第20話 「白狐少女と吸血鬼」
「まずは、小手調べと参ろうか」
小手調べ。そう言った白夜の体から放たれた霊力はとても小手調べというには生温すぎるほどのもので。
「木は伸び、火を生かす。火は木を灰と化し地を生む」
白夜の詠唱が始まり。白夜の前に火と風が生まれたかと思うとそれは姿を変え、それぞれ木と火によって形作られた二体の狐へと姿を変える。
「
白夜がその言葉を口にすると狐の姿を模った木と火はそれぞれがまるで意思を持ってるかのようにウラノスへと空を疾走る。
「その程度!雷炎(ライヤ) 辻風(クーフ)」
ウラノスが手を前に伸ばすと同時にその手に二つの魔法。火の上級魔法と風の上級魔法を同時に発動させ、対消滅を狙ってか、それとも威力偵察か。それぞれを雷火(ライヤ)を火で模った狐へ、辻風(クーフ)を木で模った狐へと放つが。
ウラノスが放った魔法は意図も容易く掻き消された。
「消されたっ!? ならっ!」
ウラノスが驚いたのは一瞬だけで直ぐに立て直し、次の魔法を発動させる。
「【
その魔法は、まさに風と炎が混ざり合った嵐で。ウラノスを包み込むように展開された魔法に木と火の狐は弾かれるが。
「土は金を生み、金が水を生む。そして、水は新たな木を生む。
白夜の詠唱は続いており、白夜の前に新たに形を成したのは三体。土の狐と金属の狐、そして最後の一体は澄んだ水の狐が風と炎が混ざり合った嵐へと駆け、五体の狐がウラノスを取り囲み、白夜の術は完成する。
「円環よ回れ。五行相生、急急如律令!」
パンッ。と拍手が為されると五体の狐は己の力を隣へ、木は火へ、火は土へ、土は金へ、金は水へ、そして水は木へと力を循環させていき、その力は増大していき。
やがて
「ほう、やるのう?」
「貴女こそね!流石は長生きね!」
「その一言は余計じゃ!」
互いに軽口をたたきながら、観察した限りで白夜としては、多少の手傷を負ったかと考えていたが、相対するウラノスに傷を負った様子はなかった。
(しかし、不死身の吸血鬼。異なる世界であれど、これが夜王の力か。さてさて、何処までのものかの?)
白夜がワクワクしている夜王の力。それは颯天たちの居た世界である地球に今現在も存在する始祖・そしてその血脈に連なる高位の吸血鬼を指す言葉とその力を示すもので。
吸血鬼の始祖に近い血筋の者ほどその呪いとも言える不死性と治癒力が高い事が特徴でそれを夜王の力、そう呼んでいた。
だが、強大な力を持つとその反動も存在し、夜王の力の有名にして、最大の弱点であるそれは、陽の光と銀に弱いというのは、現代の地球では闇を知るものであれば公然と知っている事実だった。
(この狐女、とんでもなく、強い!)
対して、ワクワクしている白夜とは逆にウラノスも白夜の底が見えない実力に驚愕していた。
ウラノスは自身の実力を少なくとも現状のこの世界では最上位に位置するものだろうという自負があった。
だが、目の前の白狐の少女は自分を遥かに上回る実力を持っていた。
そして、更に驚愕と言えばこの異界と言える世界にも光は存在するのに、吸血鬼たる自身になんの影響も無いことも驚いた。
ウラノスは知らないが、今いる異界にも光はあるが、そこはこの世界を生んだ白夜によって調整されているので、陽の光ではあるがウラノスが光で死ぬという事は無い。
(このままだと勝ち目は薄い、ならっ!)
そして、軽口を叩いた後。白夜とウラノスの雰囲気は次の一手の為に感覚を研ぎ澄まされる。
「氷天!」
「我が心は焔の如く。心刀よ我が手に。焔の太刀!」
先手を取り動いたのはウラノスで、白夜の頭上に創り出したのは大きさ二十メートルを超える程の巨大な氷塊で。
それに対して白夜は素早く詠唱をし、その手を自らの胸に突き立て引き抜くと、その手には炎が掴まれており。その炎は、凡そ一メートル程の刀身を持った刀へと姿を変える。
「【深紅】!」
炎が剣となった刀の柄を掴んだ白夜は頭上の巨大な氷塊へ一振りすると、超高温の熱が乗った斬撃に氷塊は容易く両断されるが、その奥にウラノスの姿は無く。
「ふむ…」
されど、白夜は焦ることなく刃を背後へと振るい、硬い何かとぶつかり火花を散らす。
「ほう、良い剣じゃな?」
「そっちもね!」
白夜とウラノス。互いが握る深紅の刃と漆黒の刃をに火花を散らしてせめぎ合い、互いに二十に迫る剣戟の後、互いに距離を取る。
「どうやら、これは効いたようじゃの?」
「……」
白夜の問いに対してウラノスは表情を変えずに剣を構え直しながら内心で今日何度目かの驚愕をしていた。
(なんて馬鹿げた火力なのよ、あの剣!?)
