第四章 2 本当の馬鹿は、応援したくなる馬鹿

「姉さん! 王様! ローラン!」


 ヘタが駆け寄るが、ニーナと王様の意識はもうない。


「ダメだ……この糸は、今の私では解くことはできない……」


 ローランはその精神力でなんとか抗っているようだが、それでも弱り切った心と体では、今の虎二の力には敵わないようだ。


「もう、龍之介あいつしかいない……」


 この国――この異世界の滅びは、もはや龍之介にしか止められない。

 龍之介も虎二も互いの能力が最大限発揮される屋外を選び、天井から飛び出していった。


 だから私も、観戦席をすべて見渡せる王城の大鐘楼の上特等席を選ぶ。


 そこには先客……一体のが先に座っていた。


 彼女はおそらく、黄河虎二の屋敷にあった――ニーナとヘタ達が見て、私が見ることのなかった棚の上の壊れているはずの人形。


 あの時、猫の背丈では見えにくいからと、面倒くさがらず――せめて、龍之介がこの人形を見て、私を見比べた時に、その意図を気にして、『こいつ』を見ていれば、もっと早く気付くことができた。


 この人形の目は私と同じ朱と碧をしている――つまり、異世界へとやってきた『人形の私』だ。


「……この絵が見たかったのね――私は……」

 私はその人形の横に座った。人形の私が語る。


「私は黄河 虎二という人間に興味を持った。これほど人間らしい男はシュヴァリエのなかでも稀。生き汚く、傲慢で、それでいてどこまでも不幸な男――」


 人形の私も、猫の私同様に、言語能力は付けていたようですね。


「だからこそ、黄河 虎二は強い。あの強さは、『私』が求める強さの可能性がある」


 人形の私は、大きな瞳を見開いたまま、二人を見つめる。


「教えてもらえませんか? まだ私には情報開示がないのでわからないんです。黄河虎二はどれほどのランクなんですか?」


 彼は大戦を起こしたと言っていた。そして世界を滅ぼしたと言っていた。


「黄河 虎二のランクは☆4です」


 やはりそうですか。それくらいじゃないかと思っていました。例え世界を滅ぼしたと言っても、それは個人の力じゃない。ならば、そのくらいが妥当でしょう。


 しかし、一等星☆5ではなく、☆4に興味を持つとは……よほどお暇だったんですか?


「いいえ。彼は☆4故に――ローランのような☆5と違って、まだ伸び代がある」


 伸び代……なるほど。あなたは、まだ黄河 虎二には『先』があると思ったんですね。


「黄河 虎二の人生は、生前からすでに破綻している。彼はどんなシュヴァリエよりも悪辣に、貪欲に、それでいて『つまらない』という理由だけで、世界を一つ滅ぼした。その破綻した人生観と経歴は、シュヴァリエとなり、異世界転生しても、『何も変わらず』他の異世界を滅ぼそうとしている」


 シュヴァリエは第二の人生や、恩恵、加護によって、そのほとんどが破綻する。三大寺も、ユグドも、あのローランですら、破綻していた。


 だが、元々破綻していたのなら……生前持っていた羨望も、情熱も、栄華も失われることなく、この異世界転生によって――さらなる力を身につけるかも知れない。


 それが、『人形の私』の目的。


「そう。私は彼の更なる進化に期待した。さらに、こうして彼を過去、『唯一叶わなかった人間、神楽木 龍之介と、もう一度戦わせるという』、この構図が作りたかった」


「だから私は、『私達』に黄河虎二への情報開示を禁止し、神楽木龍之介をオマケのシュヴァリエとして選び、『一人の私』に任せた」


 これが神楽木 龍之介が『人形の私』に選ばれた理由――オマケの由縁。


「神楽木 龍之介はシュヴァリエには決して選ばれない。彼はそれほどの偉業を成してはいない。だが、唯一……世界を滅ぼした男にとってのみ、黒星をつけると言う偉業を成し遂げている」


