第四章 3 その体には、まだ血が残っている

「りゅうのすけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

「とらじぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」

 俺たちの声が重なり、拳同士もまた重なり合う。


 そして、ようやく龍之介の拳は糸で操る俺の肉体を――俺の拳は龍之介のを貫いた。


 これで決着だ――ははは! 悪いがその体はすでに俺であって俺ではない。


 そんな体、別の人間を使えば、いつでも作り出せる!たとえその体を細切れにしようが、この俺は死なない!


 それに引き替えお前は違う。お前の恩恵なんて所詮、血を爆発させる程度!俺が改造した恩恵とは格が違う!


『はっはっはっ! 勝った! 勝ったぞ! 俺の勝ちだ!』


 崩れ、倒れかけた自分と龍之介の姿を上から見て、俺は確信した。


 霊体である、この人形の口から擦れた人ならざる声が飛び出す。


『俺はついに! ついに龍之介に勝った!』


 はしゃぐ心を抑えられない。俺の心をずっと離さなかった男。俺の人生に唯一『黒』をつけた男! そいつをついに、ついにこの手で倒した! この手で殺した!


『これで誰も俺を止められない! 誰も俺を邪魔できない! これで! これで! これで!』


 そう! これで、ようやく! これでようやく――


『……あぁ…これで……ほんとに…もう……』


 何もない。お終いだ。もう――



『――退屈だ』



 あぁ――寂しい。俺は――また一人に――


「………オレは……負けねぇ」


 ……え?……な、なに!? どういうことだ!


「お前が何をしようが……どんな手を使ってこようが……」


 立っている!? あいつの心臓を貫いたはずなのに!?

 なんで、龍之介がまだ動いている!?


「オレはお前にだけは……負けられねぇ!」


「なぜ……心臓を打ち抜かれれば、もはや龍之介を動かすものなんて――まさか!」


 あの人形女神が声を珍しく声を荒げている。


 どういうことだ。龍之介はランク☆1―—恩恵はあの血を爆発させる近距離自爆特効型だ。ローラン戦では、三大寺とかいう奴の恩恵を模倣した『もどき』も使ったようだが、こんな耐久力を持つ相手とは戦っていないはずだ。

 血を爆発させることが、どうしてこの結果につながる。爆発と耐久力に因果関係なんて――待てよ……龍之介の能力は血の爆発――爆発とはエネルギー……


「そう。龍之介の能力もまた……あなたと同様に私が与えた恩恵を打ち破り始めている」


 白猫が――あいつの女神がしゃべっている。霊体の俺に話しかけている。


 龍之介の体が、熱を帯び蒸気を起こす。奴の体が……燃えている?


「爆発とはエネルギー、つまり、いま、龍之介にとって『血は燃料エネルギー』」



 そ、そうか! わかったぞ! こいつ!



「いま、龍之介は『血を燃料』に変えて、動いている!」


 やはり、龍之介も俺と同じように――

 自分の与えられた恩恵を、『改造』しやがった!


 超えられないはずの――あの『境界線』を超えてきやがった。


「龍之介も扉を開いた。もう、彼は、止まらない。彼はその血液の一滴が尽きるまで――戦い続けられる」


 血の一滴までエネルギーに変える―――つまり、俺と同じ『死』を超越した『不死者』!


「その名は――『この血、燃え尽きるまでアンブレイキング・ブラッド・バレット』!」


 まさに龍之介に打って付けの能力。血を爆発させる能力より、こっちのほうがよっぽと龍之介らしい能力だ!


「でも、それは黄河 虎二もまた同じ。彼の魂はすでにあの体にはない。いくら体が傷つき、壊れても、動き続けるマリオネット!」


 人形の女神が、珍しく声を張り上げる。


 そうだ! 俺の本体は霊体! そんな体、どれだけボロボロにしようが俺は死にはしない! だが、お前は違う! お前の血はいつか尽きる! 耐久レースなら俺に敗北は――


「『ブラッド・バレット』!」


 し、しまった! 油断した!


 龍之介が俺の死体を爆発で撃ち、突き破る。


「クソッ! たった一撃で! 霊体では攻撃できない! すぐに違う体を用意しなければ……」


 そこで、俺は龍之介と目があった。龍之介の目には、はっきりと映っていた。


『いや――違う! 龍之介は――こいつは、俺の肉体を見ていない! 見ているのは……このパペット・メイカー俺の本体!』


 まさか! こいつ! 本気で――!


「霊体であるパペット・メイカーを破壊するなんて……人間には不可能なはず!」


 人形のセレスヴィルもこの姿に狼狽えている。


『そうだ! 無理だ! 霊体なんだぞ! 実態がないんだぞ!!』


 だが、迷いの一切無い、その龍之介の目が俺を見る。


 そして、その目は俺に、ある可能性が思い浮かばせた。


 待てよ……今の俺の肉体は霊体……つまり魂だ。

 そしてヤツの魂は、現在『血』と同意義となっている。


 『同じ』だ。奴の血は俺と同じ属性になっている!

