第1話 「勝負の朝」

良く晴れた日の早朝。習慣となった朝の目覚めで。


「ん‥んんっ‥‥朝‥‥ですか‥ふあぁぁ」


目覚めた少女。ニアはと眠気を振り払うように寝床から抜け出すと、そのままリビングに向かい。

リビングに入ると台所の近くに置いてある水瓶の蓋を開け、を使い桶から水を取りそのまま家の外へと出ると、まだ夜が明けてそれ程経っていないせいだろう、音は空を飛ぶ鳥たちの羽音と鳴き声。

上を見上げれば木によって覆われながらも、隙間からは朝日の光が差し込み。

それはとても静かで、妖精の国に来たかのようだった。


「ふあああぁぁ‥‥顔を洗おう…」


しかし、今にニアにとってそれは確かに幻想的と言えるもので、平時であれば綺麗だなぁ。と感想の一言も出ただろう。

だが今のニアに、そんな心の余裕は無かった。


(颯天さん、今日も居なかったなぁ…)


ニアが慕う男、影無颯天。その実力はまるで物語に出て来る勇者か、それ以上のモノを多少は戦いを知ったニアは出会った時よりもより感じており。

彼に憧れて、彼の隣に居たくて。その為に強くなりたくて。

その為に、ニアはある決断。自身に宿る英雄となる為の種である女神の因子。それを目覚めさせる、四大精霊達がそれぞれ創った「女神の迷宮」の一つ。

女神の水迷宮へと挑む事を望んだが、その話を来た颯天は強く反対し、良く考えろとニアに言って早3日。


「はあ…冷たい」


眠気を払うように冷えた水で顔を洗うと、頭の靄もしっかりと晴れ、思考も動き出す。

この3日間の間、食事時にも、夜も貸りている家の部屋に戻ってくることもなく。ニアは一度も颯天と話すことも、そもそも会う事すら出来ていなかった。

だが、それでもニアの「英雄になる」という気持ちに変わりは無かった。


(颯天さんの気持ちは嬉しい。けど、私だって生半可な覚悟で言ったわけじゃないもん!)


意地になっていると言われればそれまでだが。

何故、ニアが英雄になりたいと思ったのか。それは颯天大好きな人と一緒に居たい。その思いだけだった。大好きな人と一緒に居られるのであれば、人であることを捨ててもいい。ニアはそう思っていた。

だが、少し日を開けた事で、ニアもあの日何故颯天が自分の頬を叩いたのか、なぜ考えろと言ったのか。その意味もおぼろげだが分かり始めていた。


(颯天さんは、そこまで戦えなくてもいい、「人」である私が好きなんだ)


颯天も、ニアと一緒に居る事を拒否したのではなく。自分といる為に人の道から外れようとしている事が嫌なのだと。まるで、既にその先に何があるのかを理解しているかのようで理解は出来る。だが、ニアとしてはそれだとしても嫌だった。一緒に居る。けど颯天の後ろをただ着いていくなど、ニアは嫌だった。


「だから、私は…」


水が残る桶に移る自身の眼を見つめ。覚悟を秘めながら誰にともなくニアは一人呟き、それは空気に溶け込むように消えて行き。ニアは顔を洗った水を捨てると朝食を作るために家の中へと入っていき。

そして、そんなニアの姿を木の上から見る颯天の姿があった。


「ふああぁぁ…。いい加減、声を掛けたらどうじゃ?」


「そういう訳にはいかないさ。分かってるんだろ?」


早朝であるために、白夜は眠そうに欠伸をするのを背中で感じながら、ラフな格好な状態で颯天は白夜にそう答える。


「まあのぅ。ふああぁぁ。じゃが、あの娘の健気で一途の想いじゃからの。そこは分かっておるんじゃろ?」


「そこは、まあ、な」


「モテる男は辛いのぅ?」


「…‥‥‥」


颯天としても、ニアからの一途な好意が嫌という訳ではない。寧ろそれは颯天としては嬉しいものであって。後ろでニヤニヤしているであろう白夜に対して何も言わずに颯天はニアが朝食を作り始めた貸家に背を向ける。


