第2話 「覚悟」
三日前。ニアの颯天と肩を並べて戦いたい。その為なら、私は人である事を辞めるその言葉を聞いた颯天はニアの頬を叩き。
「もし英雄になる。そう言うなら、お前とはここまでだ。ニア」
と一切の感情も温度もなく、それは機械的なまでにそう言った後、もう一度よく考えろという言葉を歳以後に颯天はニアたちの前から姿を消した。
その翌日の朝、日の出と共に誰よりも早く起きたニアがしたのは二階にある寝室の確認だった。
ノックをするも、中からの返事はなく。ニアは静かに部屋のドアを開ける。
「…失礼します」
小さくそう言いながら中に入る。カーテンは閉められていたので開けると、窓から入る光によって照らされた薄暗かった部屋が照らされる。
部屋は一階の部屋とは違い、部屋のドアを開ける。
奥にはドアがあり、その近くに執務机に本棚があり。中央には来賓を迎える為のテーブルと一対のソファが置かれており。それらの横を通り過ぎ、ニアは執務机の奥にある部屋、即ち寝室へと繋がるドアを開ける。
ドアの先にあった寝室は、一階のとは違い、ここは王族。即ちアルレーシャが来た際に使われる部屋で。女王の部屋という事もあり、大人が2~3人ほどの大きさのベットに加えて本棚に加えてロッキングチェアと呼ばれる椅子に小さなテーブルが置かれていた。
「‥‥いない、ですか」
しかし、そんな事に目もくれず、ニアはぐるっと部屋を一瞥して、人の気配が無い事を確認するとドアを閉め、肩をやや落としながら応接室を出るとそのまま下の階へと戻る。
「朝ご飯、作らなきゃ…」
朝ご飯になれば来てくれるのでは、そう儚い希望と自覚しながら、今の自分の為すべきことを事をする為に、ニアはそのまま調理場へと向かっていった。
そして、ニアのその淡い期待は裏切られ、颯天が朝食の席に現れることは無かった。
「まったく、主殿の大人げのなさにも困った者じゃな!」
「いえ、そんな事はないで「あるのじゃ!」‥‥はい」
ニア以上に、颯天の態度に怒る白夜の言葉に押されてニアはそういう他なく。そもそも、ニアが今いる場所は人の気配のない森の中で。白夜は迷いなく進んでいき。その背中を追うようにニアは歩いているだけだった。
「ちょっと、散歩に付きおうとてくれぬか?」
朝食を食べた後。そう白夜がニアに声を掛けてきて。特に何もすることも、いや、するつもりが無かったニアを白夜はその手を引っ張りやや強引にニアを連れ出したのだった。
白夜の行動は、ニアに対する善意からだろうとはニアも思った。だが、同時に不思議に感じてもいた。
「どうして、私を責めないんですか?」
人であることを止めようとして、颯天によく考えろ。そう言われたニアは颯天とは違って自分を責めない白夜に、もっと言えば、あの場に居た伏見もアルレーシャもニアの事を責めなかった。
その理由が何なのか、気になったニアは白夜に尋ねて。
「何、好きな男の為に人であることを決断するなぞ、並大抵の覚悟で言ったわけではなかろう?」
「それは、そうですけど…」
白夜は振り返る事も、足を止めることなくそう答えて、ニアは何も言えなかった。
ニアとしても、決して軽い気持ちで言ったわけではなく、覚悟を持っての宣言だった。それ故に颯天によく考えろと言われたのが何よりも堪えているのだが。その様子に顔は見えないが、白夜は言葉を続ける。
「であるなら、わしらが止めるのはお門違いもいい所じゃ。わしたちはニア、お主本人ではないからの。勿論、間違った道に進もうとするのであればそれは止めるじゃろう。じゃが、わしたちはお主の選択は間違いではないと信じておる。それは、颯天の奴も同じじゃ」
「颯天さんが‥‥?でもっ!」
「覚悟を否定された、か?」
「…っ!」
颯天は自分の覚悟を否定された。そう口にしようとした言葉を白夜に言われてしまい、ニアは何も言えなかった。その様子が背中越しに伝わったのかは不明だが、白夜は握っていたニアの手を離し、数歩ほど歩いた後、足を止めた。
「別に颯天は、お主の覚悟否定した。という訳でもないんじゃぞ?」
「‥‥え?」
「あやつは、お主の覚悟を認めておる。そう言っておるのじゃ」
「でも‥‥」
「良く思い出してみよ。あやつは、お主の覚悟を否定したかの?」
あの場での颯天の言葉のどこに、自分の覚悟を認めていると言えるのか。ニアは白夜の言葉通りに、あの時の事を思い出す。
「もし英雄になる。そう言うなら、お前とはここまでだ。ニア」
「もう一度、考えろ。いいな?」
一切の感情も温度もなく、それは機械的なまでの言葉と何の表情も、感情も感じ取れないほどの無表情で言われたその言葉をもう一度思い出して。ニアは気が付いた。
(…あれ?)
颯天の言葉は、脅し文句のように言っているが自分を踏みとどまらせ、もう一度考えさせる為に否定に近い言葉を言っているが、否定はしておらず、もし感情を意図的に消していたのだとしたら。都合のいい考えかもしれない。けどそう思えばその言葉は寧ろ…。
「私に発破をかけながら、もう一度、考えさせようとしている…?」
ニアの言葉に、白夜は尻尾を揺らしながら頷いた。
「そうじゃ。あやつは時に不器用でな。どうにも、大切な相手になると不器用になるようでの…。まあ、それで勘違いさせて何も言わなかったという点では、あやつが明確に悪い」
そう言って振り返った白夜の眼に嘘偽りない真剣なまなざしで。ニアはそこには子に向ける思いやりと、思う一つ、想い人を思う女としての二つの想いが入り混じっているように感じた。
「じゃが、わしはあのいい回しも、颯天がニア、お主に対して言った事は間違っておらん。そうも思っておる」
「どうしてですか?」
「好いておる男の言葉が響かず、一緒に居たいという自分の想いだけで止まらなかった場合。わしは颯天が何を言おうと、お主を切り捨てるつもりじゃった」
「え…‥!?どうして、です?」
白夜の言葉に、ニアは驚くことしか出来なかった。何故なら白夜の雰囲気は先ほどとは打って変わり、その見た目からは想像も出来ないほどの威圧感に心なしか、周りの空気もヒンヤリと感じた。
「当たり前じゃろ? 好いておる男の眼を自分に向ける為に、その為に英雄になると言うなど。それは颯天を縛り付ける行為など、もはやそれは愛ではない。ただの偽善で独占じゃよ。まあ、わしの場合は嫉妬が九割じゃがな?」
その言葉から、それが冗談で言っているのではない事は十二分にニアも分かり、背筋がぶるっと震えた。確かに、そうすれば颯天は自分をより見てくれるなら。と一緒に居るためという影に、颯天を独占したい。そう無意識に考えてしまっていた事は否定できなかった。同時に。
昨日、颯天の言葉に足を止めた自分を思わず、ニアは褒めたかったし、心の底から感謝した。
「それでじゃ、ニア。今のお主はどうなんじゃ?」
「え、どうとは…?」
「英雄になる。その気持ちに変わりは無いか?」
「それは……はい。変わってません」
唐突な白夜からの問にニアはその問いの真意が分からずに尋ねると、白夜は濁すことなくストレートに聞いてきて。
それに対して、ニアは少しの間のあいだに、自分の気持ちは揺らぐことも変わってない事を改めて確認、一呼吸し答えた。
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