 それならば――あ、ありえない! そんなことはありえない! だが――


「――そんなありえないことを……何度もやってきたのが――龍之介なんですよ」 


 そうだ。こいつならやりかねない!

 不可能すら可能にする……俺の予想を遙かに超えてくる!


『りゅうのすけええええええええええ!』

「とらじいいいいいいいいいいいいい!」


 そして、ヤツの拳は――容易くパペットメイカー俺の本体を貫いた。



「――龍之介っ!」


 オレの名を呼ぶ声が聞こえる――虎二の声か?……いや、違う。

 もっと幼い。そうだ……ヘタの声だ……


 オレは……どうなったんだ?……落ちたのか?


 大きく崩れた天井が見える。

 どうやらあそこから、元のこの広間まで落ちてきたようだ。


 ――虎二はどこだ……あいつは……


『リュウノスケェェェェェェ!!!』


 立ち込めた土埃の中、ボロボロに崩れた醜い虎二の悪霊パペット・メイカ―と、その腹に大きな風穴の空けた虎二がフラフラと立ち上がり、怨恨の表情かおで、このオレの名を呼ぶ。


「……往生際の……悪いやつだな……いいかげん成仏しやがれ……」


 ありったけの血を燃やし続けた。

 だから、もうこの体に、血がほとんど残ってねぇ。


『リュウノスキェェェェェェ!!!!』


 それでも――あいつが向かってくるなら、オレも立ち上がらなければ――


「コロスゥゥゥゥゥ! オマエェヲヲヲヲ! コンドコソォォォォォォ」


 それはこっちの台詞だ! お前は、オレが――動け! 動け!

 まだ、どこかに血は残ってんだろ! オレの体! 動けよ!


「――来るなっ」


 ヘタがオレの前に立つ。

 しかも……いつのまにかオレのトカレフをその手に持っている!


『ドケェェェェェェェ』


 まずい! ヘタが虎二に殺されてしまう!! 動けよ! オレの体っ!


「逃げろっ! ヘタッ!」


 逃げてくれ!殺されるぞ!


 だが、ヘタはその場から動かなかった。


「ボクは――もう、逃げない……」


 ヘタ? 何を言ってんだ……は、はやく逃げろ!


