二人っきりにしていいムードに、とか考えてるんだろうけどそうは問屋が卸さない。だって遊んでたの十年くらい前だし。好き合ってたわけじゃないし。それに巻き込まれた海道先輩も迷惑だろうに。いい気味……じゃなかった、申し訳ないなあ。

「ね、海道先輩?」

「……まあ、いいけど」

「よし、じゃあ行ってきます!」

 ああ、行っちゃった。あんなに元気な彩は初めて見たかもしれない。

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