第18話 「護るべきもの」

 アルレーシャが構築した「渺渺たるリミットレス無窮世界ガーデン」   

 それは、言葉にするなれば【光の加護受けし鞘アヴァロン】の中にある無窮に存在する世界そのものを結界とするもので。

 それは光り輝く黄金の聖剣エクスカリバー光の加護受けし鞘アヴァロンの二つによって封印されている聖剣の真の姿である明日を照らす絶剣デュランダルから漏れ出る力を抑えるために鞘に施された空間術式によって作られた無数にして無窮の世界(くうかん)。

 それを魔力を持って鞘の外世界の外へと構築し、所持者が知覚できるだけの世界(くうかん)を展開し世界を盾とする光の加護受けし鞘アヴァロンの究極の盾。


 それが「渺渺たるリミットレス無窮世界ガーデン」 だった。そして、今。アルレーシャが構築した最硬の盾と天より降る凶星はぶつかり、火花を散らす。


 まず最初の接触で構築していた五つの世界(くうかん)の障壁の内の「青金」、「緑金」の二つが容易く砕かれた。だがそれによって凶星の勢いは僅かに弱まったかのように黄金で受け止める。がそれでも徐々にだが破砕音がアルレーシャの耳朶に響く。


「くそっ‥‥!」


 アルレーシャの頬を、冷や汗が伝う。

 過去、何度かカヴァリナ皇国にも魔物の復讐の大狂乱アベンジャーと呼ばれる魔物が群れと為し首都へと侵攻する事態が起こった。

 その際にアルレーシャからすれば先祖であるカヴァリナ皇国の女王は国の危機に際して何度か王都を守る盾として使用し、全ての国民と王都を守ったとされる。

 だが、まだ聖剣の真の姿を解放して日が浅いアルレーシャにとってその力を扱う事などまだ不可能で。

 そんな中でローレライの力を借りて形にした五つの世界(くうかん)を障壁とした今の自分が出せる最強の盾。だが。


(本当に防げるの?)


 心の奥底に、恐怖に震える自分自身がそう問いかけてきて。その瞬間を狙ったかのようにその内の三つ目の世界(くうかん)が破られ、アルレーシャの気持ちは更に揺らぐ。


(もう、あと二つしかない‥‥!)


 残された世界(くうかん)障壁は二つ。その二つは今の自信が出せる最強の盾。だがそれを破られてしまえば、それで終わり。

 そして、こうしている間にも残った二つの内の一つ、「赤金」にも罅が入り始める。

 二度目の、強大な敵。それを前にしてアルレーシャの心は揺れていた。一度目の時は颯天とアザゼルといった心強い仲間がいた。だが、彼らはこの場におらず「水精霊の森」を守るために今対抗できるのは自分だけしかいない。そんな守るべき責務と己を奮い立たせる自分と自分だけであれば助かる。そう囁く己自身との戦いに揺らいでいた時だった。


「一人で、頑張りすぎ」


「! 君は…」


 穏やかな湖のような声音が聞こえた直後、自分の隣に立った影。それは自身と一緒にこの森に来ていた伏見稲波だった。


「一人、ううん、二人だけで戦わせない。だから、支える」


 パンッ!と手を合わせると頭には耳、腰からは白い尻尾が生えた伏見は全身から白く温かいオーラは放ち、それは辺り一帯へと広がり、アルレーシャを、そして罅が入っていた「赤金」を支えるかのように補強する。


「【白の羽衣】」


 それは言葉の通り全てを包み込む白き衣の様で、アルレーシャの心をも優しく包み込んだ。


「どうして‥‥」


 ここに来たのか。アルレーシャは思わずそう訊ねると。伏見はさも当たり前の事のようにそれを口にした。


「友達だから」


 それ以上でもそれ以下でもない。それだけの理由だというのにアルレーシャは驚き。


「だけど、私だけじゃない。聞こえない?」


「え?」


「なんじゃ、まだ察しがつかんのか?」


「そうですよ、アルレーシャさん」


「ニア、それに白夜さん‥‥?」


 伏見が何を言っているのか。その言葉の意味が分からずに困惑していると、更に二つの影、ニアと白夜が姿を現したが、何故二人がここに来たのか。その意味が分からないアルレーシャは困惑の色が強まり。


「まあ、聞くよりも己が眼で見るが良い」


 それはどういうこと。と尋ねる間もなくアルレーシャの目の前に来た白夜はそう言うとアルレーシャの額を人差し指で小突き、アルレーシャの精神は肉体を離れ空へと昇った。



「…ふむ」


 飽きた。凶星の中心にては動く。元より本気を出しておらず珍しいものを見たが故の享楽に過ぎなかった。

 だが、そんな時間も興味も尽き、目的である水の大精霊を乗っ取るために魔女はまずは邪魔になる薄紙を破ることにした。


「もう少し楽しめると思ったけど、残念ね」


 ほんの少し小突けばの世界を用いた空間障壁。それ自体はとても興味が惹かれる事だった。だが魔女の興味は直ぐに尽きた。何故ならその使い手があまりに未熟であったからだ。

 故にほんの僅か興味がなくなった今、加減をする必要すらなかった。

 そして、魔女の思う通りに僅かな小突きで世界障壁にひびが入り砕ける所で、まるで何か支えられたかのように


「…へえ、また見たことのない術ね」


 魔女の眼が捉えた先に居たのは先ほどまでは居なかった白猫獣人と思しき少女の姿と、その体から放出されたオーラが障壁を内より支えていた。


「けど、幾ら支えようとしても障壁の扱いも強度もなっていない状態で、私の星を止めることは出来ないわよ?」


 そして、少しばかり強くなったとはいっても魔女のとっては全力ですらないただの小手先の力でしかなく少しばかり力を加えると先ほどよりも深く障壁にひびが入り、あと少し力を加えれば壊せる所で。


