第三章 7 負けたなら、ただ、泣けばいい

「なんでじゃ! なんで二人はあんなに殴り合っておるんじゃ!」


 王様が叫ぶ。二人の激しい戦いは、広間の崩れた天井から、はっきりと伝わってくる。


「――わかんないよ。どうしてこうなったのか……なんで、あの二人が殺し合っているのか……」


 龍之介はともかく、ボクにはもう戦意はない。

 あの物語を体験し、ローランに敵対したいと思えない。


「なぜじゃ! ローランはよく言っておったぞ! 誰も傷つけてはならんと! みんな仲良く、みんな平和に、誰にでも優しくせねばなければならんと!」


 王様は眉を曲げ、ボクを見つめる。王様にとって、ローランは誇りある優しい真の騎士。


「それなのになぜじゃ!」


 そんな彼を、あれほどまで憎悪させ、変えてしまったのは、すべてボクのせいだ。


「……ボクが願ったからだよ。姉さんを救いたい。昔みたいに一緒に暮らしたい。学校に行きたい。幸せになりたい……そう願ったからだよ!」


 これは、ボクがはじめてしまった戦い。龍之介を召喚し、彼と契約したから……


「全部ボクがいけなかったんだ。だから姉さんも……龍之介も……みんなが、傷ついていく」


 姉さんはボク達のために捕まった。

 龍之介は、ボクのせいで殺される。


 どうしてこんなことに――ボクはどうして――


「ボクは幸せになんてなっちゃいけなかったんだ……そうすれば……こんなことにはならなかったのに……」


 ボクが願わなければ、こんなことにはならなかった。


 あの変わらない景色の一部に取り込まれることを……自分の運命を受け入れてさえいれば、こんなことにはならなかった。


 あんなに、姉さんも龍之介も、苦しませることはなかった。


 あぁ、なんて、ボクは愚かなんだ。浅ましいんだ。


「すまん。アタチにはよくわからない……じゃけど……」


 そう、誰にもわからない。


 なんでボクは――幸せなんて望んでしまったんだ。


「――それは……いけないことなのか?」


 ボクは……王様を見る。


「アタチはお父様とお母様を病気で亡くし、すぐにこの国の……『立派な王様』にならなければならなかった。じゃが、アタチにはどうしても、それができなかった。じゃから、アタチは、お父様とお母様が残してくれた遺産を使い、ローランを召喚したんじゃ」


 両親を失った王様――それは、ボクと同じ――でも、違う。


「アタチはローランに願った。この国を守って欲しいと。未熟なアタチに代わって導いてほしいと」


 王様は国のために願った。ボクは自分のために願った。そこが大きく違う。違いすぎる。


「この願いは……お前の幸せの邪魔になっておるのか?」

 王様は苦しそうな表情でボクの顔を覗く。


 邪魔? そんなの……ボクにだって……


「……わかんないよ……ボクも、どうしてこうなってしまったのか……わからないんだ」


 ボクは耐えきれず、その場に崩れ、涙を零す。


「――そうか。九九の名人もわからないことがあるのか」


 わからない。どうしたらいいのか――わからない。


 王様はボクに寄り添い、うずくまるボクの肩に優しく手を置いた。


「アタチと同じじゃな」


 顔を上げると、王様は寂しそうに……ボクに笑いかけた。


「アタチたちはまだまだ子供じゃ。あのシュヴァリエ達のようにはいかない」


 当たり前だ。シュヴァリエは異世界の偉人。彼らにちっぽけなボクなんて――


「そんなことはない……アタチたちは子供じゃが、ただの子供じゃない。だからこそ、できることはあるはずなのじゃ」


 その王様の言葉が、ボクの中を吹き抜けた。


「だって、アタチらはあやつらのマジェスティなんじゃぞ?」



 龍之介の能力は――既に、私の設定した規格を越え始めている。


 『ブラッド・バレット』は自身の肉体を傷つて発揮する程度の、低能力だったはず。それが龍之介の才能によって、いつの間にか上位のシュヴァリエに対抗する一級品にまで底上げされている。これはまぎれもなく、龍之介の輝き才能


