第4話 「地獄の特訓」

 白夜との特訓。それはニアにとって僥倖と言えるものだったが。その内容はまさに死戦。気を抜けば容赦ない火によって焼かれる。そう思わせるほどの威圧が白夜にはあり。


「っ!」


 その威圧により自分の内からこみ上げる恐怖を抑え込むように、一歩踏み込むと同時に「身体強化」で身体能力を上昇させ、距離を詰める。


「せやああぁぁぁっ!」


「‥‥」


 裂帛の声と共に振るわれた小太刀による攻撃に、白夜はその場から動くことなく僅かな動作で。剣をかなりの余裕をもって回避した。しかし、そこからの反撃をすることはなく無く、ニアと白夜の初めの交差は終わりを告げ、ニアは再び白夜と向かい合う。


「本気でこいと言ったはずじゃぞ?わしを馬鹿にしておるのかの?」


「いえ、してません!」


「甘い」


「…!? きゃああっ!?」


 透き通る声音でそう言った白夜に対し、それを否定するかのようにニアは再び距離を詰める。今度は直線ではなく、ジグザグに距離を詰めるが。

 そんなニアに対し、白夜は手を振り。それだけで二アはバランスを崩し。そこに追い打ちを掛けるように、ニアのすぐ横で狐火が爆ぜて、その爆風によって後ろへと飛ばされるも、咄嗟に受け身を取ることが出来た。


「一体、どうして…?」


「それに気が付かぬのであれば、到底颯天に近づくことは出来ぬぞ?ほれ、何時まで呆けておる?」


「っ!」


 ニアは咄嗟に後ろに飛ぶと数十以上の狐火が着弾し、土を舞い上げるだけに留まらず後ろに跳んだニアにも狐火が追ってきており。


「っ、はあああぁぁぁっ!」


 足が地面に着くと、ニアは両手に握る小太刀を以って狐火を打ち落としていく。だが、打ち落とすにしてもそれは容易ではなかった。


(一つ一つの軌道が違い過ぎる!)


 まるで、前の軌道から僅かにズレていて。その細かな軌道のズレに合わせて小太刀を振る必要があり。必然的にニアの精神をすり減らしていき。


「隙だらけじゃぞ?」


「!?」


 聞こえるはずのない声が突如として背後から聞こえた。そう認識した時は既にニアは蹴り飛ばされて地面を転がっていた。


「っ‥‥げほっ、げほっげほっ!!」


「ほう、多少は衝撃を逃がせたようじゃな」


 苦し気に体を起こしてむせるニアに対して、白夜は淡々とその事を褒めるが、それに答える余裕はニアにはなかった。

 蹴りを食らった瞬間、もはや咄嗟というよりは本能的に体が少しでも衝撃を逃がすために転がった結果で。ニア自身が考えてしたものではなかった。


(今の‥‥まともに当たったら、死んでたかも‥‥)


 先ほどの白夜の蹴り。そこに一切の情け容赦はなく、自分をだと。


「ほれ、いつまでそうして居るつもりじゃ?」


 そして、本気の白夜がわざわざニアが立ち上がれるようになるのを待つはずもなく。白夜の背には百に迫る数の狐火が浮いており。


八重の桜火やえのおうか


 白夜から放たれるは、まさに機関銃が如く放たれる無数の狐火。それらがまだ立ち上がる事すらままならないニアへと迫る。


「ほれ、早く動くのじゃ。でなければ死ぬぞ?」


 事実をただ淡々と告げる白夜。だが、まだ先ほどの白夜の蹴りによる痛みで動けないニアはその場を動く事は出来ずに、容赦なく狐火が雨あられの如く降り注ぎ爆炎の花が咲く。


「うむ、よくぞ動いたのぅ」


 白夜が賞賛の声を上げた先には爆心地から二メートル程の距離でうつ伏せに倒れているニアが居た。白夜が見た限り、着弾のほんの僅かのタイミングで動くことが出来たようで。九死に一生を得たニアは荒く息を吐いていたが。それは束の間の急速に過ぎない事を、ニアは理解していた。同時に、まだ手を抜かれている事も。


「じゃが、まだ終わってはおらぬぞ!」


「つッ!」


 未だに、言う事を聞かない体を無理やりに動かし奔る痛みを離さなかった小太刀を握る事で誤魔化しニアは走り。その後ろを狐火が着弾し土と炎を巻き上げていく。


「はああっ!」


 逃げる中で、感覚が戻ってきたのを体感したニアは左足に魔力を集め、強化した脚力で地面を強く踏みしめる事で砂を巻き上げ、狐火の迎撃、同時に白夜からの視線を切ることに成功する。


