第19話 「紅き月の魔女(ルナ・ロッサ)」

 その女を見た瞬間、アルレーシャが感じたものは陰だった。アルレーシャが黒として真っ先に思い浮かぶのは颯天だが。颯天は白の対極に存在する全てを飲み込む、魅了するような漆黒のようだが。目の前に浮かぶ女からは陰から誘惑し、堕落させ己が道具にして弄ぶ邪悪さを感じ取り、剣を構える。


「あら、初対面なのに随分と乱暴なご挨拶だったわね?」


「ふん、人様の国に降ってきておいてどの口が言うのか!」


 振るわれるアルレーシャの剣に対し、女は相手にしていないかの如く、ドレスの裾を揺らしながらまるで木の葉のように避ける。


「それは仕方がないことよ。何せ私が欲しい物があるのがここだったんだもの」


「ほう?では聞くが、その欲しい物とはなんだ?」


「この森にいる水の大精霊。その体よ。だから、邪魔をするっていうなら、死になさい」


 その体から発せられた魔力の波動は、先ほどの木の葉のような避け方をしていたとは思えないほどに濃く邪悪なもので。だがそれに対してアルレーシャは笑い、剣を構えた。


「あら? 恐怖のあまりにおかしくなっちゃった?」


「いや。お前の邪魔をするさせてもらうし、まだ成せてない事も多いからな。死ぬつもりは、毛頭ない!」


「そう。なら死になさい」


 昏い魔力に対抗するように、アルレーシャは自らの魔力を解放し、一息に空を駆け距離を詰める。だが距離を詰めるアルレーシャはに対して目の前の女は手を振った、それだけの動きで同時に作り出されたのは火・水・風・土・雷・氷の魔法で。


「【七魔法混合式魔法セブン・カラミティ】 七魔呵成セブン・プレス


 放たれるは槍、矢、弾丸などそれぞれの形状を持った魔法による相手に隙を与えることなく押し寄せる物量攻撃で。だがアルレーシャは足を止めることなく魔法を【明日を照らす絶剣】を持ってその道を切り開き進んでいく。


「やるわね。それじゃあそれはどうかしら【二魔法混合式魔法デュオミクス氷柱奔電ピラーズショック!」


 アルレーシャの左右に作り出されるは大気の空気を凍らせて作られた氷の壁。そこに奔るは電。


「さあ、これを潜り抜けれるかしら?」


 女の前に形作られるは、電が氷の壁を縦横無尽に奔る作られし一本道。


「上等!」


 しかし、アルレーシャは臆することなく足場を踏み込みその道を駆ける。


(それにして、恐ろしいまでの精密さだ)


 文字通り空を駆けるアルレーシャは目の前の電が奔る中を駆けながら、改めて目の前の女の魔法の技量に驚いていた。

 そも、最初の剣を避ける際にも剣の動きを読んだ上で余裕を持って回避している節も見えた時点で相当なのだが、それに加えて魔法の技量まで高いとなると気を引き締めなければとアルレーシャは更に一歩踏み込み加速し、時に奔る電を剣で払いながら突き進み電の一本道を抜け、【明日を照らす絶剣デュランダル】を振るう。


「はあああっ!」


生成魔法マグナウィード


 アルレーシャを待ち構えるように立っていた女は今度は避ける動作ではなく、一歩その手に魔法で作り出した細剣による突きを繰り出し、僅かな拮抗の後。魔法で作られた細剣は崩壊した。


「雷電蛇(サンダース) 獄炎蛇(サラマンダー)」


 だがそれで終わらず。生まれた僅かな時間、それによって襲い来るは雷と火で作られた蛇で。


「はあっ!」


 アルレーシャは【明日を照らす絶剣デュランダル】を振るい即座に雷と火の蛇を消滅させるがその際に距離を取られてしまった。


「へえ、にしては思っていた以上にやるわね?」


「この時代の、だと?」


 まるで自分が生きているのはこの時代ではない。そういうかのような発言にアルレーシャはふと疑問を感じた。今更ではあるが、先ほどのような濃密な魔力。

 この時代、アルレーシャが知る限りでそれを感じたのは異世界から勇者召喚に巻き込まれた颯天、堕天使の総督であるアザゼル。そして戦った熾天使コカビエルだけだった。そして彼らを知るアルレーシャの感覚は告げていた。目の前の存在は彼らと同じような存在だと。


