第6話 「第二封印、解除」
(なるほど。アレが白夜との特訓で覚醒した、ニアの女神の力か…)
壁に埋もれた体を引っ張りだして立ち上がりながら、颯天はニアの新たな力を冷静に分析していた。吹き飛ばされたのは、確かに颯天の油断もありニアに一本取られたからだ。
がそれによって情報を獲得し、その力は颯天の中で既に幾つかの候補に絞ることが出来ていた。
(武器に関しては力を武具に憑依させ一時的に強力な武具にする、もしくは武器を具現化するかのどちらかだが…女神の力は強力であるはず…。となれば恐らく、後者だろうな)
ニアの新たな力は、まだ得てから二日ほどしか経っていない。そう考えれば今は武具に力だけを憑依させるが限界と考えられた。だが、本来具現化する武具の力を憑依させるとそれだけ負担が増えることによって武具は耐えきれずに自壊してしまうはずだが、ニアの持つ二刀の小太刀は健在のままで、颯天はその小太刀を知っていた。
(白夜からの餞別か)
見覚えのある小太刀。それは白夜が持つ武器の一つであり、接近戦においてよく使っているのを何度も見た武器だった。
そして、ニアに小太刀を託した餞別とは別にある颯天自身に向けての白夜の意を颯天は察してもいた。
(大切なのは分かるが、ニアの受け入れろ。そういう事なんだろうな…)
白夜の言いたいことも理解できる。だが白夜の伏見だけが知るある秘密。それを知ればニアは寧ろ自ら望むであろうことは想像に難くない。そうであっても、颯天は出来ればまだニアを縛りたくは無かった。故に負けるわけにはいかない。
「…やるしかないか」
一度だけ深い深呼吸をする。
白夜が作ったこの異界では、致命傷などによって死ぬことはない。であるならばと颯天の中にあった油断と慢心、その他の感情も消え去り、一つの覚悟を決めた。
(出来れば、使いたくは無かったんだが。最悪は
危険になれば白夜と伏見の二人は動くだろう。そう確信にと言える思いを胸に颯天は覚悟を決め、その言葉を口にする。
「第二封印、解除」
瞬間、颯天の体から放出されるは暴力的なまでに圧倒的な魔力で。同時に颯天の四肢を魔力が覆うと両腕の行き先から肘、足先から膝にかけて生物的なモノへと変化するが、外面だけでなく内面にも変化があった。それはまるで酒に酔ったかのような酩酊状態へと変わる。
第二封印の解除、それによって起こるは魔力の実体化。颯天の中にあるとある存在の力の一部が魔力によって形成される。
「思い切ったものよのぅ」
「あれが‥‥颯天」
颯天の変化にいち早く気が付いた白夜に驚きはない。だが伏見は違った。颯天から聞いていたとはいえ実際に見たのは初めてだった。
荒々しいまでの魔力に加え、魔力が集まり形作られたその生物的な形態はとある生き物に酷似していた。
それは、空想上の生き物として語り継がれ、ある物語では黄金を守る存在、とある物語では人に災いを齎し英雄が倒す邪悪な存在として語られる事が多い最強の生物。
「‥‥ドラゴン」
「そうじゃ。アレが颯天の中に巣食う存在よ。そして、わしらはその為の
「…うん」
まだ、ニアだけが知らされていない、颯天から聞かされて伏見も初めて知った
「あれは、颯天の中にある龍の力が漏れ出た結果じゃ。強大過ぎるが故に普段は封印によってその力を抑え込んでおるのじゃ。じゃが龍の力はいわば颯天本来の力でもあり、それをも抑え込んでしまう欠点がある」
「その欠点を補うのが、限定的な封印の解除」
「そうじゃ」
颯天から教えてもらった封印は全部で六段階あり。第一封印は、限定的な魔力の解放。今目の前にしているのは第二封印の解除による魔力の実体化だった。
「第二封印の解除によって魔力が形を持ちそれを装い着込むように見えるから、便宜上「魔力形装」とわしは呼んでおるの」
そして、その魔力形装を纏った颯天はその体がブレた。そう思わせるほどの速さで距離を詰め「黒鴉」を振るい、反応しきれなかったニアの無防備な胴に剣が当たったと同時にニアは弾き飛ばされるが直ぐに体勢を立て直し、颯天の剣を受けた場所には、傷はなかった。
(姉さん! 大丈夫!?)
(…うん。ありがとう、アニ。…これが、颯天さんの本気…)
今の攻撃。ニアから見れば瞬きの間に距離を詰められ、気が付けば吹っ飛ばされていて、咄嗟に体勢を整えただけというのが実情で。
正直、アニが
「ガアアァっ!」
「っ!?」
普段の颯天からは考えられないその荒々しい声とは裏腹に速く、無駄が無い動きにニアはどうにか致命傷を負わないように逸らすのに精いっぱいになる。
(お姉ちゃん!)
(うん!)