「旋風(つむじかぜ)」


 突如として目の前に起きた砂と土による煙幕を作り出したニアに感心しながら、放った「旋風」によって煙幕は晴れるが。その場にニアの姿は無かった。


「‥‥ふむ。まあ悪くはない。じゃが」


「がっ!?」


 その事に白夜は小さくそう呟くとそのまま、片足に重心を乗せ、捻りを加え体を独楽のように回しつつ後ろへ回し蹴りを放ち、背後に居たニアは蹴り飛ばされて地面を転がるが、その手が小太刀を離すことは無く、迎撃される事を想定してようで、ニアは直ぐに体を起こす。


「…っく」


「気配の消し方が甘いぞ? それに手を抜くな、と言ったじゃろうに。「蛇蔓へびつる」」


「!?」


 白夜がそう言った直後、ニアの足は「蛇蔓」によって絡めとられ。咄嗟に小太刀で切り裂き距離を取ろうとしたニアだったが白夜の前でそれは、遅すぎる判断だった。


「神縛り(かみしば)」


「‥‥!?」


 後ろに飛ぼうとした。だというのに地面から足が離れるどころか、体の全てがまるで何かに拘束されてしまったかのように動くことが出来なくなり、声すらも出すことが出来なかった。


「声も出せまい? これは神をも縛る言霊じゃよ」


「…‥‥っ!?」


 そういう間も、白夜の体からは先程よりも霊力が溢れ出し、ニアはその圧倒的な霊力に当てられながら

 白夜の背に二本の尻尾と更に霊力が尻尾の形へと象るのをみた。その数は七つ。


「流石に、本気を出すと颯天に怒られてしまうからの。凡そ三割ほどじゃが、今のお主相手ならこれで十分じゃろう」


 そういう白夜の髪の内の僅かだが白へと変化する。


「さて、これで目覚めるかのぅ?」


 すぅ、とまるで舞を踊るかのようにごく自然な動作で空に縦と横に二本の線を引き四角をかいた後、白夜は手を上にあげる。


「逃げ場はない。目覚めなければ、死ね」


 それは、人ならざる存在。一切の感情を感じさせない運命を決める絶対強者の眼で。そんな白夜は手を静かに降ろされる。


「赤星(あかぼし)」


 それと同時に頭上より降ってきたのは、紅蓮の星。その着弾点に居るのは、ニア。しかし、神縛り、そして上を除いた左右、下を結界によって囲まれた状態で逃走も不可能と言える状況で。


「…‥‥」


 ニアは、自分自身に死が迫る中で、神縛りであっても動くことが出来る己が内にある扉の前に立つもう一人の自分自身に。


(本当にいいの?)


 もう一人の自分からの問い。それは自分の中に残る、自分がどうなるか分からない等の僅かな不安によるものなのだろう。だが明確な死を前にして、ニアの中の想いは強固なモノへと変わった。


(私は、進む。一緒に居る為に。だから、その為なら私は神を殺す「英雄」になる。だから、扉の先にある力を!)


(‥‥後悔は、しない?)


(しない!)


(‥‥分かった。貴女の道に、光と希望がありますように)


 自分の中にある迷いを振り払うように宣言し、扉の前に立つと、その扉を開いた。


「それにしても、良く生きておったよのぅ」


白夜の声にニアの回想はそこで終わり。意識が現在へと戻る。


「過ぎたことを言うのもアレかな~と思いますけど。白夜さん、あの時は本当に手加減してくれなかったですよね?」


「まあ、そうじゃの」


「‥‥今更ですけど私、下手をしなくても死んじゃってたかもしれなんですよね」


「うむ、そうじゃの」


 ジト目のニアの問いに対して、白夜はごく自然にそう答え、それによって白夜へと向けるジト目の視線は強くなるが、白夜は我関せずだった。


「あの時、かなり凄い爆発が起きてた。もしかして、それ?」


「…多分、それです」


「あれは、凄かった」


 伏見が言うには、あの場所から離れた家に居た伏見でさえ分かるほどの爆破とは相当な規模で。白夜が結界を張り衝撃を全て上へと逃がすようにしていなければ、あの周辺が焦土になる事など、もはや当然と言えるほどの威力と証明でき。

 また同じような状況になって生きている自信はニアもなく、我ながら良く生きてたなぁ。と黄昏ていると。


「それでじゃ。どうじゃ?」


「‥‥うん、大丈夫」


「…そうか」


 白夜からの問いに、ニアは眼を閉じ自らの中にあるその力を確かに感じ取り、力強く答える。その様子に白夜は笑みを浮かべるとそれ以上の事は言わずに静かにお茶を飲み。


「‥‥」


 ニアは、目前に迫った戦いに、自分を奮い立たせるように、拳を握りしめた。

 颯天とニア。二人の戦いは、目前に迫っていた。

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