 だが、それでも、決してあの男には敵わない。


 『私』が認めたアスタロイト・ローラン。ランク☆5の一等星。だからこそ、他のシュヴァリエ以上の特別な思いを込め、最大級の加護・恩恵・神具を与えている。


 それほど、『私』は彼らを特別に敬愛している。

 そんな彼らに、龍之介が万が一にも上回るなど、あってはならない。


 それなのに、胸が痛い。なんでこんな気持ちに……


「しぶとい奴め! だが、お前の攻撃は単調で直線的すぎる!」


 ローランは龍之介の必死の攻撃を、難なく片手で掴み取る。


 もはや龍之介に対して、ローランは、殴ることも、蹴りとばすことも、盾で防ぐことも――その剣で切り裂くまでもない。


「――違うのう……ワシの狙いは――」


 龍之介は掴み取られた拳を軸に、全身を使ってローランの腕にしがみつく。


 これは関節技『腕拉ぎ十字固め』。

 打撃の次は、関節技――ですが、そんなものは無駄です。悪あがきです。


「この鎧を固めることは――」


 固めるには、龍之介の腕力は遙かにローランに及んでいない。


「違うのう……ワシの狙いは、お前さんに『密着』することじゃ!」

 龍之介から噴き出し、流れる大量の血が、ローランの黄金の鎧を汚す。


 まさか! 龍之介っ!――やめてくださいっ!!


「こいつ――」


 液体ならば……鎧の隙間に流れる。頑強な鎧をすり抜け、ローランの肉体に、その血液が届く!


 だが、それはまさに自爆! 同じだけ、いや、それ以上のダメージがあの瀕死の龍之介を襲ってしまう!


「やめなさい! 龍之――」

「『ブラッド・バレット』!」


 爆死特攻。城の外壁を天井と外壁を崩すほどの大きな一撃。

 この巨大な王城さえ揺らすほどの地響きと轟音――


「防頑闘鎧<フルディフェイド>」


 全身を隙間無く覆うローランの神具。龍之介の流れた爆発と血液が、熱した水蒸気スチームのように外へと吐き出される。ドラゴンの炎も、ワームの毒も、体外に放出し無効化する鎧の形態。


 これでも……ローランは――倒せない。



「――決着はついた」


 ローランは勝利宣言と共に、焼かれた龍之介の体を広間中央、ヘタの前へと投げ捨てる。


「龍之介!」


 龍之介は血まみれ、火傷だらけの体――それでも、まだ僅かに呼吸はある。ギリギリで生きている。


 ヘタは倒れた龍之介を揺り起こす。だが、返事はない。


「貴様がたとえ命を捨てたとしても――私には届かない」


 龍之介が生きているのは、自爆を覚悟した彼でさえ、無意識に威力をセーブしてしまったからでしょう。そうでなければ、もしかしたらあのローランに傷一つくらいなら――いや、だけど、それでいいのです。


 龍之介には、与えた恩恵の特徴から、加護を『自己回復能力』に多めに振り与えている。あの傷なら、もしかしたら龍之介なら、助かるかも知れない。


 龍之介やヘタ達の処刑に猶予があれば、この国から逃げ出すこともできるかもしれない。

 遠い他国へ逃げれば、ローランも追いはしないはず。


「ローランよ……二人を許してやることはできんのか?」


 幼きこの国の王――キュステンベルグが、この二人の許しを願うが、ローランは沈黙を返す。


「短い間だが、二人と話してアタチにはどうしてもこやつらが悪い奴には思えん。この九九名人が望んだのは、姉との幸せだそうじゃ。アタチには姉弟がいないからわからんが――それは、きっと悪いことじゃないじゃろ?」


 ギュステンブルグ王が懇願するようにローランに尋ねる。


 幼き王は自分のシュヴァリエより龍之介達に味方してくれているようだ。


「――なりません」


 だが、女神の私の予想とは裏腹に、ローランは固く――龍之介を決して許さない。


「なぜじゃ!」

 当然、ギュステンブルグは食い下がる。


 当たり前だ。マジェスティの願いを叶えるのが、シュヴァリエの務めのはず。それが『私』がシュヴァリエ達の役割のはず。


「王よ。人は自らの幸福さえも律しなければならないのです。あらゆる誘惑を我慢し、いかなる苦しみにも耐えることこそ、『真の平和』は訪れるのです」


 その言葉で、私は確信した。


 破綻している。やはりローランもまた、他のシュヴァリエ同様に狂ってしまっている。


 ローランの生前の理想は間違いなく『皆の幸福』だった。それを守るために――人では敵わない怪物達と戦い続けた彼が……転生後は『人の不幸』を願っている。


 


 たった一度しかないはずの人生による転生召喚システムの最大の弊害。


 自分を律していた三大寺高禅が、生前できなかった人殺しを望んだように。

 知識の探求に情熱的だったユグド=ユグドラが、二度目の生に対して無気力になったように。


 ローランもまた、生前とは別の思想を持ってしまった。


 その在り方が『反転』してしまった!


