第三章 8 悪役ってのも、最後に遅れてやってくる

 憑き物が落ちたように、あのローランは穏やかな顔になっていた。


「ローラン、もうやめよう。アタチは国の幸せをお前に願った。じゃけど、アタチはお前が傷つく姿を、これ以上見とうない」


 倒れたローランの傍に王様は座り、彼の手を強く握る。


 そんな二人に、ボクと龍之介は近づいた。


「ローラン……紹介しよう。ヘタは九九の名人じゃ」

 王様はボクを見た。


「あやつはのう……すごい奴じゃ。アタチが苦戦していた九の段ボスラッシュの簡単な攻略法を教えてくれた。あのじじいよりも、ずっとわかりやすかった。じゃがな、それよりもアタチは嬉しかった。ずっと皆から隠れていたアタチに対して、ヘタは素直に、まっすぐな目で教えてくれたのじゃ。その時、思ったのじゃ」


 そして王様がボクのほうへ手を伸ばした。


「未熟なアタチに、こうして優しくしてくれる者もおる。それなら、アタチ達にもできることはある」


 ボクもまた、ヨロヨロで血まみれになった龍之介の熱い手を握る。


 ボクも王様もかつて異世界で偉業をなした騎士シュヴァリエじゃない。


 この世界で今を生きるただの人間マジェスティだ。


 だからこそ、この国の……この世界を救うのは、ボク達の願いなんだ。


 そして、ボクが姉さんとの幸せを願ったように、龍之介がボク達の幸せを願くれたように。

 王様が国民の幸せを願ったように、ローランもまた、この世界の幸せを願ってくれていた。


「「――きっとボクアタチたちは、分かり合える」」

 そして、ボクと王様は互いに手を掴む。


 ボクにとっては恐れ多いことだが、幼い王の手は、力強くボクの手を握って返してくれた。



 これでようやく、ここにいる四人が繋がった。



 こうして、ボク達が手を取り合って、九九のように、互いの力を掛け合えできるなら、きっとどんな困難も……きっと、ローランにできなかったことも、できるようになる。


 ボクと王様は、確かにそう思った。


「……まさか。そんな『道』もあったとは――」

とローランはそれを見て優しく笑う。


「自分の歩む騎士道は……人間の叡智であると、いまでも確信がある。人が皆……この道を歩めばいいのだと、今でも揺るがず、そう思う」


 彼は揺るがない。彼の命を賭した道は――そう簡単に変わるはずがない。


「だが……他にも……道はあるのかもしれない。不幸に殉じるのではなく、そんな風に手を取って、分かり合うことで、あの滅びを防ぐこともできる……そう、思わされた……」


 そして、自身を倒した龍之介を見た。その見てくれから言えば龍之介が勝ったのが、不思議なくらいだ。


 ローランはほとんど傷を負っていない。対して龍之介は本当にボロボロで――


「ワシが合ってるとは言うとらん。答えは自分で探せばええじゃろ」

 フラフラの動けない体で唸るように言った。


「……あのハーフビーストは客室に閉じ込めてある。ちゃんと無事だ。騎士は武器を持たぬ女性を殺めぬ」


 その言葉にボクと龍之介、それと王様も顔を見合わせて喜んだ。


「お前たちの反逆罪も取り下げてやる。好きにこの王都で――だが、正しく生きろ」


 さらに反逆罪まで解かれた! これで! これでボク達は本当に認められて――


「ありがとうございます! ローランさん!」

 ボクはローランに頭を下げた。


「……礼は言わんぞ……そもそも、ワシらは何も悪いことはしておらんからな……」


 だが、満身創痍にさせられた龍之介は素直になれない。


「これだけ暴れまわった奴が言うことか――」


 あ……たしかに。この広間の天上を破ったのは龍之介だ。たぶんあの大爆発――も龍之介だ。


 弁償とか……させられないよね……やっぱりしなきゃダメかな……ダメだよね。


「別にそんなのは構わんぞ!! そんなことより、ほりゃ、早く姉上に会いにいくがよいぞ!」

と王様は立ち上がってボクを急かす。


 そうだ! 早く姉さんに会いたい! 会ってこのことを伝えたい!


 全部終わったんだ! やっと、始められるんだ!


「――さすがだなぁ……龍之介」


 すると、誰かが崩れた謁見の間に入ってきた。だ。


 黒い――龍之介と同じタイプの、だけど全身が真っ黒な服だ。その黒が、いやにその老人の肌と白髪を際立たせている。見覚えはない。こんな人物に、ボク達は一度も出会っていない。


「……誰じゃ? お前さんは――」


 いや……でも……なんだろう。どこかで見覚えがあるような――


「つれないこと言うじゃねぇか……と、言ってもこの姿じゃわからねぇか……。やっかいなシュヴァリエもどきと遊ぶために、この姿に戻っちまったからな……」


 そして、そいつは……


 悪意のある――でも、あのヘイザードやボクを殺そうとした時の三大寺なんて比較にならないほど――心が凍り付きそうになるような、邪悪な笑み。


「誰じゃと聞いとるんじゃ!」


 その顔――さらに、そいつが出す気持ちの悪い気配に龍之介が、かつて無い危機感を覚え、体を無理矢理起こして怒鳴る。


「相変わらず……察しが悪いぜ」

 そして、そいつは扉に隠した何かを引っ張り出す。


「……へ……タ……りゅ……のすけ……さん」


「ニーナ!」


 それは姉さんだった。意識が朦朧として体に自由が利かないのか、まるで糸の切れた人形のように力なく、その男に引きずられている。


「役者はこれで揃った……やらせてもらうぜ――――をな!」


 まだ、戦いは、まだ終わらない。

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