第5話 「決意の戦い」

 朝食を食べ終え少しの休憩の後、ニアたちは家を出ると戦いの舞台となる場所へと向かう。舞台となる場所は家から少し離れた場所で、その場所には既に颯天が待っていた。


「来たか」


 ニアがその姿を見たのは三日ぶりだったが。颯天に特別変わった様子も見た感じではなさそうだったが。それでも見て感じるものがあった。


「研ぎ澄まされておるのう」


 その様子をみた白夜の言葉に、ニアも同様の感想を抱いていた。今の颯天の様子はまさに澄んだ水面のようで。だが、動き出せばそれは激流となる事をニアは肌で感じていると。その肩に手が伸びてきて。


「ひゃっ!?」


「あまり、肩に力を籠める出ないぞ?」


「もうっ!びっくりさせないでください!」


 ニアが振り返ると白夜は後ろへと下がり、その表情はいたずらっ子のような笑みを浮かべており。


「うむ、いい感じに力が抜けたようじゃぞ?」


「‥‥もうっ!‥‥ありがとうございます」


 そんな白夜に頬を膨らませた後に舞台である広場の中央へと向かいながら小さくお礼を言い、ニアは颯天の近くまで歩いて行き、足を止める。止まったその足音を聞こえていた颯天は、目を開けてニアに尋ねる。


「体調はどうだ?」


「万全です!」


「なら、体調が良くなかったっていい訳もなしだな?」


「そんなこと言って、後悔しても知りませんよ?」


「そうだな。お前の覚悟を見させてもらうよ」


「ええ。期待していてくださいね!」


 颯天の挑発ともとれる言葉に対して、ニアも答えると颯天はその答えに笑みを浮かべて、二人の間に穏やかな空気が流れる。この戦いにニアの運命が掛かっているとはいえ、二人は互いに敵ではない。

 勿論、互いの想いを掛けた戦いになれば容赦などはないが、今ばかりはそんな事は関係なかった。

 だが、何事にも終わりは存在しており。


「では、二人とも。準備はいいかの?」


 二人に声を掛けた白夜も準備が出来たようで、その両手には霊力が籠っていた。


「大丈夫だ」


「私も、大丈夫です!」


「うむ。では、ゆくぞ!」


 二人の確認を取った白夜が霊力を込めた両手を打ち合わせる。すると周囲の空間は歪み、自然豊かな緑から乾いた土に周囲には石によってに作られた円形闘技場が姿を現すが、その光景を颯天は見たことがあった。


「円形闘技場(コロッセオ)か」


「コロッセオ、ですか?」


「ああ。俺たちが居た世界の古い時代に最も栄えた国で作られた円形闘技場の事をコロッセオって言うんだ。因みに二千年前の建造物だけどな?」


「二千年!? 凄すぎますよ!?」


 颯天の解説にニアは興味が惹かれたのか、辺りをキョロキョロと見回しており。その姿に颯天も思わず和みそうになったが。


「両者、共に準備は良いか!」


「「!」」


 真剣な表情の白夜の声によって二人の和みかけたその空気は張り詰めたものへと変わる。が、もちろん二人が本気で戦うための喝を入れる為と、もう一つ。嫉妬が混じっていた事を露ほども感じさせずに白夜は二人の間に立つ。


「ニアよ、本気で戦え」


「は、はい!」


「颯天もじゃぞ?」


「ああ、分かっている」


「ならば、両者距離をとった後、構えよ!」


 霊力が混じった白夜の言葉に颯天とニアは抵抗することなく従い、颯天とニアはそれぞれ距離を取り。

 己の武器を構える。その様子を確認した白夜はふわりと浮かぶように後ろへと跳躍し。


「この異界では、致命傷を負っても死ぬことは無い。故に存分に戦うのじゃ。‥‥始め!」


 戦いの幕開けを宣言した。と同時に一方が動いた。

 ニアと颯天。相対する二人の距離は凡そ10メートル。遠すぎず近すぎずといった距離だが、颯天からすれば一瞬で間合いを詰めることが出来る剣の間合いでもあった。が。颯天はその場から微動だにせずに剣を構えており。