 そう。彼は一夜で四十七人を殺した。それは十分、人間のとしては伝説でしょう。

 でも、その程度で『私』は認めない。


 オマケとは……黄河 虎二に対してのオマケであり、龍之介は皮肉にも、自分を殺した黄河 虎二のおかげでシュヴァリエに選ばれ、この異世界に転生した。


 それを全く知らせずに、この私に預けるとは。とんだ貧乏くじを引かされたものですね。


「彼がもし、襲撃の日に神楽木龍之介に負けなければ、直接自らの手にかけていれば、五十年もかからず、もっと早く世界を滅ぼすことができたかもしれない。私は、それを知りたい」


 なるほど。龍之介のあの急な転生も、この女神わたしの仕業でしたか。


 つまりは、過去の払拭。虎二と龍之介をもう一度異世界で闘わせ、勝たせることにより、虎二をシュヴァリエとしての、次のステージに引き上げようと考えた訳ですね。


「私の考えは間違っていない。あなたにもそれはわかるはず」


 まったく。私らしい考えです。


「そうですね……黄河 虎二の力はまさに、私の求める力です。人間の持つ、飽くことなく、その終わらぬ欲望を満たそうとする……まさに『進化の力』です」


 私も認めましょう。あの黄河 虎二という男を――ただ世界を憎み、滅ぼすことだけに特化したシュヴァリエ。


 それは、『私』が求める悲願――『我らが主をも討つ人間』と成り得る存在。

 あのアスタロイト・ローランでも、ダメだった。あの男は神の国を目指した。それでは、神は討てない。


 三大寺高禅も、ユグド=ユグドラも、生前のものを失っては、進化の高みには辿り着けない。


 しかし、この黄河 虎二は十分に伸び代はある。案外、本当に龍之介を殺すことができれば、悲願は達成するかもしれませんね。


「だが、私は理解できない。なぜ、あなたは神楽木 龍之介についている? 猫に姿を変えて――共に異世界へと転生し、あんな危険を冒すほどの価値など、龍之介にはないはず」


 人形の私の唯一の計算外。それは、私が彼と共に異世界に転生したこと。

 それを私に問われれば……正直に答えるしかない。


「――最初は、ただの気まぐれでした。思ったより早く遊び相手がいなくなって、また一人遊びをするのが嫌だったから、暇つぶしに龍之介についただけです」


 そう。最初はその程度だった。


「だけど……その気まぐれは、間違いじゃありませんでした」


 でも、『今』は違う。




 私達が会話している間にも、龍之介と虎二の激しい戦いを続けている。

 と言っても、龍之介とローランの戦いほど、派手なものではない。


 ☆4とはいえ虎二は智のシュヴァリエ。黄河虎二はにあんな泥臭い殴り合いなどできるタイプのシュヴァリエじゃない。加えて龍之介はローラン戦で瀕死ハンデの状態。


 だが、それでも見応えはある。龍之介は体を痛めつけながら、絶えず爆発を繰り返すし、あの虎二もそれを躱し、何度も龍之介に一撃を加えている。


「どうした龍之介ぇ! お前の力はこんなものか!」


「とらじぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!!」


 激昂状態同士の戦いにも関わらず、フェイントやら、駆け引きのある攻防もしている。


 そして、黄河虎二も神楽木龍之介も、紛れもなく本気で目前の敵を殺すつもりだ。


「あれはどういうことなのですか? 少しくらい教えてくれてもいいんじゃありませんか?」


 ――そう。だからこそわからない。なぜ龍之介の一発だけが、虎二に決められないのか。


「なぜ、智のシュヴァリエである黄河 虎二が、強引でめちゃくちゃな力技とは言え、☆3三大寺 高禅と☆5アスタロイト・ローランを破ったほどの希有な才能を持つ、龍之介と拮抗できるのですか?」