「それでもじゃ! それでも……」


 もう、あの栄光ある輝かしき光の騎士は――どこにもいない。


「二人を……共にこの国で暮らす民を幸せにしてやりたいと思うアタチのこの気持ちは……間違っておるのか?」


 もはや、この幼くとも、優しい心を持つ王の言葉でも――ローランの固い決意は揺るがない。


 彼は、この国に理想郷ユートピアという絶望郷ディストピアを作ろうとしている。この先、この国は彼によって勝ち続け、彼によって導かれ、革新され続けるだろう。


 その果てに、このヘタのように、この国の――いや、この星の人間はすべて、自らの幸せではなく、守護者(殉教者)として生きるようになる。どんな不幸も享受し続ける。


 それは確かに人間の『叡智』だろう。それが『神』が望んだ本来の人の使命なのだろう。


「人間はいまこそ……変わるべきなのです」


 だけど、本当に……それでいいのですか?

 貴方達は、一生『我らが主』の下僕でいいのですか?


「――そんなもん……関係ない」


 誰かの声が、崩れた謁見の前に響く。


「お前さんの言う通り……それが、立派な人間なのかも……しれん」


 その声は……擦れ弱々しい。


「こいつ……まだ立てるのか……」


 だが、焼けただれた脚を震わせながら、その壊れた血の拳を掲げ、


「じゃけど、ワシは……誓ったんじゃ……」


 龍之介はマジェスティの――ヘタの幸せを望んだ。


 立ち上がれないはずの肉体で立ち上がり、決して折れない願いを胸に抱く。


 彼は未だに負けていない。その目の輝きは――未だ何一つ、衰えていない。



「――認めよう。お前のその思いは……私の思いと同じだけの無念を孕んでいる。今は弱くとも、物語のあの詩のように、その力はいずれ――この私に届く可能性がある」


 ローランは龍之介に最大級の危機を感じた。

 この龍之介の姿に対して、自分の理想郷が崩される恐怖ビジョンを見たからだ。


「お前は死なない限り、折れないのだろう。故に――この一刀のもとに……お前の怨念を絶つ!」


 故に龍之介にトドメを刺すために、剣を抜いた。


 アスタロイト・ローランの最後の神具『星の消滅剣スーパー・ノヴァ


 あらゆる加護もあらゆる恩恵も、魂さえも『消滅』させる対シュヴァリエ専用特攻剣。


 異世界転生先でたった一度のみ使用が許されたそれを、ここでローランは解放させた。


「ヘタ……離れとれ――」

 龍之介は、側で支えるヘタの手を離した。


「……もういいよ……龍之介」


 ヘタは再び離れた手を掴み取る。


「ボクの幸せなんて、この世界に誰も望んでない。それどころか――誰もボクなんて知らないんだ」


 今度は掴んだ手を離さす……強く強く握る。


「ボクはずっと……何もないあの景色の一部だ。そこから出ようとしたから、罰が当たったんだ。ボクはもう願わない。誰も望まない未来なんて――」


「――そんなわけないじゃろう!!」

 ヘタの諦めの言葉を、龍之介は遮った。


「ワシは負けん。ワシが負けたら、お前のあの『願い』まで、こいつに否定されてしまう。そいつだけは死んでもさせられん」


 龍之介はフラフラの体で背筋を伸ばし、天を仰ぐ。


「例え、間違っていると言われても……ワシはお前の願いを知っとる。たとえ全世界の人間から非難されても――ワシは――」


 彼の拳は燃え盛る。血が蒸気となり、龍之介の体に


「……ワシはヘタとニーナには……幸せになって欲しいんじゃ」


 そして彼は優しく――いつものように、不敵に笑った。


 その笑顔を見つめながら――



「ボクは……幸せを願っても良いのか?」

 ヘタは尋ねた。



「……当たり前じゃ」

 龍之介が応えた。



「ボクは……お前に、望んでも良いのか?」



「……当たり前じゃ」



 まっすぐな、それでいて純粋な龍之介の目を見て、ヘタは、自分で答えを出した。

 このまま、この場で殺されようとも――ローランの望む『殉教者守護者』にではなく、最後まで、自らの幸福を願う、『ただの普通の人間反逆者』でいることを選んだ。


