第四章 4 辛い時ほど笑え

 体が動かない。痛みはもうない。


 前と同じ感覚じゃ。冷たくて……どんどん力が抜けていく。


「――龍之介!」

 ヘタがワシの体を揺り動かす。


「――すまんのう。どうやら……、これでお終いみたいじゃ」


 ワシには、もう何も残っとらん。血も……命も……


「馬鹿なこと言うなよ!」

 ヘタがワシの体を簡単に引き上げる。


 血の一滴も残っていないワシのこの体は、今のヘタでも持ち上げられるほど、空っ穴だ。


「お前のおかげでボク達はみんな助かったんだ! ここまでこれたんだ。お前のおかげで――」

 そう言ってワシの体に顔を埋める。


「これからなんだよ……死ぬなよ龍之介。ずっと側にいてくれ。お前が死んだら、ボクはダメなんだ――お前がいなきゃ、ボクは『ヘタレ』のままなんだ」


 ワシは前にヘタに言った。「ヘタレ」と――それをずいぶん気にしていたんじゃな。


「――そんなことなか」


 あれはワシの間違いじゃ。ワシの見る目がなかったんじゃ。

 ヘタは『ヘタレ』なんかじゃない。


「ずっと……お前の声が聞こえとった」

 ヘタは、最後までずっとワシといっしょに闘ってくれていた。


「心がくじけそうな時、体が折れそうな時――お前の声がワシを支えてくれた。何度でも立ち上がらせてくれた」


 これまでの勝利は……全部ワシだけの力なんかじゃない。


「おまえはヘタレなんかじゃなか――お前は立派な――『おとこ』じゃ」

 ヘタがくれていた力じゃ。ヘタが願い、頑張ったからじゃ。


「――龍之介」


 目に大粒の涙を、必死に流すまいと堪えるヘタの顔を見る。


「……お前には、もうワシは必要……ない」


 この顔を見るだけで、もうなんの心配もない。


「龍之介……さん」

 ニーナも意識が戻ったようで、涙を流し、消えるワシを見る。


 ニーナ……ワシらの因縁に巻き込んでしまって、悪かったのう。


「――神楽木 龍之介」

 ローランもワシの最後を看取ってくれとる。


「……ローラン。ワシの最後の頼みじゃ。この二人をワシの代わりに見守ってやってくれんか」


 勝手なお願いじゃとは思う。だが、今のお前になら、二人を預けられる。


「……わかった。約束しよう」

 ローランは目を閉じて、誓ってくれた。


「そなたは国を救ってくれた英雄じゃ! アタチの威厳に賭けても、そなたの仲間を不幸にはせん。そんな国をアタチは作る!」


 このチビはきっといい王様になる。ローランもいる・・それなら……安心じゃ。


 これで……ようやく……眠れる。


「龍之介! 嫌だっ! いくなっ! いかないでくれっ!」

 ヘタがまた涙を流す。こいつの泣き虫は治らんなぁ。


「漢になったなら――泣くんじゃなか。辛い時こそ、笑うんじゃ」

 そう。ワシはずっとそうしてきた。


 辛いときこそ笑う。辛いときに辛い顔してたら……負けた気分になるじゃろ。じゃから、辛いときこそ、笑って自分に言い聞かせるんじゃ。


『自分は平気じゃ! こんなもん、なんでもない!』と、そう言い聞かせて、笑うんじゃ。


 それが、ワシの流儀じゃ。そうやって、ワシは今まで生きてきた。


「龍之介――お前のこと、最低なシュヴァリエなんて言ってごめん。お前は僕にとって――最高のシュヴァリエだ」


 ……そうじゃ。その笑顔があれば、もう何も怖いもんなんてなか。


「――そうか。そいつは――よかった」


 ワシはあの時、一人で死んだ。


 たった一人、事務所の天井を見ながら死んだ。


 そいつが……ひどく寂しかった。



「ええのう……今は……ひとりじゃ――な――い」



 だが、二度目の人生の最後は……まったく寂しくはなかった。

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