だが、今のニアは一人ではなく。縦に振り下ろされる斬撃をアニが斜めに構築した楯によって颯天の攻撃を逸らし。その隙を無駄にすることなく、ニアは一歩踏み出し両手に握る小太刀で突きを放つ。
「やああぁぁっ!」
攻撃を逸らされたことによって颯天に防御は不可能。故にニアの小太刀は颯天を捉える。そう思っていた時、金属音によってニアの前に火花が散った。
「えっ?」
予想外の事にニアの思考は停滞したが、その眼は剣の腹で小太刀を受け止める黒い刀を確かに見えていて。
(もしかして、剣を逸らされた後、私の剣の場所を見た後に剣を持ち直して、防いだの…?)
常人であれば当然不可能な芸当。だが、ニアはその芸当に颯天ならと納得する自分もおり。
(姉さん!)
(!?)
アニの声が聞こえニアは咄嗟に後ろに下がると目の前に貫手が迫っており、あと少しでも下がるのが遅れていればニアの頭に直撃していたかもしれず、死という単語が浮かびニアの背中に冷たい汗が伝う。
「良ク、避ケタナ」
「は、颯天さん…?」
普段とは違う、まるで颯天とは別の何かが混じっているかのような感じがして。
(姉さん!上!)
「!?」
妹の声が聞こえたると同時に背筋に冷たいものを感じて、ニアは上を見ることなく更に後ろへと跳躍すると。何時仕掛けたのか巨大な魔力塊が直前まで立っていた場所に魔力の塊が墜ち地面を破壊し土煙をあげる。
「余所見ヲスルナ余裕ガ、アルノカ?」
「っ!? くぅっ!」
目の前で起きた破壊から逃れることが出来たという安心感の隙を突くかのように距離を詰め剣を振るってきた颯天にニアは咄嗟に剣を構える事で防御するが、その威力を殺すことは出来ずに地面に轍を残ぢながら後退するが、直ぐに小太刀を構える。
(これは、思っていた以上だな…)
正直、ニアの力を侮っていたかと言われれば颯天は頷かざるを終えない。だがそれでも手を抜いていない状態の颯天の攻撃をニアはギリギリではありながらも食らいつき、防いでいる。
(恋する女は強いって事なのかな‥‥っ!?)
どくんっ! 突然、颯天の中で、颯天のものではない鼓動が息づき。酩酊状態の視界が悪くなり靄が掛かり始めたが、見えないように取り出した苦無を足に刺し、その痛みで掛かっていた靄が晴れた。
(あんまり、時間はかけられないな)
今は、まだ大丈夫。抑え込める。だがそれが十分か、それともニ十分か、もしくは短い五分か。それは颯天自身にも予想できないもので。
(けど。吞まれたら吞まれたでニアにも伏見も
自らの手で、最愛の人を殺してしまったあの姿を。
そう内心で思いながら。酒を飲んだかのような酩酊状態の中で颯天は再びニアへと距離を詰め、【黒鴉】を振るい、颯天の斬撃にニアは辛くも防御し地面に新たな二本の轍を作る。がニアは先程よりも速く体勢を整えたかと思うと、一息に小太刀の間合いへと距離を詰め剣を振るう。その動作は粗削りながらも颯天自身に似たような動きで。
「…ホウ」
吹き飛ばされる。そこまでは先程と同じことの焼き直し。だが颯天はニアの変化に気付いていた。
「少シダガ、俺ノ動キヲ模倣シタカ」
「ええ。私が好きで最強の人は、
「ホウ?」
押し込む事に使っていた力を、ニアは抜いた。それによって颯天が体勢を崩すことは無い。それは分かっていてニアは力を抜いた。
「私も、
瞬間、先ほどとは打って変わり高速でニアは移動し颯天の背後を取り小太刀を振るうが、それは颯天に防がれてしまう。が、そこで終わりではなく。
「私だって、何時まで、同じままじゃ、無いです、よ!」
「アア。ソウダナ!」
今のニアの剣戟を表すなれば、まるで豹のように俊敏でありながらも柔軟。柔軟でありながら時折に剛が混じる変幻自在の剣戟。
それに対して颯天は嬉々としてニアと剣を交える。それは十秒にも満たない時間であったが、ニアと颯天。二人取ってそれは長い時間のようだったが。それは唐突に終わりを迎える。
「グッ!?」
剣を交えた数が三十を越えた時、唐突に颯天が苦しみ始め、それに呼応するかのように魔力がまるで意思を持っているかのように増大し始める。
「ハヤテさん…?」
「【クルナっ!】」
「っ!?」
異変に気が付いたニアが心配し近づこうとしたのを巻き込まれないように、颯天は苦し気な声にのせた言霊でその動きを静止させる。
(抑え、切れない…か!)
そこが限界で、溢れ出た魔力は颯天を飲み込もうと変化は続く。
「悪ィ、アトハマカセタ!」
「ハヤテさん!?」
それを最後に魔力は颯天を完全に飲み込むと、背には翼が、変化がそれは既に颯天という人ではなく、その姿はまさに漆黒の小型のドラゴンだった。
「やれやれ、その必要性も分かっておるし、仕方ないとは思うが、本当に丸投げとはのぅ」
「必要な事だから、仕方ない。けど、今度お仕置き」
そして、そんな変わり果てた颯天を前に呆然としていたニアの側に2つの影、白夜と伏見が立った。
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