「……ありがとう……龍之介……」


 ヘタは心から感謝して、そして笑った。

 その姿を見て、龍之介も己の答えをしっかりと、手にした。


 この瞬間……私は確かに龍之介が、人間の限界という扉を開いたのを見た。


「――ローランよ……お前はやっぱり間違っとる」

 蘇ったただのチンピラが、英雄の黄金騎士を否定する。

 ヘタの願いが、龍之介に力を与える。


「お前は少し前までのワシと同じじゃ。お前は……守りたいものを守れず、この転生先でやり直そうとしとる。贖罪しようとしとる」


 そうかもしれない。龍之介とローランは似ている。


 ローランは愛するもの(王と民と国)を守れなかった。

 龍之介は大切な恩人オヤジを守れなかった。


「ワシもそうじゃ。オヤジを守れんかったワシは……二人を守ることで、その罪を……後悔を……打ち消そうとしていた。やり直そうとした」


「……黙れ……」


 龍之介とローラン。二人は、転生先で生前できなかった後悔と未練を果たすことを望んだ。


 だが、今の龍之介は違う。


「じゃがな……ヘタはワシに危険を承知で着いてきた。その時、思ったんじゃ。ヘタはオヤジの代わりなんかじゃない」


 龍之介の言葉が……ローランの鉄の心に叩きつけられる。


「……黙れ……」


「ワシ等は、過去をやり直すなんてできん。ヘタも、そこの王様も――代わりにはなれん。もう手遅れなんじゃ――」


 人生は決して、やり直すことなどできない。例え転生しても――その過去は変えられない。


「オヤジも……お前の守りたかったもんも……もう、決して帰ってこんのじゃ!!」


「黙れぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


 ローランは激高する。剣を両手に掲げ、


「究極闘鎧<アルティメイド>!!」


 最終突撃形態。ローランがかつて星に巣くっていた邪竜滅ぼす為、その命の輝きを力に変えて、満身創痍の末に邪竜の心の臓を穿ち、星の滅びを救った、究極の鎧へと変形する。


 その形態から放たれるものは、まさしく彗星のごとき輝きと、星すら穿つ神の一撃。


「それでも――」


 向かってくる破壊の光を纏うローラン。

 対して、ただ一降りの、命の光を、拳に込める龍之介。


「消え去れぇぇ! !」


 ローランはその眩むほどの輝きを持って、ついに自らを剣に変えて突進する。

 だが、対峙するその光に、身を盾にする者がいた。


「ローラン! やめてくれ!」 


 幼き王、ギュステンブルグがその身をもって、この戦いを止めようとしていた。

 健気にも小さな体を最大限に広げ、この二人の間に割って入った。


 ギュステンブルグは自分にしかできないことをした。

 マジェスティとして――二人の戦いを身を持って止めようとした。


「なっ!?」


 そのギュステンブルグの選んだ方法は――たった一つの命を捧げる行為だった。

 暴走するシュヴァリエに、マジェスティとして最後にできる唯一の行為だった。


 この一瞬、ローランの頭には、生前の――が過ぎった。

 自らの過ちの結果。愛した国の滅びと、最愛の王の最後。


 そして、それは彼の持つ、唯一の心的外傷トラウマ


「それでも――」


 ローランの一撃が彼のマジェスティに突き刺さる悲劇の寸前――


「それがどんなに辛くても、悲しくても――」


 龍之介は自らの脚と背を爆発させ、ほんの僅か――彼の剣が王を貫くより、ほんの僅かに先に――その拳を、彼の鎧に届かせた。


「ワシらは……それを受け止めなきゃならんのじゃ!!」


 拳が触れた瞬間に、爆発はなかった。


 だが、その拳は――突撃してくるローランの一撃を受け止め――ローランが再び悲劇を繰り返す前に――


「……馬鹿なっ!」

 彼の鎧を砕き、剣を折った。


「あれは――まさか!」


 あの技を私は知っている。

 あれは槍の名人が生涯最後に生み出した破壊の一撃『塵芥』!