「お前は、一体何者だ?」


「ふふ、そうね。そう言えば名乗ってなかったわね。いいわ、教えてあげる」


 女の体から魔力が放たれ、その全身を包み込むとまずに見つけていたドレスの裾は伸び、色も黒より血のように鮮やかな紅へ。ドレスと同じ漆黒のベールは無くなり抑えが無くなったことによって広がった髪は光の角度によっては雪のような白にも見える金色の髪に紅い瞳。だがそれ以上に眼を惹くのはその背中に生えていたのは蝙蝠を思わせる翼だった。


「私はウラノス。かつて最も栄えた国パルティータの元王女にして、紅き月に魅入られ親を、弟妹きょうだいを殺し、自らの国を滅ぼし、王位を剥奪された零落した存在である「紅き月の魔女ルナ・ロッサ」と呼ばれている、ただの吸血鬼よ」


まるで自らの最大の汚点を晒すかのような、自らを嘲る笑みを浮かべながら目の前の魔女、ウラノスはそう答えた。


「ほう、何らかの存在と思っておったが、かつてとはいえ夜の王の血を受け継ぐ正統な純血種とはの」


「白夜!?」


 一体いつの間に。とアルレーシャは驚くがウラノスと名乗った吸血鬼にはアルレーシャほど驚いた様子はなかった。


「へえ、貴女は…私と同じ純血?」


「そうじゃの。種族は違えどお主と同類じゃよ。やはり血の匂いでわかるのかの?」


 なんとなしにそう答えた白夜に、ウラノスはただ笑い返すだけだった。


「それにしても、お主ほどの力を持つ者が、何故に大精霊の体を狙う?しようと思えば多少弱っておろうとも、精神体から肉体を創り上げるのも可能であろう?」


「ええ、もちろん。けれど今の私には目的があるの。そして、今の私の力だけでは奴に及ばない。故に」


「力ある存在の体を奪う、ということかの?」


 白夜の核心を突く問に、ウラノスは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。


「…正確には目的を果たすまで、暫くの間体を借りる、かな。そして、それは如何に同じような存在である純血であろうと邪魔をするのであれば容赦はしない」


「ほぉ…面白い」


 その言葉にあったのは、明確な覚悟。誰に言われようと目的を果たすためにはどれほどの罵られるほどの罪であろうと背負ってみせる。

 そんな気概を感じさせる言葉で。白夜は笑った。


「アルレーシャよ。あの娘の相手は今のお主には荷が重い。故にワシが相手をする」


「え、でも…」


 確かにアルレーシャ自身もやや分が悪いと言う自覚はあった。だが、王である自分が戦わないというのはと表情に出ていたのか白夜は申し訳なさそうに言う。


「お主が言いたいことも分かる。あれ程焚き付けたわしが言うのも何じゃが、あの小娘には年長者であるわしの方が向いておる。特に今は視野も狭まっておるようじゃしの」


 白夜の言うと視野が狭まっているが何を指すのか今ひとつアルレーシャには分からなかったが、アルレーシャは一息吐き、【明日を照らす絶剣デュランダル】を解除し、光り輝く黄金の聖剣エクスカリバー光の加護受けし鞘アヴァロンへと納め剣帯に佩き直した。