「逃げるでないぞ?」


「分かってる。アイツの想いだからな。正面から受けるさ」


すれ違いざまの白夜の言葉に颯天はそう答えると、音もなく跳躍し、森の中へと姿を消す。


「やれやれ。手のかかる事じゃの」


意地の張り合い、我儘。という言葉は簡単だが互いに、互いを思っているだけに絶対に譲れない事によっておこる衝突。それは良い方か、悪い方、どちらかの結果になる。

が、白夜は心配していなかった。


「さて、主殿は正面から受けるといった。あとはお主の想いの強さ次第じゃ。頑張るんじゃぞ、ニアよ」


そう言い、ニアが作っているのだろう、肉とは違う魚介系のいい香りが漂い始めた貸家へと誘われるかのように白夜は向かって行き、家の扉を開ける。


「おはようじゃ!」


「あ、白夜さん。おはようございます!」


「うむ。今日は魚かの?」


家の中に入るとニアは魚の開きを焼いており。肉とは違った魚特有のほんのりと焦げた食欲を刺激する香りが白夜の鼻をくすぐり胃の空腹をより認識させた。


「はい。昨日いただいた塩漬けのお魚のです。後は頂いたパンとお野菜を使ったサラダですね」


テーブルを見ると既にそこには人数分のサラダに加えてパンに野イチゴのジャムが準備されており、あとは魚が焼けるのを待つばかりの様だった。


「ふむ、ならばわしはあやつらを起こしてくるかの」


「あ、よろしくお願いします!それまでに食べれるように準備をしておきますね!」


「うむ。頼むぞ」


ニアにそう声を掛け、白夜は寝室へと向かう。貸家であるこの家は二階建ての一軒家で。元々カヴァリナ皇国からの来客の為のもので、護衛達も寝れるように寝室は五部屋あり。そして各一部屋につき二つのベットが置かれており。

白夜が起こしに向かったのは個室である一部屋を除いた四部屋の内の一部屋で。


「朝じゃ!起きるのじゃあ!」


「‥‥うにゅ‥‥」


「‥‥‥‥スゥ‥‥スゥ‥‥」


部屋を開けの白夜の声に対して、ベットで眠っていた二人。伏見とフランはそれぞれ目を覚ますことなく、気持ちよく眠っていた。


「お、き、る、の、じゃああぁぁぁぁ!!!!」


「‥‥うるさい…」


「‥‥‥」


二度目となれば、白夜も先ほどよりも声を張り上げる事は必然で。そのお陰か、先ほどはピクリともしなかった伏見とフランは僅かに眼を開け、体を起こすが。

瞼は半分近く閉じられており、放っておけばそのまま二度寝するのは明白で。


「起きぬというのであれば、夜の睦み合いの権利はわしからで…」


「それは、ズルい」


今は忙しい事もあって精々一緒に居ることしか出来ないが。何れは体を重ね合う時に誰が最初にするかという女の戦いを持ち出した白夜の言葉に伏見も目が覚めたようで。

その眼はジト目で白夜を見ていた。


「それなら起きよ。そしてこの件は何れ話し合うとしてじゃ。フラン、起きねば朝食が無くなるぞ?」


「‥‥おきる!」


朝食という言葉を聞いた瞬間、それまでじゃ狸寝入りでもしていたかの如くフランは眼を覚ますとベットから起きるとそのまま白夜の横を通りリビングへと駆けて行った。


「ふふ、元気じゃの」


駆けて行ったフランの様子に白夜は微笑ましさを感じながら、自身もリビングへと戻るために向きを変える。


「伏見よ。早く来なければ無くなるかもしれんぞ?」


「それは‥‥困る」


後ろでベットから起きる音を聞きながら、白夜もリビングへと歩いて戻ると。テーブルの上にはニア手製の朝食が準備されており。


「はぐっ!もぐもぐもぐもぐ」


「もう、そんなに急いで食べなくても大丈夫だよ? あれ、伏見さんは?」


「直ぐに来るじゃろ」


フランは既に椅子に座って食べ始めており。その食べようにニアは嬉しさが混じた笑みを浮かべながら、フランの口元を拭いたりなどの世話をしており。

リビングに戻ってきた白夜に気付き、そこに伏見の姿がなく不思議そうにしているニアに白夜はそう答え、自分も椅子に座え、手を合わせると朝食に手を付け始め。


「‥‥おはよう」


白夜とフラン、そしてフランのお世話をしながら合間合間で朝食を食べていたニアに遅れる事、凡そ五分。まだ眠たげな伏見が欠伸をかみ殺しながらリビングへに現れ。

そのままややフラフラしながらも椅子に座り、コップを手に取り中に注がれていた牛の乳を半分ほど飲むと、野イチゴのジャムをパンに付け食べ始める。


そして、それから幾分かの時間が過ぎて。四者四様に朝食を食べ終えた後は伏見と白夜もニアの手伝いをして片付けを終える再び椅子に座り、お茶を入れて一息つく。


「いよいよ、今日、ですね」


「‥‥そうだね」


「‥‥‥」


お茶を飲み始めての穏やかな時間のなか口を開いたのはニアで。その言葉に伏見は短くそう答え、白夜は無言で答える。


「私、勝てるかな…‥‥颯天さんに」


「「‥‥‥‥」」


その問いに、白夜だけではなく伏見も無言になる他なかった。何せ二人が言うまでもなく、ニアもその実力を間近で感じており、二人に何かを尋ねる為に言ったわけではなかった。


「でも、こうでもしないと、颯天さんは認めてくれないからね」


お茶の水面に映る自分の顔を見ながら、ニアはそう独白し。その傍らで今日の戦いに至るまでの事を思い出していた。

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