「やあああっ!」


 その正面からニアは右手に持つ短剣は左から右への切り払い、それに連動する様に左手に持つ短剣は突きの動作へと移っているそんなニアに対し、颯天は防御の構えを取ることはなく、言葉を口にする。


「【まれ】」


「…っ!」


 颯天の言葉、言葉に霊力を込め聞いた対象を縛る「言霊」。それを間近で聞いてしまったニアの体は縛られてしまう。だが、それでも諦めずに体を動かそうとするが、そんなニアを前に冷酷な事実を颯天は付きつける。


「無駄だ。常人だと気絶するレベルの言霊だ」


 そう言いながら颯天は腕を上げ構えていた剣を上へと持ち上げる。


「終わりだ」


 そう言い、戦いの幕があっけなく閉じようとしていたが、ニアの眼に諦めの色は無く。


(何かをあるのか?)


 それ自体が作戦という可能性もあり得たが、「神縛り」を破ることは限りなく困難であるが、破る術があるのか。そんな思考に颯天の動きが僅かに鈍った時だった。


戦女神の守護楯イージス


 声も出せないはずのニアの声に颯天は咄嗟に錬金術で地面を操作し目の前に壁を作りだしたが、それは颯天の予感が当たっている事を示すかのように崩壊し、その視界の先にあったのは淡く白い光に包まれ、見た眼が颯天より少し下の十五歳に成長しているニアの姿で。そして、颯天の眼にはもう一人。髪型以外はニアとそっくりの、全身鎧に盾を持つ少女が見えて。


戦女神の剣テュール!」


「っ!?」


 目の前で起きたことに対して、奪われた思考を取り戻した颯天はニアが放った剣に淡い光を纏った斬撃を咄嗟に受けるが。


(この威力!?)


その威力は想像以上に強く、衝撃を逃がすために円形闘技場の壁へ吹き飛ばされ激突し、土煙を揚げる。

 颯天が押されているその様子に、観戦していた二人は驚きの声を上げる。


「ニアが…二人?」


「うむ。まあ、普通はそういう反応をするじゃろうな?」


「一体、どういうこと?」


「答えは簡単じゃ。ニアは、二つの女神の因子を受け継いでいたのじゃ」


 二人のニアに伏見も少々混乱した様子で答えを知っているであろう白夜に尋ね。

 伏見の問いに白夜はそう答えるが、以前女神の因子について教えられた伏見はある疑問を問う。


「でも、女神の因子は一人につき一つだけのはず…」


「うむ。そうじゃな」


 女神の因子は、一人につき一つ。教えられた情報からして伏見の言葉は決して間違えではない。だが、常識から外れた事は往々にして起こり得る。


「ニアは、恐らく双子じゃったのじゃろう」


「けど、ニアは知らなかった?」


「うむ。じゃが知らないのは仕方なかろう。恐らく母親の胎内で死産した妹の力を吸収したのじゃろ。もしくは、妹の存在を守るために無意識にそうしたのかもしれぬが。それによってニアの覚醒した女神の力を二つの力を持っている、という事じゃろうな」


 確かに、今のニアの背後に見えるのは全身鎧を身に纏ったニアそっくりの、うっすらと透けている少女の姿で。

 それに相対するように土煙が晴れた颯天は先程とは違い、濃密な魔力を身に纏っていた。


「ここからが、本番じゃな」


「うん」


 と、外野の二人が見守るなか、戦いの序章は終わり、本編の幕が開く。


(姉さん、大丈夫?)


(うん。助かったよ、ありがとう、アニ)


 颯天が自分の攻撃を受けて円形闘技場の壁へと激突した事、そして妹の声を聴いて張り詰めていた気持ちが少し落ち着き、少しだが肩の力も抜くことが出来た。


(どうかな?)


(うん、良かったと思うよ!盾は私が使うからお姉ちゃんの負担も軽く出来るし、もしもの時も対応できるし!)


(うん、じゃあお願いね?)


(任せて!)


 髪型以外は自分とそっくりな妹との会話をしていると、土煙が晴れて颯天の姿が見えるとそこには魔力を纏った颯天の姿があった。

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