「ボクはもう逃げない。立ち向かうって決めたんだ……」


 ヘタは銃を構える。オレの姿を見様見真似で、虎二に向けて、その銃口を向ける。


「どんなに恐ろしい奴が現れても『立ち向かう』。すごい人が相手でも『自分を信じる』何があっても『諦めない』。全部……龍之介が教えてくれたことだ」


 オレに対して、この怨念を込めた不死の化け物――怖くないわけがない。

 恐ろしくないわけがない。


 それなのに――こいつはオレのために――


「だから――ボクは――」


 カタカタと震える腕で、そのまま引き金に小さな指をかける。


 震え、それでもなお、恐怖に対し立ち向かう背中を見て――


 もう、最初に出会った弱虫なヘタは、どこにもいないとわかった。


「……引き金は楽に持つんだ……」


 オレは死にかけの体を半分だけ起こし、ヘタと一緒に銃を持つ。

 そして、照準をしっかりと虎二の頭に向ける。


「銃口は下げ、狙いは中心。引き金を引くときは息を止め、対象よりも、ずっと先を狙え」


 ヘタはオレの言葉を聞きながら、引き金に手をかける。


「悪いが弾はもう一発しか残ってねぇ……外したら終わりの……『一発勝負』だ!」

 そう告げると、ヘタは笑う。


「そんなの――いつものことだよ」

 ヘタは笑った。


 ヘタは……ホントに強くなった。

 もう、オレなんかとは比べものにならないくらいに――


『リュウノスケェェェェェェェェ!』

 最後の断末魔の叫びをあげ、虎二がオレ達に襲いかかる。


 もし、一対一の戦いなら――オレはお前に負けていたかもしれない。


 だが、オレは一人じゃない。


 虎二――お前の敗因があるとすれば、それはお前が一人だったからだ。

 たった一人で――誰も信じず――オレに挑んできたからだ。


『リュウノスケェェェェェェェェ!』


 もう思考も曖昧なのだろう。ただ怨霊のように、フラフラと近づく虎二の姿に――

 その姿を……オレは哀れだと思う。


「もう……終わらせてやろう……」


 引き金を引く。

 発光と銃声、火薬の臭い。弾丸は発射され、まっすぐ虎二と後の人形の化物に向かって飛んでいく。


 そして、弾丸は虎二の体を貫き……そしてそのまま後ろの霊体の体内の奥深くまで突き進み、


「これが最後の――『ブラッド・バレット』!」


 霊体の体内で弾丸は炸裂し、霊体は木っ端微塵に吹き飛んだ。



「――――糸が!」


 ローランを縛っていた糸と人形が霧散する。


「王!」


 すぐさま、ローランが小さな王様を抱きかかえる。


「ローラン……」


 声も目も虚ろになって弱っているが、あの人形の化け物が消えた今、もう大丈夫だろう。


 そして、その原因……この倒れた一人の男――黄河 虎二は、もうすぐ死ぬ。


「あいかわらず……無茶苦茶な野郎だ……」

 虎二の体が僅かに呟く。


 オレもヘタのお手を借りて、その隣まで辿り着き、倒れ込む。


「――――虎二」

 虎二は……あの三大寺高禅と同様に、その命を終え、光となって消えていく。


「俺の霊体をぶっ飛ばすなんざ……どういう理屈だ……」


 虎二は昔のように――いつもの顔で笑った。


「あんなもんがお前なわけねぇだろ……お前は、そこにいるお前だけだ……」


 あんなオバケ人形が虎二なはずがない。

 オレのなかの虎二は――ずっと変わらない。


「……チッ……体中ボコボコにしやがって……」


 虎二も自分の消滅を噛みしめている。これだけはもう誰にも止められない。

 そして、オレは虎二を……唯一の友達を、殺してしまった。


「――虎二――」


 言葉がない。オレは……虎二をどう思えばいいのかわからない。


 オヤジの敵と憎めば良いのか。友人のお前を殺したと、許しを請えばいいのか。


 どんな顔をしていいのか――分からない。


「龍之介……お前のいない世界は簡単だったぜ……」


 だが、オレとは真逆に、虎二は――ずっと笑っていた。


「どんな奴にも俺は負けなかった。あっと言う間に裏の世界を掌握し、日本を手に入れた」


 それだけの才能が虎二にはあったのかもしれない。


 オヤジと、オレと……みんなとの、あの日々は……虎二にとっては――ただの通過点だったのかもしれない。


「……だがな……ちっとも面白くなかった。お前のいない世界は退屈で……どうしようもなく、つまらなくて……こんな世界いっそのことなくなっちまえばいいと思って、滅ぼしたほどだ」


 退屈で世界を滅ぼすなんて――なんちゅう奴だ。


「龍之介……なんで……お前は死んだ……」


 虎二の質問が、オレの中に響いた。


 あぁ……オレはどうして――あの日、事務所に一人で残ったのだろう。


「お前のいない世界が、あんなにも退屈だと知っていたら、俺はあんなことしなかった。いつまでも、ずっと……あのバーの帳簿係で満足だったのに……」


 ……そうか。お前も……あの日々を――思い出すのはくだらないけど、楽しい喧噪の毎日。常に問題は降り注ぎ、それをみんなで乗り越えていく……俺たちの居場所。


 オレもお前も……ずっとあの毎日を望んでいたんだな。


「――悪かった。虎二」「――悪かった。龍之介」

 俺たちの声が、想いと一緒に重なった。


 お前はあの日々を楽しいと思ってくれていたのか。

 自分の行いを後悔してくれてたのか。


 ――悪かった。オレが死ななければ……みんなと一緒に逃げていたのなら……もしかしたら、オレはお前をちゃんと怒ってやれたのかもしれん。

 止めてやれたのかもしれん。


 過去は変えられない。受け止めるしかない。だけど――今は過去じゃない。

 まだ遅くないはずだ。オレは……ワシはここで、今度こそ、お前と……


「オヤジは言うとった。友達ってのは、ただ互いに味方してもんだが、もし、譲れないもんがあって、そいつが間違っていると思ったとき、こうやってぶつかって互いに意地を通し合えたなら……それはもう『友達』じゃない」


 そう。友達の先。どんなに離れていても、決して変わることのない存在。

 オレは……いや、ワシはようやく……


「あんだけ殴り合ったんじゃ――もうそれで……異世界に転生してまで、引きずるのは……これで終わりじゃ。ワシらはようやく――『親友』になれたんじゃ」


 ようやく、ワシは笑えた。

 虎二も、一緒に笑ってくれてるようだった。


「――なんだそりゃ。極道だなんだと言っておきながら……ここは『兄弟』だろうが。だからお前は半人前なんだ。そういうところは……あのオヤジそっくりだな」


 ……確かに、虎二の言う通りじゃ。


「でも、悪くねぇ……そうか。俺はやっと……お前と親友になれたんだな……」


 ……だが、これでいいんじゃ。お前とは、これがいいんじゃ。


「あぁ……ワシ等は――……」


 ワシが横を向くと――虎二はどこにもいなかった。



 何も、残ってはいなかった。



「じゃあの……虎二……」


 二度目の別れ。たぶん、もう、二度と会うことはないのじゃろう。




「ワシもすぐに――……」



 そして、ワシの体も……最後の光を放ちはじめた。

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