 龍之介の本気の『ブラッド・バレット』が決まれば、虎二なんてすぐに殺せるはず。なのに、その一撃がどうしても虎二に届かない。


「武の才能としては龍之介は破格。それこそ恩恵一つにも関わらず、戦闘能力だけなら☆4はあると考えていい。その龍之介に、智だけで偉業を成した黄河虎二では、こんな単純な殴り合いではいくら龍之介にハンデがあったとしても、制すことはできないはず」


 虎二には武の偉業はない。龍之介ほどの才もない。だからこそ、彼は裏社会の影の王と呼ばれ、『私』に選ばれたはずだ。


「良く見ればわかる。あれこそ、『私達』の想像を超えた黄河 虎二の進化の輝き――」


 人形の私に促され、『人を操る人形パペット・メイカ―』を見る。

 すると、見えづらいが、細い糸が伸びており、その糸は自分自身、黄河虎二と繋がっている。


「あれは……『人を操る人形パペット・メイカ―』で自分自身を操っているのですか!?」


 人を操る能力で自分を操る――そんな使い方が――いや、それは非効率すぎる。

『意識の二重中継』になんの意味が!?


「二重中継ではありません。黄河虎二を操る人形パペット・メイカ―は、すでに私の与えた恩恵を越え始めている。進化の末、今では、『人を操る人形パペット・メイカ―』こそが、黄河 虎二の『本体』となっている」


 なんですって!? 与えた恩恵を自分のものにして、さらに自分流に改造しているってこと?


「その力の名は――『人形か・人形師か・そのどちらかパペット・メイカー・オルタナティブ』」


 まさか、あの『霊体』に自らの魂を移したというの!そんなことが人間にてきるなんて――


「そう。そんなことは普通できない。だが、彼は進化した。『人を操る人形パペット・メイカ―』は、人間の思考伝達速度よりも、はるかに速く、正確に、かつ人間では不可能な動きを強要する。そして、魂を霊体に移したことで黄河 虎二は『痛み』を失った。体力による限界もなく、視点は霊体を通しているため、常に俯瞰視点を伴い、操る処理能力も加護で強化されている。隙はない」


 なんですかそれ! それじゃあ龍之介はただの人形と戦っているってことじゃないですか。


 さらに俯瞰視点まで得ている。そこに、自らの力で到達することができたということは、まさしくそれは人間の進化に他ならない。


「一方、あなたの龍之介は限界寸前。すでに、ローランとの戦いで生命維持に必要な血液しか残っていない。まさにいま、立っているのが奇跡」


 自分のシュヴァリエは閲覧拒否してたくせに、私の情報だけは同調して見ていたわけですか。抜け目がないですね。この私は。


「あなたは抜かり過ぎている。ローランとの戦いで、あなたはシンクロを使用し、私たちにその戦いを見せていましたが、あなたの感情も筒抜けだった。なぜそうなったのかは、わからないし、知りたくもないが、あなたは『龍之介』に固執している」



 はいはい……そうですね。それは自分でも認めてますよ。



「だが、決着はすぐに着く。龍之介の血が、人体を動かす血液量より下回った時――すなわち彼の死が決定する」


 この人形の私の口ぶりから言って、ここまですべてあなたの計画でしたね。ちょっとそれは……やり方がギリギリ過ぎませんか? あくまで女神である私たちは傍観が基本のはずなんですが……。