「あら?」


 魔女は変化に思わずといった形で手を止めた。それは直前まで張り合っていた障壁が薄くなった。その事への疑問だ。勿論、逃走の為の時間稼ぎなどの可能性も否定は出来ない。

 だが直前までの行動と比べるとそれはあまりに不自然であり、不可解であり。魔女は再び意識を外に向けるとその答えは眼下にあり。


「…なるほど」


 それを見た魔女は、口角を吊り上げ楽しそうに笑った。何故ならそこにあったのは眩いばかりの白金を身に纏い、剣を構えこちらを見据える剣士が見えた。


 時間は少しだけ戻り、白夜によって精神体になったアルレーシャは「水精霊の森」の上空に居た。


(「己が眼で見るが良い」って言われたって、一体何を‥‥)


 肉体に強化、または干渉する魔法とは違い、精神に干渉する魔法の行使には例外もあれど、半分以上はその人の無意識に魔法を破壊されることが多く、精神魔法の行使する際は大抵相手が無防備になる睡眠状態の時などで掛けるというのが常道。だがそこまで効果が長くないとはいえ白夜はそれをアルレーシャにデコピンで直接触れただけで、肉体から精神だけを一時的に切り離した。

 白夜がそうしたという事にはちゃんと意味がある。アルレーシャにもそれが何かは分からないが‥‥。

 故にアルレーシャは空から自分が守ろうとした森を見る。

 今もどうにか拮抗している、かのように見えるが改めて分かった。手心を加えられてる、と。


(けど、それも当たり前なのかな…)


 例えるなら、蟻と獅子。今の自分とあの凶星の前では見られることなく踏みつぶされる矮小な存在でしかない。そう思い知らされながらも納得している自分も居た。


(これが、白夜さんが見せたかった事、なのかな…)


 世界は広い。自らの実力を知るのにいい機会だと。それを見せる為に白夜は自分の精神を肉体から切り離したのだと思いながら術の効果が切れたのかアルレーシャの精神は肉体へと戻り始めた時、森の中で獣人達が、エルフ達が手を組み祈っている姿を見た。

 その姿は、恐怖に屈したが為の祈りではなく、まるで誰かを信じて祈っているそう感じさせるほどに真剣に祈っている様子で。その中には熊人族のキィと母親の姿もあって。


(お姉ちゃん、頑張って!)


(え?)


 アルレーシャに、キィの祈りが聞こえた気がして。次の瞬間にはアルレーシャの目の前の景色は元に戻っており。そんなアルレーシャに白夜は何をどうこう言うことなく尋ねた。


「どうじゃった?」


「実力の差を痛感して、あてっ!」


「そんなものはなっから承知じゃ。そうではなく、お主のその眼には何が見えたのじゃ?」


 白夜の眼は真剣そのもので。それではなくお前の眼には何が見えたのか。そう訊ねていて。アルレーシャは考える。意識が割かれた事によって盾がやや綻ぶがそれを補うかのように伏見が穴を埋める。

 そうやって作り出された時間で、アルレーシャは先ほどの中で何を見たかを改めて思い出して。


「‥‥この森に住む、民の姿が見えました」


「ほお、それでどう思った?」


 彼らは一様に祈っていた。それは恐怖に屈するが為の祈りではなく、この瞬間も守るがために戦う王の勝利を祈るかのように。


「この森を、いえ、自分の国の民を護りたい、そう、思いました」


「そうか」


 そう自らの思いを口にして、アルレーシャは自分の中でなにか足りなかったものがカチッ嵌った。そんな気がして、そんなアルレーシャに白夜は小さく笑った。


「なら、お主がやることは一つじゃな?」


「ええ。そうですね」


 白夜の問いに答えたアルレーシャの眼はもはや弱弱しいものではなく、力強い眼へと変わっていた。

 アルレーシャは大地に差していた鞘に納めたままの剣を抜きそのまま持ち手を両手で握り、片足をひき

 腰だめに構え眼を閉じ、抜剣の為に意識を集中する。


「世の術理摂理。その全てを断つ」


 アルレーシャの詠唱が始まり光り輝く黄金の聖剣エクスカリバー光の加護受けし鞘アヴァロンへと黄金の魔力が収束していき、黄金の輝きとなる。


「四元の精霊の加護宿りし【聖剣】よ。今その真なる姿を現せ」


 次なる詠唱に入り。柄を残して刀身と鞘は光となりそれは眩き星を思わせる光で。アルレーシャは最後の枷を外す言葉を口にする。


「真名解錠」


 その瞬間、アルレーシャの手に握られていたのは暗き闇を引き裂く太陽が如き光を秘める大剣。そしてアルレーシャは墜とすべき目標たる星を見据え。


「切り開け、【明日を照らす絶剣デュランダル】!」


 地上から昇る一筋の眩い流星より放たれた斬撃は、空より降る禍々しき星を切り裂いた。


「お見事」


 切り裂いたその耳にそれは聞こえた。見上げた先にいたのは。


「なるほど。その剣は大精霊の血と加護によって作られた剣という事なのね」


 黒いドレスを身に纏った長髪の女が悠々と空に浮いていた。

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