「分かりました。任せます」


「すまんの。ついでと言ってなんじゃが」


 パンッと小気味良い拍手の直後、白夜の前に光の玉が出現したかと思うとそれは直ぐに消え。


「あれ、ここ何処デスか?!」


「え、ニア!?」


「あれ、アルレーシャさん…って、ここ空っ!?え、あれ!?」


 突如として現れたニアにアルレーシャも驚き、アルレーシャ以上に驚いているニアという珍妙な場が出来上がったが。


「ニアよ。今からの戦い、その目でしかと見ておくのじゃぞ。よいな?」


「え、あ、はい」


「というわけで、ニアの世話を頼むぞ」


 と、そう言うと白夜はもう一度拍手をするとアルレーシャとニアを包むように結界を貼り改めてウラノスへと向きなおる


「待たせたの」


「別に。負けたときに言い訳なんて聞きたくなかっただけよ。 影梟王(オウル)!」


 ウラノスが手を翳すと魔法陣が形作られ、そこから飛び出してきたのは体長四メートル程の大きな梟で、その存在感もだが、それ以上に強者特有の雰囲気を纏っていた。


「ほう、それがお主が使役する使い魔か?」


「ええ、名前はシェード。私の唯一の家族よ」


「…なるほどの。良い使い魔じゃて」


 使い魔。それは自身に従属、または魔力を与えるなどで契約を結んだ魔物を指す総称。そして使い魔の実力は主の実力を測る一つとなる。そしてシェードという名前の梟はまさにウラノスに相応しい威圧感を放っていた。


「ならば、わしも呼ぶとするかの。真菰」


 普段は隠している尻尾の内の一つを呼び出したは黒い髪を腰で纏め。顔には白き狐の面をつけた巫女の装束を身に纏い白い狐の尻尾が生えた十代前半とぼしき女で。


「そして念の為じゃが。お主の為にとっておきを見せてやろう」


人を驚かせる為の仕込みを終えた仕掛人の如く、笑みを浮かべた白夜は印を結び、祝詞を唱える。


「八百万の神々、最高位たる日ノ本を守護せし天照大神に願い奉る。異なる世界、新たなる世界を創造うむ、我が御業をご照覧荒れ。青龍、朱雀、白虎、玄武!」


白夜の祝詞が進んでいくと、白夜を起点に陣が形を成し、その四方、青、赤、白、緑の文様が光を放ち、その中心である白夜は黄金の光に包まれる。


「四神の守りを持って世の一切の不浄を断ち、長たる黄龍の力を持って安寧たる世界を形と成し、世界よ実れ 「天地創世」!」


 瞬間、白夜を中心に世界は白く染め上げられ、やがて形作られたる世界は陽が傾き、雲は茜色に染め上げられ、されど大地は黄金の稲穂が実り輝く穏やかで幻想的ともとれる世界。それを前にしてウラノスは世界に驚くのではなく、目の前の白夜に対して感心していた。


「へえ。貴女、気が付いているのね?」


「まあの。見られておる中でわざわざ手の内を見せるのは好きではないのでこうさせてもらったが。迷惑じゃったかの?」


「いいえ。寧ろ手間が省けたわ、よ!」


 間髪放たれるウラノスの攻撃は白夜に対してではなく、空へと放たれそれは目視では捉えられない距離で見えない何かによって搔き消される。


「いい結界ね。これも私に本気を出させるため?」


「そうじゃの。下手に手を抜くよりは全力でやる方が良かろう? それと、久方ぶりの強者じゃ。わしも軽く本気を出そう。第一霊位、解放」


 その証拠とばかりに、白夜は何重にも掛けている封印の幾つかを解くと同時に白夜の体は幼女から十代ほどの少女へと成長し、成長した体から溢れる霊力は嵐となり辺りに吹き荒れ森の葉を揺らし、雲を押しのける。


「加減が難しい故、死ぬ出ないぞ、小娘?」


「ふん、老い耄れが調子に乗るんじゃないわよ!」


 そんな白夜に対抗するかのようにウラノスの体からは真紅の魔力が放たれ白夜の霊力と拮抗し、先ほどまでの穏やかな世界は突如として生まれた二つの嵐のぶつかりによって白と真紅。二つの世界へと変貌し。


「真菰よ、あの梟の相手を頼むぞ?」


「…(こくり)」


「シェード! あんな仮面女なんて八つ裂きにしちゃいなさい!」


「ホゥ!」


 使い魔とその主。二つの嵐が激突した。

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