 まぁ、私に言えたことでは、もうありませんね。


「とらじぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!」

「っちぃ! 何度も何度も同じことを!」


 あの黄河虎二の動き……さすがは人形の私が見出しただけはある。進化とはよく行ったものです。あれで、まだまだ進化の余地があると言うのだから、末恐ろしい。


 だが、その虎二も、繰り返し突撃と無駄な攻撃をしかける龍之介に音を上げはじめた。


 その気持ちもよくわかります。アレはまったく諦めることを知らない。相手にすれば嫌になりますよね。


 無駄だと理解させても、あの男は、諦めずに、こうして何度も何度も挑みかかってくる。



「――――おかしい」



 人形の私が声を漏らす。


 ようやく、人形の私も、この異変に気付きましたか。


「とっくに龍之介は限界を迎えているはず。なのに、なぜあんな動きがまだできる。どこにあんな力が残っている。なぜ神楽木 龍之介は死なない!」


 そう。龍之介の限界はとっくに超えている。それこそ――ローランとの戦いで、とっくに龍之介は死んでいてもおかしくない。


 それなのに、こうして連戦し、なおも黄河 虎二と拮抗している。


「あなたも『神楽木 龍之介』をわかっていないようですね」

 私は得意げに、無表情な『人形の私』に告げる。


 だが、それも仕方がないこと。彼を理解することは――とても難しい。

 それでも、龍之介と一緒にいた私なら……今なら、なんとなくわかる。


「龍之介は、すでに私の想像を何度も超えている――」


 彼はオマケでシュヴァリエになった。与えた恩恵は最低レベル。加護も肉体に少しステータスを振った程度――私の話を聞かず途中で寝たり、転生した私をくすぐったり、汚い馬車に乗せようとしたり、この私を賭けたりしたこともありました。あれは今でも私の中で恨みとして残っていますよ。


 それでも、彼は退屈していた私を飽きさせなかった。


 三大寺高禅に真っ向から殴り勝ち、ユグド=ユグドラにギャンブル勝負を仕掛け、アスタロイト・ローランの悲劇を止めた。


 そんな彼は、決して黄河虎二の進化するための『噛ませ犬』になんてならない。


「私は――そう。信じている」


 ユグド=ユグドラとの勝負の際、彼は私に『信じろ』と言った。


「信じる? あなたはあのシュヴァリエに肩入れし過ぎている。私達の目的は観測。そして神を討つ『反逆のシュヴァリエ』を作り出すこと――その私が『信じる』なんて……」


 そう。信じるなんて意味不明です。そんなことしても、また裏切られるだけ。


 『私』は神に『捨てられ、裏切られた時』、信じることを止めた。


 それでも、なぜでしょうか。私は龍之介を――


「そうです。信じているんです……だって」


 神楽木 龍之介は神ではない。人間だ。シュヴァリエだ。大雑把で、レディの扱いがなってなくて、よく笑うヤツで、よく寝るやつ。馬鹿だし、無謀だし、いい加減だし、あんなやつ絶対に恋人にしたくないようなやつです。


 でも……彼は……私に言った。


「私と彼は『仲間』ですから」


 馬車での龍之介の言葉を思い出す。


「なか……ま……?」

 人形は無表情に――その言葉の意味がわからないような声を出す。


 あなたには、きっとわからないでしょう。


 それに、あなたはもう一つの可能性を見逃している。

 それは、僅かではありますが、確かな『可能性』です。


 あなたは言いました。『もし、黄河虎二が神楽木龍之介を殺していたら、さらなる高みに立っていたかも知れない』と。


 でも、それなら、もう一つの可能性も考えるべきです。


 それは――『もし神楽木 龍之介が生き残っていたら、黄河 虎二は世界を征服も、滅ぼすこともできなかったかも知れない』ということです。


 でも、その可能性に気付かないことも仕方の無いことですね。


 だって、あなたは――『私』だけど、もう私ではありませんから。『私』しかいなかった、あなたには『仲間』を信じたくなる気持ちなんて、わかるはずがありません。


 この時点で、『猫の私』と『人形の私』の決着はつきました。あとはあなたたちの決着をつけるだけです。


 あの二人もまた、決着を求め、その命を捨てて挑む。

 龍之介の爆発が、虎二の糸が――一つに交わる



「私が応援しているんです。負けたら許しませんよ! 龍之介!」

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