何故なら白夜の持つ剣と二十ほど斬り結んだが。あの僅かな間に、両腕の皮膚の内側にある肉が焼かれてしまっていたのだから。
(少し切り結んだだけで、これとはね…)
まるで時間を逆戻ししたかのような、吸血鬼の驚異的な治癒能力で数秒と経たずに治ったとはいえ、あのまま更に数度打ち合えば剣を落としていたかもしれない。それ程までに白夜の持つ剣はウラノスにとっては脅威であった。
(出来れば使いたくないけど…。私はここで負けるわけにはいないの!)
ウラノスは、覚悟を決め刀身を皮膚が破けるほどに強く柄を握りしめた。その一方で白夜も手に握っている心刀【深紅】の制御に困り果てていた。
(ふむ、やはりこれは文字通りに手を焼くの…)
白夜が持つ【心刀】。それは自らの心、即ち思いを刀へと変えたもので。
その中で【深紅】は文字通り自らの心にある思いを力としており、その思いが強ければ強いほどに心刀は威力も硬さも増す。
だが、強すぎる思いは使い手すら焼きかねず、今も柄を握る白夜の肌を焼いていた。
(強すぎる思いは身を滅ぼしかねんのぅ。自制せねばじゃな…)
【深紅】から伝わる熱量によって感じる肌を焼く感覚を感じながら、白夜は改めて自制を心掛けていると。突如としてウラノスの魔力が放出され、血のように紅いその魔力が刀身へと喰われていく。
「我が血、魔力を喰らい、長き眠りから目覚めよ。ノートゥング!」
ウラノスから放たれる、異界の地を揺らすほどの暴力的なまでの魔力が刀身に注がれるが。その中で白夜は気が付いた。あの黒い刀身の剣に注がれているのは魔力だけではない、と。
黒い刀身が喰らっているのはウラノスの魔力だけではなく、その血すら喰らっていると。やがて満足したのか、刀身はオーラのような物を纏う。その迫力たるや、先ほどまでも名剣に恥じないモノであったそれが
「‥‥」
「ッ!?」
幽鬼のようなウラノスの自然な動作で振られたノートゥングだが、白夜は咄嗟に避けるその横を刀身から放たれた黒いオーラで形作られた刃が通り過ぎ、掠っていないにもかかわらず白夜の肌を切り裂き、それだけに留まらず斬撃が大地に当たるとそこには一キロを超える、底が見えない峡谷が出来上がった。
「…よもや、これほどの力を持つ剣とはの」
白夜が今の斬撃を避けれたのは本能のようなもので、それが無ければ、最悪の場合死んでいた可能性もあった。
(しかし、あの斬撃。あれは本当にウラノスなのかの?)
白夜に斬撃を放ったのは確かにウラノスだが。白夜はウラノスではないと感じていた。あの無駄な動きと力を排した最適に剣を振る動き。あれは先ほどのウラノスにはなかった動きで。
(剣の実力を隠しておった‥‥という訳ではなさそうじゃしな)
一度の打ち合いであるが、白夜はウラノスの剣の腕は確かに優れていたと感じたが、これほどの威圧感は感じなかった。であるなら答えは一つ。
「…剣の記憶を引き出したか」
まるで、それが正解とばかりに斬撃が再び白夜を襲う。斬撃の速さは先ほどよりも早くなって。
「加減は、寧ろ失礼か…。【深紅:装化】」
白夜は自分の手が焼ける事に構うことなく、抑えていた心刀【深紅】の力を解放し、【深紅】から溢れ出した炎が白夜の肌を這い、その全身を覆い隠し。白夜に迫った斬撃を打ち消し。
「これを使うのは、本当に久々じゃの」
炎が落ち着き白夜の姿が見えるようになった時、変化があった。白夜の髪の毛先が紅く、白装束は深い紅色に変わり、裾はまるで陽炎のように揺らめき、大気も心なしか揺らめていてその様子は「太陽」のようでもあった。
「では、舞い踊ろうか?」
【深紅】を手に何もない空間を蹴り、白夜はウラノスへと距離を詰める。勿論ただでウラノスが白夜の接近を許すはずもなく、一振りで十を超える斬撃を放ち。
それに対し、白夜が手をかざすと白夜の背後で炎が小太刀の形へと変わり。
「往け」
白夜の号令と共に小太刀は意思を持つかのように空を駆け、ウラノスの斬撃を一つ、また一つと相殺し道を開く。
そして、邪魔をする斬撃を小太刀で全て相殺し道が出来た瞬間、白夜は空気を揺らすことなくウラノスとの距離を零にし、白夜とウラノスの立ち位置が入れ替わる。
「焔光」
放たれる斬撃に対してウラノスは確かに反応した。が衝撃を受け切ることが出来ずに吹き飛ばされ大地へと激突し土煙に呑まれるが、それは直ぐに晴れて。晴れた先に居たウラノスの両腕は焼き爛れていたが、それも直ぐに治癒する。夜王と呼ぶに相応しい驚異的な回復力のお陰で。一瞬の溜めの後ウラノスは衝撃波を生みだしながら白夜との距離を詰め、漆黒のオーラを纏わせたノートゥングを振るい、白夜も【深紅】で受ける。それだけで、空にあった雲が二つに割れた。
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