 高速の体重移動シフトウェイトとタイミングが生み出す、威力の拡散!


 塵芥は女神抜きでも、再現できる可能性があった――だが――まさか龍之介の才能はそれを――恩恵すら模倣するほどのものだったのですか!?


「――お前も……わかっとるんじゃろ……」


 黄金の鎧は砕かれ、さらに彼の体にその一撃が最強の騎士の膝を折る。


 ローランの『究極闘鎧<アルティメイド>』は、最終突撃形態。つまり、最も攻撃力があるが、もっとも脆い形態。それを補うはずの『誇りを力にプライド・フルアーマー』は、王を剣で貫くという、彼の心的外傷トラウマを思い出させることで、一時的に無効化した。王への攻撃を止めるため、ローランの一撃も全力とは程遠いものだった。


 だが、まさかその一瞬の勝機に対して、最高の倍返しカウンターを決めるなんて……。


「ぐっ……認めろというのか! あの結末を! 仕方がないものだと諦めろというのか! あの悲劇を!」


 だが、ギリギリのところでローランもまた踏みとどまる。


 あの渾身の一撃を受けてもなお、鍛え上げられた肉体で必壊の一撃を抑え込んだ。

 だが、体の内部に伝わる龍之介の一撃は内臓や骨、神経まで伝わり、ローランの体に体験したこともない激痛が走っているはずだ。


 それでもなお、不屈の精神が――無敗の騎士のプライドが――倒れることを拒絶した。彼はまだ、倒れるわけにはいかなかった。


「そうじゃ……辛くとも、苦しくとも……転生すると誓ったなら……ワシらは全部、認めなきゃならん」


 龍之介はローランに言い放つ。

 だが、ローランはそれを認められない。負けられない。


「そんなこと! できるものか! それを認めてしまっては! 思い出にしてしまっては! あの時代に私と戦った者の思いはどうなる! 王の無念をなんとする! この国にも、あの地獄を顕現させるとでもいうのか! それこそ愚行でしかない! そんなことをするわけにはいかない!」


 追い詰められ、ローランの心が剥き出しになる。


「彼らは、まだ私のなかで生きている! この私に叫びかけている!! どうすればよかったのかと! 何がいけなかったのかと! なぜ救えなかったのかと!!!」


 今にも泣き出しそうなその顔で、龍之介を否定する。


 彼の人生は続いていた。死してなお――転生してもなお、彼の過去は続いていた。

 あの悲劇と――戦い続けてきた。


「違う! それはお前の意地じゃ! それがお前の目を……心を閉ざしているんじゃ! 目を見開け! 声を聞け! ワシ等の主人の願いを思い出せ!」


 龍之介もまた否定する。


 相容れない二人の意見――いや、信念。


「今度こそ、この騎士道を貫いて見せる! 今度こそ、この『道』を突き進んで見せる!」


 ローラン自身も拳を堅く固める。


「そうしなえければ私は――私はぁぁぁぁぁ!」


 振り上げるローランの狂気が、貫く信念が、拳に宿る。


 そして、ローランと龍之介の拳が交差する。


騎士道これしか――ないのだ!!!!!!」


 ローランには必要だった。彼を止める一言が、必要だった。


「……それだけじゃない――きっと他にも……『道』はあるはずじゃ――」


 その言葉で――ローランの最後の城壁は崩れた。

 交錯する互いに振り絞った一撃は――龍之介の拳のみ、騎士の体の奥底の芯を貫いた。


「……お前も、ずっとそう思っておるんじゃろ?」


 崩れ落ちるローラン。始めて、無敗の騎士はその体を大地につける。


 ローランは生前、自らの騎士道に貫き続けた。騎士道それしか知らなかった。


 だが、新たな世界を知り、二度目の人生を迎え、僅かな迷いを持っていた。


 己が殉じた騎士道。しかし、他にも、もっとなにかあるのではないかと――どこか、ほんのひとつまみ程度に、彼はそんな希望を抱いていた。


 同じ無念を抱いて転生し、同じ希望を抱き、そして僅かに、先にその答えに辿り着いた龍之介の言葉が、自身の奥底まで響いてしまった。


 こうして……私の一等星、常勝無敗の最強の騎士『アスタロイト・ローラン』は敗北した。


 その敗北に倒れたローランは……動かぬ体のまま――



 ――ただ、泣いた。

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